はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

はがき随筆12月度

2014-01-22 21:26:10 | 受賞作品
 はがき随筆の昨年12月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】27日「古里の思い」小向井一成(65)=さつま町宮之城屋地
【佳作】10日「思い思われ」清田文雄(74)=出水市高尾野町芝引
▽14日「晩秋のある日」内山陽子(76)=鹿児島市田上


 古里の思い 自分の心の原風景を描いた絵が展示されたら、原発事故で鹿児島に転居している少女に、郷愁を感じると褒められた。逆境の中にいる人にとって、一枚の絵でもそれを通しての心の触れあいが、いかに貴重なものか。古里を失い望郷の念の中にいる彼女には、励ましの言葉しかなかった。温かい文章です。
 思い思われ スーパーのレジで親切な係の人に出会い、夫婦でファンになり、その人の居る時に買い物をすることにしている。こういう、優しい人が優しい人と労りあうのはいいですね。その場の光景が彷彿とするのも、文章の巧みな構成の効果です。
 晩秋のある日 所用の帰路、新しくできた葬祭場を見学し、パンフレットを貰って帰り、自分の葬送の時の娘夫婦の様子を想像したという、少し驚かされる文章です。結びの部分の、死は再生だと自分に言い聞かせるのも、実感があります。誰でも覚悟しないといけないことですが、その覚悟が、晩秋の一日の挿話としてさらりと書かれていて、考えさせられます。
 この他の優れたものを紹介します。
 川畑千歳さんの「ひげそり」は、高校2年の長男が、父親の電気カミソリでひげをそるようになった。男と子の成長は、父親にとって嬉しいとともに複雑な心境です。大人の男性としてのこれからの対応が大変です。その予感がよく表れています。
 津島友子さんの「ですです」は、外部からみたカゴンマベンの不思議さが描かれています。地方紙の投稿欄は、どうしても我がもの褒めになってしまいますので、こういう外からの愛情のある視線は大事です。
 有村好一さんの「災難」は、小春の一日、海岸で景色を〝おかず〟に弁当を使っていると、トンビに弁当を攫われました。本当にこういうことがあるのですね。その驚きを、油断大敵の教訓に結びつけた軽妙な結びが、秀逸です。
 12月分は優れた投稿が多く選に迷いました。今年も力作をお願いします。
 (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)

はがき随筆11月度

2013-12-17 21:38:25 | 受賞作品
 はがき随筆11月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】25日「CD文庫」鵜家育男(68)=鹿児島市武
【佳作】7日 「思秋期」西田光子(55)=志布志市有明町 原田
▽17日 「皇帝ひまわり」伊尻清子(63)=出水市武本


 CD文庫 老眼で活字が読みづらくなり、CD文庫で朗読に親しむようになったという内容です。文学の受容が始めは音読による聴覚からのものであったことを考えると、この読書法もあながち不自然なことではないでしょう。CD文庫の朗読が、かつての祖母の絵本の読み聞かせを思い出させたというところは、新しさと古さの絶妙の対比です。
 思秋期 子供は自立し、夫は転勤になり、専業主婦の毎日、時は秋。こういう状況で思うのは、社会のために役に立つ仕事をしてみたいということ。といって何をしたらよいのか。気候も年齢もまさしくもの思う秋ですね。1人になって時間ができて、社会という存在を考えるようになった気持ちがよく表わされています。
 皇帝ひまわり 晩秋に咲く皇帝ひまわりの花を見上げていると、いきなり孫娘の来襲。母親との感情的な行き違いからの小家出。2.3日間の山村留学を楽しんで、けろりと帰って行った。どこにでもある親子げんかの小事を、皇帝ひまわりという名前のもつ威厳が見守っているという取り合わせが、優れた文章にしています。
 この他、興味を惹いた3編を紹介します。
 津島友子さんの「運動会準備」は、鹿児島に越してきて、幼稚園の運動会の家族ぐるみ地域ぐるみの準備騒動に圧倒されたことが、素直な驚きとして表現されています。住んでいると当たり前のことですが、初めての人には驚きでしょう。すぐ慣れますよ。 
 一木法明さんの「ヤー、久しぶり」は、今年もジョウビタキの番が庭に来た。その渡り鳥を擬人化しての表現が、まるで遠来の客をもてなすような、楽しみと親しみとをもって描かれています。
 種子田真理さんの「私の社会勉強」は、裁判の傍聴に行って、いろいろの事案を見学するにつけても、素直に罪を認めない被告人の言動に悲しい憤りを感じるという内容の文章です。「ハガキ随筆」の素材はどうしても身辺雑記にかたよりがちですが、こうしう文章には新しさを感じます。
  (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)

