はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

目に見えぬ価値

2022-04-27 14:29:41 | はがき随筆
 着物好きの妹は、福岡から和服で来る。着物の真の価値は目に見えない裏地によって決まると言う。着心地と使いやすさは表に現れてくる。表地に一番合う裏地を探し出すのは試行錯誤の連続だと言う。ふとそんなことを話す妹に、長い間の姉妹の違う暮らしを思う。
 人間は良い意味でも悪い意味でも、表と裏の顔がある。ただ物ではない気配が表に出る人は力が入っている人であろう。人の見ていないところで善行をすることを「陰徳を積む」と言う、私もそんな人になりたかつた。ただ働いて年を取ってしまったようだ。
 宮崎県延岡市 逢坂鶴子(95) 2022.4.12 毎日新聞鹿児島版掲載

春風の中で

2022-04-27 14:14:41 | はがき随筆
 いつものように散歩に出かけた。上を見れば、あちらこちらに満開の桜。下を見れば、ホトケノザ、タンポポ、オオイヌノフグリなど春の野草が色鮮やかに咲いている。竹林の近くを通れば、ウグイスの美しい声が響く。カラスやキジバトも負けてはいない。
 麦畑に近づいてきた。私の横を後ろから1台の自転車が通り過ぎていった。ロングヘアにベージュの帽子。緑色の薄手のセーター、それにグレーのロングスカート。黒の革靴をはいていた。映画のワンシーンのごとく春風に乗って去りゆく少女みたいで素敵だった。
 熊本県玉名市 立石史子(68) 2022.4.10 毎日新聞鹿児島版掲載

模写

2022-04-27 00:43:05 | はがき随筆
 「小学3年の息子が博物館で模写をしていたらスタッフからとがめられた」と父親がSNSに投稿した。そのことで、欧米の多くの美術館・博物館で認められている模写が、なぜ日本では禁止されているのかと昨年末話題になった。
 このニュースを目にして、三十数年前に訪れた大英博物館の光景を思い出した。人気のロゼッタストーンをはじめ、多くの展示物の前で大人も子どもも模写をしていた。その中に、中学生くらいの少年がいた。床に腹ばいになって熱心に鉛筆を走らせてした。のぞいてみると、掛け軸の毛筆の書を模写していた。
 鹿児島市 高橋誠(71) 2022.4.9 毎日新聞鹿児島版掲載

車窓の桜

2022-04-27 00:36:34 | はがき随筆
 川沿いの満開の桜の中をバスが走る。心に残るその桜の光景は中学1年の春のことだった。
 10日前、同じ道を家族のもとへ帰る時には、あんなに心が弾んでいたのに、春休みを終えて一人宮崎の下宿へ向かう心は沈んでいた。車窓の桜は心と裏腹に晴れやかだった。
 当時、最寄りの日向市駅から上椎葉まではバスで4時間を要した。その長い時間と車窓の風景が、久しぶりに家族のもとへ帰る喜びや、一人旅立つ寂しさに寄り添ってくれていた。
 60年近くたった今、整備された道を2時間で走る。再び桜の季節に巡り合いたいと思う。
 宮崎県串間市 岩下龍吉(70) 2022.4.9 毎日新聞鹿児島版掲載

音楽と戦争

2022-04-27 00:28:00 | はがき随筆
 私の女学校の2年後輩に故チェスキーナ洋子さんがいる。彼女は夫君からの莫大な遺産を音楽界のために使った。その後援を受けた一人にロシア出身の楽団指揮者ゲルギエフ氏がいる。彼はその縁で来日の際は忙しい日程をやり繰りして熊本公演に来てくれていた。その彼がウクライナ侵攻を決めたプーチン氏への批判を拒んだとかで職を追われた。戦争は絶対に悪だからそれもやむを得ないことかとは思うもののやりきれない。太平洋戦争の折にはジャズが敵性音楽として排除された苦い記憶がある。泉下の洋子さんはどう思っているかなとふと思った。
 熊本市中央区 増永陽(91) 2022.4.9 毎日新聞鹿児島版掲載

