はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

はがき随筆 2月度

2015-03-29 21:41:30 | 受賞作品
 はがき随筆の2月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】15日「笑顔の春になれ」清水昌子(62)=出水市明神町
【佳作】2日「切り干し大根」塩田きぬ子(64)=出水市下知識町
【佳作】16日「たこ揚げ」宮路量温(68)=出水市中央町


 笑顔の春になれ 入学は一般的には期待や楽しみですが、養護施設の児童は小学校に入る時に、今までの職員とも別れ新しい学童棟に移るので、それを不安に感じるS君の心の動きを思いやっての優しい文章です。社会的な弱者に対する思いやりには、こういう気づきが大切だと考えさせられます。
 切り干し大根 切り干し大根を作っていたら、孫娘に手つきがいいと褒められた。考えると、母も義母も作っていて、それを自分が引き継いだ。自分の母や義母への思い出と同じように、祖母の思い出として孫娘の映像に残るといいと感じた。ささいなことかもしれませんが、こういう家族の歴史は大切なものだと思います。
 たこ揚げ 定年を過ぎてから、正月には妻とたこ揚げをしている。足下の稲株の踏みつけられる音やたこ糸の力強い手応えが楽しい。傍らを通る人も立ち止まって見てくれる。特別のことでもない遊びですが、高齢になって夫婦でたこを揚げるというのは、やはり特別の充実した贅沢な遊びといえそうです。文章に心地よい雰囲気が流れています。
 次に3編を紹介します。
 武田静瞭さんの「かくれんぼ」は、庭木に来るメジロをカメラに納めようとしたら、まるでかくれんぼをしているように、動き回る。近くでヒヨドリも参加(?)したいのかそれを見ていた。今月は小鳥を素材にした文章が多かったのですが、メジロの動きをかくれんぼとした見立てが、軽妙な味をだしていますので選びました。
 小村忍さんの「子守唄」は、五木の里にも天草の福連木にも伝わる同じ子守唄に、子守に出されて子どもたちの貧しさと辛さとを思いやった内容です。子守唄の背景への思いがよく表れています。
 本山るみ子さんの「元気で何より」は、大正未年生まれの叔父から年賀状がこなかったので、心配して電話してみても、応答なし。ところが、年賀状の返事に元気な電話があって、一安心。年賀状はやはり、家族のつながりではあります。
  (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦) 2015/3/25 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆1月度

2015-02-28 22:27:40 | 受賞作品
 はがき随筆の1月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

 【月間賞】4日「まさかまさか」小向井一成(66)=さつま町宮之城屋地
 【佳作】17日「今年の年賀状」奥吉志代子(66)=いちき串木野市上名
     24日「梅一輪」一木法明(79)=志布志市志布志内之倉


 まさかまさか 60年ぶりに出会った小学校の恩師は何と96歳、矍鑠とされていた。提出し忘れていた「絵日記」を出すと、褒めてもらったという信じられないような内容です。昨今の教育現場の状況を考え合わせると、古き良き昔が現在に蘇ったようで、温かい気持ちにしてくれる文章です。
 今年の年賀状 毎年3通り作っていた年賀状を、1通りにしようと提案して、ご夫君の怒りを買った。ところが、できてきたのは1通りであった。男の見栄か権威か、愛情を表すことが不得意な夫君と、上手につきあう細君との間のほほ笑ましい夫婦関係が、うまく表現されています。夫は所詮掌の上かもしれません。
 梅一輪 紅梅が一輪咲いたのに、次が咲かない。「梅一輪一輪ほどの暖かさ」の句は、次々に咲くという意ではなく、暖かさが一輪分ほどだというのではないかと気付いたという大発見(?)の内容です。生活の実感で文学作品を鑑賞するのは、素晴らしいことですね。
 次に3編を紹介します。
 森園愛吉さんの 「秘訣」は、88歳の時、長生きの秘訣を訊かれ、美食をしないことと何気なく答えた。そろそろ94歳の現在、あの時の答えは案外正しかったのではないかと、自分で納得している。自分に距離を置いた、気持ちのよい文章です。
 年神貞子さんの 「メジロ」は、庭木に訪れるメジロを見て、60年代の教師時代に、生徒たちが手作りの鳥籠に、メジロを捕まえて教室で買っていたことを思いだしたという内容です。懐かしい内容で、気持ちをほぐしてくれます。
 田中由利子さんの 「お年玉」は、小学校1年生のお孫さんから、夫婦20円ずつのお年玉をもらったという、可愛い内容です。幼な子たちの平和で幸福な将来を願う気持ちが同感できます。
 最後に「一期一会」を。長年の投稿者、清田文雄さんが転居なさるそうで、寂しくなります。福岡でもご活躍ください。永野町子さんは初投稿だそうです。頑張ってください。
 鹿児島大学名誉教授 石田忠彦

