と、いうわけで9日の早朝5時に起床。朝食はスープだけで済ませ、スタッフでもある連れ合いと2人で成田空港へ向かった。当工房は成田市に近く飛行機に搭乗するには、とても便利なのである。電車に乗り空港第二ビル駅で下車、徒歩で第三ターミナルまで行く。ここで荷物を預ける手続きなどを済ませ、しばらく寛いでから8:40発、熊本行のジェットスター便に乗り込んだ。国内便は北から南までどこへ行くのでも搭乗してしまえばフライト時間はあっと言う間である。小さな車窓から本州の山岳地帯の雪に覆われた山稜や雲海を眺めているうちに10:54、熊本空港に到着。天気はまずまずである。ここからはレンタカーを借り九州道を南に向かってまっしぐらである。
久々の九州。高速に乗ってしばらく走ると穏やかな曲線の九州らしい山並が見えてきた。朝からロクに食事をしていなかったので宮原SEという所で休憩。弁当を買って車中でほおばる。鳥影はまだ見えない。再び高速に乗り、しばらく進むと右手には八代海越しに天草諸島がやや霞んで浮かび上がってきた。とても美しい風景だ。これから向かう目的地を想像しながら良い兆しも見えてきた。八代市を過ぎてインターを降り、水俣市を通過すると出水はもうすぐである。ここで千葉の鳥の世界のT先輩に事前にご紹介いただいた地元バーダーのM氏に連絡をとり合流場所などを決めた。
出水市に入ると「ツル渡来地」を示す看板がいくつも出てきた。その誘導通りに進んで行くと、一際大きな看板が登場。左折して水田の中の道を行くと車のすぐ脇の水田にツルのペアを発見。徐行して観察すると「マナヅル」だった。九州初のツルとの出会いは案外あっけなかったのだ。さらに農道を進むと、いくつものツルの家族が降りている。双眼鏡で観察すると「ナベヅル」のファミリーだった。これまたあっけなかった。
14:32、「ツル展望所」前の駐車場に到着。ここで再びM氏に連絡。しばらくして小柄だがガッチリしていて温厚そうな笑顔の紳士がこちらに向かってやって来た。簡単な自己紹介と名刺交換をする。M氏は地元出水市にお住まいのベテラン・バーダーで、長く教員生活をされてきた。そしてこの渡来地のツル類の調査、保護活動を長く続けてこられた方でもある。
「まず初めに展望所の3階の屋上に上がって干拓地の給餌場のツルたちを観察しましょう」M氏のアドバイスに従い観察用具とカメラを担いで展望所に入館して行った。屋上への重い扉を開けると風が強く、南九州とは言ってもこの時期はけっこう寒い。頬に吹き付ける冷たい風を堪えながら屋上にポッカリと出た。グルリと視界が開け眼下の給餌場に目を移すとナベヅル、マナヅルの混群がビッシリと降りていた。コサギやアオサギも混じっているが、かなり少数派で居心地が悪そうである。「クッ、クルルー、クッ、クルルー」寒風にのってツル類特有の心地よい鳴き声が聞こえてくる。少し遠方に双眼鏡を向けると美しい模様のカモ科の「ツクシガモ」の小群が冬水田んぼを歩いていたり、その先の電線や人家の屋根にはカラス科の「ミヤマガラス」の大群がビッシリととまっていたりした。その中に小型の「コクマルガラス」も混ざっていた。どの種も九州など西南日本に多く渡来する種類である。寒さを堪えてしばらく観察してからM氏が「今回、どんな種類の野鳥を観たいのですか?そしてどんな場面を取材したいのですか?」と尋ねられたので、おおよその種類や観たい場面を説明した。すると自作の出水干拓の白地図をザックから取り出し僕らに説明し始めた。ツル類が多く観られる場所にはマーカーで色が塗ってあり、地図上のいたるところに最近観察できた鳥の種類が書き込んであった。「これは…」と聞き返すと「事前に用意しておきました。取材に活用してください」とのこと。とてもありがたい。感謝。