ひなたぼっこ

2022-04-27 00:20:51 | はがき随筆
 昼食後、座椅子でウトウトしていたら「うたた寝をしているのなら、日向ぼっこでもしたら?」とカミさん。
 ひなたぼっこ。何となく懐かしい響きがある。母屋の縁側には、正面から太陽の光が差し込んでいる。天気予報は「4月中旬の暖かさになる」。まさに初夏を思わせる3月の午後。ダウンのチョッキ、長袖シャツを脱ぎ、半袖の肌着1枚になった。
 「気持ちいいでしょう」とひなたぼっこを兼ねて庭の草むしりをしていたカミさん。目の前にはオガタマの蕾がいくつも並んでいる。その中の一つが半開きになっていた。
 鹿児島県西之表市 武田静瞭(85) 2020.4.9 毎日新聞鹿児島版掲載

マスク

2022-04-27 00:13:22 | はがき随筆
 友人が大勢集まっていた。みんな楽しく会話している。さすがに全員マスク姿。私もその輪に加わった。すると私の前の一人が、突然マスクを外した。
 えっ、と思ってその人を見ると、なんとマスクの下には顔がなかった。すると他の人も次々とマスクを外していき、顔から下がない人でいっぱいに。
 「やめて」と思わず叫んだところで、目が覚めた。マスクをしていない人への恐怖が潜在意識となって夢に現れたようた。
 「飛び切りの 貴方の笑顔 隠れてる マスクの下を 見たいと思う」。安心して皆がマスクを外せる日が訪れますように。
 宮崎市 福島洋一(67) 2022.4.9 毎日新聞鹿児島版掲載

人生いろいろ

2022-04-27 00:05:57 | はがき随筆
 娘が用事で二泊三日家を空けることになり、私の事を心配して福祉の方に相談したら、一時見てくださる所をお世話いただいた。個室にベッド、トイレ、お風呂、三度の食事付き。行き届いたお世話、おいしい食事、晩は9時まで広場でお話しできる。隣に来た人に名前を聞くより、年を聞いた方が早い。その女の人が「99歳の誕生日が過ぎたから百歳です」とハッキリ。姿勢もいい。私の背中までシャンとなった。男の人が日帰りしたいのだろう。「日帰り、日帰り」とつぶやいている。皆訳ありばかり。一人一人の人生の縮図を見るようで勉強になった。
 熊本県八代市 相場和子(95) 2022.4.9 毎日新聞鹿児島版掲載

二つの憂い

2022-04-26 23:58:50 | はがき随筆
 世界を揺るがすウクライナとロシアの戦争。その最中、鹿屋の自衛隊航空基地に無人偵察機を一時配備する動きがある。中国の軍事活動が、活発化し、周辺海域での警戒監視が目的らしい。
 しかし、万が一の有事の際、基地は真っ先に狙われる可能性がある。また、米軍関係者の駐留となると、更なる心配もある。沖縄がそうだったように、新型コロナウイルスの感染が急拡大しないだろうか。
 日米地位協定が見直されないまま甘い検疫で駐留されると、市民はその度にウイルスの恐怖におびえることとなる。暮らしに影響が出ないよう切に願う。
 鹿児島県鹿屋市 中鶴裕子(72) 2022.4.9 毎日新聞鹿児島版掲載

傾斜の恵み

2022-04-26 23:50:59 | はがき随筆
 小学6年の時、先生が「なぜ春夏秋冬があるのかわかる者はいるか?」と聞いたが誰も手を挙げず、私に当たった。とっさに「地球が太陽の周りを公転する際、太陽に最も近づく時が夏、遠い時が冬。春と秋はその中間です」と答えると、先生は「とんでもない考えだ」と一喝。
 正解は地軸が垂直ではなく、23.4度傾斜していることにより、公転中に太陽が真上近くに来る時が夏、最も太陽高度が低い時が冬である。つまり、四季はこの傾斜による恩恵である。
 冬至までは高度が下がり、以後夏至まで上がり続ける。途中、春の彼岸を経由しながら。
 宮崎市 杉田茂延(70) 2022.4.8 毎日新聞鹿児島版掲載