はがき随筆12月度

2015-01-16 17:56:45 | 受賞作品
 はがき随筆の12月度の入賞者は次の皆さんです(敬称略)

【月間賞】1日「ごめんね」西尾フミ子(80)=鹿屋市新栄町
【佳 作】4日「紫尾の里さんぽ」小向井一成(66)=さつま町宮之城屋地
【佳 作】11日「地引き網」新川宣史(66)=いちき串木野市大里


 ごめんね 買い物の帰りに、重いカートにてこずっていると、小学生の男の子が声を掛けてくれた。その好意を断ってしまったことへの悔いが内容です。小学生とのやり取り、その後の後悔が、軽妙な文章に綴られていて、ドラマの一シーンを彷彿とさせるように鮮やかです。
 紫尾の里さんぽ 生まれ育った古里を散歩してみたら、悪ガキの頃が懐かしく思い出されてきた。そこは素晴らしい天空集落なのだが、今や限界集落と化していた。政府の唱える、ふるさと創生もここまでは届かない。あの古里の再生を願っても、詮無いことか、思いは複雑です。
 地引き網 かつて地引き網で賑わった海岸に出てみたら、網元の網舟、伝馬船の旗、引き子、手伝いの小学生らの喧噪が蘇ってきた。しかし今は、網小屋はもちろんのこと、豊潤だった海も砂浜も無くなってしまった。「紫尾の里さんぽ」も同様ですが、故郷が、自然が、そこに済む人が急速に変化し、失われつつあります。懐かしがってばかりではいられない自体が、目前に迫っているようです。
 この他の3編を紹介します。 
 種子田真理さんの「元気で長生き」は、健康で、89歳のご母堂の長寿を周囲は喜んでくれるが、本人は、夫にも友人にも死別し、「つまらない」と言うという複雑な内容です。長寿社会の現在、超高齢者の特に心の問題は新たな課題のようですね。
 宮下康さんの「引き継ぐ思い」は、母親は、毎朝仏壇の供花をきれいに整えて、先祖を供養し、家族の幸せを祈っていた、それが母の死後自分の日課になったという内容です。ある時から、母親の思いが理解されてくる様子がよく表れている文章です。
 岩田昭治さんの「うぬぼれか」は、読みたい本を出版元に直接注文する時の功罪(?)か洒脱に書かれています。いわゆる店売り、ネット通販、直接購入など、本の入手方法も多様になってきていますが、このようにそれぞれを楽しむの自慢の種かもしれません。
  (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)

はがき随筆 11月度

2014-12-29 20:13:35 | 受賞作品
 はがき随筆11月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】16日「釣り銭」門倉キヨ子(78)=鹿屋市串良町下小原
【佳作】2日「心コロコロ」伊地知咲子(78)=鹿屋市打馬
【佳作】21日「覚悟を決めて!」奥村美枝(54)=鹿児島市桜ヶ丘