はがき随筆10月度

2013-12-07 15:56:18 | 受賞作品
 はがき随筆10月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】13日「独りじゃないよ」小幡由美子(79)=鹿屋市寿
【佳作】1日「久多島」田中健一郎=鹿児島市東谷山
   △19日「母の後ろ姿」小向一成(65)=さつま町宮之城屋地


 ひとりじゃないよ かつての職場の食堂を、ご主人とこっそり使わせてもらっていると、やはり退職後の顔見知りと出会った。従業員の人たちも含めて、旧交を温める場を提供してもらえる食堂への感謝の気持ちが、素直に表現されています。その奥に、孤独を癒してくれる人と人とのつながりがあり、そこからくる安心感がうかがい知れる文章です。
 久多島 吹上の浜沖合の無人島の、村と村との所有権争いにまつわる伝説、その島を目印に引いた子供の時の地引き網の思い出、それらを懐かしんで吹上の浜を語る内容です。歴史の中に現在の美観を置いてみると、異なる風景が見えるくるかもしれません。
 母の後ろ姿 子供の時母親と一緒に、乾かした稲を自宅に運び込み、脱穀していた思い出が語られています。子供は母親の背中を見て育つとは、よく言われることですが、文字通り小柄な母親の背中の稲の束を見て育ち、今、かつての農作業の厳しさについてある種の感慨を抱いている内容です。
 この他、優れたもの3編を紹介します。
 一木法明さんの「しょろトンボ」は、お盆に先祖の霊を運んでくるといわれる精霊トンボが、国内での羽化ではなく、南方から毎年飛来する種だということを知り、いよいよ、畏敬の念を抱いたという内容です。こういう知らないことを教えてもらえる文章は貴重です。伊尻清子さんの「郷愁」は、週末に来る孫のために、鍋いっぱいカレーを作ったのに、来ないという。子供の頃は、カレーはご馳走で、一家団欒の象徴だった。今は母も1人暮らしだし、また、孫は来てくれないし、さてたくさんのカレーは。カレーの匂いが秋の夜長の郷愁を感じさせます。山下恰さんの「百舌鳥日和」は、秋冷の候、早朝の散歩、澄んだ空気の中での鋭い百舌鳥の高鳴き、通りがかりの老人の「百舌鳥日和ですね」の一言。印象派の絵画でも観ているような、美しい情景が文章になっています。それにしても「百舌鳥日和」とは美しい言葉ですね。
  (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦) 
  2013/11/30 毎日新聞鹿児島版掲載
 

はがき随筆9月度

2013-10-26 15:23:29 | 受賞作品
 はがき随筆9月度の入賞者は次の皆さんです。
 【月間賞】11日「父が見た星空」種子田真理(61)=鹿児島市
 【佳作】15日「ペットの盆供養」一木法明(78)=志布志市
     21日「初秋」橋口礼子(79)=出水市


父が見た星空 延命治療などをせずに自宅で息をひきとった父親の、臨終の時の様子です。父親の最期に天井に星を見ていたという。幻視だといってしまえばそれまでですが、本当に見えていたと信じるのが家族の愛情でしょう。自分の好きなものを見ながら死んでいく幸福が、暖かく描かれています。
 ペットの盆供養 僧職の筆者に、ペット霊園から、盆供養の読経と法話の依頼があった内容です。行ってみると、室外に溢れるほどの参列者で、飼い犬にも飼い主に対する深い思いがあるのではないかと話した。釈迦入滅の時、動物も嘆き悲しんだという涅槃図は私たちに馴染みのものですが、犬から人へという法話の内容に興味深いものを感じました。
 初秋 昨今の初秋のたたずますい誰もが心地よく感じるものですが、それが実に美しくまた優しく描かれています。朝焼け、涼風、彼岸花、葛の花、その中での早朝散歩、残りの人生を自然の美しさに溶け込ませていきたいというのも、ある意味では日本人らしい悟りかもしれません。静かな文章です。
 次に心に残ったものを3編紹介します。
 森園愛吉さんの「今自慢のもの」は、緑のカーテンを試みたが、何度も失敗した。それが、今年はヘチマで成功した。自慢するほどのものではないのかもしれないが、やはり自慢したくなり、それが嬉しい。読んで嬉しくなる文章です。秋峯いくよさんの「追悼歌文集」は、夫君とご母堂のために追悼文集を出し、周囲の人に喜んでもらっている。題は自分の短歌からとり、「夫を待つ庭」とした。こういう家族のいたわりあいは素晴らしいと感じました。的場豊子さんの「日割り何十銭」は、結婚して46年、結納金が破格だったことを、ご主人が高い買い物だったとふざけたのに対して、病気一つせず、4人の子供を育て、両親をみとったのだから、日割り何十銭の安い買い物だとやり返したという内容です。ご夫婦の中の良さをほうふつとする文章です。
(鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)

