昨年8月、神山征二郎監督の映画「ラストゲーム--最後の早慶戦」を観たことに
ついては、本ブログでも取り上げた。→こちら
この映画は昭和18年学徒出陣前の「最後の早慶戦」を描いた感動物語。今年2月に
はDVDも発売されている。その脚本を小説化したものが次の文庫本である。
脚本;古田 求、ノベライズ;蒔田陽平『ラストゲーム 最後の早慶戦』(角川文庫)
一方、早稲田大学と慶應義塾大学がノンフィクションとしてまとめたものが、昨年
11月単行本として発売された。(下記ご参照)
『1943年晩秋 最後の早慶戦』(早稲田大学大学史資料センター、慶應義塾大学福
澤研究センター 共編)平成20(2008)年11月教育評論社刊)
この早慶戦では早稲田が10対1で慶應に圧勝した。試合終了後の最後の模様を本書
166ページから引用しよう。
早稲田勝利に貢献した森武雄は「若き血」を歌い、エールの交換をしてグラウ
ンドを降りた。ベンチに入ると森の耳に、「海ゆかば」が聞こえてきた。笠原も
ベンチに入ってから聞いた。「あれっと思う間もなく、もう大合唱」(『戦争9
戦没野球人』)だった。
海ゆかば
水漬く屍(かばね)
山ゆかば
草生す屍
大君の
辺にこそ死なめ
かへりみはせじ
校歌・応援歌の応酬から「海ゆかば」に至る光景について飛田は、「最早敵も
味方もない、・・・・・・その感激はいつ果つべしとも見えなかった。(略)」
(『「学徒出陣」の早慶戦』と書いた。(中略)
試合も応援もすべて終わったあと、グラウンドにはかってない光景が現出し
た。残った学生たちが次から次へとグラウンドに集まり出したのである。彼らは
「戦場で会おうぜ」と叫びながら、互いに肩を組み合って走り回っていた。(後
略)
まこと涙なくしては読めない情景である。
映画ではカットされたこの情景、上記の角川文庫版でも史実どおり描かれている。
これに関連し、「最後の早慶戦-3番レフト近藤清24年の生涯*-」展が25日か
ら、新宿区の早大早稲田キャンパス2号館で開かれる。(4月25日まで。午前10時~
午後5時。日曜休館。)
*近藤清は特攻で戦死した。
なお、本書p105には学徒出陣した塾生の一人、経済学部三上英博氏の日記が引用
されているが、これはワグネルの先輩三上英満氏の間違いではないのだろうか。
ついては、本ブログでも取り上げた。→こちら
この映画は昭和18年学徒出陣前の「最後の早慶戦」を描いた感動物語。今年2月に
はDVDも発売されている。その脚本を小説化したものが次の文庫本である。
脚本;古田 求、ノベライズ;蒔田陽平『ラストゲーム 最後の早慶戦』(角川文庫)
一方、早稲田大学と慶應義塾大学がノンフィクションとしてまとめたものが、昨年
11月単行本として発売された。(下記ご参照)
『1943年晩秋 最後の早慶戦』(早稲田大学大学史資料センター、慶應義塾大学福
澤研究センター 共編)平成20(2008)年11月教育評論社刊)
この早慶戦では早稲田が10対1で慶應に圧勝した。試合終了後の最後の模様を本書
166ページから引用しよう。
早稲田勝利に貢献した森武雄は「若き血」を歌い、エールの交換をしてグラウ
ンドを降りた。ベンチに入ると森の耳に、「海ゆかば」が聞こえてきた。笠原も
ベンチに入ってから聞いた。「あれっと思う間もなく、もう大合唱」(『戦争9
戦没野球人』)だった。
海ゆかば
水漬く屍(かばね)
山ゆかば
草生す屍
大君の
辺にこそ死なめ
かへりみはせじ
校歌・応援歌の応酬から「海ゆかば」に至る光景について飛田は、「最早敵も
味方もない、・・・・・・その感激はいつ果つべしとも見えなかった。(略)」
(『「学徒出陣」の早慶戦』と書いた。(中略)
試合も応援もすべて終わったあと、グラウンドにはかってない光景が現出し
た。残った学生たちが次から次へとグラウンドに集まり出したのである。彼らは
「戦場で会おうぜ」と叫びながら、互いに肩を組み合って走り回っていた。(後
略)
まこと涙なくしては読めない情景である。
映画ではカットされたこの情景、上記の角川文庫版でも史実どおり描かれている。
これに関連し、「最後の早慶戦-3番レフト近藤清24年の生涯*-」展が25日か
ら、新宿区の早大早稲田キャンパス2号館で開かれる。(4月25日まで。午前10時~
午後5時。日曜休館。)
*近藤清は特攻で戦死した。
なお、本書p105には学徒出陣した塾生の一人、経済学部三上英博氏の日記が引用
されているが、これはワグネルの先輩三上英満氏の間違いではないのだろうか。
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