万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

AI失業を救う‘新しい職業’は幻?

2023年07月18日 12時40分17秒 | 社会
 今や、AI自身が人類に対して知的能力において勝利宣言する時代を迎えています。生成AIの登場は、人類のデバリュー、あるいは、格下げにさらに拍車をかけており、‘人間を必要とする時代はもう終わったのだ’と言わんばかりなのです。

 AIの普及が大量失業をもたらす怖れに対しては、AI for Good Global Summitが主催した記者会見の席で、ヒューマノイドロボットがきっぱりと否定しておりましたし、メディア等に登場する識者の見解の大半も、‘新しい仕事’が生まれ、失業が吸収されるとする楽観論です。‘産業革命時にあってもラッダイト(機械打ち壊し)運動が起きたけれども、ホワイトカラー職の需要増加によって失業問題は難なく解決した’として・・・。

 デジタル化を歓迎するAI普及推進派の人々は、過去の前例を引き合いに出して人々の不安を払拭しようと務めているのですが、ラッダイト運動の時代と今日とでは、状況は大きく違っているように思えます。前者にあって失業を吸収できたのは、おそらく、この時期、経済の拡大に伴う企業数の増加や企業の組織化、並びに活動内容の複雑・広範化が進んだからなのでしょう。企業活動にあって基礎的な部分となるのは製造ですが、近代以降、企業は、組織の管理・運営のみならず、財務、法務、人事・採用のみならず、マーケティング、営業、市場調査、研究開発、宣伝・広報・・・などにおいて人員・人材を要するようになったからです。また、サービス業の多様化や外注化も失業問題の緩和に大いに貢献したことでしょう。製造部門である工場において労働者の雇用数が減少しても、ホワイトカラー職の叢生がその受け皿となったのです(もっとも、世界恐慌に起因する大量失業問題は、戦争によって解決されたとも・・・)。

 ところが、現在の状況は、ラッダイト運動の時代とは大きく違っています。そもそも、何れの諸国にあっても、雇用数の拡大を伴う右肩上がりの経済成長期にあるわけではありません。しかも、AI失業の問題は、上述したようなデスクワークを主とするホワイトカラー職を直撃する性質のものです。AI失業に対して楽観的な予測を述べる人々は、‘新しい職業’の出現を期待して人々の不安を解消させようとするのですが、具体的な職業の名の一つさえ上がっていません。‘新しい職業’ではあまりにも抽象的であり、不安払拭には程遠いのです。

 ITのみならず、AIも人に代替する、即ち、合理化や省力化をもたらすテクノロジーですので、人員削減に効果を発揮しこそすれ、雇用創出効果については疑問を抱かざるを得ません(実際に、IT大手は人員削減に邁進中・・・)。また、デジタル化によって確かにプログラマーやシステム・エンジニアといった‘新しい職業’が出現しましたが、デジタル専門職の雇用数は全体からしますと極めて少数に過ぎません。その一方で、デジタル化にはデータ入力作業を要しますので、従来のブルーカラー職とは異なる単純作業に従事する人々が現れたたことも確かなことです。AIについては、プログラミングさえ誰でもできるようになるとされていますので、従来型の職業のみならず、知的能力を要する専門職さえもAIに奪われる一方で、AIへのデータ入力者の需要のみが増大してゆくのかもしれません。なお、生成AIを含めて、ネット・サービスの利用は、同時にユーザーの個人情報の自発的な入力作業としての側面があります。

 このように考えますと、AIによって人類が支配されるに至らないまでも、大多数の人類がデータ入力者としてAIに奉仕するという未来の到来も絵空事ではないように思えてきます。しかも、ディープラーニングや国民監視の技術がさらに発展すれば、自発的かつ自動的に個々人のデータを収集してしまうかもしれません(人間は不要に・・・)。仮にこうした未来が訪れるとしますと、人類は、‘どこかで道を誤った’、否、’誤った道に誘導されてしまった’ということになるのではないかと思うのです。

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