ツル展望所を出てから、駐車場で簡単な打ち合わせ。「これから地図どおりに巡回していきます。1回線のレシーバーを渡しますのでこれでやりとりしましょう」とM氏。2台の車に分かれM氏のジープを先導にフィールドに向かって出発した。広大な干拓地の中の農道をゆっくりと進んで行く。ときおりレシーバーを通して連絡が入り「この辺りはツルの家族がよく休んでいる場所で自然な写真が撮り易いです」とか「この水田にはニュウナイスズメの大群が入っていることがあるので注意してください」などと適切なアドバイスを送ってくれる。西干拓~古浜~野田と移動して行って野田川の脇の道に出た時、レシーバーから「水路にヘラサギが入っています」との声。「了解しました」といってしばらく止めてもらい観察してから撮影を済ませた。「ヘラサギ」も西南日本に多いトキ科の冬鳥である。それにしてもこのレシーバーでのやりとりはまるでカナダの森林公園のレンジャー(自然観察員)にでもなったようである。
この後、「カラムクドリ」や「ギンムクドリ」といったムクドリ科の珍鳥が出現するという場所や夕刻にフクロウ科の「コミミズク」が飛ぶという場所などを通過して東干拓のツル類の塒に移動する。広大な干拓地の中央の真っ直ぐな車道をゆっくりと走って行くと再びレシーバーから「右手の奥にナベとマナの大きな混群が入っています」と案内があった。車を止めて車中から双眼鏡で観察する。水田が真っ黒に観えるぐらい数千羽のツルたちが休息していた。ここで車道の脇に車を止めてさらに高倍率のフィールドスコープ(望遠鏡)を三脚にセットしてジックリと観察することにする。狙いは数が少ない珍重のツルたち。しばらくしてM氏が「クロヅルとカナダヅル…それからナベクロヅル(ナベヅルとクロヅルの自然交雑種)も混ざって入っていますよ」、さすがに地元バーダー、見つけるのが早い。M氏のスコープでおおよその位置を確認し自分のスコープでもしっかりと観察した。
さらに移動しツルの姿を探す。途中、「ヘラサギ」と「クロツラヘラサギ」の混群を発見、カメラに収める。しばらくしてM氏の車のスピードが上がりレシーバーに強い口調で連絡が入る。「クロとナベクロが車道から近い水田に入っている」というのだ。急いで追いつき双眼鏡で確認。ドアの音がしないようにゆっくりと車を降り、脅かさないようにして写真を撮影させてもらった。ここでそろそろ日没の時間が近づいてきた。今日の締めくくりは干拓地から近いM氏の自宅近くの神社ポイント。ムクドリの大きな塒となっている竹藪がありその手前の電線に「ホシムクドリ」が出現するのだという。「ホシムクドリ」はムクドリ科の野鳥で数少ない冬鳥として日本に渡来し、西南日本での記録が多い。現場に到着するとすでに周囲は暗くなりかけていた。M氏が「今日はもう遅いかなぁ…塒に入ってしまったかなぁ」と呟いたその直後、40羽ほどのムクドリの群れが飛んで来て目前の電線にとまった。はやる気持ちを抑えながら端から双眼鏡で1羽1羽観察して行くと「いたいた、ホシムクドリっ!」ムクドリより小型でかなり黒っぽい羽色の姿をしっかり観られた。かなり暗くなってからなので撮影はできなかったが印象に強く残った鳥となった。
ここでタイムオーバー。「今日は一日貴重な時間をいただき本当にありがとうございました」M氏に丁寧にお礼を言ってから再会を約束した。M氏と分かれて道すがら今日の鳥見がかなり幸運続きだったことや明日からの計画などを2人で話し合いながら宿へと向かったのでした。連載はさらに次回へと続く。
画像はトップがナベヅルの群れ。下が向かって左から西干拓のツル類の給餌場、ツル展望台、マナヅル、ヘラサギ、クロツラヘラサギ、クロヅル、ナベクロヅル。