評価点:74点/2013年/イギリス/99分
監督:エラン・クリーヴィー
制作総指揮:リドリー・スコット
発端となる事件の見せ方、隠し方がうまい。
マックス・ルインスキー(ジェームズ・マカヴォイ)は窃盗団のジェイコブ・スターンウッド(マーク・ストロング)をすんでのところまで追い込みながら、取り逃がしてしまう。
それによって足を負傷したマックスは3年経ったが、未だ心と体に傷を負ったままだった。
そんなある日、ブレイクというチンピラが殺されているのが発見される。
時を同じくして、スターンウッドの息子が何者かに銃撃され負傷しているところを保護される。
彼は意識不明に陥ったが、直前にスターンウッドに連絡しており、アイスランドに潜伏していることをつかむ。
マックスは相棒のサラ(アンドレア・ライズブロ)とともに、捜査を進めていくが。
現在公開中の「トランス」のジェームズ・マカヴォイと、「キック・アス」でヴィランを好演したマーク・ストロングが競演しているアクション映画。
日本の公開時にどれくらい話題になったのか、私は知らなかった。
とりあえず、アクションを観たいと思い、手に取った。
ほとんど予備知識がなく、冒頭の40分くらいはちょっと意味がわからなかったが、途中からおもしろくなってきた。
映画館で観るほどではないけれども、それなりに、という作品だ。
私は嫌いではない。
▼以下はネタバレあり▼
上に書いたストーリーの全容が見えるまで、少し時間がかかる。
なぜなら、謎が示されてそれを主人公達とともに解いていくという展開では見せてくれないからだ。
とくにブレイクがどのような事件で殺されたのかという点を中盤になるまで示してくれない。
だから、どのような出来事があって、スターンウッドが動き始めているのか、いまいち見えてこない。
けれども、その引っ張り方がうまく、映画としては適度に緊張しながら、犯罪者と刑事が協力し合っていく姿に説得力を持たせている。
たぶん映画を全部見終わった人はわかったことだろうけれども、もう一度話の全容を確認しておこう。
ブレイクという若いチンピラが、スターンウッドの息子をもうけ話に誘った。
それは武器を密売するという商売だった。
しかし、その商売には裏があった。
警察官に銃の携帯を義務づけることを考えた政治家達が、犯罪が凶悪化していることを印象づけるためだった。
ブレイクは黒幕に刑事が関わっていることを察知し、取引現場で殺されてしまう。
罪をすべて着せられそうになったスターンウッドの息子は、その場から立ち去りお金をホテルに隠す。
高飛びしようとしたところを襲撃され、空港で倒れる。
何も知らなかったスターンウッドはその電話によって初めて事態を知った。
一方、スターンウッドに銃で足を負傷させられたマックスは、スターンウッドを追うことでそのブレイク殺害事件とのつながりを感じる。
相棒のサラはブレイク殺人事件の現場だったパンクという倉庫置き場に取引に使われた銃を発見するも、元軍人のディーン・ウォーンズ(ジョニー・ハリス)に殺されてしまう。
息子の敵を討ちたいスターンウッドと、相棒のサラを殺した容疑で指名手配されているマックスが共に同じ敵である事件を仕組んだ政治家や警察官を追い詰める。
この映画の肝は、映画がスタートした時点で、ブレイク事件が起こっており、その全容がほとんど説明されないということだ。
名前しか出てこないし、どのような事件なのかも、ラストのラストでしか明かされない。
ラストで説明されるときも、映像すらない。
だから、物語の発端がどこにあるのか、非常につかみにくい構成になっている。
なぜだろうか。
それは、スターンウッドの内面をしっかりと観客に捉えさせるためだった。
マックスはスターンウッドに銃で足を負傷させられたことを、どのように克服するかをずっと考えているというわかりやすいキャラクター設定がされている。
何度も注射器で水を抜くシーンを挿入するのは、それが彼にとって精神的な足かせになっていることを印象づけるためだ。
だから、彼に対して特別な演出は必要がない。
観客はもう十分感情移入できているのだ。
しかし、スターンウッドはそうではない。
