ナンバンキセル(ハマウッボ科;ナンバンキセル属)花言葉は、物思い。1年生の寄生植物で、ススキ,ミョウガ、サトウキビなどの根に寄生する。全体が無毛で、茎はほとんど地上に出ず、赤褐色のりん片状の葉を数枚つける。葉のわきから15~20㎝の花柄を直立し、その先に淡紫色の大形の花を横向きにつける。萼は全緑である。和名は南蛮煙管で、花の形からきている。「万葉集」にでてくるオモイクサは本種である。花期は7~9月生育地は日本全土の山野。同属にオオナンバンキセルがある。ナンバンキセルよりは大形で、花柄もやや太く、20~30㎝ほどになる。萼の先はとがらない。花冠は紅紫色で大きく、長さ4~6㎝になり、裂片のふちに」こまかい鋸歯がある。葉の形や、花冠裂片の鋸歯の有無でナンバンキセルとくぶんする。生育地は、深山分布地は、本州、四国、九州、沖縄。「南蛮」とは玉蜀黍も同音異語で、「南蛮の花つずりあう夜空かな 八木林之助」「なんばんの花に雨ふる山近み 轡田 進」。これは玉蜀黍の句のようだ。(寄生して ナンバンキセル なに思ふ ケイスケ)。
ノハラアザミ;野原薊。花言葉は、見苦しい。キク科ノアザミ属の二年草。または多年草。日本には70~80種がある。春から秋初めの花期が長い。多数の筒状花が集合した頭花で、紫色または淡紫色。葉は厚くて鋸歯が鋭く、先端が尖っている。「大原女の三人休む薊かな 野村喜舟」「双眼鏡遠き薊の花賜る 山口誓子」「薊濃し磐余の道と聞きしより 八木林之助」「薊見る実相院のまひるかな 波多野爽波」「第一花王冠のごとく薊咲く 能村登四郎」「夏あざみ音っててくる阿蘇の雨 中島藁火」「夏薊揺れをり雲の湧きつぎぬ 山上樹実雄」「夏薊渡らぬ島を消して雨 和田暖泡」「野の雨は音なく至る夏薊 稲畑汀子」「川鼠顔を干し居る薊かな 内田百開」「妻が待つ薊の刺を手に感ず 日野草城」「ふれてみしあざみの花のやさしさよ 星野立子」「午前五時あざみにとげのなかりけり 伊藤柏翠」「カタロニア賛歌.あざみの群るる夏 別所美紀子。(雨模様 庭の草花 雨を待つ ケイスケ)。
藪蘭は、万葉時代から親しまれてきた一般的な花にも拘わらず俳句界では重んじられていないようですが、一句だけ次のように詠まれていました。「雨落に藪蘭の花渓鬼荘 右城暮石」。
ヤブラン;藪蘭(ユリ科;ヤブラン属)花言葉は、忍耐。山地の木陰に生える多年草。根茎は太く短い。葉は腺形で長さ30~50㎜、幅は8~12㎜あり、深緑色で光沢がある。花茎は高さ30~50㎝になり、8~12㎝の花序に多数の小さな花をつける。花は一節に数個ずつ集まってつく。花被片は淡紫色の楕円形で長さ4㎜ほどである。果実は種子が露出し、径6~7ミリあり、紫黒色に熟す。和名はやぶに生え、ランの葉に似ていることによる。分布地は、本州、四国、九州、沖縄。花期は8~10月。我が家の藪蘭も一鉢あり、今花が咲き始めている。この花の句は見当たらない。(佳き友は 大方逝けり 藪の蘭 ケイスケ)。
女郎花(オミナエシ科)花言葉は、親切;はかない恋。秋の七草の一つ。多年草で、茎の上部が多数に分かれ黄色い小花を数房状に無数につける。茎は直立して高さ1mほど。葉は羽状に深く裂け対生する。『萩の花尾花葛花なでしこが花をみなへしまた藤袴朝顔が花』(万葉集;巻八;山上憶良「朝顔は女郎花のこと」)。「秋くさの、七くさ八くさ、一はちに、あつめてうゑぬ、きちかうは、まづさきいでつ、をみなへしいまだ。正岡子規」「「雨風の中に立ちけり女郎花 来 山」「手折りてははなはだ長し女郎花 太 祇」「をみなへし信濃青嶺をまのあたり 大野林火」「古稀すぎて着飾る日あり女郎花 津田清子」「旅にをるおもひに折るやおみなへし 森 秀雄」「天涯に風吹いてをりをみなへし 有馬朗人」「網棚に寝かせ高野の女郎花 猿橋統流子」「をみなへし越路の雨肩に散る 鍵和田柚子」「ことごとく坊の跡なりをみなへし 黒田杏子」「をみなめし遥かに咲きて黄をつくす 松崎鉄之介」。(崖に咲く女郎花の黄色不退転 ケイスケ)
