不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

gooブログはじめました!キリヤ

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ
コジキジゲン

憧・憬・・・羨望・潜貌

2013-10-17 23:02:42 | 古事記字源
 昨日はオフクロのところ行こうと思って橋のところまで歩いて行ったが、台風の強風と狂雨に祟られ、前進するのを断念して家に戻った・・・ニュースでは「大島」の被害・・・視るも無残・・・自然災害王国日本、どんなに「防備」しても自然災害は避けられない・・・「事前対策」は勿論だが、「事後処理」で如何に「被害者の命」を救うことが出来るかが問題である・・・「町長の避難判断」は「台風の最接近中」での「判断」だった。一見、「町長の判断(避難勧告を出さない)」は時間帯(真夜中)での「避難勧告」は外出避難行動中に災害を被る方が甚大だとした・・・もっともらしく聞こえる。だが、それ以前に台風の気象情報は進路の予想も、大きさも予告していたのだ・・・今となっては、文字通りの「後のマツリ」である・・・「後の祀り」は生き残っている人間の義務であるが、避難同様に被害者救済の「時間的な迅速さ」が要求される・・・
 「後のマツリ」も出来ない「原発事故」での生殺し・・・単なるポンコツ車の廃車処分と言うワケにはいかない・・・「10兆円」をかけても30年語、40年後、いや、それ以上の年月を要しても「後のマツリ」は不可能である・・・原発生霊の祟りは「人類消滅」、「地球消滅」までの「宇宙規模の時間」でツヅク・・・

 ・・・台風が去った今現在、午前中にオフクロの所へ行って来た・・・息はしている・・・山肌を見ると雪化粧されていた・・・寒い・・・

ーーーーー

 枕草子

 (一六二段)・・・百六十二段・壱佰六拾弐段・壱六弐段・陌陸足仁段

          1+6+2=9=九=玖

          1×6×2=12=壱拾弐=壱足仁

 うら・・・・・裏・得等

 やましき・・・疚しき・疾しき

        山四季→纂識(史記)→算式

        やまし・・・山師・耶麻示

           き・・記・紀・基

ーー↓

 「羨ましい」、「羨望(センボウ)する」、「うらやましい」・・・

  人が優れていたり、恵まれていたりするのを見て、自分もそうなりたいと思う

  to envy

  人の物を恨みっぽく賞賛して欲すること

  うらやましさ・羨慕

  羨ましさ・物羨み・

  物羨うらやましいと思う

  妬む・やっかむ・嫉妬

  嫉妬=jealousy

  羨望=envy

  羨=セン・エン・うらやむ・うらやましい・のぶ

    羨望・欽羨(キンセン)

    羨道(エンドウ)=墓の地下道

            古墳など横穴式墳墓の

            入り口から棺を置く部屋に至る道

 ・・・裏山の四季の変化の光景には魅惑されるケレド・・・雪・・・見るだけで寒気がしてくる・・・ココで3度目の冬ですか・・・羨ましく思うのは個々人の状況による・・・

ーー↓ーー↓ウイッキペデアから参考抜粋。少々改作

   「何羨録(かせんろく)」

    1723年(享保八年)

    に書かれた、日本最古の「釣り専門書」

    陸奥国

    黒石藩

    三代当主

    津軽 政兕(つがる まさたけ)

    寛文七年六月十日(1667年7月30日)

      ~

    寛保三年一月二十五日(1743年2月19日)

    江戸時代の旗本

    父は津軽信敏

    官位は正六位下、釆女正

    通称は津軽采女

    津軽采女(うぬめ、津軽政兕)の著書

    原本は享保元年頃

    上巻

    釣り場所編(江戸周辺の鉄砲洲~芝周辺、中川周辺の

    キス釣り場、袖ヶ浦の根など釣り名所記載

    青キス(鱚)と

    白キス(鱚)の生息、釣り対象魚についての記録

    ↓

   「キス(鱚=魚+喜)」

    ↓

    ・・・それにしても、

    古くは「キスコ」や「キスゴ」でもイイけれど、

    やっぱ、「キス」は

   「キッス(接吻=kiss)」をも、である

   「口づけ・口すい」は・・・日本語の「キッス」だが

   「接吻」は「明治時代」の「訳語」である・・・

   「口づけ」は「食事」にも使用される・・・

    ↓

    キス(鱚=鼠頭魚)は、

    スズキ目スズキ亜目キス科

    大木に「鈴」を下げたものが・・・鈴木・・・? 

    鈴目は二目がくっ付いた穴がある楽器で、同音文字は

    珠洲・寿々・錫である・・・

    木魚には鈴目と同じような穴がある・・・

    鈴の気(器)とは「音」だろう・・リンリン・・・

    同音漢字は「須々木」である・・・

   「煤(すす)の基」は燃やしたモノの「煤煙」である・・・

    煤払いの道具は「ハタキ」だが・・・

    悪霊を払うモノが鈴振りの音だろう・・・

    ↓    

   「薄(すすき)」の

    別名は

   「尾花(おばな)」、

   「芒(すすき)」・・・「芒(のぎ・ぼう)」

               イネ科の小穂を構成する

               鱗片(穎)の先端にある

               棘状突起

    中秋の名月(十五夜)の供えられ

    悪霊からの守り草で、

    翌年の豊作を

   「ホウズキ(鬼灯、酸漿)」と共に備えて祈願する・・・

    ↓

   「すすぐ」は「漱(濯・雪)ぐ」で清めるである

    ↓

   「薄(すすき)」

    ギリシャ語で

    Miscanthus(ミスカンサス)

   「mischos(小花の柄)」+「anthos(花)」の合体

   「ミスカンサス」と

   「リリオペ」=「ヤブラン(薮蘭)」は類似しているが

    別種?で・・・混同されているらしい・・・

    だが「ハナシ」はツヅク

   「リリオペ」は「ナルキッソス(ナルキス)」の母

           ↓

    ナルキッソスは泉に映る自分の顔を見、

    別人と思い込み、水の中の美少年に恋慕、

    衰弱の末に

    口付けをしようとして泉の中に落ちて溺死・・・

    彼は水仙の花となった・・・と、サッ・・・

    ナルシス・ナルシ(シ)スト・ナルシシズムの

    語源・・・

    ハナシは似ているが・・・

    泉のニンフ(妖精・精霊)、

   「サルマキス(Salmakis)」は    

   「ヘルメス」と「アフロディテ」の息子の美少年

   「ヘルマフロディトス」に恋慕し、

    泉に来て水浴びをしている彼に抱きつき

    サルマキス(Salmakis)は彼と

    一体となり、男女両性具有となった、とか・・・    

           ↓

   「キス」が「茅(かや)」のハナシへトンだ・・・

    ↓    「茅葺き屋根」・・・ウガヤフキアエズ

   「鱚=鼠頭魚」

      ↓

   「ネズミ頭の魚」で、「鈴木・鱸=魚+盧」である・・・

   「ネズミ」は「移動する鼠の頭の真名」とは

   「景教(キリスト教分派・ネストリウ派)」の

   「移鼠」で「キリスト」であった・・・

    ↓

    大秦寺=景教教会(中国の寺院)

    唐代

    貞観九年(635年)

    ネストリウス派宣教団の長安到着

    ↓

    そして

   「キス・キシ・キソ」

    ↓

   「吉師・吉士→吉良」で、「新羅の官位」

   「木曾・基礎・起訴」なのさ・・・

    第一、

    男のくせに「采女」とは、である

    ・・・「女形=おやま=旦」・・・

    天皇に食事の給仕、雑用をする

    女官たちの総称でミメうるわしい

    十三歳~三十歳以下の女性

    采女献上が廃止され、

    復活した

    嵯峨天皇の代で

    十六歳~二十歳以下の女性

    郡少領以上の姉妹か娘

    容姿端麗であること

    を厳選すること。

    宮内省「采女司」が

   「采女」達を管理、監督

    後宮十二司のうち

   「水司」に

    六名、

   「膳司(かしわでのつかさ)」に

    六十名

    定員は計

    六十六名・・・

    江戸将軍の大奥の女性と重なる

    女性の高級な職場の役職である・・・

     ↓        

    中巻

    釣り道具編(釣道具の優劣)

    下巻

    天候編(当時の天候予測知識、情報)

    黒石藩

    江戸幕府の命により

    本家弘前藩の若い藩主の後見として分封成立

    4,000石の高禄

    非常勤である

    小普請組所属

    采女の正妻は

    吉良義央の

    次女の

    阿久利(元禄赤穂事件以前に死去)

    吉良家と縁戚関係

    采女主従は

    赤穂浪士討ち入り事件の翌日に

    朝一番に

    吉良邸へ駆けつけた

    当時は江戸幕府

    五代将軍

    徳川綱吉の治世下

   「生類憐れみの令」の施行時期

    釣りも小動物の殺生

    公儀を憚りながらも

    釣りを続けていた

    絵師・英一蝶は

    釣りを咎められ

    三宅島に流罪

    釣り道具の販売禁止

    釣り人

    釣道具製造も

    罪に問われて処断

    された旗本もいる。

   「嗚呼、釣徒の楽しみは一に釣糸の外なり。

    利名は軽く一に釣艇の内なり。

    生涯淡括、しずかに無心、しばしば塵世を避くる。

    すなわち仁者は静を、智者は水を楽しむ。

    あにその他に有らんか」

 ・・・スゴイねッ、「ブログ記事・ブログ辞典」・・・知らないことをワンサカ教えてくれる・・・今や書籍の「漢和辞典」や「百科辞典」をホトンド開かない・・・文明、文化・・・いずれにしても、その意味判断は個人に属しているけれど・・・

 「釣り人」は「魚」を漁ったけれど・・・「真名釣人」は「まな」を漁っている・・・「辞書、辞典」は獲物が生息している河川、湖沼、河口、湾岸、大海で、いまやコンピュータのモニター画面で泳いでいる・・・

 「羨ましい」が「憧れ・憬れ」ですか・・・子供(童)に戻りたい心情なのか、光(景)になりたい真情なのか・・・

 「羨」は音によって意味が異なる・・・?