ハガキ随筆8月度 月間賞

2013-09-26 12:06:38 | 受賞作品
 はがき随筆8月度の入賞者は次の皆さんです。

【月間賞】31日「寝つけない夜」鵜家育男(68)=鹿児島市武
【佳作】▽14日「蝉時雨」伊尻清子(63)=出水市武本
    ▽22日「傘」宮路量温(66)=出水市中央町


寝つけない夜 銭湯で見かけた老夫婦の光景です。まず、男湯に女性が入って来たということで驚かされ、次に90歳代後半の夫を入浴させる妻のその手際の良さに感心させられ、その夜その光景が、40年になる自分の夫婦生活に思いを馳せる結果になったという、話題の進行のさせ方が巧みな文章です。夫婦善哉という言葉がありますが、大袈裟な言い方ではなく、夫婦というものは永遠の謎ですね。
 蝉時雨 10年続けている介護の愉しみ(?)です。まず自分の体調を整えておいて、介護する老夫婦への労りを忘れないが、老夫婦の醸し出す雰囲気に自分が労られるいるかもしれない。そして外は蝉時雨。確かに「生命のドラマ」を感じさせる文章です。
  連想の巧みさで読ませる文章です。退職後の閑居で、詰め碁をしながら見かけた庭のカボチャのはな。そこから思いは、亡母が受粉する時、カボチャの葉の傘のように家族を守れという訓えへ。自分の傘の下に思いを致していると、ラジオから森進一の「おふくろさん」の歌。
 次に3編紹介します。
 中鶴裕子さんの「自慢」は、「はがき随筆」に掲載されたことを、お孫さんに密かに自慢したら、自慢しているとからかわれたという内容です。いつまでも幼いと思っていた孫たちが、他人の心理を読み取るようになっていた、その成長ぶりに驚く気持ちがよく泡割れています。宮下康さんの「コンビニカフェ」は、香り高いコーヒーをコンビニで飲もうとしたが、買い方が分からない。店員のマニュアル言葉も理解できない。腹が立って、香りだけいっぱい吸って帰って来たという、茶目っけのある文章です。この経験私にもよくあります。内山陽子さんの「ヨーコトースト」は、フレンチトーストに妻の名を付けて喜んで食べてくれた夫の、臨終の時の様子が内容です。最期に何を食べたいか、ということがよく話題になりますが最期に美味しく食べるもののある方は幸せですね。
 (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)

はがき随筆7月度

2013-08-31 16:54:19 | 受賞作品
 はがき随筆7月度の入賞者は次の皆さんです。

【月間賞】8日、「おいの結婚」清水昌子(60)=出水市明神町
【佳作】12日、「夢がそこまで」若宮庸成(73)=志布志市有明町 野井倉
   ▽14日、「シロアリ 」新川宣史(65)いちき串木野市大里


 おいの結婚 甥が、戊辰戦争の恨みの残る会津若松出身の女性と結婚するようになって、宿敵薩摩の出身であることを気にしていたが、無事許してもらったという内容です。テレビドラマ「八重の桜」を見て、嫌な気分になるという鹿児島の人は結構いますが、このような、内戦の残す怨念と後顧の憂いを、対外戦と結びつけて考える歴史感覚は貴重なものだと思います。
 夢がそこまで ヤンキーススタジアム物語のパート2ですが、高齢をものともせず、いよいよ夫婦で大リーグ見物への旅立ちの決意が、軽妙に描かれています。いくつになっても新しいことに挑戦なさるのは、少し不安は残るものの、爽快な気分にしてくれます。
 シロアリ 過去に3度もシロアリにやられ、退職金を前借りして修理したのに、またもやシロアリの姿。シロアリにも種の保存の本能があることは認めざるをえないとしても、かといって無視するわけにもいかず、はやく何処かへ行ってくれと、しろありにおびえる微妙な心理が描かれています。
 次に興味深い話題の文章を3篇紹介します。
 種子田真理さんの「英語でオレオレ」は、国際的な振り込め詐欺に引っ掛かりそうになった話です。コンピューター・ハッカー・Eメール・詐欺、まるで映画の世界のようなことが、実際に身近に起こっていることに驚きました。武田静瞭さんの「警察署に猫居候」は、大けがをした猫を警察署で保護し治療してやったら、そのまま居候を決め込んでいるというので、会いに行って猫に触れたら、ほのぼのとした気分になったという内容です。井伏鱒二の小説にでもありそうで、読む方もほのぼのとした気分になる文章です。津島友子さんの「奄美の『みき』」は、鹿児島に転居し、奄美の「みき」が気に入ったという内容です。どこの土地にも良いこともあれば悪いこともありますが、このように、良いことを見つけて楽しむのが、新しい土地になじむ一番のコツのようです。
 (鹿児島大学名誉教授・石田忠彦) 2013/8/30 毎日新聞鹿児島版掲載

