Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

シネマしりとり「薀蓄篇」(40)

2013-05-11 00:47:05 | コラム
ねんどあにめーし「ょん」→「よん」じゅうはちじかん(48時間)

buddyは「相棒」「仲間」という意味で、
バディムービーとはつまり、主人公がふたり一組で展開される映画を指す。

シチュエーションとしては「よくあるもの」だから、ここに挙げ切れぬくらいのバディムービーが世界各国で制作されている。

そのなかでポピュラーなものをいくつか挙げると・・・

『明日に向って撃て!』(69)
『真夜中のカーボーイ』(69)
『スケアクロウ』(73)
『ブルース・ブラザーズ』(80)
『リーサル・ウェポン』(87)
『ビルとテッドの大冒険』(89)
『テルマ&ルイーズ』(91)
『キッズ・リターン』(96)
『ふたりにクギづけ』(2003)

去年、日本でスマッシュ・ヒットを記録した仏産の『最強のふたり』(2011)も、構図はバディムービーそのもの。
そう、「刑事」「アクション物」が主流とされているが、ジャンルは問わないはずで、広義の意味では性別さえ関係ないと。

数あるバディムービーで個人的3傑を選出すれば・・・

『真夜中のカーボーイ』、『48時間』(82)、そして意外? といわれるのだが、けっこう好きなので『ビルとテッドの大冒険』を挙げるかな。

きょうの主役は、『48時間』。

男ふたりの確執、攻防を描かせたらピカイチ―現代でいえば、その名もマイケル・「マン」監督になるのだろうが、80年代はウォルター・ヒルで決まりだった「はず」。

80年代ハリウッドの主流は、スピルバーグ印によるSFX大作と、スライ/シュワによるマッチョ・アクションだった。

ヒルの映画は、特殊効果を用いない。
ボディビルダー系俳優も起用しない。

とはいえ、マッチョはマッチョで。

「破壊」を娯楽として捉えていた? ところのあるスライ/シュワに対し、ヒルの映画は「腕力そのもの」をテーマとしている―とまでいったら、語弊があるのかもしれないけれど。

79年、『ウォリアーズ』を発表。
ストリートギャングたちの抗争と逃亡を描き、米国では未だ問題作と位置づけされている。

この映画と、プロデューサーとして参加した『エイリアン』(79)の成功により、80年代は俳優からの「逆」指名が多くかかるようになった。
が、ヒルは「男くさい映画が撮りたい、俺はそれだけだ」というスタンスを崩さなかった。

格好いいぜ!

82年―雰囲気も声も男くさいニック・ノルティを主演にした『48時間』を発表。

ヒルによるオリジナル脚本だったが、この映画で俳優デビューを飾るエディ・マーフィが起用されたのは「単なる偶然」だったという。

白人のハミダシ系? 刑事ケイツ(=ノルティ)がジョークもいわぬ男であるからして、
バディ、つまり黒人のチンピラ小悪党ハモンドには軽さがほしい―ヒルはコメディアンのリチャード・プライヤーにオファーするつもりだったのだが、たまたま観た『サタデーナイト・ライブ』でエディを観てその才能に惚れ込み、、、という流れらしい。

脱獄犯を捕まえるため、刑事と、かつて脱獄犯の仲間だった服役中の男が手を組む。
48時間とは捜査協力のため、特例として許可された仮出所の期限を指している。

衝突を繰り返すふたりが、やがて分かり合い、協力し、最後は「絆」なんかも生まれたりして・・・というのがバディムービーの基本的な骨格で、この映画もそれを踏襲する。

しっかりとした筋だが、この手の映画が成功するか失敗するかは、バディそれぞれのキャラクター造形と演じる俳優にかかっている。
そういう意味で、『48時間』は100点満点だと思う。





次回のしりとりは・・・
よんじゅうはちじ「かん」→「かん」べえ。

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『しびれるたたかい』

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シネマしりとり「薀蓄篇」(39)

2013-05-10 02:00:00 | コラム
どついたる「ねん」→「ねん」どあにめーしょん(粘土アニメーション)