 「うらやむ・うらやましい・貪欲・欲しがる・溢れる・余り・余る・のぶ」

 「延(エン)」と通じて「引く」、「埏(セン)」と通じて「墓道」

 「説文解字・巻八」には「貪欲なり」

 羨=羊+氵+欠

 「よだれ(涎)」という意味の字

 「説文」は「羑+?」の会意

 「羨愛・羨溢・羨道・羨望」

 異体字

 =羊+冫+欠・・・「イ」と読み、江夏の地名

 「字彙」に「羨」と同じとある

 「涎」の異体字とも・・・・

 ・・・「羨ましい」とは他人の食い物をみて「よだれが出るコト」らしい・・・

 「条件反射」で「よだれ」を出す「犬の実験」をしたのは「パブロフ」だった・・・ムカシ、中学校の理科の先生に「パブロフの実験」のハナシに絡んで、見世物の曲芸師が「ネコにダンス」を躍らせるのも「条件反射」だと教えてくれた・・・笛を吹きながら熱い鉄板(トタン=亜鉛鉄板、亜鉛鍍鉄板)の上にネコを載せる・・・「塗炭の苦しみ」ですか?・・・「泥にまみれ、火に焼かれるほどの苦しみ」・・・「書経・有夏昏徳にして民塗炭に墜つ」・・・

ーー↓

 イワン・ペトローヴィチ・パブロフ

(イヴァン・ピトローヴィチ・ パヴロフ)

 1849年9月14日

  西暦グレゴリオ暦9月26日

   ~

 1936年2月27日

 「唾液分泌の条件付け」は、

 アメフラシなどにも起こる

 2006年

 東北大学の研究によりゴキブリにも起こることがわかった

 ・・・もちろん、「人間」にも・・・「ヨダレ」を出させるモノは、大まか「キン」である・・・かな・・・

ーー↓

 もの・・・・・者=は・モノ=摸之

 經・・・・・・教

 など・・・・・等・名土

 習ひて、・・・ならいて・名等意出

 いみじく・・・意味字句

 たど・・・・・辿、他土

 たど・・・・・辿、多努

 しくて、・・・如く出(氐・弖)

 忘れがちにて、・・・

 かへすがえす・・・返す返す

         「かえ・カ・エ」のスベテの同音異字

 おなじ所を・・・

 讀むに、・・・

 法師は理、・・・「法嗣・芳志・胞子・放恣・放資

          奉仕・褒詞」は「利」・・・ハリ・・・

 男も・・・・・・音拠

 女も、・・・・・音名摸

 くるくると・・・句留句流渡

 やす・・・・・・安・靖・野洲・夜須・康

 ら・・・・・・・等・羅・螺・裸

 かに・・・・・・化似・掛爾

 讀み・・・

 たる・・・

 こそ、・・・

 あれが・・・

 やうに、・・・

 いつの・・・・何時の

 折と・・・・・おりと・「降り・織・檻・居り・澱・滓」途

 こそ、・・・

 ふと・・・

 覺ゆれ。・・・

 心地など・・・

 煩ひて・・・・わずらひて

 臥し・・・・・「伏・葺・吹・福・複」示

         臥薪嘗胆

 たる・・・

 に、・・・

 うち・・・

 笑ひ・・・

 物いひ、・・・

 思ふ・・・

 事な・・・・・言名・異名・糊塗名・古都名

 げ・・・・・・解

 にて・・・

 歩み・・・

 ありく・・・・有裏句・在利句

 人こそ、・・・

 いみじく・・・意味字句

 うら・・・

 やまし・・・

 けれ。・・・

 稻荷に・・・・いなり・意名理→油揚げ・狐

        鳶に油揚げ浚われた

 思ひ・・・

 おこして・・・

 參りたるに、・・・

 中の・・・

 御社のほど・・・、音写之補度(土)

 わりなく・・・・「話理・和理・割」無く

 苦しきを・・・

 念じて・・・

 のぼる程に、・・・

 いささか・・・

 苦しげもなく、・・・

 後れて・・・

 來と・・・・「記・紀・生・規・危・機」図

        帰途・企図・揆途

 見えたる・・・

 者・・・・・・は・もの・シャ

 どもの、・・・

 唯・・・

 ゆき・・・・・由紀・裄・之・逝・倖・湯記

        雪

 に・・・・・

 さき・・・・

 だちて・・・

 詣づる、・・・もうづる

 いと・・・

 うら・・・

 やまし。・・・

 二・・・・・・弐・仁・に・爾・邇・似・丹・荷

 月・・・・・・解通

 午の・・・・・ゴの・うまの

 日の・・・・「ひ・ヒ」之

 曉に、・・・・あかつき・ギョウ

 いそぎ・・・・急ぎ・意組義

 し・・・・・・

 かど、・・・・

 坂の・・・

 なから・・・

 ばかり・・・秤・バカリ・葉借

 歩み・・・

 しかば、・・・如かば・敷かば・若かば・布かば

        示河馬・示鹿場・詩化葉・史家葉

        屍化場

 巳の時・・・・ミのトキ・ミのジ

        実の説き・・・非時香果(ときじくのみ)