あくまでもマックスと対峙する者であり、キャラクター設定がほとんど明かされていない。
大悪党であることしかわからず、それゆえに「なぜマックスを協力しあうことになるのか」が普通に描くと見えない。
ことさら息子の死体と向き合うときに涙を流すのは、そのためだ。
構成を「観客にスターンウッドと同じ情報しか与えない」状態を作り出すことによって、スターンウッドに感情移入させる工夫をしたのだ。
私たちはだから、「掲示と大悪党がタッグを組む」あり得ない状況をけっこう違和感なく受け取ることが出来る。
ラストに銃を向けたマックスが、「殺す必要なんてなかったから」という理由で3年前殺されなかったように、ジェイコブを見逃してしまう。
そこで2人の大切にしていたものが重なるようになっている。
すなわち、無駄な命を流さないし、身内の死を許さない、ということだ。
このラストがうまく描けている、説得力あるように描けている時点で、この映画は成功しているといえる。
2人に共通しているのは、弱者であるということだ。
仲間がいない、巨大な敵を相手にしている、そして何が正義かどうかをきちんと貫いている。
それは私たち一般人、常識人と共通している点でもある。
だから、政治家達が銃の携帯を許可させるために仕組んだ事件であっても「それが正しいかどうか」という点において「闘うべきだ」と思えるのだ。
このあたりの「課題(敵)」の設定の仕方は見事だった。
残念なのはスケール感がなく、大きな犯罪であるのに、すべてが狭い世界でつながりすぎてしまうということだろうか。
だから、黒幕がだれかも読めてしまう。
警察官はすべて悪いやつばかりで、マックスに味方もしないし敵にもならないという個性的な役所をひとつ置いておくべきだった。
組織からは追われても、指名手配になったのにマックスは自身は警察からさほど追われない。
二重苦三重苦を設定したら、後半の真相が見えた後もおもしろかったかもしれない。
ダニー・ボイルの「トランス」がますます気になってきた。
監督:エラン・クリーヴィー
制作総指揮:リドリー・スコット
発端となる事件の見せ方、隠し方がうまい。
マックス・ルインスキー(ジェームズ・マカヴォイ)は窃盗団のジェイコブ・スターンウッド(マーク・ストロング)をすんでのところまで追い込みながら、取り逃がしてしまう。
それによって足を負傷したマックスは3年経ったが、未だ心と体に傷を負ったままだった。
そんなある日、ブレイクというチンピラが殺されているのが発見される。
時を同じくして、スターンウッドの息子が何者かに銃撃され負傷しているところを保護される。
彼は意識不明に陥ったが、直前にスターンウッドに連絡しており、アイスランドに潜伏していることをつかむ。
マックスは相棒のサラ(アンドレア・ライズブロ)とともに、捜査を進めていくが。
現在公開中の「トランス」のジェームズ・マカヴォイと、「キック・アス」でヴィランを好演したマーク・ストロングが競演しているアクション映画。
日本の公開時にどれくらい話題になったのか、私は知らなかった。
とりあえず、アクションを観たいと思い、手に取った。
ほとんど予備知識がなく、冒頭の40分くらいはちょっと意味がわからなかったが、途中からおもしろくなってきた。
映画館で観るほどではないけれども、それなりに、という作品だ。
私は嫌いではない。
▼以下はネタバレあり▼
上に書いたストーリーの全容が見えるまで、少し時間がかかる。
なぜなら、謎が示されてそれを主人公達とともに解いていくという展開では見せてくれないからだ。
とくにブレイクがどのような事件で殺されたのかという点を中盤になるまで示してくれない。
だから、どのような出来事があって、スターンウッドが動き始めているのか、いまいち見えてこない。
けれども、その引っ張り方がうまく、映画としては適度に緊張しながら、犯罪者と刑事が協力し合っていく姿に説得力を持たせている。
たぶん映画を全部見終わった人はわかったことだろうけれども、もう一度話の全容を確認しておこう。
ブレイクという若いチンピラが、スターンウッドの息子をもうけ話に誘った。
