少子化に悩む少年野球監督

少子化で部員減少に悩む少年野球チームの監督。その就任からの記録です。

昔話を

2014-05-17 | 高学年再び
明日はチームの総会

何回目だろう?総会
保護者、コーチ、監督と立ち位置が変わって
その度にスピーチの量も増えていく
慣れないですねぇ

さて、現在6つの小学校から
子供達がやって来ている我がチーム

その内一つのチームに所属していた小学生の頃の私。
それまで、ゴムボールとプラスチックバットで
通行人を気にしながら道路でやっていた野球ゴッコ、

ユニフォームを着て、
グローブと金属バットを手にスパイクまで履いて
野球を始めたのが五年生。

勧誘なんてしなくても、
新年度に成れば、新入部員がワンサカの時代
入部資格は五年生以上

それでも五年生と六年生で其々A、B2チームの出来上がり
人数も多く、そして、強かった

六年生の二学期だったかな?
Bの試合にも出られなかった私。

で体育館の練習。
監督だった、図工の先生が近寄って着て、
「お前とお前、これからAチーム」

多分、休まずに練習に来てたから
可哀想になってAに上げてくれたと思うけど
嬉しかったなぁ
一緒に上がった友達と抱き合って喜んだ。

あんなに喜んだのは、
高一の最後の部活の練習日
教室に帰って、抱き合った、
「これで人間に成れるって

話しが反れました

その図工の先生に
野球で話しかけられたのは、
この件とバッティング練習で校舎に当ててたら、
「調子良いなぁ。ガラス割るなよ。」って
これだけかな?

私だけじゃなく、ミンナそうだった。
人数が多かったからかな?

ボールの持ち方も投げ方も
送球のステップもスライディングの仕方も
何にも教えてくれなかった。
ルールも知っているのが前提。

スコアラーは子供だったけど、
その書き方も自力で覚えた

部員が多かったから
イチイチ教えてなんていられなかったのかなぁ。
それとも、今は何でも教えすぎなのかな?

練習も先生がするのは、
最後のレギュラーがポジションに入ってのノックだけ。

自分達で道具を出して、
グランドを走って、キャッチボールをしていると
いつの間に来ている。って感じだった。


私は図工の先生から何代後の監督なんだろう?

お情けでAチームに上がった子が監督なの?って
草葉の陰からビックリしているかな





コメント (2)
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