               蜜柑・柑橘・橘

               垂仁天皇←多遲麻毛理

        巳=蛇・蝮・・南東・九時~十一時

        の=之

        時=字

 ばかりに・・・

 なりに・・・

 けり。・・・

 やうやう・・・

 暑く・・・

 さへ・・・

 なりて、・・・

 まことに・・・

 わびしう・・・

 かからぬ・・・

 人も・・・

 世に・・・

 あらん・・・

 ものを、・・・

 何しに・・・

 詣で・・・・もうで

 つらんと・・・

 まで・・・

 涙・・・・・なみだ

 落ちて・・・

 やすむに、・・・

 三十餘・・・みそあまり

 ばかり・・・

 なる・・・

 女の、・・・音名

 つぼ・・・・通模・壷・壺・坪・つぼ→要所

 裝束・・・・しょうぞく・小賊・章続・将足・尚属

 など・・・

 には・・・

 あらで、・・・

 ただ・・・

 引き・・・

 は・・・

 こえ・・・

 たるが、・・・

 「まろは・・・

  七たび・・・

  まうでし・・・

  侍るぞ。・・・

  三たびは・・・

  まう・・・

  でぬ、・・・

  四たびは・・・

  ことにも・・・

  あらず・・・

  未には・・・

  下向・・・

  しぬべし」・・・

 と・・・

 道に・・・

 逢ひ・・・

 たる・・・

 人に・・・

 うち・・・

 言ひて、・・・

 くだり・・・

 ゆきし・・・

 こそ、・・・

 ただ・・・

 なる所・・・鳴る処

 にては・・・

 目も・・・・メモ

 と・・・

 まる・・・

 まじき・・・真字記

 ことの、・・・

 かれが・・・

 身に・・・

 只・・・

 今・・・

 なら・・・

 ばやと・・・

 おぼえ・・・

 しか。・・・

 男も、・・・

 女も、・・・

 法師も、・・・

 よき子・・・

 もちたる・・・

 人、・・・

 いみじう・・・

 うら・・・

 やまし。・・・

 髮・・・

 長く・・・

 麗しう、・・・

 さがり・・・

 ば・・・

 など・・・

 めでたき・・・

 人。・・・

 やんごと・・・「已む・病む・止む」語徒

 なき・・・

 人の、・・・

 人に・・・

 かし・・・・

 づかれ・・・

 給ふも、・・・

 いと・・・

 うら・・・

 やまし。・・・

 手・・・

 よく・・・

 書き、・・・

 歌・・・

 よく・・・

 詠みて、・・・

 物の・・・

 をり・・・

 にも・・・

 まづ・・・

 とり・・・

 出で・・・

 らるる・・・

 人。・・・

 よき人の・・・

 御前に、・・・

 女房・・・

 いと・・・

 數多・・・

 さぶらふに、・・・

 心・・・

 にくき・・・

 所へ・・・

 遣すべき・・・

 仰書などを、・・・

 誰も・・・

 鳥の跡の・・・

 やうには・・・

 など・・・

 かは・・・

 あらん、・・・

 されど・・・

 下などに・・・

 あるを・・・

 わざと・・・

 召して、・・・

 御硯・・・

 おろして・・・

 かかせ・・・

 給ふ、・・・

 うら・・・

 やまし。・・・

 さやう・・・

 の・・・

 事は、・・・

 所の・・・

 おとな・・・

 などに・・・

 なり・・・

 ぬれば、・・・

 實に・・・

 なには・・・

 わたりの・・・

 遠からぬも、・・・

 事に・・・

 隨ひて・・・

 書くを、・・・

 これは・・・

 さは・・・

 あらで、・・・

 上達部の・・・

 もと、・・・

 又・・・

 始めて・・・

 まゐらん・・・

 など・・・

 申さ・・・

 する・・・

 人の・・・

 女・・・

 など・・・

 には、・・・

 心・・・

 ことに、・・・

 うへより・・・

 始めて・・・

 つくろ・・・

 はせ・・・

 給へる・・・

 を、・・・

 集りて、・・・

 戲に・・・

 ねたがり・・・

 いふめり。・・・

 琴笛・・・

 ならふに、・・・

 さ・・・

 こそは・・・

 まだ・・・

 しき・・・

 程は、・・・

 かれが・・・

 やうに・・・

 いつ・・・

 しかと・・・

 覺ゆ・・・

 めれ。・・・

 うち・・・

 東宮の・・・

 御乳母、・・・

 うへの・・・

 女房の・・・

 御・・・

 かたがた・・・

 ゆるされ・・・

 たる。・・・

 三昧堂・・・

 たてて、・・・

 よひ・・・

 あかつきに・・・

 いのられ・・・

 たる・・・

 人。・・・

 雙六・・・

 うつに、・・・

 かたきの・・・

 賽・・・

 きき・・・

 たる。・・・

 まことに・・・

 世を・・・

 思ひ・・・

 すてたる・・・

 ひじり。・・・

ーーーーー

 ・・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

文の捌・門の別

2013-10-16 23:15:10 | 古事記字源
 ・・・紋別(もんべつ)、北緯44度21分09秒・東経143度21分09秒・・・札幌の母方の従妹と彼女の美人の娘、そして、その娘の小学2年生(七歳)の息子がお袋の見舞いに来てくれた・・・従妹の娘は「紋別」に住んでいると言う・・・「流氷の町」、「紋別」・・・北海道には二つの「モンベツ」の地名があった・・・
 ブログ記事で調べてみると「紋別市(もんべつし)」は、北海道オホーツク総合振興局管内・網走支庁にある市。市名の由来は、現在の市内中央部を流れる「藻鼈(もべつ)川」を指す「アイヌ語のモベッ(mo-pet、静かである・川)」であるらしい・・・

 随分と遠いところからやって来てくれた・・・感謝です・・・

 日高振興局の旧「門別町(現日高町)」と読みが「同じ」だったため、「オホーツク紋別」または「北見紋別」と呼んで区別したらしい・・・

 「門別町」は、北海道日高支庁管内「西部」にあった町名・・・この町名由来も、「アイヌ語のモペツ(静かな川の意)」からだ、そうだ・・・こちらは、網走支庁の紋別市と読みが同じため、「日高門別」と呼ばれたとあった・・・音は同じだが漢字は「紋別」と「門別(日高)」、「紋と門」の違いである・・・

 「しずかな(モベッ)カワ」が「紋(あや・モン・ブン)=糸+文」と「門(かど・モン・ボン)」に関連するのは「音」だけか?・・・ボクの耳には床を「モップ」でふく「mop the floor」の「floor」と「the flow of water (a stream)・ river flows 」の「flow」が同じように聴こえるのだが・・・「もっぺ・もんぺい」は「雪袴・股引」が語源なら・・・音に類似するのは「股引(ももひき)」、「半股引(はんだこ)」で、「穿(は) く 裳(も)」・・・?

 「彪(あや・ヒョウ)」は・・・「虎(とら)の彡」、「彣(あや・ブン)」は「文の彡」・・・「絢」も「彩(とる・サイ)=采+彡」も「あや」、「形(かたち・ケイ・ギョウ)=并+彡」だが「なり」とヨムが、「鳥居(幵)の彡」だろう・・・鳥居耀蔵の傷痕(傷跡)・刷毛跡→毛羽跡・・・「蒼頡」の鶏の足跡・・・

 家紋・・・馬の家紋って?・・・これも調べてみると、贄川・平野氏の「放れ馬」紋、平将門の後裔の下総の相馬氏は、陸奥の相馬郡に移り、中村地方の馬の名産地に割拠・・・領地が馬の産地で「繋ぎ馬」を家紋とした・・・「馬の家紋」は桓武平氏将門流の相馬氏・・・「寛政重修諸家譜」には「安部」氏流の「岸」氏、「未勘源氏」の「堀本」氏・・・が用いているとあったが・・・「六十年安保」・・・阿倍と岸の関係は、岸と佐藤、麻生と阿倍の関係でもあるな・・・「吉師(吉士)舞」の監督係りは「阿倍臣」であった・・・

 北海道の馬の産地は「日高」である・・・「門別」には競馬場までもある・・・

 武内宿禰、蘇我石川宿禰、蘇我満智、蘇我韓子、蘇我稲目、蘇我馬子、蘇我蝦夷、蘇我入鹿・・・「三蔵(斎蔵・内蔵・大蔵)」の管理とは仏教用語の「三蔵(経蔵・律蔵・論蔵)」を重ねたのだ・・・そして、「家門」を分けた、「家門」は「捌(別)」である・・・

 動物の「海豚(いるか)」は「江豚」、「鯆=魚+甫(はじめ・すけ・ホ・フ)」とも書かれ、「古事記」では「入鹿魚」で、「ユリカ」と発音する地方もあるらしく、「和名抄」には「江豚・伊流可」とあるらしい・・・鯨(くじら)の親戚で哺乳類だが、「蝦夷、渡島、北海道」と「土佐、高知、四国」は「捕鯨」の海域だった・・・

 幕末に日本近辺に「捕鯨」で出没したのは「欧米の捕鯨船」である。しかも、鎖国日本に開国を迫った理由が「捕鯨船」への水、食糧、そして「薪」の補給、供給であった・・・当時の「捕鯨船」の目的は「食肉の鯨肉」ではなく、ランプ、機械油等に使用する「鯨油・鯨脂」であったのだ・・・

 「イルカ」が「冬の季語」になっているって、理由はナニか?・・・「猪」を「山鯨(やまくじら)」と云って「イノシシの肉」を「薬喰い」と称して食べたらしい・・・獣肉を食べることは仏教徒の禁忌であったため言い換えて喰ったのだ・・・「自衛隊=軍隊」の「憲法解釈=コトバ替え」はムカシからの「忌み言葉」で伝統文化なんだ・・・「猪」の「季語が冬」であるのは、「古事記」の「白猪神」が「冬の息吹(伊吹)山・(伊服阜能山・五十葺)」の主だったからであろう・・・その「猪」が「山鯨」、猪の肉は「牡丹肉」とも云われていた。方角は尾張名古屋から「亥=北西」で、奈良からは「北東」である。とにかく、猪も鹿も、、獣の「肉(にく・ジク)」は「しし(肉、宍→宀+六)」と呼ばれていた・・・ココはスベテの「シシ」の同音異字のコトバの重なりである・・・「海豚」も「魚」として食用のために捕獲した・・・

 そして「鹿(か・しか・ロク)」とは「覇王=覇者」の代名詞である・・・当然、「蘇我蝦夷(カイ)」→「蘇我入鹿(ニュウロク)」である・・・「北海道・蝦夷地・渡島・蝦夷鹿」と重なるのだが、ダレが重ねたのか・・・歴史上に蝦夷地と関係するのは「阿倍」、「蠣崎慶広」、「武田信広」である・・・「かえで(楓)」、「ふじざくら=(豆櫻)」、「カモシカ(鴨鹿)」は「甲斐・甲府・山梨県」のシンボルである・・・県の紋章が「人or入orYの逆文字?」が三っである・・・富士山が見える「武蔵国、武州」とは「新羅」の根拠地であった・・・「无耶志国・无射志(ムザシ)・牟射志(ムンザシ)」、「牟佐志・無邪志」等の表記もあるらしい・・・その後、蝦夷地の幕末は日本史そのものの登場人物がワンサカであるが、幕末から明治にかけて、東北諸藩の移民、特に「伊達・建」、「会津・合図」があやしいのは当然である・・・

 以前にも書き込んだが「イルカ(Dolphin)」と「クジラ(Whale)」は区別されており、「ネズミイルカ」は、「Porpoise」である・・・「鯱」は「Dolphin」でもある・・・尾張名古屋の「金の鯱(しゃちほこ)」・・・イルカやクジラに最も近い陸上哺乳類は「河馬(カバ)」であるらしい・・・イルカは「海豚」だが、「河豚」は「フグ」で、「河豚=鰒・鮐・魨・鯸・鯺」である・・・豚、猪も含めて、いずれも太るか、膨らむ体型である・・・「魁罡(罒+正)」は「天罡(罒+正)」とも云われるが「北斗七星」を形成する「星」である。占いでは「庚戌・庚辰・戊戌・壬辰」の日に生まれた人間の「星」で、「河馬の神」であるらしいが、この「河」は銀河であろう。そして「河の馬の星座」が「熊」になってしまった・・・ギリシャ神話は母親の変身した熊を殺そうとする息子の話しで、危機一髪のところを母子の熊の星座にされた・・・「河馬」も「母子関係」が密接で、エジプト神話の「ナイル河の牝の河馬は母なる女神とされ、女性や妊婦の守護神」だった。名前が「タ・ウレト」、「タ・ウェレト」で、ギリシア名が「トゥエリス」、「イミティ」、「ネヌン」・・・幕末にエジプト神話を知りえた日本人が存在した。それ以前にもギリシャ神話を知りえた「天正少年使節団(天正十年1582)」が存在していたが・・・これを漢字に当てたらどうなるか?・・・随意にどうぞ、トライ・・・星座の形は「北斗七星の杓子・杓文字・酌子」・・・花魁は遊廓の花・・・

