模索重ねて本場の辛み
冬に雪が積もり、水温が下がる北海道で、ワサ ビ栽培は不向きとされる。佐々木さんは、胆振 管内豊浦町で、父定吉さん(93が試みたワサビ 田のハウス栽培に改良を加え、4年前から通年 で本州産に劣らぬ品質のワサビを年産約200 ㌔出荷することに成功した。模索を続けた父親 の代から約20年がたっていた。定吉さんは、コ ンクリ-トで四角に囲ったワサビ田に近くの湧水 を引き、ハウスを作った。しかし、苗を道内で調 達し自前で採種し続けた結果、苗が劣化し、育ったワサビはふぞろ いのうえ、味にも苦味と青臭さが残った。多くはワサビ茶漬けの原 料程度にしかならなかったという。10年前、病気で倒れた定吉さん からワサビ田を引き継ぎ、つてを頼って静岡のワサビ苗の移植に踏 み切った。ワサビ田管理の問題点も見つかった。湧水は地熱によっ て1年を通じて水温12度に保たれていたが、砂礫の清掃が不十分 で、低層にたまる泥がワサビの生育を阻んでいた。佐々木さんは、 出荷を終えた後のワサビ田に小型耕運機を導入、清流か゛表面から 低層までまんべんなく通るよう清掃する。ワサビ苗は、厄介な軟腐 病を防ぐため、苗植え直後に徹底的に点検している。農薬は使わな い。警戒するのは、葉が損傷する冬の「しばれ」と春先の日差し。ハ ウスの通風と日光の遮蔽に気を配っている。静岡産の苗で栽培した ワサビは4年前、しっかり育った。渡島管内森町のそば店「北の玄 庵」の東隆一さん(59)は「辛味、粘りとも遜色ない」と感心ている。 しかし、ハウス六棟を使い回し、毎年新しく苗を入れ、1年3ヵ月育成 する作業は、大きな利潤を生む仕事ではない。「まったく損得勘定の ない人だから」と妻雪江さん(55)は気をもむが、本業の林業あって のことである。植樹、下刈り、間伐の仕事が途切れる冬が、栽培の 作業期となる。何十年も先を手入れする佐々木さんは、植物も人間 に応える心があると思っている。「良い苗も手をかけなければ駄目に なり、逆に悪い苗が良く成育したりする」と実感する。町から豊浦特 産にと、推奨を打診されたが、「無理すると良質なワサビが育たない」 と応じなかった。山仕事の合間に山登り、冬はスキ-を楽しむ。19 91年、仲間と近くの昆布岳(1、045㍍)に登山道を開削した。忙し く働き続けながら「足るを知る」「ゆとり」の人である。