一般的には「クレイ」アニメーションといわれているが、そこはまぁ、「しりとり」的に? 勘弁してほしい。

まず、亡くなったばかりのレイ・ハリーハウゼンについて記しておきたい。

92歳で鬼籍に入ったレイは、ストップモーション・アニメの第一人者。
ストップモーション・アニメとはつまり、「物体をヒトコマずつ動かし」「その度に撮影」「それをつなげる」ことによって、その物体が連続して動いているようにみせる・・・という、じつに気の遠くなる特殊技法のこと。

レイの代表作は『シンドバッド黄金の航海』(73)や『タイタンの戦い』(81)などで、
現在のCG・3D・デジタル技術に比べれば動きも滑らかとはいえないが、その手作り感が好きだというひとも多い。

この技術を継承しているのがティム・バートンや塚本晋也で、彼らの作品では、「もはや」アナログといえるストップモーション・アニメと最先端のデジタル技術の「幸福な結婚」を見ることが出来る。

最近、読売新聞で映画の「急速な」デジタル化を特集する連載があったが、産業・経済面と文化面の両立を考えると、デジタルの発展はもちろん、フィルムもなくしてはいけないのだなぁ、、、と痛感した。


話を戻して。
このストップモーション・アニメの「物体」(素材)を、「粘土」で創ったものがクレイアニメ。

最もポピュラーだとされているのが、日本でも人気の高いスイス産テレビシリーズ『ピングー』(トップ画像)だろう。
子どもたちに大人気だが、大人が観ても楽しめる完成度の高さ。

ただテレビシリーズは、テレビ番組ゆえに長い制作期間が用意出来ず、完成品は3~5分のものが多く、長めでも10分くらいが限界。

だから『ウォレスとグルミット』は、その世界観を徹底的に創りこむため、敢えて「映画」として提示したシリーズなんだと思う。

※こんな感じ…コーヒー(液体!)の描写とか、ほんとうに感心する





英国のアニメ工房「アードマン」制作によるもので、90年代に注目を集める。

自分がこのシリーズを知ったのは、オスカー授賞式でのこと。

90年―総監督のニック・パークは『ウォレスとグルミット』のシリーズ、『チーズ・ホリデー』と、シリーズとはまったく無関係の『快適な生活』で短編アニメーション部門にノミネート。
受賞作は『快適な生活』だったが、同部門に二本もノミネートって、この技術者は何者なんだ? と思ったわけ。

それ以降、ニック・パークによるクレイアニメは次々に映画賞を受賞。信頼を得て資金も集まり、思う存分クレイを制作出来るようになった。

ただメディアもそうだし、我々もついつい「努力や忍耐」「神経の細かさ」に注目しがちなのだが、本来は「その筋」を評価するべきで。

本年の「大」収穫『戦争と一人の女』で音楽を担当した映画監督の青山真治はいう、

「低予算だから・・・なんていう外側の視点で評価するのはどうか」

筋だろ、筋? と。

クレイアニメーションも同じで、表情豊かな粘土人形を褒めるのもいいけれど、
それと同時に、きちんと描かれた物語にも注目したい。

・・・と、創り手の立場から理想論を記してはみたものの、やっぱり、その努力とか忍耐力すげぇ!! と思ってしまうのだよねぇ。。。


あすのしりとりは・・・
ねんどあにめーし「ょん」→「よん」じゅうはちじかん。

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「元」借金大王

2013-05-09 00:15:00 | コラム
いちおう? 団地族であるからして、この団地の自治会に入っている。

いままで誤魔化していた、、、というか、ほかの住人さんが「単身者だし」「ちょっと、怪しそう? だし」と気を使ってくれて委員長という務めを免れていたのだが、自分だけなにもしないというのは気が引けるので、今年、委員長をやることになった。