  ↓

 「hippopotamus」→(ヒポポタマス)」は、

 ギリシャ語の「馬(hippos)」+「川(potamos)」が語源で、

  ↓

 「ヒッポクラテス=Ἱπποκράτης=Hippocrates 」は

 「医学の元祖」である。

  ↓

 「アイスクラーピウス(Æsculapius=Aesculapius)=アスクレーピオス

  アスクレピオス=アスクラピウス」は

 「医神」で

 「アポロン」と「コローニス」の子供で

 妊娠している瀕死の「コローニス」から

 「アポローン」は胎児をとりあげ

 「ケンタウロス」族の

 「ケイローン」に養育を託した。

 医者になった

 「アスクレーピオス」は

 「アテーナイ(アテナ・アシナ)」王

 「テーセウス」の死んだ息子の

 「ヒッポリュトス」を蘇生した。これに

 冥界の王

 「ハーデース」が怒り、ゼウスに訴え、

 「ゼウス」は、雷霆で

 「アスクレーピオス」を撃ち殺した・・・

  ↓

 「河馬」と「医者」を繋ぐモノは

 「射手座」の弓矢を持った

 「半人半馬のケンタウロス」族の賢者

 「天馬→伝馬・天満・天魔・典医)」の

 「ケイローン」である・・・

ーー↓海豚

 「いるか」が「ゆりか」ならば・・・「百合花(ゆりか)→由梨禍」・・・だいたいからして「百+合」がナゼ「ゆり」と呼ばれるのか、「ももあえ」でもなく、「壱百合(イチヒャクゴウ)」なら漢音だろう・・・「百=一(はじめ)+ノ+曰(いわく)」か、「百=一(はじめ)+白(新羅=源氏)」である・・・「由里家」ならば「所縁の里の家」であるカナ・・・

 北海道・蝦夷・渡島の「歴史」の殆んどは「幕末明治」に於ける「記録文」である・・・

ーー

 紋別

 ↓

 1880年(明治十三年)

 紋別村外9ヶ村戸長役場が設置される。(この年を紋別市の「開基の年」)

 1897年(明治三十年)

 紋別村外9ヶ村戸長役場から湧別村戸長役場(現湧別町)が分離

 1900年(明治三十三年)

 渚滑村が渚滑村戸長役場を設置し、分離・独立

 1906年(明治三十九年)

 渚滑村が2級町村制を施行

 1909年(明治四十二年)

 藻鼈村(もべつ)と紋別村が合併

 2級町村制を施行し、紋別村となる

 このときに

 沙留村と

 瑠椽村を分離

 1918年(大正七年)

 渚滑村から滝上村(滝上町)が分離

 1919年(大正八年)

 紋別村が町制施行を行い

 紋別町となる

 「市の木」は「ナナカマド(七竈)」

 「市の花」は「ハマナス(浜茄子)」

 ・・・「山間地において金、水銀などを産出し、東洋一の産出量を誇った鴻之舞鉱山(金)や竜昇殿鉱山(水銀)などを抱えていたが、資源枯渇などによりいずれも昭和四十年代には閉山した」・・・「鴻之舞の金」と「竜昇殿の水銀」ですか・・・

ーー

 門別

 ↓

 1872年

 「字(あざ)」制が施行

 1880年

 「沙流」郡各村戸長役場が設置

 1909年

 沙流(さる)郡

 門別村(もんべつ)、

 佐瑠太村(さりふと)、

 平賀村(びらが)、

 富仁家村(とにか)、

 慶能舞村(けのまい)、

 波恵村(はえ)、

 菜実村(なみ)、

 厚別村、

 賀張村を

 合併、二級町村制、

 沙流郡門別村となる

 1929年

 一級町村制施行

 1943年

 普通町村制施行

 1952年

 町制施行、

 門別町となる

 2006年3月1日

 日高町と合併、

 (新)日高町となる

 「町の木」は「ナナカマド」

 「町の花」は「ツツジ」

 北緯42度28分48.3秒

 東経142度4分28.6秒

 明治十四年

 沙流郡

 波恵における岩根牧場は民営牧場の道内第一号

 「波恵(豊郷)」に開設、

 道有種馬

 「アルゼリー」を改良し、・・・アルジェリア?

 「門別馬」となった。

 明治二十七、二十八年

 日清戦争には多数の軍馬が徴発され、

 「馬産門別」となった。

 「沙流郡」が「日高」の関門として、

 陸上交通の要衝で飼育も多くなされた

 「岩根静一」が

 「波恵」に牧場を開設

 日高の馬産は、駄馬の供給地として発足し

 軍馬の生産、競走馬の飼育に重点が置かれた。

 大正七年以降

 日中事変勃発により軍馬需要は急増

 機械化により農用馬としての役割は終わり農家の保有数は減少

ーー

 共通項はボクの家の庭を囲んでいる松ノ木に混じっている2本の木でもあるのだが、だが「町の木」で「ナナカマド(七竈)」と「ニワナナカマド」は、似ているらしい・・・今現在、紅葉して赤い実がなっている。鳥の食用や、果実酒にもなるらしい・・・「備長炭」の材料としてこの木を材料にした炭は極上品であるらしい・・・「備長炭(びんちょうずみ、びんちょうたん)」とは、木炭(白炭)の一種で、「ウバメガシ」を備長炭と呼ぶが、実際は、「樫」全般のことを言い、「青樫等」も広く使われ、「ナナカマド」が極上品・・・「備長」は人名で、紀伊国田辺の商人「備中屋長左衛門(備長)」が販売して・・・付いた名前・・・北欧では「魔除け」の木らしい・・・

 で、・・・「門別」と「紋別」は北海道の地図を視ると、その所在地は点で結ぶと、「斜め線」で北海道を「東西に二分」している・・・


 ・・・ボク的にはこれらは「古事記・日本書記」の「ゲン材料」になっているようにおもえるのだが・・・「榎本武揚=釜次郎」くん・・・99年間の租借地問題は・・・ガルトネル租借地=七重開墾場・・・

 「ガルトネル」

 慶応三年(1867年)

 箱館奉行・杉浦兵庫頭の依頼で

 プロシア人、

 「コンラート・ガルトネル」兄弟が、

 箱館近郊・亀田村(七重浜)を開墾

 慶応四年

 新政府・箱館裁判所と契約

 租借地が七万坪

 ↓

 箱館を占領した

 榎本武揚と契約

 300万坪を

 99年間租借

 ↓

 明治三年(1879年)

 明治政府は「治外法権」であった土地を

 「六万二千五百両」で買い戻した・・・

 日本初のワイン製造

 1870年、開拓使が、

 旧ガルトネル租借地

 「七重開墾場」に

 幕末に植えられていた

 ワイン用ブドウを用いてワイン製造・・・

            ↓

            倭(和)音(允・寅・蔭・隠)・・・

               木戸孝允・吉田松陰(寅次郎)

                         ↓

     幼時の名字は杉(すぎ・サン)・幼名は寅之助・吉田家に養子

     大次郎と改名・通称は寅次郎・諱は矩方(のりかた)・字は義卿

     高杉晋作は変名を谷潜蔵、谷梅之助、備後屋助一郎、

             三谷和助、祝部太郎、宍戸刑馬、

             西浦松助、谷潜蔵と変えたらしいが・・・

     号は松陰

二十一回猛士

     松陰の号は

    「寛政の三奇人」の

    「高山彦九郎」のおくり名にちなんだモノらしい・・・?

     ・・・「二十一回」は「弐、拾う、壱の誡」だろう・・・?

    「ウイッキペデア」の説の・・・

    「十+八+三=二十一」も「まんざら」じゃぁないけれど・・・

    「念初=二十一」解の説・・・?

ーーーーー

 枕草子

 (一六一段)・・・百六十一段・壱佰六拾壱段・壱六壱段・陌陸足壱段

          1+6+1=8=八=捌

          1×6×1=6=六=陸

 くるし・・・

 げ・・・

 なる・・・

 もの・・・

 夜泣・・・

 といふ・・・

 物する・・・

 兒の・・・・この・ジ之

 乳母。・・・うば・姥・妙婦・馬婦・命婦

 思ふ・・・

 人・・・

 二人・・・

 もちて、・・・

 こなた・・・

 かなたに・・・

 恨み・・・

 ふす・・・

 べられ・・・

 たる・・・

 男。・・・

ーー

 「恨(裏)みー伏(臥・隠)すーべーられーたる(他留)ーオトコ(音拠)」・・・「られたる」だから「内緒の対象」は「二人の男」で、主語は「女」の「男(こなた)←女→男(かなた)」の「三角関係」だろう・・・「ピタゴラスの定理」・・・「三平方の定理」・・・「直角三角形の斜辺の長さの2乗は,他の2辺の長さの2乗の和に等しい」・・・中国の数学書「周髀算経」、「九章算術」等、和算漢字では正三角形(⊿)の各辺、は「⊿」→(/→c=弦)・(|→a=鉤・句)・(_→b=股)・・・「鉤(句)・股・弦」→「コウ・コ・ゲン」・・・「鉤(句)」は「鈎(かぎ)の手」で直角を挟む「短辺」、「股(また)」は「亦・又・叉・俣・脚・肢・足の分かれめ」で直角を挟む「長辺」、「弦」は「弓のつる」で斜辺。測量や建築、天文観測などで使われる定理・・・

