大好きだった清水俊彦先生が21日に亡くなられた。日本ジャズ界の宝ともいうべき詩人、評論家でした。
私に声をかけてくださるようになったのがいつだったか、藤井郷子オーケストラだったか、ちょっと記憶が曖昧だけどもう御体の調子はお悪くて、そのわりに毎回ピットインに杖をつきながらやってきて、後ろの方でじっと静かにそしてにこにこと聴いてくれてたっけ。
「もう、僕は書くことができなくて、とても残念だけど。」とおっしゃいながらも、私たちのBlack Out(昔やっていたサックスカルテット+1のユニット)やmingaをこよなく愛して下さり「あなたのやっている音楽は本当に素晴らしい。どんどん続けていきなさいね。」といつも私の背中を押してくれた。一番の良き理解者だった・・・。
一度だけ、デートをした事がある。原宿の行きつけのフレンチ・レストランに連れて行ってもらい、おいしいワインとお料理を堪能。「いつだってご馳走するから、電話かけてきなさいよ。」杖をつきながら、覚束ない足取りなのに私を駅まで見送ってくださった先生、ばらばらと振って来た小雨の中を相合い傘で歩きました・・・本当に紳士的で素敵なおじいちゃま。
残された私たちは先生に喜んでもらえるような音楽を演奏し続けて行きます、天国で安らかに・・・・合掌。
私に声をかけてくださるようになったのがいつだったか、藤井郷子オーケストラだったか、ちょっと記憶が曖昧だけどもう御体の調子はお悪くて、そのわりに毎回ピットインに杖をつきながらやってきて、後ろの方でじっと静かにそしてにこにこと聴いてくれてたっけ。
「もう、僕は書くことができなくて、とても残念だけど。」とおっしゃいながらも、私たちのBlack Out(昔やっていたサックスカルテット+1のユニット)やmingaをこよなく愛して下さり「あなたのやっている音楽は本当に素晴らしい。どんどん続けていきなさいね。」といつも私の背中を押してくれた。一番の良き理解者だった・・・。
一度だけ、デートをした事がある。原宿の行きつけのフレンチ・レストランに連れて行ってもらい、おいしいワインとお料理を堪能。「いつだってご馳走するから、電話かけてきなさいよ。」杖をつきながら、覚束ない足取りなのに私を駅まで見送ってくださった先生、ばらばらと振って来た小雨の中を相合い傘で歩きました・・・本当に紳士的で素敵なおじいちゃま。
残された私たちは先生に喜んでもらえるような音楽を演奏し続けて行きます、天国で安らかに・・・・合掌。