東京薬科大チ-ムなどゲノム解読 水質汚染検知の手掛かりも
世界各地の池や湖にすむ動物プランクトン。ミジンコのゲノム(全遺伝情報)を、米インディアナ大や東京薬科大などの国際チ-ムが解読した。小さなゲノムに多くの遺伝子がびっしり詰まるなど、研究の進むヒト、マウス、ハエといった生物では見られない特徴が次々と判明。ミジンコを指標にした新しい環境評価につながる可能性もあり、研究者の注目が一気に高まっている。
ミジンコの大きさは1~2㍉。万歳をしているように伸びる2本の触角を持つ、卵のようなユ-モラスな姿形からは想像しにくいが、エビやカニと同じ甲殻類の仲間だ。環境の変化に敏感に反応して数が増減するため、水質を調べる「道具」として広く利用されている。ただ、分子生物学の分野で最重要のモデル生物とされ、さまざまな突然変異を人為的に作り出す手法も確立されているショウジョウバエなどに比べると、遺伝子の研究はほとんど進んでいなかった。分析機器の性能向上で膨大な資金がなくてもゲノム解読が可能になったのを受け、世界のミジンコの専門家が2002年ごろから続けていた分析の結果が今年2月、米科学誌サイエンスに発表された。
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結果で何より目を引いたのは遺伝子数の多さだ。ミジンコのゲノムの大きさ(塩基対)はヒトの約15分の1だが、タンパク質をつくる遺伝子が3万1千個以上と、ヒトの約2万3千個を大幅に上回っていた。ハエや線虫よりも多く、これまでゲノムが解読されている動物の中で最多だった。また遺伝子の3分の1以上は、これまでミジンコ以外の生物では発見されていない、機能が不明の新しいタイプだった。多様な遺伝子を持つ理由の解明はこれからだが、東京薬科大の山形秀夫名誉教授(環境分子生物学)は「ミジンコが、陸や海よりも変化しやすい池や湖の環境に対応できるよう進化してきた結果かもしれない。ゲノムから、生命の進化の法則や遺伝子の仕組みについて多くの知識が得られるだろう」と説明する。
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今回の成果は、自然環境の研究にも貢献しそうだ。東北大の占部城太郎教授(水圏生態学)によると、世界中の淡水の食物連鎖で重要な役割を果たしているミジンコは、古くから生態学者にとって格好の研究対象だった。ゲノム情報が使えるようになったことで、環境の変化が遺伝子の働きに与える影響を詳しく調べることが可能になるという。例えば、有害物質の種類や濃度ごとにミジンコ遺伝子の発現パタ-ンの変化を解明できれば、これまでの検査手法では検知できなかった水質のわずかな汚染を知る情報になり得る。占部教授は「将来は、ミジンコ遺伝子の働きのモニタリングによる新しいタイプの環境評価が期待できる」と話している。