ーー

 こはき・・・

 物・・・

 怪・・・

 あづかり・・・

 たる・・・

 驗者。・・・

 驗・・・

 だに・・・

 早く・・・

 ば・・・

 よかる・・・

 べきを、・・・

 さし・・・

 も・・・

 なきを、・・・

 さす・・・

 が・・・

 に・・・

 人・・・

 わらはれ・・・

 に・・・

 あらじと・・・

 念ずる、・・・

 いと・・・

 くる・・・

 し・・・

 げ・・・

 なり。・・・

 理なく・・・

 物・・・

 うたがひ・・・

 する・・・

 男に、・・・

 いみじう・・・

 思はれ・・・

 たる・・・

 女。・・・

ーー

 ・・・「ストーカー」には困ったナっ、だろう・・・

ーー

 一の・・・

 所に・・・

 ときめく・・・

 人も、・・・

 え・・・

 安くは・・・

 あらね・・・

 ど、・・・

 それは・・・

 よか・・・

 めり。・・・

 こころ・・・

 いられ・・・

 し・・・

 たる・・・

 人。・・・

ーーーーー

 ・・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カネ三原則・・・交換価値→使用価値←蓄蔵価値→無価値

2013-10-15 15:15:43 | 古事記字源
 ・・・「大陸中国指導者」のドコに「中国の特色ある社会主義?」や「マルクス主義報道観?」があるんだか、「マルメコム主義」・・・「誤報の防止?」ではなく「事実報道の防止・虚偽報道のテクニックの研修と試験」だろう・・・何が「集金兵」なんだか・・・「習う日本近代の弊害」・・・「大本営発表」・・・「アメリカ政府」が「債務不履行」、「民主党と共和党」の対立で予算が成立せず・・・アメリカのドコに「自由と民主主義」があるんだか・・・「自由」とは「金儲けの自由」、「民主主義」とは「大金を抱え込んだ奴」の「罠主主義」・・・「日本」の「アベちゃん」と「イシバ」は「秘匿が必要な安全保障に関する情報を保護」する「特定秘密保護法案」ですか・・・「国家」の「独立を守るため?」・・・目指すは「アメリカ、中国」の「階級国家」・・・「秘密の無い国家」は「国家」じゃぁないから・・・ヤルコトは同じ・・・「ムジナ(狢・貉)」だって、迷惑・・・だろう・・・
ーーーーー

 枕草子

 (一六〇段)・・・百六十段・壱佰六拾段・壱六零段・陌陸足段

          1+6+0=7=七=漆

          1×6×0=0=零

 えせ・・・似非・重施・会施・得瀬・画世

 もの・・・

 の・・・

 所・・・・ところ・ショ

 うる・・・得留・売る

 をり・・・オリ・織・檻・折り・下り

 の・・・・之

 事・・・・言

 

 正月の・・・正解通・将解通

       証解通・症解通・尚解通

 大根。・・・対込む・第(代・題・台・弟)混む

 行幸の・・・行考之

 をりの・・・緒(尾)理之

 姫・・・・・秘め・比売

 姫大夫。・・東豎子

      (あづまわらわ)・・・豎=ジュ・たつ

        ↓         「豎立」

        ↓          子供・小姓・小役人

        ↓         「豎子・豎吏」

        ↓  小姓は「page」で、

        ↓ 「pageant (ページをひらくの意)」は

        ↓  行列や行進(パレード・parade)の

        ↓ 「ページェント=パジェント」で

        ↓  キリスト教系のイベント・祝祭日の行進、行列

        ↓  大名行列は参勤交代時期

        ↓  行列は数学の数列 

       「豎琴=竪琴」はマーキュリーが

         盗(偸)んだ牛の皮と亀の甲羅で造った楽器

         アポロンに贈った

         マーキュリー=ヘルメス=愛のキューピットは

         メルクリウス(Mercurius)=ローマ神話の商業神

         科学技術の神でもある。

         ゼウスとマイア(アトラスの娘でプレアデス七姉妹の一人)

         の子・・・米マーキュリー計画の飛行士、

              S・カーペンター氏が死去

              2013/10/11 金曜日

              有人宇宙飛行計画

             「マーキュリー計画・宇宙飛行士の七人の一人」

              1962年5月

              2人目の軌道周回に成功

             ↓

         「アトラス=ティーターン」は

         「ゼウス」に敗北した

         「巨人」で「天体・天空」を支える罰を受けた

          地図帳=アトラス

          16世紀に

         「メルカトル」が地図帳の表紙に

        ↓ 天体を背負う「アトラース」の絵を描いたことに由来

       東豎子

        ↓

        姫大夫

       内命婦(ないみょうぶ)

       内侍所(ないしどころ)に属す女官

       行幸の折には馬に乗ってお供した

       女蔵人(によくろうど)の次位。

       紀朝臣季明

       河内宿弥双成などと

       男名前で呼ばれる

       女性の警護役人

      「ひめまへつぎみ」の変化した語

      「ひめもうちぎみ」

      「三児(みつご)に生まれた少女に用いた」

       姫松=小さい松

       唐衣(からぎぬ)・裳(も)に指貫(さしぬき)を着用

ーー↓      

 六・・・・VI(V+I)・陸・・・六=亠(音の略字)+八(捌)

 月・・・・ゲツ=解通・つき=通記(紀)・・・月→肉偏=ジクヘン

 十二・・・足仁

 月・・・・解通=月→肉偏=ジクヘン→字句変

         月→舟偏=「シュウ・シュ」偏

              「ふな・ふね」ヘン・・・座礁・沈没

 の・・・・之

 三十・・・参拾・三重

 日・・・・比

 の・・・・

 節折の・・・説籍(書籍)之

 藏人。・・・

 季の・・・すもも之・「リィ」之

      「季節」→「既設・奇説・基説」

           「記紀」之「説・摂・接・設」

 御・・・・音

 讀・・・・読

 經の・・・教之

 威・・・・意

 儀・・・・義

 師。・・・詞

 赤・・・・籍

 袈裟・・・卦差

 著て・・・

 僧の・・・

 文・・・・

 ども・・・

 讀み・・・

 あげ・・・

 たる、・・・

 いと・・・

 らう・・・聾・弄・漏・蝋・牢・滝・婁・滝

 らう・・・郎・労

 じ。・・・字

 御・・・・音

 讀經・・・読教

 佛名・・・物名

 などの、・・・

 御・・・

 裝束の・・消息之

 所の・・・

 衆。・・・集

 春日・・・筍日・舜備・・・堤防←雪解け洪水

 祭の・・・まつり之・真通理之

 舎人・・・写人・とねり・徒値理・刀根裏・刃根理

         利根裏→利根川=坂東太郎(ばんどうたろう)

ーーーーーーーーー↓

       群馬県利根郡みなかみ町にある

       三国山脈の大水上山が水源

       江戸川分流後は

       茨城県と千葉県の境を流れ、

       茨城県神栖市と千葉県銚子市の境に於いて

       鹿島灘へと注ぐ

       江戸時代以前は大落(おおおとし)古利根川が本流

       河川改修によって現在の流路となった

       流路延長は信濃川に次いで

       日本第2位

       上流=大水上山から群馬県伊勢崎市

          八斗島(やったじま)まで

       中流=伊勢崎市八斗島から

          千葉県野田市

          関宿の江戸川分流点まで

       下流=江戸川分流点から河口まで

       史料としては室町時代に著された源義経一代記の

      「義経記」が初出

       大水上山の名称の初出

       1640年代に成立した

      「正保国絵図」

       利根川の源流について

       1835年(天保七年)の

      「江戸名所図会」

       1858年(安政五年)の

      「利根川図志」

       異説があり不明となっていた

       1894年(明治二十七年)と

       1926年(大正十五=昭和元年)の

       調査、探検で

       1954年水源が確定

       利根川河口堰付近で

       常陸利根川と黒部川を左右合流

       神栖市・銚子市境において

       鹿島灘、太平洋へと注ぐ

       霞ヶ浦、北浦、印旛沼、牛久沼、手賀沼などの

       湖沼が含まれる

        ↓

       伊能忠敬・・・

       延享二年(1745年)

       一月

       十一日

       神保貞恒の次男として

       上総国山辺郡小関村

      (千葉県

       山武郡

       九十九里町

       小関)の

       名主・小関五郎左衛門家で生まれた

       宝暦十二年(1762年)

       十八歳

       下総国

       香取郡

       佐原村(香取市佐原)の伊能家の婿養子

       伊能家は酒、醤油の醸造、貸金業

       利根水運などにも関っていた・・・

       舎人(都練り・賭練り)の理の裏だろう・・・伊能くん・・・

ーー↓

 ども。・・・

 大饗の・・・「おおあえ」

       「おほあえ」

       「おわい」

       「おおば」

       香取神宮の主神は

      「経津主命=経津主大神

      (ふつぬしのおおかみ)」

       国土を平定した神

       関東を代表する古社

       晩秋に行われる大饗祭(だいきょうさい)は

       東国三十三国の神々を招いての饗応の祭り

       神饌とともに、米を神前に供えるために

       用いられる薦でできた器。

      「巻行器(まきほかい)」・・・巻の行記(企)

ーー↓

 所の・・・

 あゆみ。・・・

 正月の・・・

 藥子。・・・藤原薬子

       ?~大同五年九月十二日(810年10月17日)

       式家の藤原種継の娘

       大同五年(810)九月十日

       嵯峨天皇は藤原薬子を宮中から追放

       兄の藤原仲成を逮捕

       平城上皇と嵯峨天皇の対立

       嵯峨天皇側が迅速に兵を動かし優位

       平城上皇は出家

 卯杖の・・・

 法師。・・・

 五節の・・・

 試の・・・

 御・・・

 髮上。・・・神の上

 節會・・・

 御・・・

 陪膳の・・・

 采女。・・・

 大饗の・・・

 日の・・・

 史生。・・・書記官見習い・記録係見習い

 七月の・・・漆(うるし・シツ)解通之

       暴文ー月(解通)之

       暴く文、之は「埜=林+土

               =木+木+土

                記 紀 十一」

                ↓ ↑

        埜=の・ヤ(野)・・・広がった大地

         訓は「とお・なお・ぬ・の・ひろ」

         天体二十八宿に対応した

         中国の区域、区分

ーー↓       

 相撲。・・・暑い季節の相撲・・・八月・・・?