月間賞に塩田さん(出水市)

2013-07-27 16:48:13 | 受賞作品
 はがき随筆6月度の入賞者は次の皆さんです。
 【月間賞】19日「民泊のお礼状」塩田きぬ子(62)=出水市下知識町
 【佳作】3日「ちまき」中鶴裕子(63)鹿屋市王子町
    ▽6日「被災地にて」清水昌子(60)出水市明神町


 民泊のお礼状 修学旅行の民泊を引き受け、その保護者からの礼状に、返事を書くかたちでの随筆です。まず、こういう形式の着想に感心しました。民泊で子供たちから自分が得たもの、それに、礼状を送った方の子供さんへの励ましなどが、暖かいトーンで書かれている気持の良い文章です。
 ちまき ちまき作りを圧力鍋で挑戦した制作過程が、細かに描写されています。あくまきの名で市販されていますが、年配の人にはやはりちまきのようです。この手間の掛かる保存食の作り方を、かつて姑から、覚えない方がよいと素っ気なく言われたのも、その煩雑さを考えての愛情だったのでしょう。
 被災地にて いわき市の現況の描写と感想です。海岸のサーファーに違和感をもったが、考えようによってはこれも復興のしるしかもしれないと、思い直したという内容です。この問題は複雑ですね。何をもって復旧復興というのかという問題を提起してくれています。
 本紙に、阿部首相は戦争を知らないお坊ちゃんで、戦争をゲーム感覚で考えているという、ノーベル賞受賞者のインタビュー記事がありました。戦争は、政治家には会議室で起こりますが、庶民には飢えと生死の実体験です。その体験談3編を紹介します。 
 年神貞子さんの「サツマイモ」は、空襲の恐怖の後は、飢えの恐怖で、山地を開墾してサツマイモなどを栽培した、子供心にも苦労したことの回想が内容です。田中健一郎さんの「母のおにぎり」は、終戦の翌年車中で乗り合わせた、やせ細った、いわゆる引き揚げ者の母子に、自分の母親がおにぎりを与えた時の、微妙な心理の回想です。あの困窮の中での人情はやはり美しい。松尾繁さんの「疎開児童だった」は、戦時中台湾で同窓生だった友人の来訪に、往時の子供たちの、飢えと病気という疎開先での別の戦場を思い出したという内容です。「あれから68年生きてきた」という結びは、あの頃を体験した人たちの実感でしょう。
(鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)

はがき随筆 5月度

2013-06-28 12:08:50 | 受賞作品
 はがき随筆5月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】4日「大根の花」伊尻清子(63)=出水市武本
【佳作】8日「痒いところに」若宮庸成(63)=志布志市有明町 野井倉
▽24日「母の情愛」秋峯いくよ(72)=霧島市溝辺町崎森


