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銀河を構成する星がバラバラになるはずなのに… なぜレンズ状銀河“NGC 1277”には暗黒物質がほとんど存在していないのか?

2023年09月15日 | 銀河・銀河団
ペルセウス座の方向約2憶4000万光年彼方に“NGC 1277”というレンズ状銀河が存在しています。

レンズ状銀河というのは、渦巻銀河と楕円銀河の中間にあたる形態の銀河。
渦巻き銀河と同じように中央部分の膨らみや円盤構造を持っているのですが、目立つ渦巻腕(渦状腕)はありません。
レンズ状銀河を構成する星々は楕円銀河と同じように古いものが多く、星形成活動もほとんど見られません。

そんな“NGC 1277”は、約120億年前に急速に形成された後、他の銀河と相互作用することなく時を過ごしてきたと考えられています。

このことから、“NGC 1277”は初期宇宙で誕生した大質量かつコンパクトで星形成活動が見られないタイプの銀河“遺物銀河(relic galaxy)”の典型例になります。

そんな“NGC 1277”で思いがけない特徴が見つかりました。
ハッブル宇宙望遠鏡で撮影されたレンズ状銀河“NGC 1277”(中央)とその周辺。(Credit: NASA, ESA, and M. Beasley (Instituto de Astrofísica de Canarias))
ハッブル宇宙望遠鏡で撮影されたレンズ状銀河“NGC 1277”(中央)とその周辺。(Credit: NASA, ESA, and M. Beasley (Instituto de Astrofísica de Canarias))
今回発表されたのは、“NGC 1277”には暗黒物質(ダークマター)がほぼ存在しないとする研究成果でした。

暗黒物質を欠いた銀河は、超淡銀河のように質量の小さな銀河では見つかったことがありました。
でも、質量の大きな銀河での観測例は今回が初めてのことでした。
この研究は、カナリア天体物理学研究所(IAC)/ラ・ラグーナ大学(ULL)のSebastién Comerónさんを中心とする研究チームが進めています。

暗黒物質を5%しか持たない銀河

今回の研究では、アメリカ・テキサス州のマクドナルド天文台にある面分光器で取得された観測データを元に、“NGC 1277”の中心から半径約2万光年の質量分布を調査。
すると、暗黒物質の質量は、この範囲内における総質量の5%未満ということが分かりました。

現在の宇宙論モデルに従うと、“NGC 1277”と同じ質量を持つ銀河では質量全体のうち10~70%を暗黒物質が占めると予測されています。
このことからも、観測データから割り出された“NGC 1277”の暗黒物質がいかに少ないかが分かります。

銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因

宇宙は正体不明の“ダークマター(26.8%)”と“ダークエネルギー(68.3%)”で満たされていて、身近な物質である“バリオン(陽子や中性子などの粒子で構成された普通の物質)”は、宇宙の中にわずか4.9%しか存在しないことが分かってきています。

暗黒物質が発見されるきっかけになったのは、銀河の回転速度でした。

銀河内を公転している星々は、遠心力と重力が釣り合っているから飛び出すことなく公転できるはずです。

でも、実際の観測結果をもとに銀河の質量と回転速度を算出してみると、銀河を構成する星々やガスなどの総質量だけでは釣り合いが取れないほどの速度で回転していることが分かりました。

そこで、銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光をはじめとする電磁波と相互作用せず直接観測することができない物質の重力効果に求めたのが“ダークマター説”の始まりになっています。 
銀河の回転とダークマター。(Credit: 創造情報研究所)
銀河の回転とダークマター。(Credit: 創造情報研究所)

暗黒物質は銀河にとって欠かせない存在

銀河が暗黒物質のハローに包まれていることを、銀河の回転速度の観測を通して証明したのは、アメリカの天文学者ヴェラ・ルービンでした。

現在では、誕生したばかりの宇宙では、まずミクロな密度のゆらぎをもとに暗黒物質が集まって暗黒ハロー(ダークハロー)が形成され、暗黒ハローに引き寄せられた通常の物質から星々が誕生し、やがて銀河に成長していったと考えられています。

このように暗黒物質は銀河にとって欠かせない存在のはずなのに、どうして“NGC 1277”にはほとんど存在していないのでしょうか?

