28年8月31日生まれ・2002年11月18日死去、享年74歳。
アメリカ出身。
タフガイというとチャールズ・ブロンソンや、日本でなら小林旭、現在なら竹内力とか想像しがちですけれど、
じつは体型はあんまり関係ないのですよね。
シュッとしたひとでも、いやシュッとしているからこそ、その強靭さが際立つところがあるのかもしれません。
ですから自分がハリウッドのタフガイを挙げるとするならば、コバーンさんになると。
ちなみにウチのハニーが飼っているウーパールーパーちゃんの名前はコバーンです。
・・・いや、自分が名づけたんじゃないですよ(^^;)
若いのに、チョウ・ユンファとかコバーンさんとかを推すおじさん好きなのです^^
※しかし、よく分からんCMよね
<経歴>
柔道黒帯。
ブルース・リー門下生として、武術の心得もあり。
俳優業に就く前に陸軍に入隊、そこで陸軍ラジオの臨時DJを務めたり、訓練用フィルムのナレーションを担当していた、、、ということは、もう俳優の素質はあったわけですね。
映画俳優デビュー作は、59年の西部劇『Ride Lonesome』。
悪役だったそうですが、自分は未見です。
60年―オールスターの西部劇大作『荒野の七人』で「ナイフの名手」ブリットを好演し、スターの仲間入りを果たす。
オリジナルでいうところの、久蔵(宮口精二)ですね。
『突撃隊』(62)、
『大脱走』(63)、
印象に残る悪役を演じた『シャレード』(63)、『卑怯者の勲章』(64)、
相性のよかったペキンパーと初めて組んだ『ダンディー少佐』(65)、
『電撃フリントGO!GO作戦』(66)、
このキャリアのなかで唯一「出ていることに違和感、ありあり。」でも出来は悪くないコメディ『キャンディ』(68)、
セルジオ・レオーネと組んだ『夕陽のギャングたち』(71)、
ペキンパーによる『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(73)、
『ストリートファイター』(75)、『ミッドウェイ』(76)、
そしてペキンパーとのタッグで最も評価された戦争映画の異色作『戦争のはらわた』(77)。
これで満足したのか、主な活動の場はテレビに。
やがて重度の関節リウマチを患い、ドラマの出演も激減。
症状が和らいだ90年代に入り復活、
映画にも出演するようになり・・・
『ヤングガン2』(90)や『ハドソン・ホーク』(91)、『マーヴェリック』(94)、『イレイザー』(96)などで貫禄の演技を披露。
若手と共演するのがうれしかったみたいですね~。
98年―『白い刻印』でニック・ノルティと共演、重苦しく「どうかしている」物語のなかでとくに異様なキャラクターを熱演、オスカー助演賞に輝く。
「どうかしている」のも当然です、『タクシードライバー』(76)の生みの親ポール・シュレイダーの映画ですから(^^;)
しかし2002年11月18日―心筋梗塞により帰らぬひとに。
享年は74歳、遺作は同年の『アメリカン・ガン』でした。
コバーンさん。
安心して?ください、あなたのソウルは、ハニーのウーパールーパーちゃんが受け継いでいますから。。。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『令和版・海外俳優列伝(99)ジェームズ・スチュワート』
アメリカ出身。
タフガイというとチャールズ・ブロンソンや、日本でなら小林旭、現在なら竹内力とか想像しがちですけれど、
じつは体型はあんまり関係ないのですよね。
シュッとしたひとでも、いやシュッとしているからこそ、その強靭さが際立つところがあるのかもしれません。
ですから自分がハリウッドのタフガイを挙げるとするならば、コバーンさんになると。
ちなみにウチのハニーが飼っているウーパールーパーちゃんの名前はコバーンです。
・・・いや、自分が名づけたんじゃないですよ(^^;)
若いのに、チョウ・ユンファとかコバーンさんとかを推すおじさん好きなのです^^
※しかし、よく分からんCMよね
<経歴>
柔道黒帯。
ブルース・リー門下生として、武術の心得もあり。
俳優業に就く前に陸軍に入隊、そこで陸軍ラジオの臨時DJを務めたり、訓練用フィルムのナレーションを担当していた、、、ということは、もう俳優の素質はあったわけですね。
映画俳優デビュー作は、59年の西部劇『Ride Lonesome』。
悪役だったそうですが、自分は未見です。
60年―オールスターの西部劇大作『荒野の七人』で「ナイフの名手」ブリットを好演し、スターの仲間入りを果たす。
オリジナルでいうところの、久蔵(宮口精二)ですね。
『突撃隊』(62)、
『大脱走』(63)、
印象に残る悪役を演じた『シャレード』(63)、『卑怯者の勲章』(64)、
相性のよかったペキンパーと初めて組んだ『ダンディー少佐』(65)、
『電撃フリントGO!GO作戦』(66)、
このキャリアのなかで唯一「出ていることに違和感、ありあり。」でも出来は悪くないコメディ『キャンディ』(68)、
セルジオ・レオーネと組んだ『夕陽のギャングたち』(71)、
ペキンパーによる『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(73)、
『ストリートファイター』(75)、『ミッドウェイ』(76)、
そしてペキンパーとのタッグで最も評価された戦争映画の異色作『戦争のはらわた』(77)。
これで満足したのか、主な活動の場はテレビに。
やがて重度の関節リウマチを患い、ドラマの出演も激減。
症状が和らいだ90年代に入り復活、
映画にも出演するようになり・・・
『ヤングガン2』(90)や『ハドソン・ホーク』(91)、『マーヴェリック』(94)、『イレイザー』(96)などで貫禄の演技を披露。
若手と共演するのがうれしかったみたいですね~。
98年―『白い刻印』でニック・ノルティと共演、重苦しく「どうかしている」物語のなかでとくに異様なキャラクターを熱演、オスカー助演賞に輝く。
「どうかしている」のも当然です、『タクシードライバー』(76)の生みの親ポール・シュレイダーの映画ですから(^^;)
しかし2002年11月18日―心筋梗塞により帰らぬひとに。
享年は74歳、遺作は同年の『アメリカン・ガン』でした。
コバーンさん。
安心して?ください、あなたのソウルは、ハニーのウーパールーパーちゃんが受け継いでいますから。。。
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明日のコラムは・・・
『令和版・海外俳優列伝(99)ジェームズ・スチュワート』