シオニストにして大ユダヤ主義者でもあるイスラエルの首相、ベンヤミン・ネタニヤフ首相は、ハマスを壊滅させるまで矛を収めるつもりはないようです。国際社会に広がる停戦を求める声に耳を貸そうとはせず、戦争は「第二段階」に入ったと語気を強めています。同首相が強硬姿勢を貫けば、懸念されている地上侵攻の日も遠くはない、ということになるのですが、戦争とは、一方の単独意思だけで始めることができる性質のものですので、ネタニヤフ首相を翻意させることこそ、事態を早期に終息させるために不可欠となりましょう。
今般のイスラエル・ハマス戦争は、支持率が低下傾向にあったネタニヤフ首相にとりましては、自らの求心力を高め、国民からの支持を回復させる絶好のチャンスともなるとする指摘があります。外敵の脅威を煽るのは、不人気な為政者が頼りがちな安易な手段なのですが、ネタニヤフ首相にも、戦争を自らの利益のために利用しようとする政治家の計算高さが窺えます。ハマスを壊滅させれば、イスラエル国民をテロの恐怖から解放した国家的な英雄として、イスラエルの歴史にその名を刻むこともできるのですから。その一方で、今般の戦争が人類を第三次世界大戦へ誘導するための導火線であるならば、同首相は、イスラエル国民というよりも、ユダヤ系世界権力のためにハマスと共に働いたこととなりましょう。
ウクライナ、パレスチナと続く危機の連鎖現象の背景につきましては、今度の真相究明を待つ必要がありますが、ネタニヤフ首相の暴走を止めるには、国際世論の外部的な圧力のみならず、イスラエル国内の世論も今般の戦争の行方を変える重要な要素となります。イスラエルは、曲がりなりにも民主主義国家ですので、ネタニヤフ政権も、国民の支持を失えば方針を転換する、あるいは、政権そのものが瓦解せざるを得なくなるからです。
メディアが報じるところに依れば、イスラエル世論も同首相の強攻策に対して支持一辺倒ではなく、ハマス側との交渉による人質解放を求める声も少なくないそうです。世論が割れ、ネタニヤフ政権に対する批判も聞かれる理由には、イスラエルによるガザ地区に対する攻撃を国際法違反行為、並びに、非人道的行為とする海外からの批判、あるいは、良心に照らした自己批判もあるのでしょう。パレスチナ自治区ガザの保健当局は、10月30日の時点でのパレスチナ側の被害者数は8306人にも上ると発表していますが、ハマスによる奇襲攻撃で命を失ったとされるイスラエル側の被害者数凡そ1600人です。同害報復を超えた過剰報復、もしくは、過剰防衛と言わざるを得ない現状は、イスラエル国民に冷静さを取り戻させているのかもしれません。何れにしましても、ネタニヤフ政権に対する国民の支持が盤石ではないことだけは確かなようです。
そこで、ネタニヤフ首相の強硬路線を変更させるために、‘もう一押し’をするとしますと、それは、イスラエル国民が、本格的な地上侵攻作戦が実施された場合の自らの被害に思い至ることかもしれません。地上戦ともなれば、イスラエル側の兵士も無傷ではいられなくなるからです。ロケット弾等による空爆という飛び道具が主たる攻撃手段となる段階では、イスラエル側に人的被害は然程には多くはありません。しかしながら、地上戦ともなりますと、ハマス兵と直接的に接触・対峙することになりますので、イスラエル側の犠牲者数も増えるはずです。第二段階から第三段階、即ち、ハマス壊滅を目的とした北部ガザ地区への地上軍の投入が増えるにつれ、イスラエル側も相当の犠牲を覚悟しなければならなくなるのです。白兵戦とは双方の間の‘命の取り合い’となりますし、ガザ地区の地下には地下トンネルが蜘蛛の巣状に張り巡らされており、イスラエル軍兵士を返り討ちにすべく待ち構えているとも報じられています。
広範囲、かつ、迷路状の地下トンネルに立てこもっている、あるいは、潜伏しているハマス兵を排除し、同地下施設を破壊しないことには、ハマス壊滅の目的を達成することはできないことでしょう。姿が一人も見られない程に‘地上’を制圧したとしても、‘地下’を根こそぎにしなければ、ハマスはいつでも芽を出してしまうのですから。人的被害を最小限に抑えるために無人機であるドローンを活用しようとしても、地下施設は防空壕に等しく、壊滅的な打撃を与えることは困難です。ハマスの奇襲を受けて、ネタニヤフ首相は、過去最大となる30万人の予備兵を招集しておりますが、30万人という数字は、ハマス制圧に際して生じる甚大なる人的犠牲をも示唆していると言えましょう(つづく)。