で、委員長としての初仕事は、本年度の自治会費を集金することで。

月150円の6ヵ月分だから、数日で終わると思っていた。

・・・のだが、これがなかなか終わらない。

昼夜逆転生活ゆえ真夜中に玄関を叩くことは出来ず、「○日までにお願いします」という手紙を集合ポストなんかに入れたり。

けっ、高額な集金じゃないんだからさー、とっとと納めろよ! なんてブツブツ毒づいていたわけだが、
ヒトサマを批判出来る身分なのかって話である。


先月、やっとのことで国保の分納が終わった。

多重債務の過去が響き、5年くらい前は48ヵ月分くらいの国保を滞納していた。
担当者に相談し分納計画を立ててもらい、シコシココツコツ納める日々がつづく、、、割には、アレ喰った、これ呑んだみたいな投稿が目立っていたはずで、その分も納めていれば追いつくのがもっと早かったんじゃね? などと突っ込まれそうだが、まぁそこらへんは不問にしておいてほしい。

ともあれ、精神的にとても楽になった。
10年くらい前は消費者金融の返済日に頭を悩まし、家賃や国保の滞納に「気づいていない」振りをしていたのだからねぇ、
根っこの部分はろくでなしのままだが、とりあえず、いま死んでも家族にそれほどの迷惑? をかけないで済む、、、というのがうれしい。

ところで関係ないが、グレーゾーン問題で一旦は落ちた消費者金融、再浮上してからの気持ち悪いCMはどうにかならないのだろうか。
マシなのは竹中直人と夏菜の『モビット』くらいで、タモリと渡辺真里の『アコム』はよく分からんし、バナナマンの『アイフル』なんてちっとも面白くないし、相武紗季の『もっとプロミス向上委員会』(トップ画像)なんか、観る度に腹が立ってくる。

消費者金融バブル? のころのような、あっけらかんとした『武富士ダンス』が観たいものだがねぇ。

まぁいいや。


そんな自分は、今月下旬に帰省する予定。

叔父の一周忌にあわせて・・・というのもあるが、父親が6月で古希を迎えるので、それを祝うため。

で、自分が使っているタイプと同じパソコンを買った。
去年末に故障して修理に出したと聞いていたから、じゃあ故障し難くて容量が大きいやつを贈ろうとレノボのデスクトップ一体型をネット注文。

還暦のときはDVDレコーダーを贈ったのだが、前述したとおり、10年前は自分の経済状態がアレだったわけで、じつをいうと消費者金融で金を借りて買ったのだった。

見栄張ってそういうことするから! という声が聞こえてきそうだが、
今回はもちろん、自分が文章で稼いだ金で買ったわけで。

成長したなぁ、、、と自分を褒めるのはいかにも幼い気がするが、まぁそれはそれとして。

いままでは、帰省時は当たり前のように父や姉に飲食代などを出してもらっていたが、「自分が出すよ」といえることが出来るっていうだけで、肩身の狭い思いをしなくて済む。

・・・というのも、帰るときまって父親に「君の文章が載った雑誌を読みたい」といわれるのだが、
基本が成人雑誌なわけでね、
女子がアレしたりコレしたりしているカラーグラビアの隅っこに載っている自分の文章、
もちろん誇りを持って書いてはいるが、内容的にそれを持って帰るという勇気は、自分は持っていないのだ、
自分の仕事を見せられないぶん、親孝行はほかのところでやらないとな・・・なんて、意外とマトモ? なことを思うわけなのである。


※ただ完済人になっても、カラオケ十八番はこの曲なんだけれど




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怒れる牡牛の物語

2013-05-08 00:30:00 | コラム
第16部「デヴィッド・クローネンバーグの物語」~第1章~

「こじんまりとした簡素なオフィスで話をした。彼自身は穏やかで、思慮深く、気を逸らさなかった。彼は死ぬほど真剣だったが、まったく人を殺しそうではない」(デヴィッド・プレスキン、クローネンバーグと対峙したときの印象を語る)

「デヴィッド・クローネンバーグ世界の恐怖は、切り裂き魔のように見える、外からくる恐怖ではなく、はるかにおぞましい、内に潜んだ自己の、自己意識の恐怖なのである。我思う、ゆえに我はないかもしれない」(デヴィッド・プレスキン)

