絵話塾だより

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2024年12月21日(土)文章たっぷりコース第6期・第3回目の授業内容/高科正信先生

2024-12-22 21:30:32 | 文章たっぷりコース

前回の授業から3週間あきましたが、その間に高科先生はインフルエンザに罹られていたそうで、この日もまだ少し元気がなかったような気がします。
他に風邪で休まれている方もいて、皆さんもこの時期はお身体に気をつけてお過ごしくださいね。

ということで、授業は先生のお家の近くにあるアスファルト舗装された駐車場で、マンホールとの境から雑草が芽吹いているという話から始まりました。
「雑草」とは、人の意図にかかわらず自然に繁殖する植物や、景観を損ねる所に生える人に望まれない植物のことを指します。
彼らは自然環境へのさまざまな耐性を持ち、たくましくしぶとく種をつないでいく性質を持っています。
このように身近なものに目を留めて、文章を書く「部品(素材・ネタ)」として自分の「引き出し」の中に溜めておくのも良いでしょう。

そして、テキスト『「書く力」私たちはこうして文章を磨いた』(池上彰・竹内政明 著/朝日新書) 第一章「構成の秘密」の続きは
・読者に展開を予想させないテクニック ─ 巧みなブリッジのかけ方②
・文章に必要な「部品」は探しにいくもの ─ 文章と文章をつなぐブリッジを見つける①
・時には強引に「つなぐ」う ─ 文章と文章をつなぐブリッジを見つける②  
でした。

文章の構成として「起承転結」がよく使われますが、短いものなら「序破急」でも良いとのこと。
書き出しを読んだだけで「ああ、この話ね」となる入り方はダメで、読み手が「なるほど、こう来たか!」と興味を惹きつけられる構成が望ましいそうです。

テキストの中では「使ってはいけない言葉のリスト」の例として「心の闇」が出てくるのですが、どのような言葉がそれに入るのかという質問があり、自分が嫌だと思う言葉や流行言葉、短縮語などは使わない方が良いとのことでした。
また、簡単な形容詞(嬉しい・楽しいなど)は、できるだけそうではない他の言葉に差し替えるようにとか、自分で気に入っている言葉や言い回しも、頻度に気をつけて使う(400字詰め原稿用紙に2〜3回程度まで)方が良い、と教えていただきました。

そして、参考資料で千早耿一郞の『悪文の構造 ――機能的な文章とは』(ちくま学芸文庫)』 から、
「機能的な文章とは」という箇所を見ていきました。
1979年に木耳選書から発行されたものが、最近文書化された本書では、「名文を書く」より「悪文を書かない」ことを目的として
読みやすい・分かりやすい文章が書けるように、例を挙げて解説しています。

曰く、「文章には、①事実や意思を伝達する働き と、②感情を表したり、相手の感性に訴える働き の2つがある」ということを
理路整然と説明していているのですが、次の授業でも続きを行うので、配付資料を忘れて来ないようにしてください。

ここでまた質問が。
いつか使おうと思って自分の引き出しの中に溜めておく「部品(素材・ネタ)」は、どのような形で残すのか、という問いには
後で(引き出しから)取り出して使う際に困らないように、出典を明らかにしておき、新聞の切り抜きなども紙名や日付は必ず明らかにしておくように、と答えておられました。

言葉を短くすることに関しては、言葉は生き物なので省略形が一般的になっているものもあります。
「それ」を使えば読者に伝わる・認知されるように、作品世界の中での使い方を工夫する必要もあります。
無くなっていく言葉も確かにある反面、残せるものは残した方がよいというのが、先生の見解です。

休憩後はまず、前回の課題「わたしがいちばん○○だったとき」をテーマにした生徒さんの作品を講評していきました。
いちばん長いものを書かれたSさんの作品は、時系列に沿った事実と感情を加不足なく書ききっておられて、お手本のようだと評されていました。

そこで、茨木のり子の詩集『おんなのことば 文庫』(童話屋) から「わたしが一番きれいだったとき」「女の子のマーチ」「汲む」の3作を読んでいきました。
「わたしが一番きれいだったとき」では、“ 平和 ” という言葉が一度も出てこないのに、戦後の時代に背筋をしゃんと伸ばしてこれから生きていこうとしている彼女の姿勢を描いています。
「女の子のマーチ」はなんとも威勢の良い作品で、谷川俊太郎の「男の子のマーチ」(性的表現が多い)とは一線を画し、先生は茨木さんに軍配を上げておられました。
「汲む」はこの詩集の代表的な作品で、最後に収められています。