 大根の花  向田邦子のドラマに「だいこんの花」がありました。ひっそりと咲く地味な花だが、その優しく美しい雰囲気を亡妻の面影に重ねた内容でした。今独りになって、亡き夫君の大根の種の蒔き方の几帳面さを懐かしんでいる内容で、夫君との愛情の交感の思い出が、大根の花を吹くそよ風に重ねられている、美しい文章です。
 痒いところに 痒い背中に手が届かず、壁に押し付けて無理して掻いたら、今度は肩が痛くなったという、ご本人には悲劇ですが、読む方には可笑しくなる内容です。「歳を取るとは、こういうことか」という結びの一文が絶妙の効果を上げています。
 母の情愛 かつて、母親からの贈り物が大阪に次々と届いた。今にして思えば、母親の生活も大変だっただろうにと、感謝の念に堪えない。現在では、自分も子供に野菜などをせっせと送っている。「子を持って知る親の恩」と言いますが、こういう情愛の継続が社会を成り立たせているのかもしれません。
 この他に、鋭い観察が随筆の素材となり、文章にしているものを3編紹介します。
 年神貞子さんの「豊饒の海」は、誘われてヒジキ採りに行った内容です。打ち寄せる波の動き、揺れるヒジキ、その茶褐色の色合いなど、実に繊細な描写です。この豊饒の海の、原発による汚染が気がかりだという結びも、私たちに共通の感覚です。山岡淳子さんの「生まれる」は、教室で子供たちが、ダンゴムシの誕生を、感情移入しながら見守っている様子が、臨場感のある文章で綴られています。こういう、小さい生命の誕生に出会うのも子供たちにとっては稀有の体験でしょうし、その場に臨む教師には何よりの教材でしょう。種子田真理さんの「ツバメの知恵」は、ツバメの親鳥がヒナに与える餌のトンボを、中空から何度も落として、その生死を確かめている光景の描写です。ツバメが生き餌しか与えないとは知りませんでしたが、その観察力には脱帽です。
 (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)
 

はがき随筆4月度・月間賞に若宮さん

2013-05-23 11:30:47 | 受賞作品
 はがき随筆4月度の入賞者は次の皆さんです。

【月間賞】5日「今年の桜」若宮庸成(73)=志布志市有明町
【佳作】4日「発表の朝」竹之内美知子(79)=鹿児島市城山
▽16日「ここだけの話」田中健一郎(75)鹿児島市東谷山


 今年の桜 早春の喜びのために植えた早咲きの河津桜が、今年は何処よりも美しく咲いたのを、ご夫婦で満喫している様子が書かれています。「我雪と思えば軽し傘の上」という、宝井其角の句がありますが、何事も自分のものは素晴らしいものですね。落花に戯れる奥さまを童女と見立てる愛情も素晴らしい。
 発表の朝 お孫さんの高校合格の喜びが、素直に表現されています。発表の時間、電話の遅れ、不安、そして合格の知らせ、喜びが緊迫した時間の中で描かれています。庭に出ると、椿の花も祝福してくれているようだったという、緩急をつけた文章の呼吸が優れた表現になっています。
 ここだけの話 品格のある講演を聞きに行った帰りに、友人たちと立ち寄った喫茶店でのエピソードです。品格とはおよそ縁のない自分たちの失敗談ばかり、それらをからかう友人もやがて失敗、年齢のせいにして秘密にすることにしたという、明るく、読む人の気持ちを和ませてくれる文章です。
 この他に3編を紹介します。
 井尻清子さんの「ブリン」は、愛犬への賛歌です。ご主人の亡くなられた頃に生まれたせいか、仏壇の前の座布団がお気に入り。賢い犬で、人の気配を察知してくれるし、何よりもお孫さんたちを集めてくれる。寂しさを癒してくれるペットが家族だということがよく分かる文章です。
 本山るみ子さんの「定年を迎えて」は表題通りの定年所感です。短期で勤めたはずの職場に37年、そのうえ再雇用もできて、さて最後のご奉公をという、飾らない、人生への感謝の気持ちが表れていて、清々しい気持ちで読める文章です。
 高橋誠さんの「マコトがいっぱい」は、ご自分と隣人と、娘婿と、同名が3人も集まって混乱しているという内容です。婿が村上春樹に似ているので、混乱を避けてハルキと呼ぼうと提案したが、一蹴されたということが、何ともいえぬおかしみを醸しています。こういう場合は、ご自分から率先して名前を変えることを提案します。
 (鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)

はがき随筆年間賞

2013-05-19 23:15:24 | 受賞作品


 12年のはがき随筆年間賞に塩田さん
     「心の会話」みつめて


 2012年度の「はがき随筆」年間賞に出水市下知識町、塩田きぬ子さん(62)の「一切れのカステラ」(12月27日掲載)が選ばれた。塩田さんに執筆の動機、作品への思いを聞いた。年間賞の表彰式は19日午後1時から、JR鹿児島中央駅前の鹿児島市勤労者交流センターである。

