昔の話で、恐縮ですが。
4年ほど前、駒沢公園で聴いた歌声について、書こうと思う。
結婚する前、中目黒に住んでいた私は、土・日は用がない限り中目黒から駒沢公園をジョギングで往復する習慣を持っていた。
だから、駒沢公園は、自分の庭のようなものだった。
それを懐かしく思って、4年前の9月の終わり、20年ぶりに駒沢公園を走ることにした。
一周2.1キロのジョギングロードを5周。
走り終わった満足感に浸りながら、公園の石畳に座ってミネラルウォーターを飲んだ。
そのとき、アコースティックギターの音が聞こえたのである。
そのギターの音色は、チューニングが少し狂っているのではないかというくらい、雑音に近いものだった。
しかし、そのあとに聞こえた声に、心を奪われた。
女性の声だ。
すべて英語の歌詞だった。
聞いたことのない曲が、5、6曲続いた。
もしかしたら、オリジナルの曲かもしれない。
メロディは、R&B調で、メロディアスなものだった。
彼女の声が、そのR&Bの曲調に合っていた。
外人かもしれないと思った。
ハスキーだが、ビブラートのない、よく伸びた声。
ゴスペルシンガーのような肉感的な声質。
そして、リズム感。
それは、下手くそなギターを補って余りある魅力的な歌声だと言えた。
声に聞き惚れ、秋の風の心地よさに、体を撫でられているうちに、その歌声は突然に止んだ。
耳に、余韻だけが残った。
そして、ギターをギターケースに仕舞う音が、微かに聞こえた。
終わりか、と思った。
しかし、そのあとで、また声が聞こえたのだ。
どうしてどうして僕たちは 出逢ってしまったのだろう
アカペラだった。
「リフレインが叫んでる」
ユーミンの歌だ。
ユーミンの曲は、私は荒井由実の初期の頃のものしか知らないが、その曲は、むかし何かのCMで流れていたので知っていた。
乾いた伸びのある声が、目の前の空気の中を漂っていた。
その声は、まるで包み込むような柔らかさで、私の周りを漂った。
どうしてどうして私たち 離れてしまったのだろう
あんなに愛していたのに
他に音は存在したのかもしれないが、私の耳には、その歌声しか入ってこなかった。
皮膚の表面が歌声を感じ、からだ全体の粘膜、毛穴までもが、歌を感じていた。
つまり、全身で、歌を感じていたと言っていい。
そんなことは、初めてだった。
自分の吸う息、吐く息さえも、音を奏でているような錯覚。
それは、とても心地よい瞬間と言ってよかった。
いつまでも、その瞬間、空間に身を委ねていたいと思った。
だが、歌声は、また突然に止んだ。
どうしてどうしてできるだけ 優しくしなかったのだろう
二度と会えなくなるなら
時が、止まったような気がした。
静寂。
左手に持ったミネラルウォーターのボトルが、微かに震動したような気がして、私は我に帰った。
首を巡らしてみたが、音の気配は感じられなかった。
立ち上がって、先ほど音がした方向に歩いていった。
階段の下には、芝生があったが、そこにはもう誰もいなかった。
歩いている人はいたが、ギターケースを持った人はいなかった。
柔らかい風が、鼓膜を揺らした。
取り残された私の耳に、リフレインが叫んでいた。
4年ほど前、駒沢公園で聴いた歌声について、書こうと思う。
結婚する前、中目黒に住んでいた私は、土・日は用がない限り中目黒から駒沢公園をジョギングで往復する習慣を持っていた。
だから、駒沢公園は、自分の庭のようなものだった。
それを懐かしく思って、4年前の9月の終わり、20年ぶりに駒沢公園を走ることにした。
一周2.1キロのジョギングロードを5周。
走り終わった満足感に浸りながら、公園の石畳に座ってミネラルウォーターを飲んだ。
そのとき、アコースティックギターの音が聞こえたのである。
そのギターの音色は、チューニングが少し狂っているのではないかというくらい、雑音に近いものだった。
しかし、そのあとに聞こえた声に、心を奪われた。
女性の声だ。
すべて英語の歌詞だった。
聞いたことのない曲が、5、6曲続いた。
もしかしたら、オリジナルの曲かもしれない。
メロディは、R&B調で、メロディアスなものだった。
彼女の声が、そのR&Bの曲調に合っていた。
外人かもしれないと思った。
ハスキーだが、ビブラートのない、よく伸びた声。
ゴスペルシンガーのような肉感的な声質。
そして、リズム感。
それは、下手くそなギターを補って余りある魅力的な歌声だと言えた。
声に聞き惚れ、秋の風の心地よさに、体を撫でられているうちに、その歌声は突然に止んだ。
耳に、余韻だけが残った。
そして、ギターをギターケースに仕舞う音が、微かに聞こえた。
終わりか、と思った。
しかし、そのあとで、また声が聞こえたのだ。
どうしてどうして僕たちは 出逢ってしまったのだろう
アカペラだった。
「リフレインが叫んでる」
ユーミンの歌だ。
ユーミンの曲は、私は荒井由実の初期の頃のものしか知らないが、その曲は、むかし何かのCMで流れていたので知っていた。
乾いた伸びのある声が、目の前の空気の中を漂っていた。
その声は、まるで包み込むような柔らかさで、私の周りを漂った。
どうしてどうして私たち 離れてしまったのだろう
あんなに愛していたのに
他に音は存在したのかもしれないが、私の耳には、その歌声しか入ってこなかった。
皮膚の表面が歌声を感じ、からだ全体の粘膜、毛穴までもが、歌を感じていた。
つまり、全身で、歌を感じていたと言っていい。
そんなことは、初めてだった。
自分の吸う息、吐く息さえも、音を奏でているような錯覚。
それは、とても心地よい瞬間と言ってよかった。
いつまでも、その瞬間、空間に身を委ねていたいと思った。
だが、歌声は、また突然に止んだ。
どうしてどうしてできるだけ 優しくしなかったのだろう
二度と会えなくなるなら
時が、止まったような気がした。
静寂。
左手に持ったミネラルウォーターのボトルが、微かに震動したような気がして、私は我に帰った。
首を巡らしてみたが、音の気配は感じられなかった。
立ち上がって、先ほど音がした方向に歩いていった。
階段の下には、芝生があったが、そこにはもう誰もいなかった。
歩いている人はいたが、ギターケースを持った人はいなかった。
柔らかい風が、鼓膜を揺らした。
取り残された私の耳に、リフレインが叫んでいた。