文章クラスでは以前も詩人の言葉を取り上げたことがあったのですが、今期もまた紹介しようと思っておられるそうです。

最後に、今回は「冬のごちそう」をテーマで何か書く、という課題が出されました。タイトルはそのままでも、独自のものを付けても良いです。
自分にとっての「冬のごちそう」について。ごちそうの中身について具体的に書いたり、シチュエーションについて書いたり、
身近なものでもそうでなくても何でもかまわないので、自分にしか書けない「ごちそう」について書いてください。
枚数は自由ですが、できるだけ難しい言い回しは使わないで、一文が長くなりすぎないように考えてください。

また、自分のことを書くのに事実をそのまま書くとキツくなる場合は、オブラートに包んで表現に言い換える方が良いのか?という質問には
自分のことなので書いても良いけど、被害者意識丸出しのものではなく、反発できるように、跳ね返して笑えるように、読者の共感を得られるような書き方をした方が良いのではとのことでした。

他にも、自由に書くときでも自分でボリュームを設定して書く方が良いのか?という質問には、設定してから書く方が「締まる」のだそうです。
さまざまな文章を書いていると、そのうち自分でこんな感じならこれくらいのボリュームというのが分かってくる。書き終わって読み返したときに、書き足りなかったら書き足さないと行けないし、書きすぎていたら削らないといけない。
長いものを書く練習も必要で、それで筆の走り具合を習得して、長くなりすぎたら削るというのも良いでしょう。

「冬のごちそう」については、できるだけ読む人の目に情景が浮かぶように、その場の空気感(料理から立ち上る湯気とか)や匂いも表現できると良いでしょう。
提出は、次回1月18日(土)の4回目の授業の時です。よろしくお願いいたします。

 


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2024年11月30日(土)文章たっぷりコース第6期・第2回目の授業内容/高科正信先生

2024-12-06 20:38:56 | 文章たっぷりコース

この週の始めに高科先生は用事で西中島南方へ行かれ、その後体調をくずされたそうで、授業のある土曜日にはずいぶん回復しておられましたが、それまではまるで『どろんここぶた』(アーノルド・ローベル 作・岸田衿子 訳/文化出版局) の こぶた君みたいに、コタツに潜り込んで過ごしていたそうです。

状況をすぐに絵本作品からの引用ができるというのも、高科先生ならではです。絵本のページを思い浮かべると、分かりやすいです。

 

この後、映画『ベルリン・天使の歌』(ヴィム・ヴェンダース 監督/1988年日本初公開)の話も出たのですが、それは「人にとっての幸せとは何か?」ということについて説明するためでした。
映画の中で、元天使役のピーター・フォークが天使から人間になったばかりのブルーノ・ガンツに「コーヒーを飲むと暖かくなる(=幸せになる)」と教えるシーンがあって、先生はそこがとても好きなのだそうです。

さて、授業の方はテキスト『「書く力」私たちはこうして文章を磨いた』(池上彰・竹内政明 著/朝日新書) 第一章「構成の秘密」の続きからです。
・結論よりも、まずは「書き出し」を ─ テーマと書き出しをつなぐブリッジを見つける
・無駄を恐れない ─ 冒頭から結論へのブリッジを見つける①
・「部品」の数は多めに持とう ─ 冒頭から結論へのブリッジを見つける②
・向田邦子のうまさの秘密 ─ 巧みなブリッジのかけ方①

前回の授業では、何をテーマに書くか、書きたいことをハッキリさせるのが重要ということを学びました。
今回は、書き出しで読者を引き込んでいくのが重要、ということです。特に短い文章の場合は、書き出しがより重要になります。
逆に、結論はきっちり決めてから書くのではなく、書いているうちに浮かんでくることが多いといい、ベストセラー作家『精霊の守人シリーズ』の上橋菜穂子氏 も結論は決めずに書き始めると常々言っておられるそうです。
書き出しが決まったら、ここではああする・ここではそうするというプロット(筋・柱)を立てて、展開を考えてから書くと書き進めやすくなります。
書くべきこと(材料)を書き留めておき、エピソードも貯めておくと良いでしょう。(=部品が多い)