       相(キメテ)の撲(ワザ)

       角(かど・つの・カク)の力(ちから・リキ)

相撲大会

天皇が出御した行事を

節会

天皇御覧(観戦)相撲

「相撲節会(すまひのせちえ)」

「召合(めしあわせ)=対戦」

       十数番の取組相撲

       紫宸殿の庭で行われ、試合後

       近衛府による

      「相撲の還饗(かえりあるじ)」の持成しが開かれた

       当麻蹴速(たぎまのけはや)と

       野見宿禰(のみのすくね)の

       相撲対戦にちなんで

       七月七日に催したが、

       弘仁十五年(824年)

       七月七日に

       平城天皇が崩御

       命日と重なり

       七月十六日に改め

       後、開催日は

       七月下旬が慣例

       となった

       承安四年(1174年)以降、

       宮廷行事の相撲は中止

旧暦の七月は

新暦の八月

ーー↓

 雨降る・・・天を振る

 日の・・・・比之

 市女・・・位置の女・・・七夕津女・織姫

      お市(信長の妹)

      十市(天武と額田王の娘

         大友皇子=伊賀皇子=弘文天皇の妻)

         明治天皇により

         明治三年(1870年)

         七月二十三日に

         諡号を贈られた

 笠。・・・アンブレラ・・・アン振れ等

       ↓

      雨傘=an umbrella

      日傘=a parasol・a sunshade

      折りたたみ式の傘=a folding umbrella

      巻いた傘=a neatly furled umbrella

      雨傘=アンブレラ(umbrella)

      日傘=パラソル(parasol)

         サンシェイド(sunshade)

      折畳傘=a folding umbrella

          a collapsible umbrella

笠= a hat made of braided straw [sedge]

      笠=竹のかぶりがさ=a bamboo hat

        すげがさ=a sedge hat

        電灯笠=a lampshade

        茸=キノコ笠=the cap of a mushroom

      夜目遠目笠の内(よめとおめかさのうち)

      a woman who is attractive primarily

       when it's dark out, she's far away,

       or

       her face is partially hidden by a bamboo hat

       女性の顔、容貌は、

       暗闇の夜見た時、遠方から見た時、

       笠をかぶっている時は

       実際よりは美しく見える、と云う説明

    ・・・ボンヤリ見えているときがハナなんだろう・・・が、

    音名の化於葉、要望の葉、場

    句等埜見、縁る目、八女、

    演目、問う目も、

    量(かさ)の得知(胡知・中・有知)・・・?

ーー↓

 渡・・・・渡海

 する・・・

 をりの・・・・「オリ・オ・リ」のスベテの同音異字・・・

 かん取。・・・梶取→官鳥→九官鳥・・・梶=木+尾

                      機 尾

                      驥 尾

                      吉 備(黍)

                      記 尾(大須)

                      基 備

        間諜・艦長・館長・官長・浣腸

        官庁・干潮・・・

ーーーーー

 ・・・下痢に・・・便秘に・・・効くもの・・・薬草・・・「本草」図鑑・・・訳想・・・序(つい)でに「動物」図鑑と、「二本」の「似非歴(暦・厤)史」・・・

 厤=歳月、数、運命、日記、という意味・・・「説文新附」・・・「清代には乾隆帝の諱(弘暦)であるので、使用が避けられ代わりに厤 、歴が用いられた・・・厤は等間隔に並べるという意味・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「鳴き女」のキジ

2013-10-13 18:49:03 | 古事記字源
 若い時の「経験と知識」の範囲では「理解」出来ない「伝記上の人物」の「心情」と「信念」・・・そして「行動」・・・「伝記上の人物」だけではなく、身の周りに存在する「ヒトビト」のをも・・・
ーーーーー

 枕草子

 (一五九段)・・・百五十九段・壱佰五拾九段・壱五九段・陌伍足玖段

          1+5+9=15=十五=壱拾五=足伍

          1×5×9=45=四十五=四拾五=肆足伍

 むつ・・・・睦・陸奥・六つ・ムツ

 かしげ・・・傾げ・炊げ

      「可視・仮詞・歌詞・下士・下肢・仮死・河岸」解

      「菓子・下賜・華氏・瑕疵」解

 なる・・・・名留

 もの・・・・モノ

 繍物の・・・ぬいものの→糸+肅・糸+粛

       刺繍→シシュウ=詩集・歯周・死臭・四周

       濡鋳(金寿)物之→嘯(うそぶく)

       蕭(よもぎ)・もぐさ=艾・百草・藻草

       ↓

       蓬(ホウ)・蓬莱山

       別名→モチグサ(餅草)・エモギ・サシモグサ

          サセモグサ・サセモ・タレハグサ・モグサ

          ヤキクサ・ヤイグサ

          Japanese mugwortと呼ばれる

       ↓  英語の  mugwortとは異なる

    学名→Artemisia

       ↓  キク科の属の一つ

       ↓  ↓

       ↓  菊= a chrysanthemum

       ↓    菊の御紋章

       ↓    the Imperial chrysanthemum crestthe crest

       ↓     of an open chrysanthemum wit...

       ↓    chrysanthemum(クリサンセマム)

       ↓    mum (マム)と略

       ↓

       アルテミシア・ディアーナ=ダイアナ

       英語「アルテミシア (Artemisia)」

      「葉裏の毛」を集めたもの

      「燃え草」の

      「艾(もぐさ)」+「葉」=艾葉(ガイヨウ)

      「ヤイト(灸・きゅう)グサ」

      「ヨモギ」は、

       織田信長が

      「黒色火薬」の原料として用いた・・・

      「黒色火薬」=硝石(硝酸カリウムの結晶)+硫黄

       ヨモギには、硝石の原料になる硝酸を含有

       ↓

       葺→茅・葺・かや・萱・葺・・「葺き合えず命」

       ↓              (古事記)

       ヌイもの之

       ↓

       抜意→跋・・・跳梁跋扈

       貫意→毋→毌→母→毎

       ↓

       文繡(ぶんしゅう)=文繡

       1909年12月20日

         ~

       1953年9月17日

       清朝最後の皇帝

       愛新覚羅溥儀の

       側室(第二夫人)

       位階は淑妃

       1922年

       溥儀と結婚

       1924年

       溥儀の皇后

       婉容と紫禁城を離れて

       天津の張園に移った

       1931年

       溥儀との離婚を裁判所に申請認可

       溥儀が

       慰謝料

       五万五千元を支払う事で離婚成立

       離婚後、旧清朝時代の廷臣によって

       溥儀は文繡の位を剥奪、平民とした

       後は、私立女学校の教師

       退職後、

       1953年9月17日

       北京で飢死

       清朝皇室の子孫が溥儀及び

       二人の正妻と二人の側室に諡号を追贈

       だが文繡は庶民に降格されており

       諡号は贈られなかった・・・

      「ぬい=ぬひ」ならば「」として存在した人々であろう・・・

ーー↓縫い物の・・・奴(女+又)意摸埜

 うら。・・・

 猫の・・・・「ねこ・ビョウ」之→描写

 耳の・・・・「みみ・ジ」之→視見・未巳(未だ蛇)

 うち。・・・・得知

 鼠の・・・・「ねずみ・ソ」之→窮鼠、猫を咬(噛)む

 いまだ・・・「未だ・今だ・意真拿」

 毛も・・・・「け・モウ」摸

 生ひぬを、・・ハヒヌを

 巣の・・・・「す・ソウ」之

 中・・・・・「あてる・なか・チュウ」

 より・・・・「因・選・撚・拠・縁・依・由」理

        より・寄り・四里

        繕(つくろう・よる・より)

 數多・・・・・かずおおし・スウタ

 まろばし・・・麻呂葉詞

 出し・・・・・いだし

 たる。・・・・他留・多留・太留

 裏・・・・・・うら・リ

 まだ・・・・・真拿

 つかぬ・・・・通化ヌ

 かはぎぬの・・皮接ぎぬの・掛葉義ヌ之

        カワハギぬの・

       「鮍=かわはぎ=魚+皮」濡之

                  真名の掛話

        掛萩奴(濡・塗)之

 縫目。・・・・女

 殊に・・・・・糊塗に

 清げ・・・・・きよげ・清解

 ならぬ・・・・名等ヌ(又・奴)

 所の・・・

 くら・・・・・句等

 き。・・・・・記・紀・基

 こと・・・・・言・糊塗・異・琴・拠渡・事

 なる・・・・・名留

 事・・・・・・

 なき・・・

 人の、・・・

 ちひさき・・・地位割き

 子ども・・・・音度摸

 など・・・・・等

 數多・・・

 持ちて・・・「餅・糯・勿・摸置」出

 あつかひ・・・扱・「厚保・圧・篤・斡」化比

 たる。・・・

 いと・・・

 深う・・・

 しも・・・・・シも

 志・・・・・・こころざし・シ

 なき女の・・「鳴き女・泣き女・亡き女」

        無き音名之

        ↓

        なき・・・・名記

        女の、・・・音名之・序之・如之

 心地・・・・・ここち・シンチ

 あしうして・・悪しうして

        ↓

        足得して・足失して

        脚得仕手・脚失して

        蘆鬱して・阿史有示出

        亜史胡史氐(出)