その理由について研究チームは、過去の研究成果を参照しつつ2つの仮説を立てています。

1つ目の説は、銀河団での相互作用によって失われたというもの。
“NGC 1277”は1000以上の銀河で構成されるペルセウス銀河団の一員ですが、銀河団へ加わるときに生じた周囲との相互作用によって、暗黒物質が剥ぎ取られた可能性があるようです。

2つ目の説は、“NGC 1277”の形成時に失われたというもの。
ガスを豊富に含む原始的な銀河の断片同士が高速で衝突して“NGC 1277”が形成されたときに、暗黒物質が追い出された可能性です。

ただ、どちらの説も完全ではなく謎は残されたまま…
なので、研究チームはカナリア諸島のロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台にあるウィリアム・ハーシェル望遠鏡の多天体分光器を用いた新たな観測を計画しているそうです。
新たな観測により、この謎が解ければいいですね。


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JAXAのX線分光撮像衛星“XRISM”はクリティカル運用期間を終了、今後は3か月かけて搭載機器の機能確認を行う初期機能確認運用期間へ

2023年09月14日 | 宇宙 space
JAXAからX線分光撮像衛星“XRISM”の“クリティカル運用期間”を終了する発表がありました。

“XRISM”はH-IIAロケット47号機(H-IIA・F47)に搭載され、種子島宇宙センターから2023年9月7日8時42分11秒(日本時間)に離床。
JAXAでは、“XRISM”からの信号を同日午前9時4分からハワイ局で受信し、衛星の太陽補足制御が正常に行われたことを確認していました。

同日午前10時24分には内之浦局での受信により、太陽電池パドルの展開についても完了したことを確認しています。

“XRISM”から受信したテレメトリーから確認されたのは、太陽電池パドルで電力が発生していることや地上と通信できている状態、姿勢制御が正常であること。
搭載されている“軟X線分光装置(Resolve)”の冷却システムが安定動作していることも確認しています。
“XRISM”の運用で使用される地上局。(Credit: JAXA)
“XRISM”の運用で使用される地上局。(Credit: JAXA)
こうした状況からクリティカル運用期間は終了。
クリティカル運用期間とは、ロケットからの衛星分離後に太陽電池パネルの展開や姿勢制御系を定常運用する制御モードへの移行など、衛星が安定して安全な状態を維持でき、かつ軟X線分光装置の冷凍機が安定動作するまでの期間を指している。
これにより、JAXAでは衛星全体及びミッションに活用される搭載機器の機能を確認するための“初期機能確認運用期間”への移行を決定。
“初期機能確認運用期間”は約3か月間をかけて実施する予定です。

7番目のX線天文衛星計画“XRISM”

X線天文衛星“ひとみ(ASTRO-H)”が失われてから、JAXAは徹底した原因究明を実施。
不具合の直接の要因とその背後にある要因を調べ上げ、再発防止のための対策を行ってきました。
2016年2月に打ち上げられたX線天文衛星“ひとみ(ASTRO-H)”は、同年3月に通信不能になり、4月に運用が断念された。
この再発防止策に基づいて計画されたプロジェクトが、X線分光撮像衛星“XRISM(X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission)”です。

“XRISM”は、“ひとみ(ASTRO-H)”の成果や研究の進展をもとに、NASAやヨーロッパ宇宙機関の協力のもと2018年に開始された、JAXA宇宙科学研究所の7番目のX線天文衛星計画です。

“XRISM”に搭載されているのは、広い視野を持つX線撮像器と極超低温に冷やされたX線分光器。
これらを使って、星や銀河、そしてその間を吹き渡る高温ガス“プラズマ”に含まれる元素やその速さを観測し、星や銀河、銀河の集団が作る大規模構造の成り立ちを、これまでにない詳しさで明らかにします。

“ひとみ(ASTRO-H)”が目指していた科学成果を早期に回復し、世界に届けることを目指しているそうです。
X線分光撮像衛星“XRISM”(Credit: JAXA)
X線分光撮像衛星“XRISM”(Credit: JAXA)


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巨大惑星の作られ方には2つの説があるけど、今回見つけた現場は初めて重力不安定説を支持するものだった

2023年09月13日 | 星が生まれる場所 “原始惑星系円盤”
ヨーロッパ南天天文台の超大型望遠鏡“VLT”とアルマ望遠鏡を用いた観測により、いっかくじゅう座の方向約5000光年彼方に位置する若い星“V960星”の近くに、巨大惑星に成長していく可能性がある、ダスト(チリ)を多く含んだ大きな塊を検出したそうです。