『向田邦子ベスト・エッセイ』(向田邦子 著・向田和子 編集/筑摩書房) からは「う」を。「う」は「うまい」の「う」だそうです。
向田さんの文章は一つ一つのセンテンスが短くてリズムが良く、書き出しを読んだだけでは本来のテーマが想像できないので、ついつい読み進めてしまうというのです。

 

おいしいものの記録を「う」という整理箱に入れて貯めていたという向田さんは、レシピ&エッセイ集『向田邦子の手料理 (講談社のお料理BOOK) 』(向田邦子 著 監修・講談社 編集) という本も出版されています。

紹介された文章について、
向田さんは漢字とひらがなの使い分けに特徴があると思うのですが、自分で書く場合はどうしたら良いですか?と、質問がありました。
難しい漢字ばかりだと読みにくいけれど、ひらがなだけでも読みにくいでしょうから、そのあたりを考えて、自分の中で使い分けの約束事を決めて書くと良いでしょう。
また、傍点(文字の脇に付ける点々)は、その言葉を強調したり特別な意味を持たせたいときに付ける約物で、効力は少し弱まるけれど「」を使うこともあります、と教えていただきました。

他にも、タイトル(題名)はどのように付けたら良いのでしょうか?という質問にも、お友達の岡田淳さんの「こそあどの森」シリーズや、先生ご自身が3部作(『ぼくらの事情』『ふたご前線』『ツバメ日和』)を執筆された経験など、いろんなケースを聞くことができて興味深かったです。

  
結論として「タイトルを付けるのは難しい」ことがよく分かりました。

皆さんがどんどん質問されるのを、先生がテキパキ答えていかれるのがこのクラス。
絵話塾には珍しい座学中心のクラスなので、学生時代に戻ったようで楽しいです。

休憩後も、テキストの続きです。

テーマを決めて書くにしても、思ったことを全部書く必要はありません。
誰に向けて(テーマに関心がある人? 不特定多数? 年齢制限? など)書くのか(誰が読むのか)考えて、削れるところは削る方が良いでしょう。

エッセイ(随筆)とは、日常の暮らしの中に登場するつれづれなるままの出来事を書いたもので、読者が共感できるような話になっています。
さまざまな人が執筆しており、中には寺田寅彦など科学者の作品もあったりするので、それぞれの視点で書かれているところが面白いです。

「向田邦子の文章がうまい」ということで、『眠る杯』(講談社文庫) から、「眠る杯」の箇所を見ていきました。
彼女が幼かったとき、『荒城の月』の歌詞「巡る杯」を「眠る杯」と間違えて覚えてしまったことを、当時の思い出と共に綴った作品。
「なーんだそういうことか」と思うものの、当時の向田家の様子〜特にお父さんの思い出を記した文章に、ぐっときてしまいます。

書き出しを読んで、中身が分かってしまうような文章はできるだけ書かないようにしましょう、書き出しと書きたいことの間にブリッジ(橋)を掛けるようにつとめましょう。
ということで、『安房直子コレクション1 なくしてしまった魔法の時間』(安房直子 作・北見葉胡 絵)から「はじめの一行」を見ていきました。

 

安房直子はこの文章の中で「はじめの一行」の成功例として、『北風のわすれたハンカチ』を取り上げ、この一行が決まったとき、作品はなめらかに書けると思ったそうです。
自分自身に魔法をかけ、作者も読者も物語の世界へするりと入り込める……そんな書き出しを我々も見つけたいものですね。

そして、春の窓 安房直子ファンタジスタ』 (講談社X文庫 ホワイトハート)から「北風のわすれたハンカチ」の書き出しのところも皆で確認しました。

それから、高科先生の『ふたご前線』(すがわらけいこ 絵/フレーベル館)についてのお話を聞き、双子が主役の『ふたりの証拠 』(アゴタ・クリストフ 作・堀茂樹 訳/ハヤカワepi文庫) も紹介していただきました。

 

最後に新聞の切り抜きから、はがきの名文コンクールの受賞作で、10才の小学生が書いた「タダよりこわい物はない」という書き出しとオチが楽しい作品を読みました。

最後は課題です。
「わたしは○○です」というテーマで、エッセイでも創作でもかまいませんので書いてください。長さも自由ですが、根底にあるのは「私とは誰か(何か)」ということです。
※ 一人称であれば、私・僕・俺・あたし・ウチ・ワシ・自分・吾輩・小生……何でもOKです。
書き出しは「わたしは○○です」で、タイトルは何でも自由に付けてください。
「です・ます」(敬体)でも「だ・である」(常体)で書いてもかまいませんが、最後まで同じ文体で書き通してください。