 釣り銭 キャッシュレスばかりだが、たまたま現金での支払いをしたら、車までの数十秒、ポケットの中の釣り銭のざらつく音が新鮮で、楽しかったという内容です。普通なら気づかない微かな響きに、心地よさを感じたという感受と、それを文章にしたところに感心しました。
 心コロコロ 子どもの頃気台風到来が楽しかったのに、大人になると迷惑する。ところが台風通過の後、隼人瓜を拾えたので、また歓迎するように心変わりしたという、楽しい文章です。九州は特に台風文化だともいわれてきましたが、大災害を引き起こす台風にも、心の持ち様次第という生き方はいいですね。
 覚悟を決めて! 父親の認知症、ご子息の大手術、夫君の大病と悪いこと続きで、自分のことは後回しになってしまった。加えて、お茶の約束をしていた友人2人まで急死した。ここまで続くと「笑ってしまいそうになる」お気持ちよく分かります。それに「やりたいことは即実行」という覚悟も理解できます。時間をうまく使ってください。
 他に3編を紹介します。
 若宮庸成さんの「ぼくの昭和史1」は、戦時中に応召中の父親を盛岡の連隊に面会に行った記憶と、空襲中の灯火管制や防空頭巾を被っての避難が、戦争の記憶として思い出されています。戦争を体験したおそらく最後ぐらいの年齢だと思います。戦争を知らない世代が政治家になるのは仕方がないとしても、戦争に対する想像力の貧弱さには危惧を感じます。
 口町円子さんの「出来事」は、つい化粧を疎かにして買い物に行ったら、店員に病後と間違われた。これからは用心という自戒の文章です。ご自分を客観的に観察し、それをやや戯画化された文章です。
 竹之内美知子さんの「退山式」は、住職の世代交代の儀式に参列したという珍しい内容の文章です。新旧2人の住職の様子が、その人柄まで鮮やかに描かれています。仏教がこのような形で、生活の中に息づいていることに興味を持ちました。
 (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)


はがき随筆 10月度

2014-11-25 14:36:46 | 受賞作品
はがき随筆10月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】8日「ささ舟」宮路量温(68)=出水市中央町
【佳作】5日「昭和」若宮庸成(75)=志布志市有明町野井倉
▽9日「愛犬は17歳」的場豊子(68)=阿久根市大川


月間賞に宮路さん(出水市)
  佳作には若宮さん(志布志市)、的場さん(阿久根市)

 ささ舟 美しい文章です。心洗われる一枚の絵画のような、懐かしい映画の一こまのような、静かで快い読後感の残る文章です。ささ舟の作り方を教えてもらって、小川で流して遊んだ思い出は、恐らく大事な心の糧としてお孫さんに残ることでしょう。
 昭和 過ぎ去った昭和という時代への追憶と賛歌です。戦争の時代、困窮の時代、しかしそれらを克服しての平和の時代。時代が大きく転換しようとしている現在、確かに昭和から得た教訓は将来に生かしたいものです。このような発言は貴重だと思います。
 愛犬は17歳 長年飼っていた番犬が、すっかり老いてしまった。白内障と難聴になり、餌を狙うカラスにも雷にも反応しなくなった。無我の境地のような老境をみると、亡母の認知症が連想されて悲しい。犬をほとんど人と同じに扱われた文章に愛情があふれています。
 この他に3編を紹介します。
 小村忍さんの「スイフヨウ」は、1日に3度もその色合いを変えるが、1日しか保たないスイフヨウの魅力が描かれています。石川啄木に「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買い来て妻としたしむ」という歌がありますが、上の句はともかく、スイフヨウが老夫婦に与える平穏な時間が描かれています。ご夫婦で焼酎で紅くなってはいかがですか。
 高橋誠さんの「黒いダンゴ」は、祖母の作っていた豆炭の思い出です。祖母の作るのは真似できないほどきれいな球形であった。独特の臭いはしますが、温かい。現在では豆炭を知っている人も少なくなったことでしょう。野球のボールくらいの少し異なるタドン(炭団)というのもありました。
 武田静瞭さんの「月下美人再び」は、夜ひっそり咲く月下美人が今年は2度も咲いたという驚きと喜びが内容になっています。奥さんの言われる「不時現象」という言葉をネットで検索したり、種子島の鉄砲館の学芸員に確かめに行ったり、月下美人の2度咲きが、ご夫婦にとっては楽しい事件でした。
  (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)

はがき随筆 8月度

2014-09-24 15:32:42 | 受賞作品
 はがき随筆8月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】9日「愛妻」森園愛吉(93)=鹿屋市寿
【佳 作】1日「白映え」伊地知咲子(77)=鹿屋市打馬
     14日「またもぶざま」馬渡浩子(66)=鹿児島市慈眼寺町