ゲンノショコ;現の証拠(フウロソウ科)花言葉は、心の強さ。各地の山野などでよく見る。高さ30~50㎝、葉は長さ2~4㎝で、掌状に3~5裂する。7~10月、紅紫色または白色で径約1㎝の五弁の花をつける。古くから民間薬として利用され、すぐに薬効が現れるので「現の証拠」「医者いらず」「忽草」。種子を弾き飛ばした後の果実の形から「神輿草」とも呼ばれる。「牛篇」は十八世紀の「大和本草」の雑草類「牛扁」の項にこの名が記載されていることに由来。「げんのしょうこかかる花とは抜いてみむ 吉田鴻司」「御師の家げんのしょうこを縁に干し 広瀬一朗」「げんのしょうこ踏みて客間に夜具運ぶ 松本たかし。「通り雨ありたる現の証拠かな 右城墓石」「しじみ蝶とまりてげんのしょうこかな 森 澄雄」「雲とんで雨呼ぶげんのしょうこかな 落合水尾」。(幼き日 現の証拠は 苦き薬 ケイスケ)。
ツユクサ;露草;ほたる草;つきくさ;青花摘(ツユクサ科)花言葉は、尊敬;懐かしき関係。夏から秋にかけて咲く花は、命の短いものが多いが、露草はその代表的なものでろう。朝露の中で咲きだすこの花は、路傍の雑草の中に目の覚めるような色をのぞかせて、露の乾くころにはしぼんでしまう。古名のつきくさは、この花をとってつけると衣によく染まるからで『万葉集』にも「つき草に衣ぞ染むる君がためしみ色ごろ摺らむと思ひて」と詠まれている。友禅染めの下絵に使われる青花紙の原料として、今でも栽培され、青花摘みもある。「月草の色見え染めて雨寒し 加藤晩台」「月草や昼より後の露の色 三浦樗良」「露草や飯噴くまでの門歩き 杉田久女」「露草も露のちからの花ひらく 飯田龍太」「そこしれぬ長雨となり蛍草 川上梨屋」「露草や高原の汽車唯二輌 瀧 春一」「露草の露ひびきあふ岬の家 柴田白葉女」「露草の千の瞳をあらふ霧 岡本まち子」「露草の瑠璃をとばしぬ鎌試し 吉岡禅寺洞」「露草の露千万の瞳かな 長谷川双魚」「人影にさへ露草は露こぼし 古賀まり子」「くきくきと折れ曲がりけり蛍草 松本たかし」。(散歩道 露草よけて歩けども 朝露深く 濡れにけり ケイスケ)。
アキノタムラソウ(シソ科;アキギリ属)花言葉は、自然のまま;あなたが好き。各地の里山の土手の草地や丘陵の林のヘリなどに生える野草のひとつで、草丈20~80㎝花期は7~11月葉根生、対生で特徴は細長い花穂に淡紫色。分布地は、本州~沖縄、韓国、中国。最も普通に生える野草。枝先に細長い花穂を伸ばし、淡紫色の唇形花を多数輪生する。花冠は長さ1~1.3㎝。内面の毛環は頭部の基部近くにある。雄蕊の2個の間の葯隔が発達して花糸のようになり、片方の葯は退化して花粉を出さない。花粉を出す葯隔ははじめ上唇側にあって花冠の外に見えるが、葯が裂開すると葯隔(花糸にみえる)が下に曲って下唇にかくれる。葉は1~2回羽状複葉または3出複葉で、成長の悪いものではときに単葉になる。この花の句は見当たらない。(露ひかる淡き花穂の田村草の秋 ケイスケ)。
ススキ(イネ科)花言葉は、活力。薄は各地の山野に群生する多年草で、春に芽を出し、夏になると、葉叢の高さが1m以上にも成長する。このまつ直ぐ伸びて青々と茂った薄のことを青薄という。剣状の緑の葉は細長く、手の切れるほど勢いよく伸び、花穂のまだ出ない青々とした姿を示す。なお、「萱」は薄や菅、白芽などの総称で、古くは屋根を葺くのに利用した。●すらりと伸びた剣のよう菜に勢いを感じる。昭和12年~20年頃までは、世田谷周辺の農家の屋根はススキで覆われていた。「貌ぬらすひたびた水や青茫 一 茶」「青茫三尺にして乱れけり 正岡子規」「如何な日もひとりはさびし青茫 中村汀女」「顔入れて顔ずたずたや青芒 草間時彦」「青萱に切られて血噴く一文字 中村草田男」「青芒一艇凛と過ぎしのみ 神尾秀羊」「まだ風の棲まぬ静けさ青芒 草間時彦」「まだ風の棲まぬしずけさ 青芒 稲畑汀子」「雄ごころのいまも立志ぞ青芒 伊藤通明」「青すすき傷つくときは一瞬で 中嶋秀子」「青芒若きは謀反起こすべし 西嶋あさ子」「青芒一痕として生まれしか 斎藤慎爾」「受け流すことまだ知らず青芒 戸恒東人」「青芒人のうしろに風の立ち 佐藤博美」「号令の世界しづかに青薄 西村我尼吾」「青芒ひねもす雨を吸いにけり 大野岳翠」。(いにしえは芒なりたりこの世は瓦家 ケイスケ)。