農業者川下へ積極進出を
日本で1年間に支出される飲食費は80兆円に達している。80兆円 の価値は、素材産業である農業や水産業から、食品の加工業や流 通業を経由して、小売店や飲食店に至る一連の産業活動によって生 み出される。このような食品供給の産業全体をフ-ドシステムと呼ぶ。 国民所得が5百兆円だから、フ-ドシステムはその6分の一に当る 巨大な産業活動である。就業人口の割合でみても、フ-ドシステム の規模は約6分の一である。食に携わる産業群は雇用機会としても 重要である。特に地方では、フ-ドシステム関連産業の雇用のウエ -トが大きい。農業や水産業、それに食品加工業が農村や地方都 市を中心に立地しているからである。
川上の金額は2割
80兆円の飲食費支出のうち、産業の流れの一番川上に位地する農 業と水産業に到達する金額はわずかに2割である。残りの8割の価値 は食品の加工や流通、それに外食産業に配分されている。2割と8割 という数字は、現代の食生活が多彩な加工食品と頻繁な外食に支え られている実態をよく表している。毎日の食生活を思い浮かべれば、こ の数字にそれほど違和感を覚えることはない。もつとも農業や水産業に 80兆円の価値の2割しか届いていないことを知って、関係者の心境は 複雑だ。素材産業にもつとも手厚い配分がなされるべきだとの主張も耳 にする。確かに、複雑な流通経済を簡素化することで、漁業者の取り分 を増やす余地はあるはずだ。
自力で販路を開拓
だが、素材産業の側が発想を変える必要もある。特に農業の場合、農 業の川下にある食品の加工や流通業、あるいは外食産業を自らの活動 に取り込んでいくことが考えられてよい。何も大げさな事業を構想する必 要はない。もち米を加工する。大豆で文字どおり手前みそを製造する。 酪農経営であれば、チ-ズやヨ-グルトづくりに挑戦する。どれも立派 な食品加工業だ。実践例もある。農協ばかりに頼るのではなく自分で生 産物の販路を開拓する。インタ-ネットで情報を発信し、顧客の注文に 応える。流通業を取り込んだ農業経営だ。農家レストランの切り盛りに 腕を振るう女性農業者グル-プもある。こちらは外食産業への進出であ る。農業経営だからといって、自分の仕事の範囲を素材産業としての農 業に限定する必要はない。現実に農業の通念に束縛されない自由な発 想の取り組みが始まっている。農業の川下に広がる加工・流通・外食の 領域は農業経営にとっても耕す価値のある大地なのである。 (生源寺 真一『しょうげんじ・しんいち』=東大教授)