はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

失くしたもの

2020-04-26 22:32:49 | はがき随筆
 こどものゴリラたちが、木の上で楽しそうに木の実を食べている。木の下には片腕のないゴリラの子が1匹。オスのゴリラが母ゴリラを連れ去ったときに腕を食いちぎったのだ。すると、木に登れないその子に、木の上の子たちが木の実を落としてあげた。この話を妻から聞いた次の日の「はがき随筆」に、上手に虫を捕っていた園児が、捕れない子の空の虫カゴにバッタを1匹入れてあげた話が……。ぼくたち大人は、働くことに一生懸命で何かを失くした。そして、大人たちの多くは、何かを失くしてしまったことさえ思い出せずにいる。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(70) 2020/4/17 毎日新聞鹿児島版掲載

グリーンノート

2020-04-26 22:16:07 | はがき随筆
 働き方改革で仕方なく早めに帰る。玄関を開けると、感じたことのない香り。甘さはなく、透明感の中に湿り気のある、少し刺激のある香り。夕飯の香りではない。玄関の花の中からに違いないが、といぶかりながらかばんを置きに中へ進む。
 別の部屋に入ると、同じ香り。ヒヤシンスが一輪挿しにあった。いけた時は気づかなかった。鉢植えや水栽培もしてきたが、これほど香りを感じたことはなかった。調べるとグリーンノートという若葉の香りらしい。品種や咲き具合、時間にもよるのかもしれない。明日も少し早く帰ってみよう。
 宮崎市 中村薫(54) 2020/4/16 毎日新聞鹿児島版掲載

ヒゲダンス

2020-04-26 22:07:49 | はがき随筆
 小学生の頃、土曜の夜はTVのヒゲダンスで笑い転げた。燕尾服に付け髭というどこかチャップリンを思わせる格好の2人。ペンギンに似た姿勢で、軽快な音楽に乗せて無言で芸に挑戦する。客席との掛け合いのある大道芸人風のダンスで芸で失敗することがあっても、観客の大きな拍手に応えて最後には難易度の上がった芸も成功させた。
 これが私が一番印象深く覚えているコメディアンの志村けんさんだ。私たちもやってみよう。困難でなかなかうまくいかないことも、きっとできる。彼は笑顔で拍手して私たちを応援してくれていると思うのだ。
 熊本市西区 矢野小百合(52) 2020/4/15 毎日新聞鹿児島版掲載

命の恩人

2020-04-26 21:59:31 | はがき随筆
 私は1歳の頃、疫痢で新宿の東京女子医大病院に入院した。高熱と下痢で衰弱し、今夜が峠と告げられた。ぐったりした私を見た女医さんが「お乳を飲ませてみたら」と言ったので、母が乳首を含ませたら、私は必死になって飲んだという。
 夜中に母は氷屋に行き、主人を起こして事情を話すと「奥さん、お金はいりません」と氷をいただいた。先生は付きっ切りで看病し、私は奇跡的に回復した。母は生前、よくその話をしてくれた。もしあの時、お二人がいなかったら、私はこの世にはいない。東京の女医さんと氷屋さんに大変感謝している。
 鹿児島市 田中健一郎(81) 2020/4/14 毎日新聞鹿児島版掲載