「白鳥さんと島根でアートをみる」会レポート
2022/12/24~25
レポート:津室 和彦
1 はじめに
イブとクリスマスの2日間,島根県立石見美術館のある島根県芸術文化センター「グラントワ」に,ピンクのシャツを着たスマートなサンタさんがやってきました。目の見えない美術鑑賞者,白鳥建二さんです。本レポートは,グラントワとみるみるの会で共同開催したクローズドの研修会についてのものです。
白鳥建二さんは,本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞した,川内有緒著「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」でも知られている,全盲の美術鑑賞者・写真家です。全国の美術館やアートイベントで,また在住の水戸地域の学校で,誰かと一緒に絵についての話をするというのが,白鳥さんの鑑賞スタイルです。
このたびの鑑賞会は,島根県立石見美術館で開催中の「没後100年記念 森鷗外とゆかりの画家たち」「追悼 森英恵」の2つの展示室で行いました。2日間で4つのグループに分かれ,白鳥さんも各グループの一人として一緒にみるというやり方をし,鑑賞と別室でのふり返り座談会をする,というものです。
今回は個々のやりとりではなく,研修会全体を通しての様子をレポートします。
2 白鳥さん語録
鑑賞会や座談会で語られた,白鳥さんならではの珠玉の言葉の数々を,まずは紹介します。
~ 鑑賞会のやりとりの中での言葉 ~
□「うん,うん。」「ふぅん・・」「へぇ!」(感嘆)
□「そりゃあ,○○れる。」「ワザですね。」「(みんなの)満足感高いね。」(同意)
□「~~そうだね。」(推量)
□「へえ,○○じゃないんだ?」(否定でよいか確認)
□「次元が違う?」「しかけ?」「それ,手法って言っていいのかな?」(パラフレーズ)
~ 座談会での鑑賞会のふり返りやQ&Aの中から ~
□例えば,虎の毛皮を触っても「(オレの)触ったイメージと,ビジュアルは絶対違うと思う。」(白鳥さんはほぼ視覚体験がないので,そもそもビジュアルでイメージすることはない)
□「雰囲気重視。ノリが大切。」
□「一緒のタイミングで笑うっていう,空気感を共有したい。」
□参加者の「沈黙を,敢えて作っています。」
□「沈黙も意味がある。」
□「オレがやりたい鑑賞会は,鑑賞教育でもなければ,トレーニングでもない。」
□「(美術館に行くのは,)作品をみるというよりも,学芸員さんなど楽しんでくれる人がいるから。馴染みの大将や友達がよくいる,“好きな居酒屋”に行くみたいなもん。」
□「オレも楽しむけど,みんなも楽しんでねって感じ。」
□「自由度をどれだけ拡げられるか。(鑑賞者の)枠をなくすのが自分の役どころ。」
□「好き勝手に言ってくれる人たちとみるのは,好き。嬉しい。」
□「(鑑賞者の発言の)気になったワードを覚えておいて,後からつなぐ。言葉のマッピングみたいなことをしている。」
3 白鳥さんと鑑賞すると楽しいのは,ナゼか?