巨大惑星の作られ方としては2つの考え方があり、これまでに観測例があったのは“コア集積説”でした。
でも、今回は初めて“重力不安定説”を支持するもののようです。
この研究成果は、チリ サンチアゴ大学のフィリップ・ウェーバーさんを筆頭に、同 セバスチャン・ペレスさん、チリ ディエゴ・ポルタレス大学のアリス・ズルロさんたちの研究チームによるものです。
“V960星”の周辺物質の画像(“SPHERE”とアルマ望遠鏡の合成画像)。この塊は自分の重さで潰され、さらに進化し巨大惑星に成長する可能性がある。(Credit: ESO)
“V960星”の周辺物質の画像(“SPHERE”とアルマ望遠鏡の合成画像)。この塊は自分の重さで潰され、さらに進化し巨大惑星に成長する可能性がある。(Credit: ESO)

巨大惑星形成には2つのレシピがある

“V960星”は、2014年にそれまでの20倍の明るさまで急激に増光したことで注目されるようになった天体です。

このように急激に明るくなる“アウトバースト”が始まった後、すぐに“SPHERE”を用いた観測を実施。
すると、“V960星”の周囲を回っている物質が、複雑な渦巻構造の腕の部分に集まっていることが明らかになりました。
“SPHERE”は超大型望遠鏡“VLT”に搭載されている分光偏光装置“SPHERE”。
その渦巻構造の腕は、太陽系全体の大きさよりも広い範囲に広がっているそうです。
“V960星”周囲の複雑ならせん状の腕(“SPHERE”による画像)。(Credit: ESO)
“V960星”周囲の複雑ならせん状の腕(“SPHERE”による画像)。(Credit: ESO)
この発見をきっかけにして実施されたのが、同じ“V960星系”に対するアルマ望遠鏡のアーカイブデータの解析でした。

“SPHERE”を用いた観測でできるのは、星周辺のダストが多く含まれる物質の表面を調べること。
これに対し、アルマ望遠鏡の観測では、その構造をより深く知ることが可能になります。

そのアルマ望遠鏡のアーカイブデータの解析から分かったのが、渦巻き構造の腕が分裂している最中であること。
惑星の質量と同じくらいの重さの塊が形成されていることも確かめられました。
“V960星”を周回する大きなダストの塊をとらえたアルマ望遠鏡による画像。(Credit: ESO)
“V960星”を周回する大きなダストの塊をとらえたアルマ望遠鏡による画像。(Credit: ESO)
巨大惑星の作られ方としては、“コア集積説”と“重力不安定説”という2つの考え方があります。

コア集積説は、ダストが降り積もっていくことで惑星が成長していくというもの。

一方の重力不安定説は、中心星の周りに大きな分裂破片ができて、分裂破片が収縮して自分の重さでつぶれて惑星が形成されるというものです。

これまでの研究では、コア集積説を支持すると考えられる観測例がいくつかありました。
でも、重力不安定説を支持するものは、ほとんどなかったんですねー

なので、重力不安定説を支持すると考えられる観測例は、今回が初めてのことでした。

今後のさらなる惑星形成現場の観測の進展が期待されています。
いっかくじゅう座の方向約5000光年彼方に位置する若い星“V960星”。(Credit: ESO)
いっかくじゅう座の方向約5000光年彼方に位置する若い星“V960星”。(Credit: ESO)
“V960星”の周囲の星空。(Credit: ESO)
“V960星”の周囲の星空。(Credit: ESO)


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なぜ初期宇宙には予想以上に進化した銀河や銀河団が存在するのか? この矛盾を説明しようとすると宇宙が267億年前に誕生したことになった

2023年09月12日 | 宇宙のはじまり?
近年の初期宇宙の観測により、誕生から数億年後の宇宙にはすでに大規模な銀河や銀河団が存在していたことが分かってきました。

でも、「銀河がそこまで進化するには時間が足りない」っという、新たな問題も浮上しているんですねー

この問題を解決するために、オタワ大学のRajendra Guptaさんが提唱したのが“CCC+TLハイブリッドモデル(CCC + TL hybrid model)”。
もし、このモデルが正しければ、宇宙は今から約267億年前に誕生したことになります。

