名古屋市藤前干潟を守れ!
諫早湾だけでなく、干潟を保護する運動が各地で起きている。
藤前干潟は、名古屋港西南、臨海工業地域の中にある干潟である。面積はおよそ350ヘクタール。伊勢湾に残る最後の干潟で、シギ・チドリ類などの渡り鳥の飛来地として有名である。
1984年、伊勢湾に広がる約250haの干潟のうち、105haをゴミ処理場建設のために埋め立てる計画が名古屋市から発表された。この問題について、地元の「藤前干潟を守る会」が計画の見直しを求める活動を行った。住民投票でも反対が圧倒的多数を占めた。
しかし、名古屋市はアセスメントを行った結果、その計画が渡り鳥などの生態に影響すると知りながらも、人工干潟の造成を条件に埋め立てを実行に移そうとした。
1999年に環境省(当時・環境庁)は人工干潟の造成では現環境の維持は極めて困難とする見解を出したうえ、寺田達志環境庁環境影響評価課長が検討結果を持って、名古屋市役所に単身で訪れるなど異例の行動で強硬な反対姿勢を示し、埋め立て計画の中止が決定し、藤前干潟を守ることができた。
干潟と干拓
干潟は、干潮時に沿岸域に現われる、砂や泥がたまった場所。内湾や入江など、外海の波の影響が少なく、河川が流れ込み砂や泥を運んでくる場所にできる。陸から流れ込む有機物を二枚貝(アサリなど)や底生生物(ゴカイなど)などが分解するため、水質浄化機能が高い。底生生物を餌とする魚類や水鳥などが数多く集まるため、藻場と同じように、多様な生き物が生育したり、餌を食べる場となっている。
干潟は埋立・干拓がしやすいため、近年は工業用地や農用地の造成などに利用され、多くが消失した。残された干潟を保護するための住民運動などが各地で起きている。代表例に、長崎県諫早湾、千葉県三番瀬、沖縄県泡瀬干潟などがある。
一方、狭い土地を干拓によって広げようとする事業も、日本では古来から行われてきた。伊勢湾や有明海の一帯、児島湾などで干拓が盛んで、明治時代以降も秋田県の八郎潟など、大型の干拓事業が行われてきた。
その目的は、優良な農地の造成。大規模な区画(3ha~6ha※)の農地の造成により、大型機械による効率的な農業が可能となる。また、安定した農業用水の供給により、作物の収量の安定、品質の向上、多品目化等が可能になる。
さらに、防災機能の強化にも役立つ。潮受堤防を建設し調整池を設け、調整池の水位を低く管理することにより、高潮や洪水に対する防災機能を強化する。また、常時の排水不良も改善される。などの利点もある。
諫早湾の開門と有明海の再生
1997年に国営諫早湾干拓事業(諫干)で閉め切られた潮受け堤防の開門問題で、政府・与党の方針をまとめる検討委員会(座長・郡司彰副農相)が、今月末にも開門の是非について方向性を出す。県内の漁業者が「有明海を再生させる」と確信する開門へ舵(かじ)は切られるのか。答えを待つ漁業者には、期待と不安が交錯する。
漁村の活気、取り戻せる
「(水産業は)タイラギも豊漁で……」。長崎県の中村法道知事は4月15日、同県諫早市で開かれた赤松広隆農相との意見交換会の席で、開門反対の理由を説明した。傍聴していた佐賀県太良町大浦のタイラギ漁師、平方宣清さん(57)は、漁業の実情を見ない発言に憤りを覚えた。
大浦地区のタイラギは、1996年度までの10年間に貝柱で平均170トンが取れたが、堤防閉め切り後は、成長中の貝が夏を越せずに大量死する現象が繰り返され、2007年度には過去最低の2キロ、2008年度も940キロにとどまった。漁を見送った年もあり、以前の活況には程遠い。
その一方、今季は有明海で近年にない生息量が見つかった。大浦も久しぶりに活気づき、昨季の8倍となる約60隻が港を出入りした。瀬戸内海での漁や、農作業の手伝いで生計を立てていた平方さんも、6季ぶりに地元で潜水漁に精を出した。
今季の豊漁は好転の兆しにも見えるが、平方さんは「気象条件に恵まれたため」とそっけない。2年続けて夏に北風がよく吹き、赤潮を外海に逃がして生息環境の悪化が抑えられたのが、成貝が夏を越せた理由という。
