万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

規制緩和という名の‘新しい規制’

2023年07月05日 14時14分21秒 | 日本経済
 世界経済フォーラムの理事でもある竹中平蔵氏の主導の下で自公政権が推進してきた新自由主義政策の基本方針の一つに、規制緩和があります。規制緩和とは、従来の日本国の規制レベルの高さが経済成長の阻害要因であるから、規制を緩めれば企業活動の自由度も増し、‘失われた20年’から脱却して成長軌道に乗ることができるというものです。‘規制’という言葉には、人々の行動を縛るものとするイメージがありますので、多くの人々が、新自由主義者の規制緩和論に理解と賛意をしめしたことでしょう。しかしながら、果たして規制緩和によって、日本企業の自由度は高まった、あるいは、高まるのでしょうか。

 自公政権の来し方を見ますと、‘岩盤規制を打ち破れ’とばかりに政府が拳を振り上げたのですから、実際に、様々な分野において規制が緩和されています。特に新自由主義者が狙いを定めた分野の一つが、インフラ事業を含む公的分野でした。通信や郵便事業といった目立つ事業のみならず(第二次小泉内閣において竹中平蔵氏が郵政民営化担当大臣を務めた・・・)、細かな点に注目しますと、中央官公庁や地方自治体の行政業務の民間委託も広がっています。

 しかも、民営化は同時に、公共性の高い事業に海外資本が流入し、経営参入に道を開くことともなりました。民営化には証券市場への上場をも伴もないますので、海外投資家等も株主としてステークホルダーとなりましたし、再生エネ事業に至っては、海外事業者の直接参入も見られたのです。すなわち、日本国のグローバル化とは、自国のインフラ市場や政府調達部門を‘規模の経済’で日本企業を圧倒する海外勢力に明け渡す結果を招いたと言えましょう。国境を越えたマネーの自由移動がグローバル企業のM&Aを活発化し、公的分野のみならず、民間にあっても日本企業の‘海外売却要因’となったことは言うまでもありません。

 なお、アメリカのGAFAMや中国のBATをはじめIT大手の大半は海外企業ですので、行政のデジタル化は、情報漏洩のリスクのみならず、世界権力の配下にあるグローバル企業への依存度を高めています。この依存性は、日本国の統治機構が‘世界政府’のデジタル・ネットワークに取り込まれるリスクをも意味しています。

 そして、もう一つ、新自由主義者がターゲットとしたのは、日本国の労働慣行でした。これまで派遣業は中間搾取的な事業であるために規制が設けられてきましたが、規制緩和の波に乗って同雇用形態も解禁となり、日本国の労働市場では非正規雇用が激増することにもなりました。今日では、正規採用者も安泰ではなく、非正規社員化ともされる日本型雇用からジョブ型雇用への転換も迫られています。

 規制緩和の結果、今では中央官庁でも、地方自治体のお役所でも、国民や市民に応対するのは業務を受託した民間企業の社員であったとするケースも耳にします。コロナ・ワクチン接種事業を請け負ったのは、竹中氏が代表取締役会長を務めるパソナグループでしたし、民営化の現実とは、むしろ、非正規社員を多数雇用しつつ、公金に頼る、あるいは、群がる巨大な企業群を生み出したとも言えましょう。

 以上に日本国における規制緩和の顛末を簡単に描いてみましたが、新自由主義者の説明どおりに、行政の縛りから解放された日本企業が活発に経済活動を展開し得る自由な市場が出現したわけではなかったようです。逆に、グローバル・スタンダードという新たな規制の導入により、日本国政府並びに日本企業が独自の雇用形態を維持したり、あるいは、新たな形態を生み出してゆく機会が一切失われてゆく過程として理解されるのです。‘新しい規制’とは、世界権力に富も権力も集中させるための規制であり、その基本原則は、‘政府は、法人を含めて自国の国民を保護してはならない’というもののように思えるのです。すなわち、政府は、規制緩和によって自国の市場も国民も世界権力に差し出さなければならないのです。

 規制には、強者による横暴を制御するという意味で保護の役割を担う側面と、自由を束縛する側面がありますが、全てとは言い難いものの前者の側面が強かった日本国の規制を緩和した結果、グローバル・スタンダードとして束縛型の規制が新たに導入されたようなものです。SDGsが猛威を振るい、自己責任の原則の下でジョブ型の導入が正規社員の雇用も不安定化する中、世界権力が推進するグローバリズムとは、一体何であったのか、日本国政府も国民も、改めて問い直してみる時期に差し掛かっているように思えるのです。

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