小さなナイト

2022-04-26 23:44:33 | はがき随筆
 家族旅行でも夕方になると「お家へ帰りたい」という1年生の男の子が、春休みに入って「ばあちゃんちにお泊りする」とやってきた。1日目は本屋さんでお目当てのポケモンの本をゲットして大満足。2泊め、お母さんに電話で言いにくそうに「やっぱり帰りたい」と言っている。でもすぐ「うん、わかった」と決断。訳を聞いても言わないが、「ばあちゃんが独りで寂しいからそばにいてあげて。頼んだよ」とでも言われたか。「どうしてばあちゃんは独りでこの家にいるの?」と気にしていたもんね。お泊りしてくれて心強かったよ。ありがとう。
 熊本市中央区 渡邊布威(84) 2022.4.7 毎日新聞鹿児島版掲載

再任用

2022-04-26 23:36:25 | はがき随筆
 ずっと前から決めていたことがある。「教職人生の最後は担任で終わりたい」と。担任から始まり、管理職でなく一教諭としてもう一度子どもと向き合ってみたいと願っていた。5年前、退職は節目であり終わりではないと迷わず再任用希望を出した。再任用では久しぶりに複式を経験し、卒業学年を受け持つことができた。初めて2年生を担任した4月当初は授業の進展に戸惑った。教務・研修主任は30代の気概を思い出した。快く受け入れてくれた同僚に深く感謝したい。2度目の退職。旅行や登山、童話や俳句、畑と夢は広がる。奉職の四十三年弥生尽。
 鹿児島県霧島市 秋野三歩(65) 2022.4.6 毎日新聞鹿児島版掲載

一輪の花

2022-04-26 23:17:14 | はがき随筆
 夕方近く、雨も上がり、歩くことに。狭い道路は用心して排水溝の蓋の上を。ふと足元を見ると、コンクリートの蓋のすき間に一輪の小さな可憐な花。座り込んで観察すると、土も見当たらない。よくもこんな所に。生命力に感心してスマホで写す。花の名前が分らず、植物に詳しい知人に尋ねた。早速調べてくれて、名前は「ハナニラ」。特徴まで教えてくれた。小さな星型の花は、太陽に向かって咲くという。毎日早朝の散歩の時はまだ蕾のまま。気になってお昼過ぎに見に行く。人通りがないわけではないが気づく人はいない。いつまでも元気でね。
 熊本市中央区 原田初枝(91) 2022.4.4 毎日新聞鹿児島版掲載

海へ

2022-04-26 23:16:21 | はがき随筆
 砂浜を歩く時の靴底の感触。気を付けていても、靴の中に砂が入り異物感は半端ない。なぎさに立った遠い日。海水に靴をぬらされたこともあったっけ。
 工場の並ぶ市街地から、海辺の少し寂しい土地に引っ越したのは15歳の夏。いつものように台風はやって来た。強い風に打たれながら私は庭に立ち、背伸びをして海の方を見やった。
 ああっ。高潮だ。
 3年ぐらい海を見ていない。里住まいが久しいせいか年の1度ほど無性に海が恋しくなる。春、一人海へ車を走らせた。しばし日向灘の白い波が横に走っては崩れるさまを眺めていた。
 宮崎県延岡市 佐藤桂子(74) 2022.4.5 毎日新聞鹿児島版掲載


ふかふかな春

2022-04-26 23:09:26 | はがき随筆
 2月初め、下校途中の小学生2人の男の子と出会った。「めっちゃ気持ちいいよ。ふかふかして。踏んでみて」。もう一人の友達を誘っていた。寒さと乾燥で干からび、塀からはがれ落ちたコケを踏んでいた。踏むとはと思ったが、これも道草の学習かな。「おばさんも踏んでいい?」「いいよ。どう? 気持ちいいでしょ!」。靴底から頭の芯までコケの感触が伝わり「本当、ふかふかしてる」。この子たちの未来に幸あれと願いつつ「ありがとうね。気をつけて帰ってね」と言葉を掛け別れた。寒い日にほかほかな早春を味わうすてきな一日となった。
 鹿児島県指宿市 外薗恒子(68) 2022.4.3 毎日新聞鹿児島版掲載