 受賞作は、母の道上ハル子さん(97)を老人ホームに訪ねた際、傍らにいた高齢の夫婦に対する心象と自らを重ねたものだ。「夫婦の〝心の会話〟を想像して書きました」と振り返る。
 ハル子さんも忙しい生活の傍ら俳句を作っていた。きぬ子さんも子育てなどが一段落し、約7年前から俳句を始め、随筆も約3年前から書き始めた。「人生はあっという間だが、文字にすればどこかに転がって残るような気がして」と人生の日記をつけるような気持だ。今回の受賞を「生きてきたことへのご褒美のよう」と喜ぶ。
 ハル子さんは認知症だが、それでも、身体をもんであげると、「もうやめんか。わや、いそがしかじゃっで(お前は忙しいのだから)きぬ子」と。娘の名を口にすることがある。
 最近、「葉桜や 子想ふばかり 母の魂」と句にしたためた。意識の奥底で親子の会話はできると感じている。
 記者がこの記事のため写真を頼むと、ハル子さんとのツーショットのリクエスト。「親孝行になれば。母との共作とも思うので」
【取材 豊満志郎】

人生考えさせられる


 平成24年の年間賞には、塩田きぬ子さんの「一切れのカステラ」を選びました。
 母の面会に行った老人ホームで見かけた、夫は無言のままカステラを渡し、妻も無言でそれを食べた光景に、二人の声なき会話に夫婦愛を感じたという内容です。自分の場合は母は娘の認識もない。無言の会話のもつ感情の交流が、対比的に見事に描かれ、人生について考えされられます。
 その他の記憶に残った作品です。的場豊子さんの「無阿弥陀仏」は、スイカ泥棒に対して、皮肉たっぷりな洒落た立て札を見かけたという、軽妙な文章です。種子田真理さんの「マイ骨壷」は、ご母堂が気に入った骨壷を手に入れて見せてまわっているという、なんとも奥の深い文章です。小村忍さんの「更地とチョウ」は、廃屋を解体した跡地につがいのアゲハチョウが飛んできて、まるで両親が見に来たようだったという、夢幻の雰囲気が捨てがたいものです。
(鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)

はがき随筆3月度

2013-04-29 17:05:02 | 受賞作品
 はがき随筆3月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略、年齢は掲載時)
【月間賞】15日「小さな友」松尾繁(77)=出水市
【佳作】16日「教え子の夢」小村忍(69)=出水市
▽18日「こんにちは」畠中大喜(76)出水市


小さな友 書き出しの一文がいいですね。「寒風」のイメージは屋内に閉じこもるものですが、それが「野鳥」で逆に戸外へと解放してくれます。それに、小鳥の挨拶にむきになるところや、ジョウビタキの姿勢に鹿威しをみるなど、すぐれた表現が目立ちます。野鳥との交感が内容になっていますが、小鳥と人との永い永い「よしみ」を、冬の農作業で実感するところに、人も含めた自然の営みを感じさせてくれる文章です。
 教え子の夢 学校の教師は、何となく野暮ったく鈍臭い職業に思われがちですが、子どもの命や人格にかかわる仕事には、他人には分からない悩みも喜びもあります。連絡が取れなくて気がかりだった教え子が、20年ぶりに植物の新種を持って会いに来てくれた。ただそれは夢の中であった、という嬉しいような悲しいような、愛情溢れる文章です。
 こんにちは 散歩の途中で出会った、向かい風の中を自転車で帰りながら、挨拶してくれた女子高校生の爽やかさに、挨拶も忘れがちな自分を反省したという内容です。ちょっとした挨拶でも人間関係の潤滑油ですので、それが若い世代に守られていることに希望を見ることができた、心地よい文章です。
 次に記憶に残った3編を紹介します。
 中鶴裕子さんの「モンキチョウ」は、菜の花の花びらをチョウチョウとみた、3歳のお孫さんの感性の豊かさと柔らかさに、感動したという内容です。確かにこういう感性は持ち続けたいものです。年神貞子さんの「納豆」は、平安末の源義家にまつわる納豆の謂れと、ご自分の納豆製造法を並べて書いたところに、たかが納豆ですが、生活の歴史が感じられる文章になっています。武田静瞭さんの「イークンとひな人形」は、飼っている子猫の可愛さにべったりの文章です。この種の書き方は失敗すると厭味が先走りするものですが、趣味のカメラを通して愛猫をみるという視点があるので、客観的な落ち着きのある文章になっています。
(鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)

はがき随筆 2月度

2013-03-13 21:51:17 | 受賞作品
 はがき随筆2月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】24日「恋文」井尻清子(63)=出水市
【佳作】21日「夢に見た帆船」鵜家育男(67)=鹿児島市
【佳作】23日「僕は野良猫」鳥取部京子(73)=肝付町