 愛妻 哀切さを極めた文章です。生きていること自体が業苦だと言ったのは、確か釈迦だったと思いますが、その言葉の真意を実感させられます。半身不随のまま26年の闘病生活をなさっている奥様も大変でしょうし、その間看病され、今や薄れ行く意識の奥さまを見守るご主人の心情も推察するに余りあります。
 白映え お母様が、実家の「生まれた、生きた、死んだ」と刻まれた墓石のある墓地を知人に譲られた。その処置の仕方と墓碑銘の潔さ。一方、お母様は名前と没年と年齢だけで、何も主張しない墓石の下に永眠されている。それもまた潔い。白映えの題名が季節感を表すとともに、美しい内容を引き立てています。
 またもぶざま 日ごろ省エネを心がけているのに、なにもかもつけっぱなしで眠ってしまっていた。改めて家中の電気を消して、暗闇の中でも大丈夫と、2階の寝室へ行くつもりが、玄関の土間に転がり落ちていた。文章には自己戯画化という方法があり、おかしみなどの一定の効果を上げるものです。うまくいきました。
この他に3編を紹介します。
 松尾繁さんの「ある記憶より」は、背戦中戦後の台湾での記憶です。子どもたちが台湾の子どもをいじめていたが、戦後は仕返しをされることもなかった。かつての国家の行った植民地政策が、今私たち個人の問題になっているという、吹く座作で微妙な問題を考えさせる文章です。
 田中健一郎さんの「子ほい話」は、昔は小泉八雲の怪談、大人が話してくれる怖い話、集落での肝試しなどが、子どもにとっての夏の夜の風物誌でした。科学技術の進歩とともに、夜が明るくなってしまい、幽霊の出る幕がなくなってしまいましたが、されがいいことかどうか。
 武田静瞭さんの「もう一人の私?」は、よく人違いされる話です。もしかして、もう一人の自分が出没しているのではないだろうか? ドッペルゲンガーを熱かったぽーの小説「ウィリアム・ウィルソン」は、お読みになりましたか。
  鹿児島大学名誉教授 石田 忠彦 2014/9/24 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆7月度

2014-09-03 23:29:54 | 受賞作品
 はがき随筆の7月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】16日「ヤモリ」年神貞子(78)=出水市上知識
【佳作】▽1日「手伝い」口町円子(74)=霧島市国分中央
    ▽29日「日々是好日」若宮庸成(74)=志布志市有明町野井倉


 ヤモリ 梅雨時になると浴室の窓に、白い腹部を見せてへばりつくヤモリを、今年も湯船の中から見かけた喜びと安心感が漂っています。毎年見かける小鳥や昆虫など、自然の微かな変化を確かめて、そこに時間の流れを感じ取っておられる生活の様子が、快い文章の流れで書かれています。
 手伝い 中学生のお孫さんが、何かと手伝いに来てくれる。今回はサツキの剪定と枝葉の後片付けだった。剪定技術の方はまだまだだが、おしゃべりしながらの共同作業は楽しく、若返った気分になる。当たり前であるはずの光景ですが、それが特別に優しい家族関係だと感じられるのは、こういう風景がめずらしいものになったせいでしょうか。
 日々是好日 バリバリの現役時代に思い描いた、妻と2人きりでの健康で楽しい老後が現在実現している。早朝ランニング、妻の手料理、小旅行など、かつては想像に過ぎなかったことが、想像以上に充実した現実となって、今その幸福感の中に浸っている。その状況の永続を祈られる気持ちがよく分かります。
 この他に3編を紹介します。
 中馬和美さんの「造林鎌」は、農園への小道の草刈りが必要になり、道具がないので、亡父の使っていた造林鎌を研いで使った。重たいしコツが要るしで、シャツの汗を脱いで絞っていた亡父の苦労が身にしみた。こういうことで実感する親のありがたみですね。
 野幸祐さんの「私のサポーター」は、腹部手術後のリハビリのために散歩に出た。雨の日で、疲れ、傘まで重くなった。諦めようかと思った時、きれいな紫色の五輪のアジサイの花が首を振って励ましていた。「耐える愛」という花言葉を思い出したりして、美しいアジサイのサポーターと頑張った。
 久野茂樹さんの「輝いていた頃」は、中学時代の懐かしい思い出が、見事な道具立てで語られています。夏、天竜川の河口、鉄橋の下、自転車での遠出、幼い恋、水泳の稽古、それに夕陽。井上陽水の「少年時代」を思い出しました。
  鹿児島大学名誉教授 石田忠彦 2014/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載 

