1万5千年の時空を彷徨う
三代前の両祖父母さえ、はっきりとした存在感を認識することは難しいことです。
その人たちは、間違えなく存在しいます。だがその生涯を知ることは、文献など特別な書類を残した人を除き大半が戸籍などでしか知る由もありません。その戸籍も何代か前までで破棄されます。
だが、突然我々の祖先である日本人が現出した訳でもなさそうです。
メソポタミア八千年、中国四千年の歴史の重みは、それぞれの国家観や人々の民族意識と相まって脈々と継承されているものと思われます。
地道な考古学の勝利です。日本列島での、営々と構築されてきた文化が解明され世界に誇れる文化圏を立証したのです。
北海道と東北地帯で一万年以上もの間、平和な文化圏を形成していた。縄目状の文様の土器を使用していたことから、縄文時代との公称です。さらに八千年前の煮炊きの痕跡の土器も発見されたとの二ュースは、遥かな祖先の面影や生活環境に畏敬の念が溢れます。
とりわけ北海道は、幕末末期まで殆んど渡来人の影響を受けなかった。アイヌ民族が縄文人と全く重なっている生活圏を形成していることのようです。
当時の気候風土は今とは違い、かなり温暖地帯であったとの説は豊かな自然の恵みを享受していたことが創造できます。
時代変遷の認識は、縄文時代から弥生時代へと移行したとの説を学習しました。
一万年以上続いた時代が、大陸から鉄の技術を持ち込んだ渡来人によって征服され新たな民族の構築がなされた。日本人のルーツはこのあたりからが原点のように思われていました。東北人や沖縄人に、多くの似通った遺伝子を持った人たちが多数占めている。渡来人によって押しやられたと考察されるようです。
だが、言語や習慣・独特の日本人の感性は征服されたことでの新たな開花ではなく同化して構築されたことが今日の世界に冠たる日本国なのです。
北海道は二百年前まで、縄文時代が続いていたのです。DNA鑑定の技術は日本人の20~25%の人たちに縄文人の遺伝子の継承を確認しています。長い歴史の文化の継続を誇らしく思うのは自分ひとりなのでしょうか
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