UNA GIORNATA ORDINARIA

こんなわたしのありふれた一日

女友達と。

2007年03月08日 | 日記・エッセイ・コラム

久しくご無沙汰だった友人とKIHATIでランチした。

彼女が言うには、ここの「パンケーキセット」がおいしいとのこと。楽しみにして席に座ったら、メニューになく、取りやめたそうでがっかり・・・。

気を取り直し、明太子とアスパラ、ブロッコリーのスパゲティと食後に紅茶にしたが、・・・まあまあというか、これだったら私が作った方がおいしいかも?紅茶もなんかフツー、家にある方が香りよくておいしいかも?これで、1890円は・・・ぼったくってるだろ!と言いたい気分。

それはいいとして、久々彼女とおしゃべりしたことに意味を見出さなきゃ。

彼女は私より4つ年上。市内の高級マンションに犬と暮らしている。

10年以上前、「イタリア語講座」の教室で出会って以来、仲良くしてもらっている。

今はお互いにその教室へ行っていないが、イタリアやフランスに対する情熱は失うことなく、話も尽きることはない。

去年夏の旅行の写真も持参して、あれこれと話は尽きなかった。

「あの旅行から、10年経ったんだよね」と彼女から言われたのに、びっくりしたと同時に安心した。「あの旅行」とは、平成8年の年末に行ったミラノである。

当時彼女が一緒に暮らしていた男性はイタリア料理のシェフ。夏前から胃の不調を訴え病院に行ったときは手遅れ、秋に手術し胃を全摘したものの治る見込みは無かった。

私と夫がその年末にボローニャ、ブレシア、ミラノへ行くことを知ったシェフは、僕達も行くと、ミラノで落ち合う約束をした。

その年の年末はめずらしく大雪が降って、ミラノの街は真っ白、とても寒く、足元は悪く、最悪の状況で約束したことを後悔した。

年が明け、1月2日、彼女達はミラノに来て、約束通り、4人でシェフお奨めのトラットリアで食事。注文から支払いまで全てシェフ、料理や旅行の話で盛り上がり、元気一杯だった。食べきれないほど注文して、私たちが飲んだり食べたりするのを嬉しそうに見ていた。何を食べたか今はもう思い出せないのだが。

そして彼は、胃を取って治ったと信じきったまま、その年平成9年の4月11日、亡くなったのである。

命日は夫の誕生日。それ以後忘れることなく、毎年思ってはいたが、彼女から口に出すことは無かったので、私も今まで一切触れなかった。

人それぞれ、亡くなった人との関係もそれぞれ、他人から言われてしまいたくないこともあると思う。

大事な友人だから・・・。