それは武器を密売するという商売だった。
しかし、その商売には裏があった。
警察官に銃の携帯を義務づけることを考えた政治家達が、犯罪が凶悪化していることを印象づけるためだった。
ブレイクは黒幕に刑事が関わっていることを察知し、取引現場で殺されてしまう。
罪をすべて着せられそうになったスターンウッドの息子は、その場から立ち去りお金をホテルに隠す。
高飛びしようとしたところを襲撃され、空港で倒れる。
何も知らなかったスターンウッドはその電話によって初めて事態を知った。
一方、スターンウッドに銃で足を負傷させられたマックスは、スターンウッドを追うことでそのブレイク殺害事件とのつながりを感じる。
相棒のサラはブレイク殺人事件の現場だったパンクという倉庫置き場に取引に使われた銃を発見するも、元軍人のディーン・ウォーンズ(ジョニー・ハリス)に殺されてしまう。
息子の敵を討ちたいスターンウッドと、相棒のサラを殺した容疑で指名手配されているマックスが共に同じ敵である事件を仕組んだ政治家や警察官を追い詰める。
この映画の肝は、映画がスタートした時点で、ブレイク事件が起こっており、その全容がほとんど説明されないということだ。
名前しか出てこないし、どのような事件なのかも、ラストのラストでしか明かされない。
ラストで説明されるときも、映像すらない。
だから、物語の発端がどこにあるのか、非常につかみにくい構成になっている。
なぜだろうか。
それは、スターンウッドの内面をしっかりと観客に捉えさせるためだった。
マックスはスターンウッドに銃で足を負傷させられたことを、どのように克服するかをずっと考えているというわかりやすいキャラクター設定がされている。
何度も注射器で水を抜くシーンを挿入するのは、それが彼にとって精神的な足かせになっていることを印象づけるためだ。
だから、彼に対して特別な演出は必要がない。
観客はもう十分感情移入できているのだ。
しかし、スターンウッドはそうではない。
あくまでもマックスと対峙する者であり、キャラクター設定がほとんど明かされていない。
大悪党であることしかわからず、それゆえに「なぜマックスを協力しあうことになるのか」が普通に描くと見えない。
ことさら息子の死体と向き合うときに涙を流すのは、そのためだ。
構成を「観客にスターンウッドと同じ情報しか与えない」状態を作り出すことによって、スターンウッドに感情移入させる工夫をしたのだ。
私たちはだから、「掲示と大悪党がタッグを組む」あり得ない状況をけっこう違和感なく受け取ることが出来る。
ラストに銃を向けたマックスが、「殺す必要なんてなかったから」という理由で3年前殺されなかったように、ジェイコブを見逃してしまう。
そこで2人の大切にしていたものが重なるようになっている。
すなわち、無駄な命を流さないし、身内の死を許さない、ということだ。
このラストがうまく描けている、説得力あるように描けている時点で、この映画は成功しているといえる。
2人に共通しているのは、弱者であるということだ。
仲間がいない、巨大な敵を相手にしている、そして何が正義かどうかをきちんと貫いている。
それは私たち一般人、常識人と共通している点でもある。
だから、政治家達が銃の携帯を許可させるために仕組んだ事件であっても「それが正しいかどうか」という点において「闘うべきだ」と思えるのだ。
このあたりの「課題(敵)」の設定の仕方は見事だった。
残念なのはスケール感がなく、大きな犯罪であるのに、すべてが狭い世界でつながりすぎてしまうということだろうか。
だから、黒幕がだれかも読めてしまう。
警察官はすべて悪いやつばかりで、マックスに味方もしないし敵にもならないという個性的な役所をひとつ置いておくべきだった。
組織からは追われても、指名手配になったのにマックスは自身は警察からさほど追われない。
二重苦三重苦を設定したら、後半の真相が見えた後もおもしろかったかもしれない。
ダニー・ボイルの「トランス」がますます気になってきた。
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