        亜州史氐

 久しく・・・・ひさしく・比差詞句

 惱み・・・・・なやみ

 たる・・・・・他留

 も、・・・・・摸

 男の・・・・・おとこ之

 心の・・・・・こころ之

 中・・・・・・なか・あてる・チュウ

 には・・・・・似話

 むつかし・・・ムツ可視・ムツ歌詞。陸奥下士

        ムツ河岸

        スズキ系スズキ目スズキ目

        スズキ亜目ムツ科ムツ属

        ムツ=鯥・鱫・鰘

           六・鱫・鯥・礥・襁・緥・睦・跂

          「睦仁」は「明治天皇」

          「裕仁・迪宮(みちのみや)・若竹」は

          「生物学者」

          「鯥五郎」は諫早湾に棲息(生息) 

        むつこい=「味が濃い

              しつこい

              脂っこい」は土佐弁

 げ・・・・・・解

 なる・・・

 べし。・・・

ーーーーー

 ・・・「いと、深うしも、志なき女の、心地あしうして、久しく惱みたるも、男の心の中には、むつかしげ、なるべし」・・・?・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

替文→台詞(科白)→台分→大分(だいぶ)=大分(おおいた)=大分(おほいた)

2013-10-12 20:31:08 | 古事記字源
 やっと、目を開けてくれたけれど、未だ不安定な呼吸である・・・肩にふれると随分と痩せてしまっている・・・何とか、大丈夫・・・
ーーーーー
 枕草子
 (一五八段)・・・百五十八段・壱佰五拾八段・壱五八段・陌伍足捌段
          1+5+8=14=十四=壱拾四=足肆
          1×5×8=40=四十=四拾=四足=肆足
 見るに・・・・視るに
 ことなる・・・言鳴る
 こと・・・・・言
 なき・・・・・無き
 物の・・・・・モノの
 文字・・・・・アヤあざ
 に・・・・・・似
 かきて・・・・禍気手
 ことごと・・・事々
 しき・・・・・史記
 もの・・・・・モノ
 覆盆子・・・・フクボンーシ(す・ね・こ)
        福 本  史 素 音 呼
        腹 煩  刺 数 音 拠 
        覆    凡 取 音 固
        くつがえすボンね
        ラズベリー
        バラ科キイチゴ・・・葉等化忌諱知語
           木 苺=木+艸(サ)+母
        亜属 Idaeobatus に相当
        フランボワーズ
        ラズベリー=rasp + berry
 (いちご)。・一語・一期・意稚児
 鴨頭草。・・・鴨頭草(つきくさ)
        ↓
        露草(つゆくさ)
        Dayflower
       「その日のうちにしぼむ花」・・・?
        一日だけ咲いて萎む意味なのか?
        ↓
       「鴨跖草(つゆくさ・オウセキソウ)」
        ツユクサは古くは「つきくさ」
       「つきくさ」は
       「月草」とも
       「着草」とも
        花弁の「青色」が
        衣服に「着」きやすいことから
        着き草
        搗草(つきくさ)
        移草(うつしぐさ)
       「青花(あおばな)」
       「着き草」と呼ばれていた
        花の形から、
       「蛍草(ほたるぐさ)」や
       「帽子花(ぼうしばな)」に似ていることから
       「月草」は
        夜明け前の、空に月がある頃に咲くことから
       「かま草」は葉や葉柄が
        鎌の形に似ているから
       ・・・「月見草=大待宵草・宵待草」ではない別種
       ・・・・別名・・・ありすぎ・・・
        字面の意味からは
       「鴨(かも)」の「頭(かしら・あたま)」である・・・
          加茂      歌詞等 蛙多磨
       「万葉集」に「九首」あるとブログ記事にあるが、
        漢字は「月草」と「鴨頭草(オウトウソウ)」である・・・
            解通句作     横 読 想
            通紀愚作     王 盗 総
                     王 統 争
                     応 答 奏  
        乾燥させたものを「鴨跖草(オウセキソウ)」・・・?
                     往 昔 操
       「跖」=「あしのうら・セキ」=「足+石」である・・・
        ↓
ーー盗跖=盗蹠(トウセキ)・・・投石・党籍・悼惜・・・腎臓透析?
  盗跖とは (トウセキとは) [単語記事] - ニコニコ大百科から
   ↓
  古代中国、春秋戦国時代の魯の国の盗賊団の頭
  柳下季(りゅうかき・魯の賢人)の弟
  黄帝の時代の伝説の人物・・・
  中国では盗賊、大悪人
  司馬遷の疑問
  悪人「盗跖の大往生」と「聖人の名誉死」
  善人が餓死し、
  悪人が大往生するのは天道(運命)なのか?
  唐の詩人、
  杜甫は「孔丘盗跖倶塵埃」
  孔子も盗跖も死んだら同じ塵だ、生きているときは楽しもう
  という詩を読んだ
  荘子は「荘子」の中で
  盗跖が孔子を論破
  尾生の信
  融通がきかず、ばか正直なこと
  ・・・尾っぽを振る犬の忠義か?
 「尾生」は神武天皇に熊野で加担した奴だろう・・・
ーー↓古事記原文
 於是亦、
 高木大之命以覺白之、天御子、
 自此於奧方莫使入幸。
 荒甚多。
 今自天遣八咫烏。
 故、其八咫烏引道。
 從其立後應幸行。
 故隨其教覺、
 從其
 八咫烏之後幸行者、
 到吉野河之河尻時、作筌有取魚人。
 爾天御子、
 問汝者誰也、
 答曰
 僕者國、
 名謂
 贄持之子。
 此者
 阿陀之鵜飼之祖。
 從其地幸行者、
 生尾人、・・・・・・きビジン
           うビジン
           セイビジン
 自井出來。
 其井有光。
 爾問汝誰也、
 答曰
 僕者國、
 名謂
 井氷鹿。・・・・・・いヒカ
           ゐこおりか(しか)
           いヒョウか
           セイヒョウロク
           ショウヒョウロク
 此者
 吉野首等祖也。
 卽入其山之、
 亦遇
 生尾人。・・・・・・きをひと
           はえをびと
           きビジン
           うビジン
           セイビジン
 此人
 押分巖而出來。・・・おしわけいわおしかもでくる
           おしわけけわしいしかもいでくる
           オウブンガンジシュツキ
           ヨウブンゲンジシュツキ
 爾問汝者誰也、
 答曰
 僕者國、
 名謂
 石押分之子。・・・・いわおしわけ之こ
           いしおしわけこれね
           セキオウブンシシ
           
