万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

『共産党宣言』は人類奴隷化宣言?-‘奴隷の平等’

2024年06月27日 10時24分00秒 | 統治制度論
 1848年に出版されたカール・マルクス並びにフリードリヒ・エンゲルスが執筆した『共産党宣言』は、人類の歴史の歩みに多大なる影響を与えた書物の一つです。出版から1世紀を経ずしてロシア革命を引き起こし、ソ連邦消滅後の今なおも、地球上には中国を筆頭に共産党一党独裁体制を維持する国家が存続しています。同書は、共産主義国家を仕切る共産党幹部のみならず、全世界の市井の共産主義者にとりましても‘バイブル’とも言えましょう。しかしながら、これらの人々が、『共産党宣言』を本当に読んだのか、疑問なところなのです。

 共産主義は、一先ずは労働者を資本家の搾取から解放し、平等な社会を実現することを目指す思想です。このため、共産主義運動の主たる働きかけの対象は、労働者=被搾取者であり、不条理な現状に不満を抱く人々を惹きつけたことは理解に難くありません。搾取側とされる資本家は少数派ですので、共産主義は、その他大多数となる‘被搾取者’を惹きつける魅力的な思想であったと言えましょう(マルクスは、‘医者、法律家、僧侶、詩人、学者’と言った専門的な職業の人々も、資本家が雇用する賃金労働者に過ぎないとしている・・・)。社会一般への浸透を目指す運動の大衆性は、共産主義の特色の一つです。このため、大衆運動の担手にして革命の実行勢力を育成すべく、‘共産党’という政党が世界各国において設立されるのです。

 搾取が好ましいと考える人は、少数の搾取できる立場にいる人以外にはおらず、理不尽な不平等をよしとする人も少数ですので、共産主義が掲げた看板を見て共鳴した人も少なくなかったはずです。しかも、『共産党宣言』の第二章の末文には、「階級と階級対立とを持つ旧ブルジョア社会に代わり、一つの協同体があらわれる。ここでは、ひとりひとりの自由な発展が、すべての人々の自由な発展にとっての条件である」とあります。平等のみならず、個人の‘自由な発展’をも謳っているのですから、自由、平等、博愛(協同体)という三拍子を揃えた人類の理想郷を掲げたとも言えましょう。しかしながら、共産主義も、目的は正しくとも、手段が間違っている事例の一つのように思えます。何故ならば、『共産党宣言』をよく読みますと、背筋が寒くなる箇所が散見されるのです。

 その一つが、同書にあって、共産主義の実現に至るための手段について述べた部分にあります。同書では、‘もっとも進歩した国(共産化した国)’に適用しうる10の方策を、箇条書きに列挙しています。その一つ一つの問題点や矛盾点については掘り下げて考察する必要があるのですが、特に注目されるのが、第8番目に挙げられた方策です。何故ならば、「全ての人々に対する平等な労働強制、産業軍の編成、特に農業のために」とあるからです。驚くべきことに、ここでは、‘平等な強制労働’と明記されているのです。

 共産主義を信奉する人々が、『共産党宣言』を実際に読んでいるかどうかを疑うのは、まさにこの箇所にあります。仮に、熟読していたならば、共産主義を支持するとは思えないからです。‘特に農業のために’とありますので、マルクス並びにエンゲルスが描く共産主義の理想郷とは、全ての人々が集団農場で等しく強制的に農作業に従事させられる‘協同体’なのでしょう。確かに、この世界ではブルジョア階級も、同階級による搾取も消え去っているのかもしれません。しかしながらその一方で、共産主義の行き着く先は、植民地のプランテーションの光景に近く、広大な農園にあって、平等な人々、否、奴隷が、黙々と働かされている世界が見えてくるのです。奴隷は相互に上下関係のない平等な立場にありますので、これでは、‘奴隷の平等’となりましょう。

 奴隷こそ、何らの対価や報酬もなく労働を強いられるのですから、究極の搾取形態です。中国の現状を見れば分かるように、現実の共産主義国家は、結局は、共産党、あるいは、国家が資本家に代わる搾取者になったに過ぎないのかもしれません。共産党一党独裁体制の堅持が、‘搾取体制’の永続化を意味するとしましたら、共産主義とは一体、何であったのか、『共産党宣言』の出版から176年の年月を経た今日、共産主義者こそ、客観的かつ批判的な視点から同書に検証を加えるべきように思うのです。共産主義からの解放を目指して。

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