はがき随筆6月度

2014-07-29 16:25:12 | 受賞作品
 はがき随筆の6月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】3日「娘にありがとう」萩原裕子(62)=鹿児島市中央町
【佳作】▽15日「挽歌―友へ」奥村美枝(54)=鹿児島市桜ヶ丘
    ▽20日「卓上の花」竹之内美知子(80)=鹿児島市城山


 「娘にありがとう」は、優しくて温かい家族愛の一光景です。かつて夜中に布団をかてくれた、病没した夫の優しさが、娘さんに引き継がれていることに、感謝している内容です。半睡の状態とはいえ、娘さんの行為をご主人の行為と勘違いするところは、小説の一節のようです。文章に流れている雰囲気が、読む者の心を和ませてくれます。
 「挽歌―友へ」は、死因がよく分からない友人への哀悼の気持ちです。友の死後、苦悩の叫びともとれるメールの文章だけが残った。友情の証しとして、この文章は消さないでおこうという張りつめた気持ちが書かれています。このように、死が新しい事態を引き起こすということは、考えようによっては恐ろしいことです。
 「卓上の花」は、娘婿に母の日の赤いカーネーションをもらった喜びが書かれています。その花が、婿の自分への優しさ、婿の亡母を思う優しさ、亡母の優しさを感じさせてくれたという、人と人との間にある親和感が流れている文章です。
 他に3編を紹介します。
 種子田真理さんの「『御』の安売り」は、銀行員がやたらに「御」をつけて話す事への嫌悪感が、軽い調子の叱責として書かれていて、同感できる内容です。これは銀行の指導自体が悪いのではなく、そのマニュアルと指導員が悪いのでしょう。
 内山陽子さんの「遺言」は、7年余も誕生日に遺言を書いているが、それは物を残すという内容ではなく、今まで生かされてきたことへの感謝の気持ちを書きつづったもので、そしてそのことが、これからその日までの自戒になっているという、好感のもてる内容の文章です。
 高橋誠さんの「内緒のツクシ」は、子供の頃、秘密の場所からたくさんのツクシを採って帰って、母にありがたがられたという内容です。そこは、禁止されていた鉄道の敷かれた土手なのですが、こういういたずらに近い子供の時の秘密は、思い出すだけでも、童心に帰ったようで、懐かしいものですね。
 (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)


最北のしぶし

2014-06-26 14:02:31 | 受賞作品
 志布志が、全国のどこかにないか常々思っていた。
 先日、北海道岬めぐりツアーに参加した。観光バスで宗谷岬から知床半島に向かう。途中のどこかで、しぶし、という字が見えた気がした。注意していると、次に漢字で、志撫子、が目についた。地図上にはない。
 帰宅後、どうしても気になりパソコンで国道をなぞってみる。あっ、あった。
 サロマ湖畔で。字は違うが呼び名はまさしく「しぶし」だ。アイヌ語で「シュプン・ウシ」(コイ科の魚が多くいる川)に由来するそうで、私にとって偶然の大発見だった。
  志布志市 原田輝明 2014/6/24 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆5月度

2014-06-16 21:20:21 | 受賞作品
 はがき随筆の5月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】16日「母の耳」高橋宏明(70)=日置市伊集院町飯牟礼
【佳 作】17日 「あの日の思い」竹之内美知子(80)=鹿児島市城山
   ▽ 22日「まず今日を」久野茂樹(64)=霧島市大窪