予想以上に進化した初期宇宙の銀河や銀河団

現在の宇宙は、誕生してから137億8700万年(±2000万年)が経過していると考えられています。

この推定年齢は、過去から現在に至る様々な観測モデルを積み重ねた結果で、その集大成は宇宙モデル“Λ(ラムダ)-CDMモデル”として確立されています。

でも、初期宇宙の観測が進むにつれて、当時の宇宙の様子と宇宙の推定年齢には大きな食い違いがあることも判明しています。
図1.“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”が観測した、通称“ユニバース・ブレイカーズ”と呼ばれる6個の初期宇宙の銀河。この通称は、誕生から間もない宇宙にある銀河にしては重すぎることに因んでいる。(Credit: NASA, ESA, CSA & I. Labbe (Swinburne University of Technology) 、IDは加筆))
図1.“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”が観測した、通称“ユニバース・ブレイカーズ”と呼ばれる6個の初期宇宙の銀河。この通称は、誕生から間もない宇宙にある銀河にしては重すぎることに因んでいる。(Credit: NASA, ESA, CSA & I. Labbe (Swinburne University of Technology) 、IDは加筆))
“Λ-CDMモデル”に基づけば、宇宙が誕生した初期の段階では薄いガスしか存在しておらず、ガスが重力によって高密度に集まって恒星や銀河ができるまでには数億年の時間がかかことになります。

でも、“ハッブル宇宙望遠鏡”や“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”の観測では、予想以上に進化した初期宇宙の銀河や銀河団が発見されているんですねー

現在では、宇宙誕生から3億年後の時点で存在していたかなり進化した銀河が見つかっていますが、もっと遡った時代にも進化した銀河が存在する可能性もあると考えられています。

現在の“Λ-CDMモデル”による宇宙論では、これほど進化した銀河や銀河団が宇宙誕生からわずかな時間で形成される理由を説明できず…
そのため大きな謎になっているわけです。

また、推定年齢が宇宙の年齢そのものを超える“メトシェラ星(HD 140283)”(※1)のような恒星も見つかっています。
これらの天体は、推定年齢の下限値が宇宙の年齢以下になるので、天体単独では矛盾を起こしていません。
それでも、極端に古い年齢を持つ恒星の存在には注目してしまいますよね。
※1 発見時に(そして現時点でも)最も長寿な恒星なので、旧約聖書に登場する最も長寿な人物に因んで“メトシェラ”と名付けられている。

疲れた光モデル

宇宙の年齢と銀河の進化度合いの矛盾を説明する研究は世界中で行われていて、オタワ大学のRajendra Guptaさんもそんな研究者の一人です。

Guptaさんは今回、“疲れた光モデル(TL:Tired Light model)”と“共変動結合定数(CCC:Covarying Coupling Constants)仮説”という2つの仮説を盛り込んだ新しい宇宙モデル“CCC+TLハイブリッドモデル”を作成することで、“Λ-CDMモデル”における矛盾の解決を試みています。
図2.遠い宇宙からやってくる光は、近い宇宙からやってくる光と比べて波長が長くなる。これまでの宇宙論では、空間の膨張によって光の波長が引き延ばされると説明している。これに対し“疲れた光モデル”では、光は長い距離を移動するうちに散乱でエネルギーを失うためだと説明している。(Credit: 彩恵りり)
図2.遠い宇宙からやってくる光は、近い宇宙からやってくる光と比べて波長が長くなる。これまでの宇宙論では、空間の膨張によって光の波長が引き延ばされると説明している。これに対し“疲れた光モデル”では、光は長い距離を移動するうちに散乱でエネルギーを失うためだと説明している。(Credit: 彩恵りり)
“疲れた光モデル”とは、遠くの宇宙を観測したときに銀河が赤方偏移している(※2)状況を説明する理論の一つとして、1929年にフリッツ・ツビッキーによって提唱されました。
※2 膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移の度合いを用いて算出されている。
“Λ-CDMモデル”では、遠くの銀河からの光が赤方偏移するのは、宇宙空間の膨張とともに波長が引き延ばされているためだと説明しています。

これに対し“疲れた光モデル”では、光は遠距離を移動するうちに少しずつ散乱されることで、エネルギーを失うと仮定しています。
光のエネルギーは波長で定義されていて、エネルギーが低い状態になるということは、波長が長い光になることを意味するので、赤方偏移と同じような状況が観察される、ということになります。

でも、“疲れた光モデル”には大きな矛盾があるんですねー

例えば、遠くの宇宙を観察すると、まるでスローモーションのように天体現象が遅く見えます。
これは実際に天文現象が遅く進行しているのではなく、相対性理論の効果によるものと考えられています。