ちなみに、「」内に書かれた文章の最後に “。” は不要です。
また、「」や。など約物は、行の始めには入れません。一行の最後に(枠外に)ぶら下げるように記載します。

それでは、次回12月21日(土)までに(書き出しに気をつけて)課題にチャレンジしてくださいね。よろしくお願いします。

 


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2024年11月16日(土)文章たっぷりコース第6期・第1回目の授業内容/高科正信先生

2024-11-22 18:59:23 | 文章たっぷりコース

ずいぶんと秋らしい気候なったこの日、文章たっぷりコース第6期が始まりました。
最初は高科先生から、自己紹介を兼ねて文筆家になった経緯と、著作物について。
続いて受講生の皆さんが、なぜこの教室で学ぼうと思ったかなどを語っていきました。

そして先生から、フランスの詩人ルイ・アラゴンの詩「ストラスブール大学の歌」の一節を教えていただきました。
「教えるとは、希望を語ること
 学ぶとは、誠実を胸に刻むこと」
これからの約一年間、楽しく受講できますように。そして、1回1回の授業が実りのある時間になりますように。

このコースでは、毎回教科書となる本を使って学んでいきます。
今期は、『「書く力」私たちはこうして文章を磨いた』(池上彰・竹内政明 著/朝日新書) を使います。
この本は、NHKで記者やキャスターを務めたジャーナリストの池上さんと、読売新聞のコラム「編集手帳」を長年担当していたコラムニスト竹内さんが、自らの経験から「どうしたら良い文章が書けるのか」を対談形式で語り合うものです。

この日は教科書に入る前に、新聞のコピーを見ていきました。
11月13日付けの朝日新聞「想 夜明けに出て行く船」(詩人の小池昌代さんによる)と、11月1日付けの「天声人語」です。
前者は昨年亡くなった詩人で作家の三木卓さんについて、後者は絵本『おしいれのぼうけん』(古田足日・田端精一)について書かれていました。どちらも簡潔で分かりやすく、魅力的なものに思えました。

それから『書く力』を、始めから読んでいきました。
 ・池上さんによる「はじめに」
 【第一章】構成の秘密 ─「ブリッジ」の作り方
 ・まずはテーマを決める ─ テーマと自分をつなぐブリッジを見つける①
 ・「身近な話」には魅力がある ─ テーマと自分をつなぐブリッジを見つける②
 ・「連想ゲーム」トレーニング ─ テーマと自分をつなぐブリッジを見つける③
 ※「はじめに」に出てくる、吉野弘の詩『祝婚歌』(「ポケット詩集①」田中和雄編/‎ 童話屋) の全文も読みました。

竹内さんによれば、起承転結などにとらわれる前に、「何が書きたいか」をはっきりさせることが重要であると。
書くべきことが見つかれば、まずはよく知っている自分の身近なところ(小さな話)から書き始めて、大きなテーマに至るブリッジを探し、最後は普遍的なものに持って行ければ、読者の興味を引く魅力的な文章になるそうです。
そのトレーニングとして、連想ゲームを行うのが有効で、例えば「三題噺」を書いてみると想像力が鍛えられると言っています。

文章を書くことに関するさまざまな書籍が出ていますが、書くことに正しい答えはなく、いろんな書き方があります。
日々の暮らしていく中で、何でもないことに目を向ける。目を見はる。
何でもないことに耳を傾ける。耳をそばだてる。 そんなことが重要なのかもしれません。

休憩をはさんで後半は、前出の(「ポケット詩集①」田中和雄編/‎ 童話屋)から
長田弘の『言葉のダシの取り方』を読んでいきました。
かつおぶしと言葉を重ね、どうしたら良いダシが取れるのかを手順を追って説明していく詩です。
材料を選び、手順を追って、ていねいに、タイミング良く、作業を進めていく。
注意すべきは、自分の言葉を使うことだ…という具合に。とても分かりやすいです。

その後は、写真家・内藤忠行のサウンドアルバムDRY AND WET』(Trio Records)の「WET サイド」(レコードのため片面ずつ違う内容)をしばらく聴き、思ったこと・感じたことをその場で書いてみるというトレーニングをしました。
即興で思いついたことを素早く書くのは、結構難しいものです。
どのくらい長く聞き続けるのか、どれくらいの長さの文章を書くのか、よくわからないまま進めていくのは、初回にしてはかなり難易度の高い作業でしたが、皆さん黙々と紙に向かってチャレンジしておられました。

