【61年前に架橋、日本最長の鉄線吊り橋】
奈良県は奥行きが深い。紀伊半島の中央部に位置する十津川村は全国一広い村。ほぼ琵琶湖の広さに匹敵する。その村を南北に貫く十津川(熊野川)に、生活用吊り橋としては全国最長といわれる鉄線橋「谷瀬の吊り橋」が架かる。全長297.7mで、国道168号側の上野地と対岸の谷瀬地区を結ぶ。
完成したのは今から61年前の1954年(昭和29年)。それ以前にも丸木橋が架かっていたが、洪水のたびに流されたという。川面からの高さは54mもある。「危険ですから一度に20人以上はわたれません」。橋の入り口頭上に赤字と一部黒字でこう書いた横断幕が掲げられていた。渡る人が多いときには監視員が一方通行などの規制を行うという。
幅は2mほどで、左右両側は金網のため真下を流れる川まで丸見え。中央部に張られた4枚分の板がいわば〝命綱〟だ。歩くたびに板が少したわんで、橋は左右にゆらゆら。「まるで空中を散歩している気分を体験できます」。観光パンフレットはこう謳っていたが、足元ばかりが気になって、とても空中散歩を楽しむ余裕はない。真ん中辺りでついにギブアップしてUターンした。その姿は多分へっぴり腰だったに違いない。
「やれ、やれ」。どうにか戻り振り返って、橋の左側たもとに小さな石仏があるのに初めて気づいた。石仏の両側には鮮やかな色の造花。右側に男性とみられる方のお名前とお年「三十七才」が刻まれていた。そして左側には「昭和五十六年七月十二日」とあり、続く3文字に目が釘付けに。そこには「墜落死」とあった。渡り終えたばかりのバイク旅行中の男性も「えっ、墜落!」と驚いた様子だった。
村内には他にも吊り橋が多い。そこで十津川村は語呂合わせで8月4日を「吊り橋の日」に制定した。毎年この日には谷瀬の吊り橋とその周辺で「揺れ太鼓つり橋まつり」が開かれる。最大の見どころは揺れる橋の上での和太鼓の勇壮な演奏。谷背の吊り橋は地元の十津川太鼓倶楽部「鼓魂(こだま)」のメンバーにとって、まさに天空に架かる晴れ舞台になっている。