 「母の耳」は、不思議な内容で、読んで恐ろしくなる文章です。四つの時に伯母の家に預けられることになったのも、不安だったでしょうし、列車とホームの間に落ちたことにも恐ろしくなります。泣き声が聞こえるはずがない所にいた母親に助けられたのは、母親に泣き声が聞こえたからだというのですが、理屈抜きに不思議です。
 「あの日の思い」は、子息の入院で、慣れない東京に行くことになった。年配の紳士に交通の便を教えてあげると誘われ、半信半疑で身を引いていたが、実は裏のない親切心からの好意であった。「人を信じることにも勇気がいる」という経験談です。20年前よりも、私たちは疑い深くなっているかもしれません。
 「まず今日を」は、久方ぶりに旧友を訪ねたら、友は若年性の認知症で、奥さんに、健全な時の夫のことを覚えていてくれと言われて会わせてもらえなかった。今度電話したら友が出たが、会話するのが恐ろしくなって切ってしまった。それにしても、気が沈んでならない。一日一日を生きていくしかないとは思うが、人生の夕暮れ時は難しい。同感される方も多いと思います。
 この他に、3編を紹介します。
 中鶴裕子さんの「たんぽぽと少年」は、童話の1ページのような文章です。少年が、両手で、小鳥とも見える白い綿毛を持って通り過ぎた。よく見るとタンポポの綿毛であった。介護施設の母親と、無垢の少年のあどけなさとの対比が見事です。
 鳥取部京子さんの「猫の慕情」は、弟さんの飼い猫を、友人にあげたら、遠方なのに、弟さんを探し出して帰ってきたという「猫帰る」を、猫の視点から描いた文章です。猫は家につき犬は人につく、といいますが、人に付いたようです。
 清田文雄さんの「車両違い」は、新幹線の中で、検札に来た車掌に、謝っている老人を見かけた。何ごとかと思っていたら、自分も間違えて指定席に座っていた。今度はこちらが謝る番、さっきの老人が合図をおくっていた。
  (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)

鵜家さんに記念の盾

2014-05-10 14:39:50 | 受賞作品


 2013年の鹿児島版「はがき随筆」の年間賞の表彰式が20日、鹿児島市の市勤労者交流センターであり、毎日新聞鹿児島支局から鹿児島市武、鵜家育男さん(68)に記念の盾がおくられた。選考対象は1月1日付~12月31日付のはがき随筆。
 受賞作「寝付けない夜」(8月31日掲載)は、自宅近くの子どもの頃から利用する銭湯での高齢の夫婦の印象的な出来事を題材に夫婦の在り方を描いた。
 02年から投稿を続ける鵜家さん。退職した今は、3人の子どもや孫に「生きざまを残したい」と投稿に力を込める。受賞作については「光景が目に焼き付きペンを取った。感動をありのままに伝えたいと思った」と振り返り、「随筆歴12年での受賞で大変うれしい」と喜んだ。
 また、はがき随筆の選者、石田忠彦・鹿児島大名誉教授が文章表現について講話。「素直に感動したことだけを書くと効果がない。意外な展開を入れると文章の魅力が出る」とアドバイスした。
 この後、毎日ペンクラブ鹿児島(若宮庸成会長)の総会もあり、14年の事業計画などを話し合った。
  鹿児島支局 杣谷健太記者 2014/4/21 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆3月度

2014-04-29 14:45:30 | 受賞作品
 はがき随筆の3月度の入賞者は次の皆さんです。

【月間賞】10日「母の介護」田中健一郎(75)=鹿児島市東谷山
【佳 作】▽ 21日「あの日の桜」本山るみ子(61)=鹿児島市上荒田町
     ▽ 25日「ノロ休養日」的場豊子(68)=阿久根市大川


 「母の介護」は、骨折した母親の介護の話ですが、介護家庭の研修会というものがあるということを初めて知りました。社会の構造が確実に変化してきているようです。そこで紹介された手紙の内容には一考させられます。母親の見た黒猫の夢、眠りに就く時の母親のむしろ可愛さ、文章全体に優しい雰囲気が流れているところに魅力があります。
 「あの日の桜」は、中年になって恋をした人と、別れた時の桜花の思い出です。「人生足別離」という漢詩の一節を、「さよならだけが人生さ」と訳した詩人がいましたが、恋は幾つになっても甘美で、別離は切なく、それゆえに記憶に残ります。まるで少女の文章のようなみずみずしさが素晴らしいと感じました。
 「ノロ休養日」は、他人ごとと思っていたノロウイルスに罹って、自宅待機を余儀なくされた。軽症だったので、おかげで、家中の掃除に精を出すことができ、素晴らしい春が来たという、軽妙な文章です。確かに人生は考えようですね。
 この他に3編を紹介します。
 中鶴裕子さんの「イクメン」は、父親の子育てが話題になっているとは知っていたが、それを病院で実際に見た感動の文章です。子供の大きな泣き声、ハグする父親の優しさ、確かに時代は変わりました。
 中島征士さんの「10万年後の安心」は、核廃棄物への不安が切実に書かれています。プルトニウムの半減期から計算すると、安心を得るには10万年かかるという。その時間の幅を逆に遡ると、原生人類の出現よりもかなり以前ということになる。本当に大丈夫だろうか、心配になります。
 清田文雄さんの「町の魚屋さん」は、奥さまの体が不自由になって以来、8年間も、電話一本で品物を届けてくれる魚屋さんに感謝を表した文章です。時折オマケをいただくが、それが焼き芋だったので奥さまは大喜び。かつては恐らく当たり前であったこういう光景が、特別の話題になることにも考えされられてしまいます。
  (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦) 