そこで今回の課題は、「わたしがいちばん○○だった時」です。
このテーマについての文章であれば、タイトル・形式・長さなど、何でも自由に書いてください。

ただし、提出するのは必ず縦書きの400字詰め原稿用紙に書いたものでお願いします。
パソコンで書く場合も、同じ様式でプリントアウトしてください。

タイトルは2行目の上の方から、名前は4行目の下の方に、本文は6行目から書き出すようにしてください。
文章を書くときは必ず傍らに辞書を置き、分からないことがあれば調べてから書く習慣をつけてください。

いろいろな辞書がありますが、たとえば各新聞社が出てしいる記者が記事を書くときに使う「用字用語集」は、漢字、仮名遣い、送り仮名の付け方、記号の使い方、慣用句、差別語の例など、言葉に迷った時に確認するのに役立ちます。
教室には『記者ハンドブック 第14版: 新聞用字用語集』(共同通信社) を用意していますので、参考にしてください。

では、課題「わたしがいちばん○○だった時」の作品は、次回11月30日(土)の第2回目の授業の時に提出してください。
提出した作品は、高科先生が読んで添削(アドバイス)を書き込み、第3回目の時(12月21日)に返却してもらいます。
このクラスの授業はこのようにして進めていきますので、よろしくお願いいたします。

 


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2024年7月27日(土)文章たっぷりコース第5期・第16回目(最終回)の授業内容/高科正信先生

2024-08-03 22:12:17 | 文章たっぷりコース

いよいよ文章たっぷりコース第5期も、最後の授業となりました。
この日はさまざまな事情で出席できない方が多く、教室は少し寂しい雰囲気でしたが、最後まで先生にいっぱい質問したりして、このコースならではの “ 大学のゼミ感 ” 満載で修了しました。

「文章たっぷりコース」は、絵話塾では珍しい座学中心少人数制の授業で、毎回高科先生が選んだ書物(の一部)を紹介してくださったり、それらを読んで内容について考えたりしながら、良い文章とはどのようなものか、自分の考えを読み手に伝えるにはどのような方法で書いていけば良いかを学んでいきます。

博学(で毒舌だけどロマンティスト!)な高科先生には、どんな質問を投げかけても、答えを返してくださいます。
学校を卒業して年月が経つと、このような授業を受ける機会はなかなかないと思います。今まで知らなかったことや、普通に過ごしていて気づかなかったことに気づく、良い機会になると思います。

ということで。

一人の生徒さんから、「あるアーティストが好きだが、難解でよく分からない。でも作品について説明するのは、違うと思う」という話に対して、先生は「誰かに何かを伝えたいと思って書いても、書いた後は読み手の解釈に任せるべきなので、説明は不要」だとおっしゃいました。

ただ、書き方に正解があるわけではないので、書き手によっては分かってもらわなくても良いと考える人や、できるだけ分かってもらえるように書こうとする人がいます。この二つに優劣があるわけではありません。

井上ひさしは「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに」書くことを心がけていたとか、
詩人の くどうなおこ に先生自身が「もどかしくてうまくことばで表現できないことがある」と言ったときに「それは単にあなたが未熟なだけ(必ず言葉に置き換えることができる)」と言われたことがあるとか、
長田弘は詩集『詩ふたつ』の中で「言葉にならないことを言葉で表現するのが『ことば』である」と言っているとか、
文章を書く際の「こころがけ」をいろいろ教えていただきました。

先生が印象に残っている難解な作品として、『クレーン男』(ライナー・チムニク 著・矢川澄子 訳/パロル舎) や映画『パラサイト』 を挙げ、本当に言いたいことをあえて象徴や寓話として描くなど、いろんな表現の仕方があるとのことでした。一時期難解な作品がもてはやされた時代もあったそうです。

  

