『版画芸術』という美術雑誌がある。一年に春夏秋冬、計4回出版される季刊誌である。1970年代のいわゆる『版画ブーム』の時代から40年以上にわたり伝統版画、創作版画、現代版画など版画芸術全般を紹介してきた国内唯一の版画専門誌である…というか唯一になってしまったと言ったほうが正しいのかもしれない。前のバブル期の頃は美術出版関係も景気が良くて同類の版画専門誌も3-4種類は出ていた。なので今ではとても貴重な誌面となっている。
ちょうど一年前に東京での版画のグループ展オープニングに編集長のM氏と編集者のK女史が会場に来てくれた。特にM氏は僕の20代後半から続けて作品を見て頂いている数少ない関係者である。その頃からときどき特集記事の掲載などでお世話になってきた。立食パーティーの会場で歓談していると「実は来年の企画なのですが、版画を制作してほしい」と言う。この季刊誌には『アートコレクション』という企画があり、現役の版画家が4種類のオリジナル版画を制作、各号と同時刊行するという内容である。他ならぬM氏からのご依頼である。快く承諾の返事をした。
4種類で各300枚ということは1200枚の版画作品を摺るということだ。つまり、ラージエディションということになる。銅版画ではエッチングにしろメゾチントにしろメッキをかけてせいぜい100枚~200枚ぐらいが限度である。編集部の希望もあって大量印刷に耐える木口木版画で制作することに決定した。今年の春頃から少しづつ構想を練り、6月に4作品の版の彫りが完成した(絵柄は発売まで秘密です)。今年は秋から冬にかけて東京での絵画新作展を皮切りに数箇所での個展を予定しているので自摺りをする時間がとれない。見本摺りまで自分でおこない本摺りは普段蔵書票などで摺りを依頼しているT木版画工房のベテラン摺り師、K氏にお願いした。今月に入って1200枚すべての本摺りが完成してきた。後は僕のサイン入れである。一枚一枚摺りの状態を確認しながら鉛筆で同じような調子でサインを書いていく。ゆっくりと100枚サインするのに約一時間かかった。サインを入れながらいろいろなことを考える。版画というのは複数芸術である。過去の歴史を見てもギュスターヴ・ドレや安藤広重など西洋でも日本でも元々、版元があって制作されたものである。現代の日本は版元不在と言われている。こうした形の受注仕事こそむしろ版画の王道といっても過言ではないだろう。サインも枚数が多いと一仕事であるが、仕事とは言え安定した調子で摺り上げていく摺り師の方はさらにたいへんである。
整頓された和室で汗が版画に落ちないように冷房を効かせ慎重にサインを書き続けている。9月発売の版画芸術・秋号の誌面には関連した特集記事も組まれていて先日、編集部の方と楽しい取材の一時を過ごした。ブログをご覧のみなさん、この機会に是非、大手書店などでご覧になってください。阿部出版・版画芸術のホームページでもご確認することができます。画像はトップが版画にサインを入れている手元。下はそのようす。
最後にこの企画をいただいた阿部出版・版画芸術編集部と木版画摺り師、K氏に心から感謝いたします。