相対性理論では、運動する物体の時間は静止している物体の時間に対して遅く進みます。
遠くの天体が宇宙の膨張によって高速で運動しているからだと考えれば、現象がスローモーションに見えることをうまく説明できます。

これに対し“疲れた光モデル”では、このような現象を説明できていません。

実際に、遠方宇宙のIa型超新星やクエーサーの研究では、“Λ-CDMモデル”が予測する範囲でスローモーションに見える様子が観測されています。

他にも、宇宙最初の光である宇宙マイクロ波背景放射の性質についても、“ラムダ-CDMモデル”はうまく適合する一方で、“疲れた光モデル”が適合する確率は非常に低く、一部の予測では“地球が正確に宇宙の中心になければならない”という前提が必要になることが知られています。
図3.これまでの物理学では、基本的な物理定数は変化しない不変の値であるとしている。これに対し“共変動結合定数仮説”では、微細構造定数が変化すると仮定している。この場合、他の物理定数も変化することになる。(Credit: 彩恵りり)
図3.これまでの物理学では、基本的な物理定数は変化しない不変の値であるとしている。これに対し“共変動結合定数仮説”では、微細構造定数が変化すると仮定している。この場合、他の物理定数も変化することになる。(Credit: 彩恵りり)

宇宙は今から約267億年前に誕生した

そこで、今回の研究では、単独では実際の観測結果をうまく説明できない“疲れた光モデル”に、“共変動結合定数仮説”を組み合わせることで、この矛盾の解決に挑んでいます。

“共変動結合定数仮説”とは、電磁相互作用(※3)の重要な結合定数である“微細構造定数”が、実際には定数ではなく時間とともに変化する変数だとするものです。
※3 光、電機、時期などの性質は全て電磁気力だと説明され、これを電磁相互作用と呼ぶ。電磁相互作用は光の素粒子、つまり光子がやり取りをする。
このような考えは、1937年にポール・ディラックによって提唱されて以降、形を変えて何度も提唱されています。

もし、“共変動結合定数仮説”が正しい場合、“疲れた光モデル”が抱える矛盾を解決できると考えられます。

微細構造定数が変化すると、光の波長や散乱度合い、電磁相互作用で成り立つ原子や原子核の反応といった、電磁相互作用で成立する様々な性質が変化します。

そのため、遠くの宇宙がスローモーションに見えたり、宇宙マイクロ波背景放射などの性質を変化させることが考えられるわけです。

Guptaさんが“疲れた光モデル”と“共変動結合定数仮説”を組み合わせて考案した“CCC+TLハイブリッドモデル”では、宇宙誕生の時期が現在推定されている時期よりも早くなるので、発達した銀河などが誕生するための時間的余裕が生まれると考えられます。

Guptaさんは、同モデルに基づいて宇宙が今から約267億年前に誕生したと推定していますが、これは現在の推定年齢の2倍近い値になります。

大きな矛盾や未知の物理現象を多数抱えるモデル

ただ、“CCC+TLハイブリッドモデル”が“Λ-CDMモデル”を置き換えるかどうかは、まだ現時点では不明なんですねー
それは、このモデルの根幹となる“疲れた光モデル”や“共変動結合定数仮説”には、まだ実証されていない謎が多く残されているからです。

大きな問題の1つは、“疲れた光モデル”や“共変動結合定数仮説”が正しいとしても、なぜそのような現象が起こるのかという理論的な説明がほとんどされていないことです。

例えば、“疲れた光モデル”では“光は長い距離を進めば進むほどエネルギーを失う”とされています。
でも、そのような現象が起こるのかは説明されていません。
宇宙に薄く存在する物質の作用は検討が済んでいるので、現在の物理学では説明されていない正体不明の相互作用を、新たに仮定しなければなりません。

もう1つの“共変動結合定数仮説”は、重要な物理定数である微細構造定数が変化することを前提とした大胆な仮説です。

微細構造定数は光の速度やプランク定数(※4)といった、複数の重要な物理定数の組み合わせで成り立っているので、それが変化するということは、他の重要な物理定数のうち少なくとも1つが変化しなければなりません。
※4 光子のエネルギーと振動数の関係を示す物理定数。2019年からはキログラムの定義にも使用されている。
もし、“共変動結合定数仮説”が正しいとすれば、天文学だけでなく自然科学全般に大きな影響を与える結果になるはずです。