そして、最後の授業は『読む力をつけるためのノンフィクション選 − 中高生のための文章読本』(筑摩書房) から、近藤雄生の『旅に出よう ー 世界にはいろんな生き方があふれてる』の「国ってなんだろう?」という箇所を見ていきました。
かつてオーストラリアに「ハットリバー公国」という独立国があり、著者がそこに訪れた時の旅行記です。そんな国があったことは全く知らなかったのですが、州政府が決めた小麦の生産高に抗議した農家の男性が、国際法に則って1970年に分離独立したのだそうです。
その後、通貨、切手、パスポートなども独自のものを作っていき、2019年に初代プリンスが亡くなるまでは順調だったそうです。(※ ところが2代目プリンスの代になってからコロナ禍になり、観光収入が減って2020年に公国は消滅し、現在はオーストラリアの一部に戻っているとか)

休憩をはさんで後半は、(課題にも出たことのある)「物語る」についてでした。
たいていの人は物語の中で生きていたり、人生に物語を欲しています。自分の人生は一回きりなので、自分以外の人生も生きてみたいと思ったりします。
役者になって自分以外の人生を生きたり、作家になって誰かの波瀾万丈の人生を生きてみたいと思ったりするのです。
高科先生が書く児童文学では、読み手の子ども達が人生経験に乏しいため、本に書かれた内容を知ることで、来るべき時に備えることができることもあります。

人生は自分が主人公である物語です。それが面白いところでもありますが、反面それにしばられてしまうこともあります。
たとえば自分の経験を人に話すとき、自分に酔ってしまうことが往々にしてあります。それには気をつけなければいけません。
先生の場合、著書『ふたご前線』の中で、主人公の双子の女の子のお祖母さんが書いた手紙には、先生自身の人生が描かれているのだそうです。

人類は言葉を持つ以前に、自分の物語を他の人に伝えたいと思い、太古の昔洞窟に絵を描き残していました。物語を持つのは人間だけなのです。

最後は、ノルウェーの昔話『三びきのやぎのがらがらどん』のお話でした。

  

我々がよく知っているのは、青い表紙の『三びきのやぎのがらがらどん』(マーシャ・ブラウン 絵・せたていじ・訳/福音館書店)ですが、
まず、黄色い表紙の『三びきのやぎのがらがらどん』(池田龍雄 絵・瀬田貞二 訳/福音館こどものとも1959年5月号)を読み聞かせてくださいました。

 

この版では、絵は画家の池田龍雄氏が担当しておられます。昔のこどものともでは、このようなことがあったのですね。

次は、青い表紙の『三びきのやぎのがらがらどん』(マーシャ・ブラウン 絵・せたていじ・訳/福音館書店)です。

同じ瀬田さんの訳でも、微妙に言葉遣いや表現が違います。こちらの初版は1965年ですので、6年あまりの間に手が加えられたのですね。
このお話は、北欧の厳しい自然の中で暮らす者達の暮らしを描いた物語ですが、このジャンルで有名なのはトーベ・ヤンソンの「ムーミン」シリーズです。

最後は、小学館 世界おはなし名作全集6に載っている『三びきのやぎ』(絵 長新太・木村 由利子 訳)です。

 

こちらは訳者が違うし、長さんのユニークな絵なので、ずいぶん雰囲気が違います。(初版は1990年)
やぎの名前は「がらがらどん」ではなく、「ドン・ヤンギー」となっています。

北欧のように冬(夜)が長い地域では、物語がなければ生きていけないし、正しいにしろ間違いにしろ物語を生きることが必要であるからです。
世界中どこにでも伝わっている民話(日本では今昔物語等に収められている)などは、とてもおもしろいし、生きる “ オマケ ” として必要なものではないでしょうか。

授業の最後に、今後文章を書いていくうえで、センスを身につけるには、人の書いたものを読むのが良いです、とのアドバイスを。

クリエイターを目指すなら、先人の作品と接することは欠かせません。
読んで、「このくらいなら描けるわ」と思ったら、その時点で作者の方が数倍素晴らしいと思ってください。「この人の作品はスゴイ!」と思ったら、数十倍・数百倍素晴らしいと思ってください。

いくら創作といっても自分にないものは書けないので、人の作品から取り入れるセンス(感性)を身につけて、それぞれが精進していってください。

という「締め」で今期の授業は終わりました。

8月20日から始まる修了作品展では、文章クラス全体で「あむ」という文集を出品します。
第5期で学んで、課題などで書いた作品を一人1編ずつ掲載していますので、修了展に来られる際はどうぞ少しお時間を取っていただいて、お読みいただければ嬉しいです。

では、高科先生、第5期の受講生の皆さん、お疲れ様でした。Keep on writing !!


