風のない午後、祖谷の集落の畑の、あちらこちらに、見えてくる、まっすぐな煙。
『集め焼き』 の光景
畑の草をむしり取り、一カ所に集めて置いて、乾かしてから火をつける。実の付いた草を、再び畑の中で、蔓延らせない為の、昔から伝わる、農家の光景。
その火は、焚火のような大きな炎ではない。
真ん中から、少しずつ、燻していく。
真ん中は、丁度、鳥の巣を乗せたような形に似ている。
方言なのか、私達は昔からこのような火を『くいらす』と言う。
か細い煙は、まっすぐに立ち上がる。
あの匂いを、文字で表現できたなら…
伝えられない、あの夏草の焦げる香り。
化学製品を焼いた時の、臭いが鼻につく臭いとしたら、夏草の焦げた匂いは、心に付く匂い。「スー」と心に突いてくる。
私には、あの匂いは、『爺やん』の匂い。囲炉裏端の匂い。
母親の生家には、〈時々登場する86才の叔母さん〉兄夫婦と、隣の隠居部屋には、両親が住んでいた
私の祖谷の、『爺やん、婆やん』だ。
回りを山々が囲む、標高800メートル位の場所。
今でも、当時の面影が残る、今は作らなくなった、田んぼの周辺。湿地帯で、サラサラの清水が水草の透き間から、小さな音をたてて、流れている。水が、息をたてている。
昔は、下の道路から30分近くかけて、歩いて登った細い小道も、今では車に乗らない、近所の方が、利用するだけとなった。
家ごとに、私道が抜けて、足腰の疲労を抱えた高齢者、郵便配達人をはじめ、生活する上では、欠かせない道となった。
婆やんが、亡くなったのは、私が七歳の春。今でもはっきりと覚えている、光景が二つある。
隠居部屋の奥の暗い寝間の、豆電球のあかりの下で、婆やんは、寝巻姿で、いつも寝ていた。私が、遊びに行った時、丁度お医者さんが往診に来てくれていた。
婆やんのお尻には、お茶碗程の、床擦れがひとつできていた。
その窪んだ穴の奥に、白いものが、見えた。それは、骨だった。生まれて初めてみた、骨に、正直、恐ろしかった。
婆やんはそれから暫くして、亡くなっているが、婆やんのお葬式の記憶が、全くない。
ただひとつ、知らせを聞いて、父と母と、田んぼの側の小道を登った記憶がある。私は、駆け登って行った。後ろを振り向くと、父と母の姿が見えない。
私は、駆け登った道を、また下に引き返した。
母は、少し歩いて立ち止まっていた。父が、後ろから、母の肩を抱き上げるように、支えていた。
母が、両脇の草を掴んで、座りこんだ。
父も、しばらく、その場から、動かなかった。
立ち上がりながら、声を出して母は、泣いていた。
生まれて初めて、母の泣く姿を見た。
茅葺き屋根、黒光りの屋根の梁組、
囲炉裏には、朝になると、火が入る。
爺やんは、〈パチパチ〉と弾く無数の枝の、囲炉裏端。
正面に座って、火の守をする。
隠居部屋の囲炉裏端。爺やんは、
ひとりになった。
『集め焼き』 の光景
畑の草をむしり取り、一カ所に集めて置いて、乾かしてから火をつける。実の付いた草を、再び畑の中で、蔓延らせない為の、昔から伝わる、農家の光景。
その火は、焚火のような大きな炎ではない。
真ん中から、少しずつ、燻していく。
真ん中は、丁度、鳥の巣を乗せたような形に似ている。
方言なのか、私達は昔からこのような火を『くいらす』と言う。
か細い煙は、まっすぐに立ち上がる。
あの匂いを、文字で表現できたなら…
伝えられない、あの夏草の焦げる香り。
化学製品を焼いた時の、臭いが鼻につく臭いとしたら、夏草の焦げた匂いは、心に付く匂い。「スー」と心に突いてくる。
私には、あの匂いは、『爺やん』の匂い。囲炉裏端の匂い。
母親の生家には、〈時々登場する86才の叔母さん〉兄夫婦と、隣の隠居部屋には、両親が住んでいた
私の祖谷の、『爺やん、婆やん』だ。
回りを山々が囲む、標高800メートル位の場所。
今でも、当時の面影が残る、今は作らなくなった、田んぼの周辺。湿地帯で、サラサラの清水が水草の透き間から、小さな音をたてて、流れている。水が、息をたてている。
昔は、下の道路から30分近くかけて、歩いて登った細い小道も、今では車に乗らない、近所の方が、利用するだけとなった。
家ごとに、私道が抜けて、足腰の疲労を抱えた高齢者、郵便配達人をはじめ、生活する上では、欠かせない道となった。
婆やんが、亡くなったのは、私が七歳の春。今でもはっきりと覚えている、光景が二つある。
隠居部屋の奥の暗い寝間の、豆電球のあかりの下で、婆やんは、寝巻姿で、いつも寝ていた。私が、遊びに行った時、丁度お医者さんが往診に来てくれていた。
婆やんのお尻には、お茶碗程の、床擦れがひとつできていた。
その窪んだ穴の奥に、白いものが、見えた。それは、骨だった。生まれて初めてみた、骨に、正直、恐ろしかった。
婆やんはそれから暫くして、亡くなっているが、婆やんのお葬式の記憶が、全くない。
ただひとつ、知らせを聞いて、父と母と、田んぼの側の小道を登った記憶がある。私は、駆け登って行った。後ろを振り向くと、父と母の姿が見えない。
私は、駆け登った道を、また下に引き返した。
母は、少し歩いて立ち止まっていた。父が、後ろから、母の肩を抱き上げるように、支えていた。
母が、両脇の草を掴んで、座りこんだ。
父も、しばらく、その場から、動かなかった。
立ち上がりながら、声を出して母は、泣いていた。
生まれて初めて、母の泣く姿を見た。
茅葺き屋根、黒光りの屋根の梁組、
囲炉裏には、朝になると、火が入る。
爺やんは、〈パチパチ〉と弾く無数の枝の、囲炉裏端。
正面に座って、火の守をする。
隠居部屋の囲炉裏端。爺やんは、
ひとりになった。