13年のはがき随筆年間賞

2014-04-19 20:16:14 | 受賞作品
  年間賞に鵜家さん

銭湯での出来事に
 我が人生を振り返る

2013年の「はがき随筆」年間賞に鹿児島市武、鵜家育男さん(68)の「寝つけない夜」(8月31日掲載)が選ばれた。鵜家さんの執筆の動機、作品への思いなどを聞いた。年間賞の表彰式を20日午後1時から、鹿児島市中央町の市勤労者交流センターで開く。【土田暁彦】

 受賞作は、自宅近くの銭湯での出来事をつづったもの。高齢の夫婦が現れ、妻がかいがいしく夫の背中を流し始めた。「果たして私はこんな幸せをもらえるのだろうか。我が人生を振り返ってみたのです」と投稿の理由を打ち明ける。
 電電公社(現NTT)に就職し、30代後半で管理職に。休みなく働き、自称「仕事の鬼」だった。息子3人の子育ては妻真知子さん(64)に任せっきり。九州を中心に退職まで17回異動した。ほとんど単身赴任の経験はなく、真知子さんはその都度、転勤先で仕事を見つけた。
 夫婦生活40年だが、愚痴をこぼす妻を見たことがない。十数年前に息子たちが独立。その頃からはがき随筆を書くようになった。妻への感謝をつづった作品も多い。「『こんなに長く連れ添ったのだから優しくしてくれよ』という夫の気持ち。一方、父親として後悔の気持ちも。シンプルに素直な自分の気持ちを書いてみました」
 掲載された日、真知子さんが先に朝刊を開いた。「間違っても随筆の奥さんのようにはならないから」。ニヤッと笑う。「ただし、行い次第では大事にしてあげるかもね」
 鵜家さんは思わず首を縦に振り、身を縮めたという。


夫婦を考えさせられる

鵜家育男さんの「寝つけない夜」を選びました。
 銭湯で、97歳のご主人を入浴させた奥さんの手際の良さに感心するとともに、自分たち夫婦というものについてかんがえさせられたという内容です。
 男湯に服を着た女性の入室という意外性、事情が分かると、一転、老夫婦間に漂う和み合う雰囲気に感心し、さらに、それを自分のこととして考え込んだという結び。短い文章の中で、話題を三転させる巧みな展開の中に、夫婦というものについて考えさせる力をもっています。
 最後まで迷ったのは次の3編です。亡き夫君への愛の告白である、伊尻清子さんの「恋文」(2月24日付)の、はじらいがないところの魅力。臨終近い父親が母親に、病室の天井に星を見ていると言ったという、種子田真理さんの「父が見た星空」(9月11日付)のもつ幻想的な詩情。東北から避難してきている少女が、自分の描いた絵に望郷の念を感じてくれたという、小向井一成さんの「古里の思い」の少女への思いやり。いずれも魅力ある文章でした。
 (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)

はがき随筆2月度

2014-03-31 15:56:38 | 受賞作品
 はがき随筆の2月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)

【月間賞】11日「魚が陸へ上がる」高橋宏明(70)=日置伊集院町飯牟礼
【佳作】▽7日「楽しいいきさつ」秋峯いくよ(73)=霧島市溝辺町崎森
    ▽23日「早春賦」若宮庸成(74)=志布志市有明町野井倉