「海が回復したわけでなく、次の夏はどうなるか」。あくまでも開門が必要と訴える。
県内の漁業者が開門に期待するのは、2002年4月から約2カ月間実施された短期開門調査で、環境が改善した経験があるからだ。わずかな期間の開門だったが、翌年のタイラギは3季ぶりに漁が解禁できるまでに回復し、赤潮被害を受けていた養殖アサリも、稚貝が多数発生したという。「開門すれば海は再生する」と確信する。
平方さんは「毎年取れるようになれば、若い後継者が続き、にぎわいも戻る。それが私たちの一番の望み」と話し、「開門」の判断を待ち望んでいる。
政治決着最後の望み
参院議員会館の会議室にいらだった漁業者の声が響いた。「政権が代わっても1ミリも動かないではないか」
2月17日に国営諫早湾干拓事業(諫干)潮受け堤防開門訴訟の原告弁護団が開いた国会議員への報告集会。太良町大浦のノリ養殖業、大鋸武浩さん(40)が発言した。
諫干に近い太良町や鹿島市沖の有明海では、昨季に続き今季も冬の養殖ノリが色落ち被害に見舞われた。
大鋸さんの漁場もノリが黄緑色になり、冬期の水揚げは50万円と、例年の10分の1程度に落ち込んだ。
色落ちはノリを育てる栄養塩を奪う赤潮が真冬にも発生するようになったため。地元では「潮受け堤防の排水が原因」との声が大勢だ。集会で大鋸さんは「非常に苦しい。開門しないと、同じ被害が繰り返される」と訴えた。
報告集会から5日後、赤松広隆農相は、衆院予算委員会で開門の是非を検討する委員会の設置を表明。諫干問題は政治判断に向かって動き出した。
有明海全体に広がる被害
早期開門を求めてきたノリ漁業者団体「佐賀有明の会」会長の川崎賢朗さん(49)=佐賀市川副町=は、ようやく迎えた政治判断の山場を前に「いくら押しても動かなかった岩が動き出した」と期待感を示す。
2000年度のノリ凶作を契機に、「諫干が元凶」とみて有明海の再生運動に取り組み始めた川崎さんたち。陳情だけではらちが明かないと、法廷闘争にも加わった。
だが、国は自ら設置した第三者委員会などに促されても、半年~数年の中・長期開門調査を実施しようとしなかった。2002年に約2カ月間の短期開門調査をしただけで、かたくなに拒んできた。
2008年6月には、佐賀地裁が国に対し5年間の開門を命じる判決を出したが、国は控訴。その上で「開門調査のための環境アセスメント」を実施するという、矛盾をはらんだ対応をしている。
「農水省の官僚主導である限り、期待はことごとく裏切られる。開門には政治決着しかない」と川崎さん。
しかし、急に動き出した政治判断の流れには戸惑いもある。今回の判断で漁業者の願いが再び遠ざけられれば、頼みの綱も切れてしまう。
「これが最後のチャンス」。川崎さんは新政権が出す答えを見極めようとしている。(毎日新聞 2010年4月24日)
諫早湾の開門「大変遺憾」長崎県知事が不快感
国営諫早湾干拓事業(長崎県)で、政府、与党の検討委員会が潮受け堤防の排水門を開門し漁業への影響を調査すべきだとの方針をまとめたことについて、長崎県の中村法道知事は28日、「これまで地元として開門反対の意見を伝えてきたが、そういう方向で集約されつつあるのは残念で大変遺憾」と述べた。県庁で記者団の質問に答えた。
中村知事は検討委の判断について「2002年の短期開門調査では実際に被害が生じ、(堤防閉め切りの)影響は諫早湾内にとどまり有明海に及んでいないとの結果が出ている。それを踏まえて判断しているのか疑問だ」と不快感をあらわにした。
さらに「開門すれば地元で被害が生じることは間違いなく、もっと真剣に理解してもらえるよう努力する」と話し、地元の団体や県議会などと連携し、開門反対を訴えていく意向を示した。(2010/04/28 共同通信)
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