 恋文 亡き夫君への文字通りの恋文です。それも、なんの恥じらいもなく、というかあっけらかんとというか、これほど率直な恋情慕情愛情の吐露は、読む人の照れくささを吹き飛ばしてくれます。それにしても、人が人を死後までも恋い慕うというのはむしろ不思議な気もします。人間の情念の謎に思い至らせてくれる文章です。
 夢に見た帆船 太平洋の白鳥と呼ばれる日本丸を見に行った時の印象記です。その外観の美しさが、海賊船やシルバー船長などの活躍する空想の世界に連れ込んでくれ、まるで少年時代にもどったような気分になったというものです。いくつになっても、少年時代の好奇心と憧憬とをもち続けるのは素晴らしいことですね。
 僕は野良猫 野良猫に対する、愛情あふれた文章です。それが、野良猫の視点から書かれているところが、優れた文章になっています。野良猫が「奥さん」に「随筆に書くよ」と言われ、逃げ出したというところは、筆者の手の内をわざとさらすことで、文書を重層的にしています。
 この他に3編を紹介します。
 新川宣史さんの「決められた道」は、中学校の学芸会で、自分は郵便局員、友人は教員の役を演じさせられたが、後に2人ともその職業についていたという不思議が書かれています。それは先生の先見の明だったのかどうか、今は尋ねる術もない。清水昌子さんの「女正月」は、正月の忙しさをねぎらうための女性だけの慰労会、その女正月を再現させての小旅行の報告です。しゅうとめとの関係に苦労した話が盛り上がるなか、自分は嫁を大切にしているという互いの「自慢話」になったというのが、なんともおかしい文章です。中田輝子さんの「ひったまげたなあ」は、84歳になられる小学校の担任の先生が、菜の花マラソンを完走されたことへの驚きの文章です。8時間、1万3000番、自分に褒美などの恩師の電話の言葉は感動的です。要所に薩摩方言を混在させたために、文章が生きてきました。
  鹿児島大学名誉教授・石田忠彦

はがき随筆1月度

2013-02-18 15:42:52 | 受賞作品
はがき随筆1月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】4日「久連子鶏」小村忍(69=出水市)
【佳作】1日「きらめく瞳」新川宣史(65)=いちき串木野市
▽28日「流れ着いた物」高橋誠(61)=鹿児島市


 久連子鶏 五家荘に行き、久連子鶏を見た印象です。九連子村では、学童もいなくなり、学校も廃校になり、寂しいかぎり。しかし、平家の落人にゆかりの九連子鶏は、美しい羽色を見せて800年の歴史を生きていた。廃れいくものの歴史と残り続ける命とが対比されていて、美しい文章になっています。九連子鶏という文字の、見た目と響きの印象が全体を引き立てています。
 きらめく瞳 幸い脳梗塞の後遺症がなかったので、毎朝学童の保護活動をしている。なかには感謝の言葉を返して登校する1年生もいて、慰めになる。その子のきらめく瞳に、家庭教育の様子が知られ、将来に希望がもててくるという、気持ちのよい文章です。
 流れ着いた物 高知県の漂流物博物館(?)のお土産が、娘さんから送られてきた。流木が一本、むきだしのままで、切手は国際文通週間の記念切手。娘さんの意図と、それを酌んでくれた郵便局員の好意とがこめられた美術品ではあった。こういう心のつながりは、読んで幸福な気分になります。
 この他に3編を紹介します。
 若宮庸成さんの「今年の夢」は、大リーグの開幕試合を東京ドームでみたら、病みつきになり、今や夫婦の夢は、ヤンキースタジアムでイチローと黒田を見ることだという楽しい文章です。その費用は葬儀資金をとり崩すそうて、いいですね。
 年神貞子さんの「ヨイトマケ」は、紅白歌合戦で聞いた、ヨイトマケの歌に触発されての回想です。戦後に、校舎建設の手伝いにヨイトマケをしたが、今はその校舎も市民の広場になってしまっている。こぞの雪今いずこ、余情の残る文章です。
 清水恒さんの「今浦島」は、10年以上人里離れた場所で仕事をしているうちに、今浦島になってしまった。コンポを買っても使い方が分からない。説明書もまるで宇宙人のもののようだ。それでも死ぬまでに、カラオケ一曲くらいは歌えるようになりたいものだ。なんともいえぬおかしみのある文章です。
 (鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)

はがき随筆12月度の入賞者

2013-01-19 12:52:35 | 受賞作品
 はがき随筆12月度の入賞者は次のみなさんです。(敬称略)

