杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

たまごふわふわ、飽くなき挑戦

2017-03-07 10:27:33 | 本と雑誌

  3月6日発行のdancyu4月号は「たまごと料理」特集。私は袋井市が江戸時代の名物料理としてB級グルメで売り出し中の『たまごふわふわ』を紹介させていただきました。

 

 卵白を撹拌し、黄身を混ぜたものを出汁に流し込み、ふわふわっと軽めに凝固させる。口中に広がる摩訶不思議なスフレ感。卵料理の原点にしてシンプルの極みともいえる『たまごふわふわ』。記事でも触れましたが、この名を初めて耳にしたのは2004年のNHK大河ドラマ『新選組!』でした。

 江戸の貧乏道場・試衛館の近藤勇(香取慎吾)が、将軍上洛の警護役として募集した浪士組の参加を決意する大事な夜。江戸で穏やかな暮らしを望んでいた妻つね(田畑智子)は募集チラシを戸棚に隠したんですが、食いしん坊の原田左之助(山本太郎)が何か食べるものがないかと戸棚を家探ししていたとき、チラシが落ちて、それを偶然、勇が拾って・・・という展開。妻の切ない思いを知ってか知らずか、浪士組参加を決意した後の夕餉で勇が所望したのが「ふわふわたまご」でした。ところどころにコメディ要素を挟まずにはいられない?脚本家三谷幸喜氏のお遊びかと思いきや、本当にそういう料理があって、近藤勇の好物だったんですね。

 

 江戸時代の料理の伝承記録をまとめた『日本料理事物起源』によると、「玉子ふわふわ」は1626年、徳川家が二条城に後水尾天皇を招いての饗応料理に初お目見え。その後、茶人松屋久重や尾張徳川家家臣の日記にも登場し、江戸中期までに玉子焼き、玉子とじ、茶碗蒸し等々に発展したそうです。そう、茶碗蒸しの原型なんですね。先月のこちらの記事でも書いたとおり、東海道中膝栗毛では弥次喜多さんが藤枝宿で味わっています。

 

 で、平成になってご当地グルメとして掘り起こしたのが静岡県袋井市。2006年放送の東海道の歴史番組で、大阪の豪商升屋平右衛門の旅日記『仙台下向日記』(1813年)に、袋井宿の大田脇本陣で朝食の膳に載っていたと紹介され、これに着目した袋井市観光協会が翌年のB‐1グランプリに出品し、ブームに火をつけたのです。

 袋井市観光協会では、一定の条件を満たした飲食店や菓子店に「たまごふわふわ」の認定書と登り旗を貸与。江戸時代の味を再現したお店から、デザートやスイーツ等新しい味を創意工夫したお店まで、いろいろな味を食べ比べできるようPRしています。登り旗のある店はこちらのサイトで紹介されていますのでぜひご参考に。


 私が今回取材させていただいたのは袋井駅前の「とりや茶屋」の松下善行さん。メニューの筆頭に「たまごふわふわ400円」と気合が入っています!

 卵白を撹拌するとき、ハンドミキサーを使うお店がほとんどですが、松下さんは「江戸時代に電動器具はないだろう」と、菜箸で丁寧に撹拌させます。だし汁は店名からして鶏だしかと思いきや「袋井はその昔、昆布と鰹節を江戸城へ献上していたという記録があるから」と和食の基本だし。ここまで徹底して江戸時代のたまごふわふわを再現しているお店はここだけだそうです。

 だしを沸騰させ、メレンゲ状態の卵をざっと流し込んで蓋をするだけ。シンプルゆえに素材、味付け、火の加減が大事。料理人の矜持が伝わって来るようです。

 取材後、私もさっそく100均で土鍋(径口15センチぐらいの小さいサイズ)を買って、自宅で何度もトライしてみたんですが、松下さんのようなふわふわ感がなかなか出ません。食感はふわふわですが見た目がイマイチ…。ネーミングや食感の緩さからは想像できない奥の深い料理なんだなあ~としみじみ実感です。


 取材した日の夜は、燗酒の酒肴にしたところ、まろやかな純米酒との相性バッチリでした。東海道宿場町では朝食膳の定番メニューだったことに倣い、このところ飲み過ぎた翌朝も、気合を入れる意味で「ふわふわ」再現にトライしています。素人が松下さんの領域まで達するのは不可能ながら、卵1個でも満腹感があってとにかく胃腸に優しい。とりや茶屋では宴会メニューの〆に大変喜ばれているそうですから、東海道筋の居酒屋さんでもぜひメニューに加えてほしいです。作り方はdancyuの記事をぜひ!



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