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2024年7月13日(土)文章たっぷりコース第5期・第15回目の授業内容/高科正信先生

2024-07-14 16:46:31 | 文章たっぷりコース

高科先生は、最近クマゼミの鳴き声を聞いたそうです。
例年よりかなり早い〜ということで、セミといえば…と、つづけてアメリカの周期(素数)ゼミの話を。
セミは成虫になるまで数年を要する昆虫ですが、13年周期と17年周期の2種類が221年に一度同じ年に羽化することがあり、それが今年にあたるのでアメリカでは1兆匹もの発生が予想されています。
セミの成虫の寿命は長くないので、死骸を処理するのに大変になりそうとのことですが、考えただけで背中がぞわぞわしますね。

こんなふうに、毎回文章コースの授業は先生のよもやま話から始まります。
とくに身近にある自然から季節にまつわる話など、私たちが普段気づかないようなことに触れられて、なかなか興味深いです。

この日の本題は、ここのところ続けて学んでいる『日本語のレトリック:文章表現の技法』(瀬戸賢一/岩波ジュニア文庫) の続き、【意味を調節する】から始まりました。
「誇張法…度を超して伝える」「緩叙法…ひかえめに伝える」「曲言法…反意語を否定する」の箇所です。

・誇張法は、人に自分の考え方を説明するとき、おおげさに言うことです。
 「蚊の鳴くような声」「涙の海」「仕事が山積み」、ほかには「みんな〜してる」など。
 話し手と聞き手の間に共通の認識がなので、定型句を使うことが多いそうで、
 昔話の中にもよく出てきます。

・緩叙法は、ひかえめに表現して結果的に相手に強く深く伝えることです。
 日本人は直接的なことばで伝えるのは得意ではないため、日本語ではよく使われます。
 「つまらない物ですが」「粗茶でございます」などは、日本語独特の表現であるため外国語には翻訳しにくく、訳しても本意は伝わらないでしょう。

・曲言法は、できるだけ相手にさわらないようにやんわり表現して、曖昧に言いながらも強く出る表現です。「やぶさかではない」「悪くない」「半端じゃない」など。政治家はよく使いますよね。

休憩をはさんで、後半は以前にも取り上げたことがある『中高生のための文章読本 ─ 読む力をつけるノンフィクション選』(澤田英輔・仲島ひとみ・森大徳 編/筑摩書房) から、穂村弘の「麦わら帽子のへこみ ─ 共感と驚異」の箇所を見ていきました。

これは、歌人・穂村弘の著書『短歌という爆弾 ─ 今すぐ歌人になりたいあなたのために』(小学館文庫) からの抜粋で、石川啄木や俵万智の作品を取り上げて、その短い文章のどこに共感(シンパシー)と驚異(ワンダー)を感じるかを解説しています。
石川啄木や俵万智の作品では、読者が自分自身の体験や気持ちを作品上に重ね合わせてカタルシスを得ることができますが、アマチュアだと自分の体験や気持ちを表した作品で読み手を感動させることができません。
また、作品の中にちょっとした違和感を持つことばを入れて驚きを演出し、読者を引き寄せるのが短歌の世界では「クビレ」と呼ばれる箇所で、優れた歌人は意識的にそれをつくるのです。

穂村弘は歌人ですが絵本にも造詣が深く、『ぼくの宝物絵本』(河出文庫) (初出はMOEのコラム)という本も出しています。
酒井駒子さんの表紙が美しいこの本は、穂村氏がコレクションしている戦前から最近までの絵本を約70冊紹介しています。近日絵話塾の書棚にも追加する予定ですので、皆さんもご覧ください。

短歌と絵本という違うジャンルのものでも、表現の世界では近いものがあるので、広くアンテナを張るのはよいことです。
いろんな分野の文章の中から、どうしたら読者に共感してもらえるか、他者の作り方を学ぶのもよいことでしょう。
読者に訴えかける要素は「何か」を考えながら、文章を書きましょう。

早いもので、次回の7月27日で今期(第5期)の「文章たっぷりコース」は終わりです。
学んだことは、皆さんが文章を書く際の役に立ったでしょうか?

さて、今期最後の課題は「おもう(思う・想う・念う・憶う)」です。
今思っていること、考えていることなどを、エッセイ・創作・絵本のテキスト…何でもいいので自由に書いてみてください。文字数なども制限はありません。

よろしくお願いいたします。

 

 

 

 


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