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映画が日本に上陸することは「あまりない」が、侮ってはいけない「鬼才の住む国」を順不同で挙げてみる。

オランダ。

なんといっても、ポール・バーホーベンが居る。
米国資本で映画を撮ろうが、米国に「あっかんべー」が出来る貴重な監督だ。

デンマーク。

ビレ・アウグスト、そしてラース・フォン・トリアー、スサンネ・ビアを生んだ国。
映像表現の可能性を信じ、娯楽とは無縁の映画を創るチャレンジャー多し。

スペイン。

クラシックの世界にはルイス・ブニュエル、ビクトル・エリセが、
現代映画ではアレハンドロ・アメナーバル、そして全世界で人気者の「陽気で悲惨な」ペドロ・アルモドバルが居る。

ニュージーランド。

オーストラリアではなく、ニュージーランド。
筆頭はジェーン・カンピオンだが、(米国で活躍する)アンドリュー・ニコルもピーター・ジャクソンも、この国の出身。
ところで、マオリの血を引くリー・タマホリはどうしているのだろうか。

フィンランド。

映像詩人、アキ・カウリスマキがひとりで気を吐く。

そうして最後に、カナダ。

作風はまったく異なるが、作品の寒々しい感じ? がとてもよく似ているふたりの映画作家、アトム・エゴヤンと、デヴィッド・クローネンバーグが生まれた国である。

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地理的には米国映画と似てもおかしくはないはずだが、
気候というものは馬鹿に出来ないものなのだろうか、カナダの映画は誤解を恐れずにいえば「ひんやり」しているところがある。

ジャンルとしてのホラー映画が多いとかではなく、その肌触りが。

そんな印象を抱かせているのは、じつはクローネンバーグひとりによるもの、、、という噂もあるのだが。
逆にいえば、クローネンバーグがそれだけ大きな存在だということ。


長身の、理数系を専門とする学者のような見た目。
ときどき俳優をやることもあり、『誘う女』(95)でニコール・キッドマンを殺害する「謎の男」を怪演、創る映画も気味が悪いが、本人もなかなかだね・・・なんて思った映画小僧も多かったのではないか。筆者もそのひとりである。

最もポピュラーな作品は、おそらく『ザ・フライ』(86)だろう。
特殊効果を用い、ハエと人間の融合を「哀しいホラー」として描いた。

映画小僧に人気が高いのは、
超能力者の戦いを頭部の爆発という刺激的な映像で表現した『スキャナーズ』(81)、
腹部が裂けたりするスプラッター描写を多用しつつも、なんとなく知性さえ感じさせる『ヴィデオドローム』(82)あたりだろうか。

批評家受けがいいのは、スティーブン・キングの原作を丁寧に映像化した『デッドゾーン』(83)、そして、凄まじい暴力描写が話題になった『イースタン・プロミス』(2007)だと思う。

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筆者がクローネンバーグの3傑を選出するとするならば、

『デッドゾーン』、『クラッシュ』(96)、『戦慄の絆』(88…トップ画像、文末予告編参照)の順になる。

最初の出会いは『ザ・フライ』だったが、この映画で監督に注目することはなかった。
次の出会いが『戦慄の絆』で、これが衝撃だった。

悪夢というだけでは当時のショックを表現し切れない、もう、イヤ~な汗をかきまくりなのである。

あらすじを説明しようにも、気の触れた双子の医師による、気の触れた物語・・・としか記せない、というか、記しようがない。

なんでこんな映画を創っちゃうのかな、頭がおかしいのかな―と思ったものだが、それから過去の映画を当たり、あぁやっぱりこのひとは真性のキチガイなんだなと理解した。

もちろんこれは、表現の世界では褒めことばである。

43年3月15日生まれ、現在70歳―未だキチガイであり続ける鬼才の頭のなかを、ちょっとだけ覗いてみることにしよう。

…………………………………………

※『戦慄の絆』予告編





つづく。

次回は、6月上旬を予定。

…………………………………………

本シリーズでは、スコセッシのほか、デヴィッド・リンチ、スタンリー・キューブリック、ブライアン・デ・パルマ、塚本晋也など「怒りを原動力にして」映画表現を展開する格闘系映画監督の評伝をお送りします。
月1度の更新ですが、末永くお付き合いください。
参考文献は、監督の交代時にまとめて掲載します。

