とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

「山月記」の授業実践記録2(虎になった理由)

2016-06-13 17:44:20 | 国語
 導入部です。全体を読み、虎になった理由を考えさせます。

 本校の授業は一コマ50分です。しかし45分の短縮になったり、漢字テストや課題の点検作業が加わったりして思うように進みません。

《1時間目(約35分間)》
 形式段落に数字を振ります。また、全体を6段落に分けます。
 CDの朗読を聞きます。
 第1段落が終わったときCDを1度切り、簡単な解説を加えながらもう1度私が読みます。山月記の最初の部分は漢文訓読調なので一見難解でここで拒絶してしまう生徒がいるからです。しかし第一段落を超えればそれほど難しい話ではありません。このひと手間で生徒の抵抗感は激減します。

《2時間目と3時間目》
 最初に授業のやりかたと目的を説明します。

「4人1組の班に分かれて、司会者を決めます。
 段落ごと読んでいきます。
 それぞれの段落を一つの班に読んでもらいます。
 ですから6つの班がよむことになります。
 どのように分担するかは班できめてください。
 読みながら、李徴が虎になった理由の根拠となるところに線を引いてください。
 どんなささいなものでもかまいません。
 1つの段落が終わるごとに各班で3分間話をしてもらいます。
 今回の授業の目的はすこし中身を考えながら読むことです。」

 このようにして読み進めます。さて生徒の反応はどうだったのか。
それを考える前に、この時点で生徒が考えるであろうと予想した理由は次の通りです。

1.「理由などない。運命であった。」
 李徴自身がこう言っています。
「なぜこんなことになったのだろう。わからぬ。全く何事も我々にはわからぬ。理由もわからずに押し付けれたものをおとなしく受け取って、理由もわからずに生きていくのが、我々生き物のさだめだ。」
 ここをもとに李徴は虎になる運命だったとする考え方は正当な理由のあるものです。

2.「臆病な自尊心と尊大な羞恥心を飼い太らせり、それが猛獣になった。つまり自身の醜い自意識が自らをそれに見合う虎に変えてしまった。」
 これは後半に李徴自身が自分が虎になった理由を分析してした結果の結論です。一番国語の授業の解答っぽいかもしれません。

3.「妻子のことよりも詩業のほうを気にかけているいるような人間性の乏しい男だから。」
 これは最後に李徴自身が言っていることです。人間性の乏しい人間だからそれに見合う虎に変身してしまったという解釈です。

 本校の生徒は7割の生徒が2の答えでした。そして3割が3。残念ながら1はほとんどいませんでした。ユニークな意見としては「『虎榜に名を連ねた』から」という意見もあちありました。また、虎になったというのは李徴の妄想だったという意見もありました。

 さて、ここで大きな問題が生じてきます。上にあげた1~3はすべて李徴のセリフからのものです。李徴の解釈なのです。作者がどう思っていたのかは別の話であるし、もちろん読者がそう考える必要はありません。

 もうひとつ、2番の解答が多かったということは、2回読んだだけで特別優秀でもない本校の生徒ですら、「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」がカギになることは十分すぎるほどわかったのである。どういうことを言っているのかも十分に分かっているようでした。漢文訓読調で一見難しくは見えますが「山月記」はそれほどむずかしい作品ではないのです。

これで終わったのでは高校生の授業でなくなってしまいます。さあ次の段階にすすみましょう。
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