万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

グレート・リセット構想は時代の逆行?

2024年04月08日 10時10分36秒 | 国際政治
 グローバルリズムが本格化した21世紀は、つい数年前までは、‘新しい時代’の到来と見なされてきました。ITやAIをはじめとしたデジタル技術の急速な進歩も手伝って、‘新しい時代’には、先端テクノロジーという実現手段もありました。こうした時代の雰囲気の中、世界権力のフロントとも言える世界経済フォーラムは、近未来におけるグローバル・ガバナンスのヴィジョンとして、グレート・リセット構想を打ち出すこととなったのです。

 同構想に添うように日本国政府も「ムーンショトット計画」といったSFチック、否、カルト風味のプロジェクトを開始したのですが、先進的であり、未来を先取りするような構想というイメージとは裏腹に、統治システムの視点からしますと、グレート・リセット構想は、むしろ知性面での退行が見られるように思えます。何故ならば、その統治機構の設計はあまりにも杜撰であるからです。

 先ずもって、グレートリットによって出現する近未来のグローバル・ガバナンスについては、漠然としたイメージしか示されていません。‘多国籍企業、国際機関を含む政府、並びに、選ばれた市民団体(CSOs)間の3者の協力によってマネージされる’と説明されているのですが、これらの三者のそれぞれが、統治機構においてどのような役割を果たし、如何なるメカニズムによってガバナンスが行なわれるのか、全く分からないのです。三者による合同決定機関、あるいは、三院制の議会が設けられるという意味かもしれませんし、多国籍企業が決定権を握り、他の二者はその実行機関として決定事項を忠実に執行する、ということなのかもしれません。何れにしましても、はっきりしている事は、近未来の人類は、多国籍企業、政府、市民団体の三者による統治体制に組み込まれるということであり、その具体的な姿は闇の中なのです。

 こうした目的地を明示せずに言葉巧みに人々を‘バス’に乗せようとする手法は、共産主義革命とも似通っているのですが、先日、本ブログでご紹介しました組織の基本モデルに照らしても、グレート・リセット構想が、制度設計として如何に欠陥に満ちているのかが分かります。上述した決定や実行に関する三者の役割の不透明性に加えて、提案、制御、人事、評価といった組織上の機能については空白であるからです。仮に、世界経済フォーラムに対して、‘グレート・リセット構想では、これらの諸機能はどのように制度に組み込まれているのですか?’と質問しましたら、彼らは答えに窮するのではないでしょうか。組織の健全性や発展に必要不可欠となる諸機能間の権力の分有も分立も欠けているのですから。このスタイルは、実行と決定から成る暴走リスクを抱えた独裁モデルであって、近現代の統治機構としての要件を欠いており、前近代的なプリミティブな制度設計に留まっていると言えましょう(モデル図を再掲)。

 また、現代にあって普遍的な価値とされる民主主義の観点から見ましても、同構想は、時代の逆行以外の何者でもありません。そもそも人類の誰も世界経済フォーラムに頼んだわけでも、委任したわけでもないのに、勝手に未来構想を自己提案し、勝手に決定し、それを各国の政府を手懐けて勝手に実行しようとしているからです(‘世界憲法’も制定されなければ、立憲主義も成り立たない・・・)。決定機関の人事も、全人類による普通選挙制度が実施されるわけでもなく、おそらく財閥親族世代間の世襲制ということになりましょう。国際機関を含む政府もグローバル・ガバナンスの構成要素の一つとはされていますが、何れの側面にありましても、民主的な要素は皆無に近いのです。

 そして、もう一つ、重要な問題点を挙げるとしますと、そもそもグローバル・ガバナンスとは何か、という問題です。全世界におけるSGDsの実現と言うことになるのかも知れませんが、これを実現するためには、財政権限をはじめとした内政の権限を含め、各国の主権を‘世界政府’に移譲させる必要がありましょう。また、国家間のトラブルや紛争を解決する仕組みを備えているのか、といった疑問もあります。国家間の対立や紛争を解決するためには、むしろ、国際レベルにあって国際法並びに中立・公平性が確保された司法制度の整備が必要ですので、グレート・リセット構想が想定している三者は、何れにあっても解決手段として不適切なのです。誰も、多国籍企業に司法機能を任せようとは思わないことでしょう。現状にあっても、世界経済フォーラムが、統治権を行使しようとすれば、それは、国際法にあて法的根拠のない不法行為、あるいは、国家に対する主権侵害ともなるのです。

 何れにしましても、グレート・リセット構想には、致命的な欠陥が散見されます(もっとも、人類支配を目指す世界権力にとっては望ましい確信犯的な欠陥の放置・・・)。このことは、その実現が、グローバル・ガバナンス、否、一方的な上からの支配のターゲットとされる人類に不幸と不自由をもたらすことは容易に予測されます。手段としてのテクノロジーの先進性の陰に、人類支配という目的を実現するための制度設計上の逆行性を忍ばせる手法こそ、グレート・リセット構想が人類に仕掛けている巧妙な‘トラップ’なのではないかと思うのです。

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