 魚が陸へ上がる 30年前の出来事ですが、小魚が多数浜へ上がると聞いて、それを拾いに行った思い出です。随筆の出来は一つは素材の珍しさにあります。珍しい話題にはつい引き込まれます。しかし、それだけではなく、この現象の理由を種明かし風に説明し、最後に現在の海洋汚濁に思いを馳せたところが、優れた文章になりました。
 楽しいいきさつ 贈り物合戦とでもいった文章です。合計5回の贈答が、その1つ1つに、事情というか真心というか、いわば生活の綾がついているのが興味を惹きます。文化人類学という学問分野に、人間の文化の根底には、贈答や交換があるという考えがあります。それを思い出しました。
 早春賦 庭に小鳥のための餌台を作り、そこに来る小鳥を、双眼鏡と野鳥図鑑とで調べて、楽しんでいるという内容です。窓辺の老夫婦のたたずまいが、目に見えるような文章です。確かに人生の愉しみ方は、人それぞれで、このように静かな時間が穏やかに流れていくのは、かえって羨ましくも感じます。
 この他の優れたものを紹介します。
 一木法明さんの「死をみつめて」は、がん転移で余命を宣告された方に、『歎異抄』からの法話を行っているという内容です。僧籍にあるのだから当たり前だと言ってしまえば、身も蓋もありませんが、他人の運命と共通感覚をもつのは、重たく、容易なことではありません。
 伊尻清子さんの「いぶし銀」は、100歳の知人がとかくお元気で、読書に手芸に畑仕事に、それに電動カー、という屈託のない生活を紹介した文章です。地味でも鈍く光っている生き方に感服された様子がよく分かります。
 堀美代子さんの「桜島噴火100周年」は、大噴火の記念写真展を見に行った時の感想です。着の身着のままで逃げ惑う人々に同情されたようですが、都市近郊の活火山は確かに微妙な存在です。しかし、爆発しようが降灰に悩まされようが、鹿児島のひとは桜島が好きなのも不思議です。
 (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)

はがき随筆1月度

2014-02-27 18:32:11 | 受賞作品
 はがき随筆の1月度の入賞者は次の皆さんです。(敬称略)
 
月間賞】14日「巡る1年」年神貞子(77)=出水市上知識
【佳作】1日「サザンカの花」竹之内美知子(79)=鹿児島市城山
▽25日「密航船」森孝子(71)=薩摩川内市祁答院下手


 巡る1年 新年とともに期待される草木の香りを列挙した、匂いづくしとでも名づけられる、華やかな文章です。何なにづくしという文章の書き方は、『枕草子』以来の伝統で、簡単に見えて意外と難しいものです。それは豊かな語彙が要求されるからです。本誌の「余録」欄に、匂いのする小説家のことに触れていましたが、匂い豊かな文章になりました。
 サザンカの花 山茶花の花咲く季節になり、かつての子息の選定の失敗に対する、亡き夫君の反応を思い出したという内容です。夫君の寛大さを、ほほ笑むように咲いている山茶花の印象に重ねたところに、あたたかい雰囲気が流れて、いい感じの文章になりました。
 密航船 奄美復帰60年で思い出すのは、小学6年の時のみんなの喜びと、子どもたちのために密航してまで、教科書を持ち帰ろうとした教師たちが居たということ。一言でいえば密航船で済まされますが、その持っている歴史的な意味の重さを考えさせる文章です。
 3編を紹介します。
 馬渡浩子さんの「夫、耳を負傷す」は、夫婦間の感情の機微に触れた文章です。ご主人が耳を5針も縫うけがをしたら、その直前の自分の物言いが悪く、それがけがの原因ではないかと気になったという内容です。これも夫婦の絆でしょう。
 畠中大喜さんの「1本のツバキ」は、子供の頃住んでいた屋敷跡を訪れてみると、既に荒涼としていて、1本の椿の木だけが残っていた。そこいらで遊んだ子供の時を知る唯一の生き証人のその椿の幹をそっとなでて帰ってきた、という内容です。過ぎ去る時間のもつある種の感慨を感じさせてくれる文章です。
 若宮庸成さんの「我が家の元旦」は、夫婦2人だけで過ごしたことが淡々と語られています。おそらく2人だけの元旦という方は、かなりの数に上ることでしょう。元旦の行事(?)として、お年玉と奥さまの日常を記した日記帳とを手渡したというのは、素晴らしいことだと感じました。
  (鹿児島大学名誉教授 石田忠彦)