いま、「教員になりたい」という教職志望の学生が減ってきています。
じっさい、教員採用試験を各自治体が行うと、競争倍率が3倍を割るようになってきています。
それにより、教員の質が低下するという懸念が生まれてきています。
この教職人気の低迷は、2018年のOECD国際教員指導環境調査(TALIS)で、日本の教員の時間外勤務が過労死ラインを超えていることが明らかになった結果報告を受けたのが端緒となっています。
学校は「ブラック」職場という認識が広がり、翻って民間企業への就職が好調な中、教職を敬遠する学生が増えていると言われています。
しかし、わたしはそれだけが教職不人気の原因だとは思いません。
大学の教職課程の担当者から聞くと、学校に求められる社会からの要請が多岐に広がるとともに高くなり、優秀な学生ほど「わたしには務まらない」という理由で教職を回避しているとのことです。
本来、教師と児童生徒の心のふれあい、子どもを真ん中において親御さんと協力し合い、子どもの成長にかかわれることから生まれるシンプルなやりがいなどが、教職の本来の魅力なのです。
しかし、いまは教師が「あれもこれもしなければならない高度な仕事」のように、学生には映るのです。
また、大学の教職課程の過密化も教職意欲を削ぐ要因になっている点も見逃すことはできません。
教員免許をとろうとすれば、たくさんの単位を取得しなければなりません。昔のように「教員免許もとっておこうか」と比較的容易に取得できた時代ではありません。
さらに、なにか学校での問題が大きく報道されると、「教員養成段階からしっかり教職を教えなければならない」と、ここ10年間ほど教職の単位取得のボリュームが増えてきたのでした。
それに追い打ちをかけるのが今回のコロナ渦の影響です。学費が高くなっているのにコロナ渦でアルバイトもままならず、これからも学生が教職課程をとってくれるかはきわめて不透明です。
文科省が、それならと教職の魅力を発信しようと軽々しく「#教師のバトン」プロジェクトのツイッターを立ち上げると、そこには教師の置かれている過酷な現実を示す書き込みで埋まっていくという現実です。
いまや学校現場がそれほど疲弊し、教員が教職に魅力をすでに失っているという現実認識が教育行政には必要なのです。
それでもわたしは、教職には大きな魅力があると思っていますし、教職を志す学生のサポートをしたいと思うからこそ、学校・教師に「あれもこれも」と求める要請を減らしていくべきだと考えています。
さらに、なにか学校での問題が大きく報道されると、「教員養成段階からしっかり教職を教えなければならない」と、ここ10年間ほど教職の単位取得のボリュームが増えてきたのでした。
それに追い打ちをかけるのが今回のコロナ渦の影響です。学費が高くなっているのにコロナ渦でアルバイトもままならず、これからも学生が教職課程をとってくれるかはきわめて不透明です。
文科省が、それならと教職の魅力を発信しようと軽々しく「#教師のバトン」プロジェクトのツイッターを立ち上げると、そこには教師の置かれている過酷な現実を示す書き込みで埋まっていくという現実です。
いまや学校現場がそれほど疲弊し、教員が教職に魅力をすでに失っているという現実認識が教育行政には必要なのです。
それでもわたしは、教職には大きな魅力があると思っていますし、教職を志す学生のサポートをしたいと思うからこそ、学校・教師に「あれもこれも」と求める要請を減らしていくべきだと考えています。