でも、地球に存在する古い時代に形成された物質の調査や、かなり初期の宇宙に遡った観測を行っても、微細構造定数に限らず、あらゆる物理定数に変化の兆しは見つかっていません。

未知の暗黒エネルギー(ダークエネルギー)が支配的な現在の宇宙では、観測不可能なほど変化が小さいものの、そうではなかった初期の宇宙では、大きく値が変化していたという説もありますが、これについても否定的な研究結果が多数存在しています。

このように、“疲れた光モデル”や“共変動結合定数仮説”には、物理学の枠組みを大幅に変えてしまう点が多いので、オッカムの剃刀(※5)的に支持されていない、という状況もあります。
※5 ある事柄を説明するのに、必要以上に多くを仮定するべきではない、っという考え。大元は哲学的思想だが、自然科学を始めとした多くの学問でも同様の考え方が共有されている。仮定が少ない説は正しく、仮定が多い説は正しくないことを必ずしも意味するものではない。ある事柄を完璧とは言えないものの概ねうまく説明できている説を、仮定が多い別の説で置き換えるには説得力が不足することを意味する。
もちろん、現状で広く信じられている“Λ-CDMモデル”も完璧とは言えません。

今回の研究の前提となった早すぎる初期銀河の進化は、“Λ-CDMモデル”における大きな問題の一つです。

他にも“Λ-CDMモデル”では、光では観測できない暗黒物質(ダークマター)や、宇宙の膨張の原動力である暗黒エネルギーが存在するとしていますが、どちらも現時点では正体不明です。

でも、今のところ“Λ-CDMモデル”は現状の宇宙を概ね説明している一方で、“疲れた光モデル”や“共変動結合定数仮説”は大きな矛盾や未知の物理現象を多数抱えています。

今回の研究で提唱している“CCC+TLハイブリッドモデル”は、それぞれの仮説が抱える大きな矛盾を仮説の組み合わせによって解決し、“Λ-CDMモデル”を置き換える可能性はあります。
ただ、評価が定まるまでにはまだまだ時間が掛かりそうですね。


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太陽系外惑星“PDS 70 b”には同じ軌道を公転する兄弟のような惑星が存在している? ラグランジュ点の1つL5点でデブリの雲を発見

2023年09月11日 | 星が生まれる場所 “原始惑星系円盤”
もし、地球と同じ軌道を公転する兄弟のような惑星が存在するとしたら…
そこには地球に似た環境が広がっていて生命も存在するのでしょうか。

今回発表されたのは、太陽系外惑星“PDS 70 b”と公転軌道を共有する別の系外惑星が存在する可能性を示した研究成果です。

この研究成果は、同じ軌道を公転する“兄弟”のような2つの惑星が実在することを示す有力な証拠になるのかもしれません。
この研究は、スペイン宇宙生物センター(CAB)の学生Olga Balsalobre-Ruzaさんを中心とする研究チームが進めています。

原始惑星系円盤が残る形成過程の惑星系

“PDS 70 b”は、ケンタウルス座の方向約370光年彼方に位置する若い恒星“PDS 70”を公転している系外惑星です。

“PDS 70”は誕生から540万年ほどしか経っていないと考えられていて、その周囲は広い空洞が生じた原始惑星系円盤に取り囲まれています。
原始惑星系円盤とは、誕生したばかりの恒星の周りに広がる水素を主成分とするガスやチリからなる円盤状の構造。恒星の形成や、円盤の中で誕生する惑星の研究対象とされている。
空洞で見つかっているのは、“PDS 70 b”とその外側を公転している“PDS 70 c”という2つの系外惑星。
まだ形成過程にある惑星系の一例として研究対象になっています。
アルマ望遠鏡で観測された若い恒星“PDS 70”。中央の大きな円は太陽系外惑星“PDS 70 b”の公転軌道、小さな実線の円は“PDS 70 b”の位置、小さな点線の円は今回検出が報告されたデブリの雲の位置を示している。リング状の構造は“PDS 70”を取り囲む原始惑星系円盤で、空洞内の3時方向には“PDS 70 c”もとらえられている。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO) /Balsalobre-Ruza et al.)
アルマ望遠鏡で観測された若い恒星“PDS 70”。中央の大きな円は太陽系外惑星“PDS 70 b”の公転軌道、小さな実線の円は“PDS 70 b”の位置、小さな点線の円は今回検出が報告されたデブリの雲の位置を示している。リング状の構造は“PDS 70”を取り囲む原始惑星系円盤で、空洞内の3時方向には“PDS 70 c”もとらえられている。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO) /Balsalobre-Ruza et al.)

