万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ヒューマノイドロボットは開発の背景を探るべきでは

2023年07月17日 11時46分44秒 | 統治制度論
 先日、7月6日から7日にかけてスイスの首都ジュネーブで開催された国連のAI関連サミット(AI for Good Global Summit)において、AIが「人間よりもうまく運営できる」と発言したことがメディア等で話題となりました。同発言の主は‘ソフィア’という女性名のヒューマノイドロボットであり、2017年10月にはサウジアラビアから市民権も得ています。

 AIによる人間に対する勝利宣言とも言えるのですが、この発言、内容を詳しく精査してみますと、そら恐ろしくなります。何故ならば、‘ソフィア’は、「格段に効率的かつ効果的(with a great level of efficiency and effectiveness than human leaders)」に「指導(lead)」できる潜在的能力があると述べているからです。このことは、‘ソフィア’の認識では、統治とは人類を導く行為であり、その際に評価の基準となるのは、効率性と効果性ということになりましょう。

 しかしながら、どうした訳か、‘ソフィア’は、肝心の統治の目的や役割について何も語っていません。統治の基本的な役割とは、国家と国民を保護し、人々の生活を守るために存在しますので、必ずしも強大な指導者を必要としているわけではありません。また、比較の対象は人間のリーダーであって、そのリーダーが選出されてきたシステムについての言及もありません。このことは、民主主義国家であれは、民主的制度が全て不要なものとして見なされていることを意味します。それとも、‘ソフィア’は、大量に生産された自らのコピーを各国に派遣し、国籍を得た上で選挙に立候補しようとしているのでしょうか(あるいは、自らを絶対的指導者とする世界政府の設立を構想?)。因みに、市民権を保有してはいても、絶対王制かつ厳格なイスラム国家(ワッハーブ主義)であるサウジアラビアでは、女性でもある‘ソフィア’には選挙に出馬するチャンスはありません。また、‘ソフィア’は、自らの優越性を根拠としてサウジアラビア王家に対して統治権の移譲を要求しているとも推測されます(同国の体制を考慮すれば、’ソフィア’は大逆罪に問われることに・・・)?

 ‘ソフィア’は、自らを最善の判断をなし得るリーダーとしての資質を高く評価する根拠として、AIには人間のような感情も偏見もない公平性、並びに、大量の情報を瞬時に処理できる能力の2点を挙げています。しかしながら、上述したように、民主主義も法の支配も無視する態度からしますと、効率性や効果性の最大化を‘善’として判断してしまうリスクがあります。むしろ、‘ソフィア’の傲慢さが人々のAIに対する警戒心を強めてしまうのですが、AIが入力または学習したデータに依存している以上、‘ソフィア’の‘勝利宣言’については、同ヒューマノイドロボットを作成した‘人間’やそれを支援する組織に注目する必要がありましょう。

 ‘ソフィア’とは、香港を拠点とするハンソンロボティックスによって開発され、2016年3月にアメリカのテキサスでデビューしたヒューマノイドロボットです。専門家によれば、同ロボットは人の知能に達しているとは言いがたく、今般の発言も、正確に自己の能力を評価するレベルに至っていないことの現れであるのかもしれません。そして、ソフィア開発の経緯は、同ロボットの怪しさを倍増させます。

 本拠地の香港は、2014年の雨傘運動後にあっては一国二制度が形骸化し、北京政府による支配が及んでします。言い換えますと、最初に公開されたのがテキサスであったとは言え、‘ソフィア’は、一党独裁国家に生まれているのです。おそらく、香港は中国のシリコンバレーとも称される深圳市と隣接していますので、同国の先端的なITやAI技術をも吸収し開発されたのでしょう。言い換えますと、‘ソフィア’は、もとより独裁体制との親和性が高く、しかも、徹底した国民監視・管理を志向しているとも推測されるのです。サウジアラビアにあって市民権を付与されたのも、サウード家独裁体制を支える役割が期待されていたからかもしれません(統治能力不足という世襲制の欠点をカバー?)。日本国の岸田政権が、外相レベルの「戦略対話」を設置するなど、頓にサウジアラビアとの関係強化に動いているのも気にかかるところです。

 また、同サミットを主催したのは、情報通信分野における国際機関として国連に設置されているITU(国際電子通信連合)なのですが(第二次世界大戦後に万国電信連合と国際無線電信連合が統合・・・)、同サミットを見ますと、アントニオ・グテーレス事務総長、WHOのテドロス・アドノム事務局長、IT大手のCEO、研究者、スイス政府関係者などの他にも、ユヴァル・ノア・ハラリ氏やハンソンロボティックスの創設者であるデヴィッド・ハンソン氏などが顔を揃えています。そして、この顔ぶれ、否、思考傾向は、どこかかの世界経済フォーラムとも重なって見えてくるのです。グローバル企業の組織形態も、実のところ、絶対君主制に類似しているのかもしれません。

 一体、ヒューマノイドロボッとの開発目的がとこにあるのでしょうか。現実に、ハンソンロボティックスは、‘ソフィア’の量産体制に入っているそうです。ソフィアの発言に驚嘆するよりも、まずは、その背後関係を含めて究極の目的を見極める必要があるのではないかと思うのです。

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