本にまとめた川内さんをはじめ,白鳥さんと鑑賞した人が異口同音に言うのが,「楽しい!」ということです。今回グラントワでの参加者も,全員実感しているところではないでしょうか。白鳥さんと鑑賞すると楽しいのはナゼなのか,考えてみました。
○白鳥さんは,リアクション王
とにかく「うん,うん。」「ふぅん・・」「へぇ!」と感心してくれる,「あはは。」と笑ってくれるので心地よい。安心して,どんどんしゃべりたい気持ちになる。白鳥さんは,ずっとにこにこ笑って,見守ってくれている。
○言葉を慎重に選んだり,ゆっくり丁寧にしゃべったりしてしまう
白鳥さんと鑑賞者仲間に,同時に自分の考えをしっかり伝えたいと思うと,自然とこうなる。白鳥さんに伝わりやすい言葉を選ぶ。『この言葉の選択で,白鳥さんはどんな感じをもってくれるんだろうか・・・』と,鑑賞者の意識や言葉に対する感覚が研ぎ澄まされる。
○ゆるやかなファシリ
白鳥さんをハブに,みんながゆるやかに繋がる感じがする。白鳥さんには言葉で伝える,鑑賞者仲間にはビジュアル(作品のどこから)と言葉で伝える。言葉に鋭敏で,その場の空気感を大切にする白鳥さんならでは,独特のパラフレーズや問い返しが心地よい。
自転車の車輪に例えると,白鳥さんがハブでみんながリム。やりとりがスポーク。スポークが増えると,鑑賞者同士がつながりリムになる。やがて,全体でまるくてしっかりした車輪が完成!なめらかに走っていくイメージ。全員がだんだんノッてくる。
4 白鳥さんと鑑賞して楽しいことから,考えたこと
2で述べた,白鳥さんと鑑賞して楽しいという感覚をもとにして考えると,実は誰と鑑賞するときでも応用できる大前提のようなものに行き(返り?)着きます。
好奇心の塊のような白鳥さんは,一緒に鑑賞している人たちのやりとりにも深く関心をもち,人の話を聴くことに集中し,言葉から作品そのものや鑑賞者の気持ちをイメージし続けているように見受けられます。すごいことです。視覚情報を使うか使わないかという違いはあるにせよ,目が見えている(つもりの)私たちも,ぜひ参考にしたいと思いました。
白鳥さんは,この度の会ではファシリテータとしての立場ではなく,6~7人のグループの鑑賞者の一員としての参加でした。でも,私は,白鳥さんと一緒に鑑賞したり座談会でお話を伺ったりすることを通して,鑑賞者・ファシリ両方の在り方や振る舞いについて学ばせてもらったと思います。
~鑑賞者として~
・とにかく興味をもって人の話をよく聴く
・先入観をもたず(もたないように注意して)人の話を聴く
・どんな発言も受け入れる
・人の話のキーワードを覚えておいて,頭の中でマッピングする
~ファシリテータとして~
・鑑賞者それぞれの枠を取り払い,フラットな関係で自由に言いたいことを言える雰囲気作りに努める
・どの発言も受け入れること,なにより面白がって発言者に勇気を与えると同時に,よい場の雰囲気を醸成する
・適度なパラフレーズや問い返しにより,発言者自身が今一度考えたり自身が使う言葉を選んだりするきっかけをつくる
5 最後に
白鳥さんとは,ぼくは研修会も含めて3日間ご一緒させてもらいました。グラントワでの研修会の翌日は,春日さんと一緒に津和野を案内しました。安野光雅美術館での鑑賞や散策,食事などの場面でも,白鳥さんの好奇心は尽きません。例えば,津和野の街角に設置してある伝統行事「鷺舞」のブロンズ像は,等身大以上の大きなものですが,手で全体を触りながらじっくり鑑賞していました。
私が個人的に注目していたのが,白鳥さんの姿勢のよさと繊細な行動です。立っていても座っていても,常に「スッ」とまっすぐに背筋を伸ばしています。これは,人の話をニュートラルに聴く白鳥さんの,まさに姿勢そのものだと思いました。パソコンや身の周りの道具,食事のときの箸の扱いなど,繊細で慎重な体の動きも,センサーのように身の周りのあらゆるものをキャッチしようとすることが感じられ,美しい姿勢に通ずるものを感じました。
「白鳥さんとアートを鑑賞すると楽しい」という評判は,まさにその通り。今回の研修会では,アートを介して人と人が繋がることの良さや楽しさを,また強く感じることができました。それに加えて,白鳥さんと出会えたことで,みてるってどういうことだろう,伝え合うってどういうことだろう,ひとりひとりの違いってなんだろう,など,更に多くのことを考えさせてもらいました。この会に参加した全ての人が幸せを感じたであろう,にこやかなサンタさんとの豊かな2日間でした。
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