【月間賞】27日「一切れのカステラ」塩田きぬ子(62)出水市
【佳作】3日「散歩」中鶴裕子(63)鹿屋市
9日「頑張ってほしい」鵜家育男(67)鹿児島市

 一切れのカステラ 老人ホームへ母親の面会に行った時に見かけた、無言でカステラ間を渡す老夫婦の光景です。それが度分の母と子の状況と対比されていて、効果的です。仏教では、生老病死、生きることは業苦だといいます。その避けられない難題にどう対処するか、その対処の仕方を考えさせる文章です。
 散歩 ご夫婦での日課になっている、夕方の散歩で見かける情景の描写です。特別のこともない、といってしまえばそれまでですが、そのありふれた情景に、新しい発見をしていく楽しさが、静かに心地よくつづられています。読んでいて、ふと、ミレーの名画「晩鐘」を思い出しました。
 頑張ってほしい 大型店の進出に圧倒されながらも、町内で頑張っている八百屋さんへの、励ましの言葉です。買い物難民という言葉があるようですが、数年前の政府の進めた規制緩和策が、国内のいろいろのところで、新しい問題を発生させているようです。町内の野歴史でもある、このにうな店舗はどうなるのでしょうか。
 他に3編を紹介します。田中京子さんの「3Lから2Lへ」は、せめて2Lの服が着られるように、原料作戦中の涙ぐましい奮闘記です。自分を戯画化して書くのも文章の一つの手法ですが、これはいやみに陥る場合もあります。ご自分への距離の置き方が適度で、成功しました。若宮庸成さんの「静寂と歓声と」は、ゴルフ観戦の時のグリーンでの、せき一つできない静寂と、近接の子供ランドのにぎわいとか、対比的に描かれています。どちらの良い悪いではなく、どれもこれも「別世界の風」が吹くという楽しみ方には、交換がもてました。 
 清田文雄さんの「アイロン」は、娘さんへの電話で、アイロンの具合の悪いことまを話すと、いきなり電話を切ってしまった。ご皆出したアイロンを回収車がくる前に、あわてて取り戻しに行ったらしい。送ってもらって重宝しているという内容です。文章に流れる速度がいいですね。
 (鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)



 20131/15 毎日新聞鹿児島版掲載


はがき随筆11月度 入賞作品

2012-12-21 15:56:17 | 受賞作品
 はがき随筆11月度の入賞者は次の皆さんです。

【月間賞】21日「幻想の駅跡」田中健一郎(74)=鹿児島市
【佳作】4日「訳ありパート」鵜家育男(67)=鹿児島市
27日「93個」道田道範(63)=出水市

幻想の駅跡  旧南薩鉄道の吉利駅が憩いの場に整備されたので、訪れて回顧に浸る内容です。戦前から戦後にいたる吉利駅の一こま一こまが、どこにでもあった庶民の生活であり、また、日本人の歴史でもあった情景を、しばしの幻想として思い浮かべる味わい深い文章です。それにしても、日本はこれからどこへ行くのでしょう。

訳ありパート  奥さまのパートによる貯金の目的を列記しただけの内容ですが、おかしみのなかに愛情が漂っている文章です。舟木一夫や韓流ドラマのための貯金は「自分への褒美」、また「孫への送金」と「老犬クロの治療代」のためとは、なんともほほえましい貯金。このような目的のためなら、疲れることもないでしょう。

93個  あまり大きくもない木に、柿の実が鈴なりになった。若葉の頃から収穫の時期まで見守ったお母さまは、売りに出そうか、人にあげようかと大忙し。「7ヶ月も母の守をしてくれた柿の木に感謝」の一文が光っています。それに、「木守り柿」を5個残したということも、読む人の心を暖かくしてくれます。

 この他に3編を紹介します。
 弥栄三郎さんの「蚊」は、安眠を妨害する蚊との対話です。春から秋まで、眠りを妨げ続け、挙げ句の果ては、血が滴らんばかりのおなかを抱えて壁にとまっている。南国ならではの情景ですが、このような文章が書けるのは、心に余裕があるからだと思います。

 鳥取部京子さんの「恩師に感謝」は、一本の書道用大筆にまつわる父の思い出、恩師への感謝などをつづったものです。大筆にまつわる逸話が中心をしっかり固めているので、ぐらつきのない文章になっています。

 新川宜史さんの「65の旅立ち」は、65歳になった途端に押し掛ける年金請求の手続き、介護保険被保険者証、インフルエンザの予防接種通知書、介護保険料納入通知書などなど。私も実感していますが、最近の老年は忙しいですね。それらを羅列したところが、文章を効果的にしています。
  
鹿児島大学名誉教授・石田忠彦