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「かおり」より、「かほり」と記したほうが情緒がある。

2013-05-07 03:00:00 | コラム
少し前のコラムで、加齢臭な自分? に気づいて愕然とする―みたいなことを書いたが、じつはそれは大いなる勘違いで、階下のジイサンのもの、、、というかニオイであることが判明した。

・・・って、本名と、ほとんどの住所を晒しているバカチンなわけで、
近所のひとはこれだけでジイサンが誰か分かってしまうかもしれない、プライバシー侵害にあたる可能性もあるので詳細は記さないでおくが、とりあえず安心した。

安心はしたが、だからといってperfumeな香りなどするわけはなく。

先日も120分ほどチャリを走らせたあと、自分の汗のニオイが「あまりにもアレ」だったので軽く落ち込み、ちょっとだけ自分のことを嫌いになったのだった。

あれ自分、昔より汗のニオイがひどくなってないか? みたいな。

そりゃそうか、酒も煙草も自慰もやっているし。
自慰は無関係かもしれないが、基本が昼夜逆転な生活をしているわけだし。

肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉、野菜、肉肉肉肉肉肉肉肉肉、、、な食生活だし。

これでperfumeな香りなんかしたら、逆に特異体質じゃねぇか! って話だ。

というわけで、制汗スプレーだけ買ってみた。


さて。
制汗スプレーとはちょっとちがうが・・・
無神経顔な? 自分でも、「さすがにちょっとそれは、無神経に過ぎないか…」と思ったエピソードを記してみる。

20年くらい前の、バイト先での話である。

いわゆるワキガな女子が居た。
本人にも自覚があり、控え室(男女共同)の着替えボックス(? ここは、もちろん個室)のなかで、何度も何度もスプレーしているであろう音が聞こえてきて、ことばは悪いが、ちょっと気の毒に思うほどだった。

ある日のこと―。
ちょうど彼女が出勤してきて着替えているとき、キッタネー男どもは控え室で休憩を取っていた。

いっつも落ち着きのないAがおどけてみせたのだが、その拍子に彼の身体が着替えボックスの扉に触れた。

女の子らしく、「きゃっ」という声が聞こえてきた。

「あ、ごめん」で済ませばいいものを、Aはなんと、

「大丈夫、君のは見ないから」

と大きめの声でいい、そのあと小声で、しかもあきらかに悪意のある表情で、

「くさいし」

と、いったのである。

・・・・・。

小声ではあるが、たぶん聞こえたと思う。

いうかね、そんなこと。

そのときの、部屋全体に漂う「冷気」は、未だによーーく覚えている。


ニオイというものは厄介だなぁと思う。

「陰でコソコソいうほうが悪い、仕事に支障をきたすくらい迷惑しているのなら、身近なひとが最初はやんわりと、それでもダメだったらきつくいうとかして、解決すべきだ」なんていわれたこともあったが、

「きのう、オナニーしたろ? ザーメンくさいよ」

とは冗談でいえても、

「体臭、なんとかしたほうがいい」

とは、なかなかいえない。


いっぽうで。

女子は、いつだっていい香りがする・・・とはいえ、1日遊んだあとであれば、そこそこ汗もかいているはずで。

誰だったか、テレビのバラエティ番組で、そこでシャワーを浴びてしまうのが「もったいない」と発言した芸人さんが居た。

ほかの出演者は引いていたが、個人的には分かるなぁ!! と。

べつに「くっさい」と興奮するとかではなく、

「汗のにおい、ほんのり」

って、大袈裟にいえば、そのひとが生きている・息をしている証であり、かえってムラムラするという性的マジック? が働いたりするのである。

・・・って、分かってくれるかなぁ。

分かってくれないだろうなぁ汗汗汗汗汗





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