10月4日(金)、高知の市内視察を終えた後、静岡へ帰るニュービジネス会員さんたちと別れ、高速バスで松山へ。初めて四国へ来たならば、やはり神話時代から続く日本最古の温泉に浸からねばと道後温泉に向かいました。
大街道というメインストリートのど真ん中駅でバスを降り、路面電車に乗り換えて終点の道後温泉に到着。駅舎、何ともレトロです。駅前には可愛いアーケード街が続き、T字路を右折すると、国重要文化財にも指定された有名な道後温泉本館がありました。
とりあえず先に宿にチェックインして荷物を降ろし、宿で割引入浴券を買い、浴衣とタオル・シャンプー類を借りて道後温泉本館へ。この建物、重要文化財だから見学のみで、浴場は別にあるのかと思っていたら、この建物内で、昔ながらの温泉気分が味わえるんですね。びっくり感激でした。
館内には「神の湯」と「霊の湯」があり、入浴のみ・休憩付き・個室付きなどいろいろな料金コースが選べます。私は庶民派の入浴のみ400円コース。町中の銭湯と同じで、石鹸・シャンプー類・タオルは持ち込みです。
なにせ3千年前の神話時代、足に傷を負った一羽の白鷺が岩の間から湧き出た温泉を見つけて傷を癒したことから始まり、大国主命(おおくにぬしのみこと)が、重病の少彦名命(すくなひこなのみこと)の治療に入浴させ、6世紀末には聖徳太子が、7世紀には斎明天皇と額田王が訪れ、万葉歌人山部赤人も長歌を残し、源氏物語にも「伊予の湯桁」として登場。13世紀には一遍上人が湯釜に南無阿弥陀仏の文字を刻み、江戸時代には松山藩主松平定行が入浴施設として整備して庶民が気軽に利用できるようにしたとのこと。明治以降は板垣退助、伊藤博文、夏目漱石、正岡子規、与謝野晶子など等、多くの著名人に愛されました。
時間が止まったような、レトロな「神の湯」に浸かっていると、温泉の化身ともいえる白鷺が、“火の鳥”みたいに、3千年にわたって日本の歴史をここから眺めていたんだな~と想像しちゃいます。
道後温泉本館横にある道後の地ビール居酒屋で、伊予鶏の柔らか唐揚げを酒肴に地ビールを2杯呑んだ後、駅前アーケード街をブラ歩き。日頃、愛用している砥部焼の器やさんや、今治タオルショップを覗き、もう一軒「椿の湯」をハシゴ入浴。こちらは一般的な銭湯で、地元の利用者も多いみたい。シャワーを浴びてイスに腰掛けようとしたら、隣に居たおばあさんから、「股間をよく洗ってから座る!」と怒られてしまいました(苦笑)。
なんでも、そのおばあさん、ここで下の病気をうつされた経験があるとか。・・・よくよく考えてみれば、公共の入浴施設っていろんな人のいろんな雑菌の温床になっているかもしれないし、町内の人だけが通う銭湯ならまだしも、観光地化して外からいろんな人を受け入れるからには、いろんな対策が必要なんだなあと改めて考えさせられます。
翌5日は、「本場の讃岐うどんを食べて帰ろう」という安易な発想で、大街道から今度は高松行きの高速バスに乗り、香川の名勝・栗林公園前で下車。時間はちょうど11時30分。栗林公園前にある「上原屋本店」(こちらの記事がわかりやすいかな)という地元人気店へ入ってみました。
地元では、自分で麺を茹でて出し汁をかけ、トッピングを選ぶというオールセルフらしいと聞き、うちの近所の丸亀製麺で訓練?はしたけれど、ちゃんと出来るかドキドキ(笑)。サイドメニューでは珍しい「高野豆腐の天ぷら」「こんにゃくの天ぷら」を選び、メインに、丼に素うどんだけ入った「かけうどん」を選び、油揚げを乗せてレジへ行ったら、おばちゃんから「麺は温めるでしょう?」と言われてしまいました。おばちゃんは丁寧に油揚げを別の皿に移してくれて、レジの反対側にある湯釜で、麺を好みの硬さに温めるよう教えてくれました。
出し汁は、冷水機のようにレバーで押すとジャーっと出てきます。一見、味気なさそうに思えましたが、この出し汁、風味バツグンで私好みの薄味。油揚げや天ぷらの衣に、ジワ~っと染み込ませると抜群で、ほどよい太さ&コシのある麺と一緒に味わうと、これぞ王道うどん!って感じです。
入口に並んだ行列と、長テーブルに座って黙々と麺をすすり、食べ終わったらそそくさと返却口へお盆を返すお客さんたちを見ていると、昔、大学の学食の定番だった一杯100円の素うどんを思い出しました。味はもちろん比較にならないけれど、一杯のうどんに支えられていた貧乏学生の頃が懐かしく、うどんってこういう体験が重なるから味わい深いんだなあとしみじみ・・・。この日は一杯550円也でした。(つづく)