惑星の公転軌道上に見つかったデブリの雲

今回の研究では、南米チリの“アルマ望遠鏡”を使用して過去に取得された“PDS 70”の観測データを分析しています。

すると、“PDS 70”と“PDS 70 b”のラグランジュ点の1つ“L5”付近で、微弱な信号が検出されていたことが分かりました。
日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。人間の目には見えない波長数ミリメートルの“ミリ波”やそれより波長の短い“サブミリ波”の電波を観測する。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの電波望遠鏡として観測することができる。
分析の結果、“PDS 70 b”のL5点付近には、総質量が地球の月の0.03~2倍に相当するデブリ(残骸)の雲が存在することが判明しています。

ラグランジュ点とは、ある天体“A”を別の天体“B”が円形の軌道で公転しているときに、天体“A”や“B”と比べて質量がずっと小さい天体“C”が(天体“A”と“B”に対して)静止した状態を保てる5つの場所を指します。

例えば、太陽と木星のラグランジュ点のうち、木星の公転軌道上にあるL4点付近(公転する木星の前方)とL5点付近(公転する木星の後方)には、数多くの小惑星が分布していることが知られています。
これらの小惑星は、“木星のトロヤ群”というグループに分類されています。
トロヤ群とは、惑星の公転軌道上の太陽から見てその惑星に対して60度前方あるいは60度後方、すなわちラグランジュ点L4・L5付近を運動する小惑星のグループ。最初に見つかった小惑星にトロイア戦争の英雄にちなんだ名前が付けられたことから“トロヤ群”と呼ばれている。
参考画像:太陽(黄)を中心に、水星~木星までの惑星(白)と木星のトロヤ群主惑星(緑)の位置を示したアニメーション。トロヤ群小惑星は木星(Jupiter)に先行するL4点のグループと、後続するL5点のグループに分かれている。(Credit: Astronomical Institute of CAS/Petr Scheirich (used with permission))
参考画像:太陽(黄)を中心に、水星~木星までの惑星(白)と木星のトロヤ群主惑星(緑)の位置を示したアニメーション。トロヤ群小惑星は木星(Jupiter)に先行するL4点のグループと、後続するL5点のグループに分かれている。(Credit: Astronomical Institute of CAS/Petr Scheirich (used with permission))

同じ軌道を公転しているもう1つの惑星

今回、“PDS 70 b”のL5点付近で発見されたデブリの雲について研究チームは、これから形成される惑星の材料か、あるいはすでに形成された惑星の残余物が検出されたと考えています。

つまり、研究チームが発見したのは、“PDS 70 b”と同じ軌道を公転しているもう1つの惑星の存在を示す証拠なのかもしれません。

ある惑星のL4点やL5点に、同程度の質量を持つ別の惑星が長期的に安定して存在する可能性は、20年ほど前から提唱されていたようです。

そのような惑星は“軌道共有惑星(co-orbital planets)”あるいは“トロヤ惑星(Trojan planet)”と呼ばれています。
でも、これまでその存在を示す確実な証拠は得られていませんでした。

そう、理論上存在することは分かっているけど、誰も検出したことがない惑星なんですねー

2つの惑星が、公転周期(1年の長さ)や生命の居住可能性を共有している…
このような惑星が、ハビタブルゾーンで見つかることを想像するだけでワクワクしますね。
“ハビタブルゾーン”とは、主星(恒星)からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域。この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられている。太陽系の場合は地球から火星軌道が“ハビタブルゾーン”にあたる。
この研究で取り組んだのは、そのような世界が実在する可能性を示す最初の証拠探しでした。

さらに、様々な惑星系におけるトロヤ惑星の形成、進化、出現する頻度について、新たな疑問も生まれています。
アーティストによる太陽系外惑星“PDS 70 b”とデブリの雲のアニメーション。今回の研究成果をもとに作成。(Credit: ESO/L. Calçada)
ただ、今回の研究で示されたのは暫定的な検出なので、確認するには追加の観測が必要になります。

“アルマ望遠鏡”による追観測が可能になるのは、早ければ2026年2月。
研究チームでは、“PDS 70 b”のデブリの雲が同じ軌道に沿って運動する様子が観測されることに期待を寄せているそうです。


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