31年2月8日生まれ・55年9月30日死去、享年24歳。
アメリカ出身。
不世出のスター。あるいは、夭折のスター。
どちらにせよ、ほとんどの映画ファンがジミーの名前を挙げることでしょう。
自分の世代はリヴァー・フェニックスを「あげがち」なのだけれど、世代に縛られない・限定されない存在感の強さがあるんですよジミーには。
※この予告編を観ると、小説家スタインベックのポジションが分かりますね^^
日本でいう漱石的な??
<経歴>
父親はジミーの誕生を歓迎せず、逆に母親は溺愛した…というねじれてしまった少年期を思うと、ちょっと切なくなりますね。
しかし母は癌でジミーが9歳のころに死去、父はすぐに姉夫婦に彼を預けたそうです。
父さんどこまでも非情だな…しかし農場を営んでいた姉夫婦は人格者だったようで、それなりの青春期?を過ごせたのだとか。。。
この容貌だもの、放っておいても芸能界から声がかかりそうですが、本人にもその自覚はあったか、
UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で演劇を学びつつ、テレビコマーシャルなどに出演し始める。
実質的な映画俳優デビュー作は、52年の『底抜け艦隊』。
数本の端役をこなしたのちの55年、『エデンの東』の主役に抜擢され一躍「ときのひと」に。
エリア・カザンの演出パーフェクト、
キャスティング文句なし、
テーマ曲はいつまでも心に残るし、50年代を代表する青春映画の名画でしょう。
同年に発表された『理由なき反抗』は『エデンの東』に比べると弱いかもしれません、
けれども、この時代以降に映画ファンになった自分みたいなものからすると、
まだカウンターカルチャーの毒を浴びていないころのデニス・ホッパーが、初々しい演技を見せている点で重要な作品だったりします(^^;)(^^;)
翌年には大作『ジャイアンツ』(56)に出演、ロック・ハドソンやリズ・テイラーと共演する。
しかし・・・
『理由なき反抗』公開の1ヵ月前(9月30日)。
愛車ポルシェ550スパイダーでカリフォルニア州の州道を走行中、交差点を転回していたフォードと衝突事故を起こす。
同乗していた自動車整備士ラルフは車外に投げ出されて骨折、ジミーは車内に閉じ込められる形となり即死だったという・・・。
つまり、本人がスターであることを自覚した時間は「ほぼほぼ」なかったといっていい。
享年24歳、遺作は『ジャイアンツ』―哀しい。
哀しいが、そういう背景も含めることにより「余計に」「きらきら」輝く、、、みたいなことを無責任な受け手はいってしまいがちだけれど。
実際のところは、どうなのでしょうかね。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『FINAL COUNTDOWN!!①』
アメリカ出身。
不世出のスター。あるいは、夭折のスター。
どちらにせよ、ほとんどの映画ファンがジミーの名前を挙げることでしょう。
自分の世代はリヴァー・フェニックスを「あげがち」なのだけれど、世代に縛られない・限定されない存在感の強さがあるんですよジミーには。
※この予告編を観ると、小説家スタインベックのポジションが分かりますね^^
日本でいう漱石的な??
<経歴>
父親はジミーの誕生を歓迎せず、逆に母親は溺愛した…というねじれてしまった少年期を思うと、ちょっと切なくなりますね。
しかし母は癌でジミーが9歳のころに死去、父はすぐに姉夫婦に彼を預けたそうです。
父さんどこまでも非情だな…しかし農場を営んでいた姉夫婦は人格者だったようで、それなりの青春期?を過ごせたのだとか。。。
この容貌だもの、放っておいても芸能界から声がかかりそうですが、本人にもその自覚はあったか、
UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で演劇を学びつつ、テレビコマーシャルなどに出演し始める。
実質的な映画俳優デビュー作は、52年の『底抜け艦隊』。
数本の端役をこなしたのちの55年、『エデンの東』の主役に抜擢され一躍「ときのひと」に。
エリア・カザンの演出パーフェクト、
キャスティング文句なし、
テーマ曲はいつまでも心に残るし、50年代を代表する青春映画の名画でしょう。
同年に発表された『理由なき反抗』は『エデンの東』に比べると弱いかもしれません、
けれども、この時代以降に映画ファンになった自分みたいなものからすると、
まだカウンターカルチャーの毒を浴びていないころのデニス・ホッパーが、初々しい演技を見せている点で重要な作品だったりします(^^;)(^^;)
翌年には大作『ジャイアンツ』(56)に出演、ロック・ハドソンやリズ・テイラーと共演する。
しかし・・・
『理由なき反抗』公開の1ヵ月前(9月30日)。
愛車ポルシェ550スパイダーでカリフォルニア州の州道を走行中、交差点を転回していたフォードと衝突事故を起こす。
同乗していた自動車整備士ラルフは車外に投げ出されて骨折、ジミーは車内に閉じ込められる形となり即死だったという・・・。
つまり、本人がスターであることを自覚した時間は「ほぼほぼ」なかったといっていい。
享年24歳、遺作は『ジャイアンツ』―哀しい。
哀しいが、そういう背景も含めることにより「余計に」「きらきら」輝く、、、みたいなことを無責任な受け手はいってしまいがちだけれど。
実際のところは、どうなのでしょうかね。
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明日のコラムは・・・
『FINAL COUNTDOWN!!①』