 今聞
 天御子幸行。
 故、參向耳。・・・・参考の耳(のみ・ジ・ニ)
           参稿・参行・三港・纂項
 此者
 吉野國巢之祖。
 自其地
 蹈穿越幸宇陀。・・・穿=うがつ・はく・セン
           蹈=ふみ・ドウ(ダウ)・トウ(タウ)
           ↓
          媛蹈鞴五十鈴媛命=神武天皇の皇后
          地蹈鞴(じだたら)を踏む
              じたたら
          地団駄(じだんだ)を踏むと同意義
          「蹈鞴(たたら)」に同じ
           地団駄(じだんだ)を踏む
           ↓
          足摺岬=土佐・高知県
              「問わず物語」
               天狗が嵯蛇(足摺)して逃げた
              「発心集」の
              「禅師
               補陀洛山に詣づる
               賀東上人」
               補陀洛(ふだらく・ほだらく)山
               那古寺=千葉県館山
                   坂東三十三箇所の第33番札所
                   六波羅蜜寺
                   西国三十三所の第十七番
           ↓
           裏切られた時の動作、仕草
           ↓
           たたら(踏鞴・蹈鞴)
           足で踏んで空気を送る大形の
          「ふいご」
           送風器
           鋳物師が用いる「婁」
          「鑪」とも書く
           砂鉄精錬炉の送風器
           踏鞴を踏む=たたらを踏んで空気を送る
           勢いよく向かっていった的が外れて、
           から足を踏む
           たたらぶ
           蹈常襲故
           従来のしきたりや方法を受け継いで、
           そのとおりに物事を執り行うこと
          「蹈」は踏む・踏み行う
          「襲」は受け継ぐ意
          「常を蹈んで故を襲う」
          つねをふんでこをおそう
           ジョウトウ シュウコ
           略して「蹈襲(トウシュウ)」
          「ふいご」=鞴・吹子・吹革
                火力を強めるために用いる
                送風装置
                箱の中のピストンを動かして
                風を送る
                金属の精錬や加工に使用された
          「婁」=ひく・ひっぱる・ひき寄せる
              むなしい・から・中空
          「婁絡」=るらく・まとわりつくこと
          「巻婁」=けんる・手足のひきつり
               疲労のはなはだしいこと
          「離婁の明」=リロウのメイ
                「離朱(リシュ)の異称」
                 視力
                 眼力のすぐれていること
          「婁」=二十八宿の一・西方の第二宿
              牡羊座の頭部分の三星
 ↓            たたらぼし・婁宿
 故、
 曰
 宇陀之穿也。
ーー↓
  盗亦有道
ーー↓
 あるとき盗跖の部下が彼にこう尋ねた。
 「お頭、聖人君子になるためにしなければならない道はありますが、盗人にもあるんですかい?」
 すると盗跖が答えて言うには、
 「もちろんあるとも。君子と同じように盗人の五徳といって、それぞ
  れ"聖"、"勇"、"義"、"智"、"仁"がある」
 「それはいったいなんです?」
 「聖とは盗むものをよく吟味することだ、金にもならないものを盗んでは儲けにならない」
 「勇とは盗みに入る度胸のことだ。これがなければもちろん物を盗むなんて出来はしない」
 「義とは仲間を先に逃し、自分が最後に逃げることだ。自分が真っ先に逃げるような奴に仲間は
できない」
 「智とは盗めるかどうか判断することだ。警備が厳重になったのに無理に盗もうとして捕まっては無意味だ」
 「仁とは盗んだものを仲間と公平に分けることだ。独り占めをしたり不公平では、仲間に恨みを持たれてしまう」
 「君子も盗人も、五徳を持って道に従わねば立派にはなれない」と語った。
  ↑
 原文は「ニコニコ大百科」
 ↓
http://dic.nicovideo.jp/a/%E7%9B%97%E8%B7%96
ーーーー↓
 ・・・「仁とは盗んだものを仲間と公平に分けることだ」・・・昔々から「盗んだモノ」を「仲間と公平に分けないコト」をやっているのが「国家」で、現今は国家と、そのスポンサーである「資本家」である・・・だから、「宮刑」を受けても尚且つ「国家官僚」としての「司馬遷」の「疑問」や、歌人の「杜甫」の「歌」も「階級国家」が如何なるモノかを「理解」してはいないかったのだろう・・・「非公平分配」・・・彼等は、確かに自分自身の身に起こった「不遇」をバネにして生きたが、階級国家の枠内で「司馬遷」は高級官僚として往生し、「杜甫」は飯を食らい、酒を飲み、尚且つ、牛肉を食って・・・往生した・・・そうすることが出来たのだ・・・出来なかった大勢のモノドモ・・・権力者の「生殺与奪」の一言で、ハイ、ソレまで、ョ・・・で、終わった・・・「民=目を潰された者」だったから・・・
 「孔子も盗跖も死んだら同じ塵」だが、「生きているとき」を「楽しめた」のはダレなんだか・・・
 ・・・胃ガンと肝臓ガンで死んだ武田泰淳の「司馬遷」には感動したけれどネッ・・・
ーー↓        
 みづぶき。・・・・・見ず武紀
 胡桃(こも)。・・・くるみ・コチョウ・誇張
 文章博士。・・・
 皇后宮の・・・・・・交合・咬合
 權大夫。・・・・・・言代附
 楊梅。・・・・・・・やまもも・ヨウバイ
           楊梅瘡=梅毒
ーーーーーーーー↓以下ウイッキペデア、ブログ記事より抜粋
         以前にも書き込んだが「いたどり」・・・
 いたどり・・・イタドリ(虎杖、痛取、Fallopia japonica)
 ↓      タデ(蓼)科の多年生植物
        別名
        スカンポ・イタンポ・ドングイ・ゴンパチ
        北海道では「オオイタドリ(大痛取)」
        スッカンポ
        漢方で
        緩下薬・利尿薬・通径薬・常習便秘
        下痢・膀胱炎・膀胱結石・月経不順・閉経
        に薬用として使用
        鎮咳薬・鎮静薬・止血薬
        膀胱炎・膀胱結石・便秘・黄疸
        関節炎・リューマチ・月経不順
        虎杖根(コジョウコン)を薬用
       「痛取り(いたどり)」、痛みを取るから・・・
        擦り傷・切り傷など、若葉をもんで
        患部に塗布し止血、痛みを和らげる作用
        中国では、
       「虎杖根(コジョウコン)」は
        火傷(やけど)の妙薬
        上の説明は
       「虎杖根」の「文字由来」の説明にはなっていず
       「痛取り」は「文字道理」の薬草の説明で、
        日本語の「当て字」である・・・だが、
       「虎杖根(コジョウコン)」を
       「トラのツエのネ」とは「訓じ」てはいない
        北海道でナゼ、
       「スッカンポ・大痛取」なのか?加えて、
       「コレラ・Cholera」は「虎烈刺=暴潟」
        極度の下痢、極度の脱水
       コレラという名前
       日本では、最初に発生した
      「文政コレラ」のとき他の疫病との区別は不明瞭
       オランダ商人から「コレラ」という病名であることが伝えられ、
      「虎列刺」、「鉄砲」「見急」「三日コレラ」など呼ばれた。
      「コロリと死んでしまう」の連想から
      「虎狼痢」、「虎狼狸」など呼ばれた
       浅田宗伯は『古呂利考』
      「古呂利」は頓死
      「卒倒の義」
      「元正間記」
       元禄十二年頃、江戸にて「古呂利」が流行
       斎藤月岑は『増訂武江年表』 (安政六年) で
      「文政二年痢病行はれしよりしかいへり。
       しかるに西洋にコレラといふよしを思へば、
       おのづから通音なるもをかし」
       と、コロリとコレラが混用されていることを指摘
       とんころり・三日ころり・「古呂利考」
      「虎列刺」・「虎烈刺」・「酷烈辣」・「暴潟病」
      ・・・幕末、明治のコトバだとすると、
      「大痛取」も同時代のコトバであろう・・・蘭学者
       そして、
      「大分県」である。モチロン「ブンゴ・ブゼン」の
      「豊後・豊前」→「文語・文吾」、「憮然・武前」で、
      「文」が優先、「武」が二の次である・・・が・・・
      「大分(おおいた)」の「分」を「いた」とヨマせるのは
       無理強いである・・・そう、読ませたのは相当の
      「権力者」だろ・・・
        ↓
       大分県のブログ記事
        ↓
       大分県と称せられたのは
       明治4年の11月で
       明治5年1月23日
       大分郡南勢家(大分市都町)に
       大分県庁が設置
       県名の由来
      「豊後国風土記」は、
       "おおいた"について
       景行天皇に由来を求めている
      「広大なる哉、この郡は。よろしく
       碩田国(おおきた)と名づくべし」とし、
       これがのちに"大分"と書かれるようになった・・・?
      「多き田」→「大分」との見解が最近の定説
       これが"とよのくに""おおいた"の由来です・・・?
        ↑
       コレは「分」を「いた」とヨマせている
       文章の説明にはなっていない
       分祀・分祁したのは宇佐神宮の女神
       八幡様の総本宮が宇佐神宮で
       応神天皇
       比売大神
        ∥(多岐津姫命・市杵島姫命・多紀理姫命)
       宗像三女神
       神功皇后
       御許山山頂には奥宮の
       三つの巨石を祀る大元神社があり、
       宇佐氏の
       磐座(岩・石)信仰対照
      「キタ」が「イタ」に・・・訛るか?
      「き田」が「イタ」に・・・訛るか? 
      「イタ」が訛っても
      「分(ブン・プン・わける)」、
      「豊(ぶん・ホウ・ゆたか・とよ)」の
       漢字になるワケは・・・
      「ワケ」の理由は
      「ワ・ケ・ワケ」と
      「イ・タ・イタ」の
       同音漢字のスベテである・・・
        ワケ=訳・和気・別・沸・湧
           倭家・和毛・吾家・・・・
           和解
        分=八+刀=捌+形名=ハチ+トウ     
        イタ=板=木+反・居た・鋳た・射た
           伊田(イデン)・井田(セイデン)
           医多・易拿
       大分の「中津」は蘭学者、蘭学徒の拠点
       大分県中津市山国町槻木泉
       明治4年廃藩置県
       県の中心部に位置した
      「大分郡からとったもの」・・・
      「大分郡」は、
      「豊後風土記」によれば、8世紀前半古代律令制度成立過程で、
       地方行政単位として、国・郡・里が整備されていく時、
       存在していたことがわかってる・・・
       では「大分」をオオイタとよむようになったのは
       いつか、また、
       なぜそう訓読するのか・・・?
      「大分」の方が「碩田」よりも古い・・・?
      「分」は「段」と共に「キダ」と訓まれていた・・・
      「キダ」は「段」で、「きれめ・きざみ・だん」の意、
      「分」は「わかち・わかれ」の意で、
       分離の意味において両者はあい通ずる故・・・
      「オオキダ」=「大きく(大いに)刻み分けられた所」・・・?
       これは、
      「版画彫刻」と、その刷り「(擦・摺・磨)」の「版本」だろう・・・
       薪(巻・真紀・撒き・蒔き)を割って
       柾(雅・昌・允・正・柾)にする、であるカナ・・・コケラ?
      「掏り=スリ」は接触泥棒で、
      「空き巣」は侵入する泥棒・・・
      「年をとって」→「としゅとっち」、
      「何を言っているの」
       ↓
      「なん、言いよんのかぇ
      (なんいいよんのかのぅ・なにょういいよんのかぇ)」
      「大分方言」からの検索だが・・・?
      「う(憂)さい」なッ・・・?
      「鬱陶しい・煩わしい・五月蝿い・煩い・面倒臭い・気持ち悪い」で
      「邪魔」でした・・・「和気の寄与麻呂」、「ワケの汚麻呂」・・・
ーー↓
 は・・・
 まして・・・
 虎の杖と・・・
 書き・・・
 たる・・・
 とか。・・・
 杖・・・
 なく・・・
 とも・・・
 ありぬ・・・
 べき・・・
 顏つき・・・
 を。・・・
ーーーーー
 ・・・蘭学医の記録・・・
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする