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月への高精度ピンポイント着陸と二段階式タッチダウンを目指す“SLIM”がクリティカル運用期間を終了! 月へ向かう準備を開始しますよ

2023年09月20日 | 月の探査
9月7日に打ち上げられた小型月着陸実証機“SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)”の“クリティカル運用期間”終了をJAXAが発表しました。

“SLIM”はH-IIAロケット47号機(H-IIA・F47)に搭載され、種子島宇宙センターを2023年9月7日8時42分11秒(日本時間)に離床。
ロケットからの分離後、予定していた軌道への探査機投入に成功し、午前9時45分に“SLIM”からの信号受信で太陽補足制御を完了していました。

ロケットからの探査機分離後、探査機の維持に必要となる太陽電池パネルによる電力発生、地上との通信、姿勢制御などの機能が健全に動作することが“SLIM”から受信したテレメトリにより確認。
さらに、軌道制御に必要となる推進系などの機能も健全に動作することが確認できたので、クリティカル運用期間は終了することになりました。

今後は、約20日程度をかけて搭載機器の機能確認を実施しつつ、所定のタイミングで月遷移軌道への軌道制御を行うための準備期間“地球周回運用期間”へ移行することになります。

9月15日午後1時の時点で“SLIM”の軌道は目標との誤差が非常に小さく、予定していた微調整は必要ないようです。

地球周回軌道から離脱し月遷移軌道へ

JAXAは“SLIM”を地球周回軌道から離脱させ、月を目指す月遷移軌道に乗せることに成功。
“SLIM”は正常な状にあるそうです。

地球周回軌道から離脱させる軌道変換指令は、10月1日午前2時40分ごろ送出され、南大西洋の上空約660キロの地点で“SLIM”のメインエンジンを約39秒間噴射。
予定通りの軌道変換を確認したことで“月遷移フェーズ”への移行を完了しています。

今後は必要に応じて軌道を修正し、10月4日午後に1回目の月とのスイングバイを実施する予定です。

推進剤の消費量が少ない軌道の採用

10月4日“SLIM”は、月周回軌道投入に向けて軌道を変更するために、地球を公転する月の重力を利用して軌道を変更するスイングバイを実施。
月の高度5000キロ付近を通過しています。

月スイングバイの約45分前には、航法カメラで撮影した月の画像が公開されています。
月スイングバイの45分ほど前に“SLIM”の航法カメラで撮影された月。データが圧縮されているので画質は荒くなっている。“SLIM”のX(旧Twitter)公式アカウントのポストから引用。(Credit: JAXA)
月スイングバイの45分ほど前に“SLIM”の航法カメラで撮影された月。データが圧縮されているので画質は荒くなっている。“SLIM”のX(旧Twitter)公式アカウントのポストから引用。(Credit: JAXA)
探査機が惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式があります。

この飛行方式の特徴は、燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行えることにあります。
積極的に軌道や速度を変更する場合を“スイングバイ”、観測に重点が置かれる場合を“フライバイ”と言い、使い分けています。

“SLIM”のミッションでは、着陸機自身のエンジンと限られた推進剤で月へ向かうためスイングバイを実施。
飛行時間が長くなる代わりに推進剤の消費量が少ない軌道を採用しています。

そのため、月スイングバイを終えた“SLIM”は、月や地球から一旦大きく離れるような軌道を飛行した後で、月周回軌道に入ることになります。

“SLIM”は打ち上げから3~4か月後に月周回軌道へ到着し、月を約1か月間周回した後で、日本初となる月着陸を実施する予定です。
“SLIM”の打ち上げから月周回軌道到達までの飛行経路を示した図。2023年10月4日の自転では“③月スイングバイによる軌道変更”まで完了したことになる。(Credit: JAXA)
“SLIM”の打ち上げから月周回軌道到達までの飛行経路を示した図。2023年10月4日の自転では“③月スイングバイによる軌道変更”まで完了したことになる。(Credit: JAXA)

“降りやすいところに降りる”から“降りたいところに降りる”着陸への質的転換

“SLIM”は、将来の月惑星探査に必要なピンポイント着陸技術と、小型で軽量な探査機システムの実現を目指す月面探査機です。

目指しているのは、これまでの“降りやすいところに降りる”着陸ではなく、“降りたいところに降りる”着陸への質的な転換。
これを実現することで、月よりもリソース制約の厳しい惑星への着陸も、現実のものになっていくはずです。

昨今、対象になる天体についての知見が増え、探査すべき内容が今までよりも具体的になっているので、探査対象の付近への高精度着陸が必要になっています。

さらに、将来の太陽系科学探査で必要になるのが、より高性能な観測装置の搭載。
その時のために探査機システムを軽量化し、その分を観測装置にリソース配分ができるよう、探査機の軽量化は欠かせないんですねー

“SLIM”では、ピンポイント着陸技術と、小型で軽量な探査機システムの実現を目標とし、将来の月惑星探査に貢献することを目指しています。

月の地球側にある“神酒の海(Mare Nectaris)”の西に位置するSHIOLIクレーター付近の傾斜地に、正確にピンポイント着陸を行うための航法と、二段階式により安全なタッチダウンを行う技術を実証することになります。

なお、“SLIM”には“LEV(Lunar Excursion Vehicle)”と呼ばれる2機の小型ローバーも搭載されます。

中央大学、東京農工大学、和歌山大学などが開発に参加した“LEV-1”は、月面でジャンプして移動することや、地球との直接通信を目指しています。

一方の“LEV-2”は、タカラトミー、ソニーグループ、同志社大学が開発に参加した小型ローバー、“SORA-Q”の愛称でも知られています。
野球ボールほどの大きさの球体が月面に着地した後に変形し、“クロール走行”と“バタフライ走行”という、2つの走行モードで月面を走行する予定です。

“LEV-1”と“LEV-2”は、“SLIM”から着陸直前に分離され、月面到達後は画像の取得と、地球へのデータ送信を連携して行う予定です。


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生命の存在を期待させる液体の水の海に覆われた系外惑星は存在する? “K2-180b”の大気中に見つけた炭素を含む分子が示していること

2023年09月19日 | 系外惑星
しし座の方向約120光年彼方に位置する赤色矮星(※2)“K2-180”。
この赤色矮星のハビタブルゾーン(※1)を公転しているのが太陽系外惑星(系外惑星)“K2-180b”です。

“K2-180b”は地球と海王星の中間の大きさで、質量は地球の8.6倍ほど。
“サブネプチューン”や“ミニネプチューン”などと呼ばれるタイプの惑星です。

今回、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡から得られた新しいデータが示していたのは、液体の水の海に覆われた系外惑星が存在するかもしれないこと。
さらに、そこには生命が存在する可能性があるようです。

※1.“ハビタブルゾーン”とは、主星(恒星)からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域。この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられている。太陽系の場合は地球から火星軌道が“ハビタブルゾーン”にあたる。

※2.赤色矮星は、表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星。実は宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星になる。太陽よりも小さく、表面温度も低いことから、太陽系の場合よりも恒星に近い位置にハビタブルゾーンがある。

主星(恒星)“K2-180”を周回する系外惑星“K2-180b”のイメージ図。(Credit: NASA, CSA, ESA, J. Olmstead (STScI), N. Madhusudhan (Cambridge University))
主星(恒星)“K2-180”を周回する系外惑星“K2-180b”のイメージ図。(Credit: NASA, CSA, ESA, J. Olmstead (STScI), N. Madhusudhan (Cambridge University))

水素に富んだ大気の下に全球的な海洋を持つハイセアン惑星

“K2-180b”は、水素に富んだ大気の下に全球的な海洋を持つ“ハイセアン惑星”ではないかとする研究が2021年に発表されていました。

ハイセアン(Hycean)という名前は、水素(hydrogen)と海洋(ocean)を組み合わせた造語。
ハイセアン惑星は、ケンブリッジ大学の天文学者たちによって、生命が存在できる惑星の新たな分類として2021年にその概念が提唱されました。

そのうえでこの天文学者たちは、地球外生命の探索を続ける研究者に対し、このような惑星を調査してバイオシグニチャー(生命存在指標)を探すことを奨励しています。

これまで、系外惑星上の生命探索は、小さな岩石惑星に重点を置いてきました。

でも、大気を観測するには、もっと大きなハイセアン惑星の方がはるかに適していると、ケンブリッジ大学の天文学者で、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた探索結果をまとめた論文の筆頭著者でもあるNikku Madhusudhanさんは考えていました。

生命の存在を期待させる液体の水の海に覆われた系外惑星

今回の探索は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の強力な観測機器が用い、ハッブル宇宙望遠鏡で行われた観測を基礎として進められました。

ハッブル宇宙望遠鏡を用いた観測で発見していたのは、“K2-180b”の大気に水蒸気が存在すること。
今回、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測では、炭素を含む分子であるメタンと二酸化炭素が、“K2-180b”の大気に含まれていることを発見しています。

NASAでは、これらの分子が検出されたこととアンモニアが少ないという事実から、この惑星の大気の下に海が隠れているという可能性があると考えています。

また、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測からは、硫黄化合物の硫化ジメチルが検出された可能性も示されました。

硫化ジメチルは、地球上では海のプランクトンが生成に関係するなど、生命によってのみ生成される物質。
現時点でジェームズウェッブ宇宙望遠鏡から得られたデータは、液体の水の海に覆われた系外惑星に生命の存在を期待させるものでした。

でも、硫化ジメチルの存在については、今後のさらなる検証が必要となること。
さらに、このような惑星の海は生命が存在するには温度が高すぎる可能性があるようです。

今回の観測は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の“近赤外線撮像・スリットレス分光器(NIRISS)”と“近赤外線分光器(NIRSpec)”を用いて行われたもの。
今後、研究チームではジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の“中間赤外線観測装置(MIRI)”を用いて追観測を行うそうです。


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太陽系外惑星の大気中に初の金属水素化物を発見! “WASP-31b”で検出したのは大気の温度を測る“温度計分子”の1つ“水素化クロム”

2023年09月18日 | 系外惑星
太陽系外惑星(系外惑星)の大気にどんな分子が含まれているのかは、惑星の形成や進化を探る上で欠かせない情報です。

でも、これまでの観測では、限られた温度でのみ存在するとされる、いくつかの分子が検出されていませんでした。

今回の研究では、系外惑星“WASP-31b”の大気中から“水素化クロム(CrH)”の検出に成功。
この発見は、系外惑星の大気中で初めて発見された金属水素化物でした。

また、水素化クロムは900~1900℃の温度範囲でしか存在しない分子なので、温度条件をもとに“WASP-31b”の物理的性質を探る上で重要な発見になるようです。
この研究は、コーネル大学のLaura Flaggさんたちの研究チームが進めています。
“WASP-31b”のイメージ図。(Credit: ESA, Hubble & NASA)
“WASP-31b”のイメージ図。(Credit: ESA, Hubble & NASA)

遠く離れた惑星の大気分子を観測

私たちの地球を含め、宇宙に存在する惑星はどのように形成され、進化していったのでしょうか?

このことを理解するには、多数の惑星を観測し、その性質を知る必要があります。
このため、太陽以外の天体の周りを回る惑星“系外惑星”は重要な観測対象とされています。

近年の技術革新により、系外惑星の大気に含まれる分子の種類を探ることが可能になっています。

光の波長ごとの強度分布をスペクトルと言い、地球から見て系外惑星が恒星(主星)の手前を通過(トランジット)している時に、系外惑星の大気を通過してきた主星のスペクトルが透過スペクトルになります。

個々の元素は決まった波長の光を吸収する性質があるので、透過スペクトルには大気に含まれる元素に対応した波長で光の強度が弱まる箇所“吸収線”が現れることになります。

“透過スペクトル”と“主星から直接届いた光のスペクトル”を比較することで吸収線を調べることができ、その波長から元素の種類を直接特定することができます。

ただ、系外惑星の大気を通過した光は、通過せずに直接届いた主星の光に混ざっていて、その光の量は極めてわずかなものです。

また、大気中に含まれる元素の量が少なければ少ないほど、吸収線も弱くなってしまいます。
吸収線は異なる元素が非常に近い値をとることもあるので、吸収線が重なり合うことで元素の種類を誤認してしまうこともあり得ます。

そのため、系外惑星の大気成分の研究には極めて精度の高い分光観測を必要とし、その作業は極めて困難なものになります。
過去の観測で見つかったと主張された元素が、後の観測では見つからなかったり、誤認であると断定されたりしたケースも珍しくありませんでした。

惑星大気中から金属水素化物を初めて発見

今回の研究では、サーベイプロジェクト“ExoGemS(Exoplanets with Gemini Spectroscopy)”の一環として、2022年3月12日に地球から約1300光年彼方に位置する系外惑星“WASP-31b”を観測しています。

“ExoGemS”は、アメリカ・ハワイのマウナケア山の“ジェミニ北望遠鏡”に設置された分光観測装置“GRACES”を用いて、高精度な分光観測データを取得するプロジェクト。
今回、取得したデータを分析すると、“WASP-31b”の大気から“水素化クロム”が検出されたんですねー

これは過去の観測結果と比べても極めて高精度で、発見の確定に必要とされる水準(5σ以上)を満たしているそうです。

水素化クロムは過去に褐色矮星(※)の大気で見つかったことはありますが、系外惑星の大気で見つかったのは初めてのこと。
褐色矮星は巨大ガス惑星と恒星の中間に属する天体。褐色矮星の中心部では、重水素やリチウムの核融合反応が起こっているが、存在量が非常に少ない原子核を素にしている反応なので、すぐに停止してしまう。その後は、赤外線放射をしながらゆっくりと冷えていくことになる。
それだけでなく、系外惑星の大気で金属水素化物が見つかったのも、今回が初めてのことでした。

元素としてのクロムは非常に珍しい存在なので、水素化クロムの存在量も極めてわずかで、吸収線は非常に弱いものになります。
また、水素化クロムの吸収線は、より豊富に存在するカリウムと非常に近い値をとるという別の難しさもあります。

でも、今回の“ExoGemS”による高精度な分光観測データでは、わずか2nmの波長の違いを区別し水素化クロムの存在量を明確になっていました。

さらに、今回の研究では、南米チリの超大型望遠鏡“VLT”に設置された分光観測装置“UVES”で、2017年春ごろに2回観測された“WASP-31b”のデータも組み合わせて分析を実施。
ただ、“UVES”のデータは、“ExoGemS”とは観測波長が異なっていたことや、もともと金属水素化物を発見するデータではなかったことから、水素化クロムの存在を示す吸収線はわずかしか観測できないため、あくまで予備的データの位置づけとなっています。

水素化クロムは“温度計分子”

今回の発見は、水素化クロムの性質を考慮すれば重要なものだと考えられています。
それは、水素化クロムが、他の分子よりも狭い900~1900℃という温度範囲でしか存在できないからです。

このため、水素化クロムは大気の温度を測る“温度計分子”の1つとみなされていて、惑星大気の温度だけでなく、大気の性質や循環を探る上でも重要な探索対象となっていました。

実際に、“WASP-31b”の大気の推定温度は、これまでの観測で1100度と推定されていて、水素化クロムが存在できる温度範囲内にあります。

惑星大気からの水素化クロムの発見は今回が初めてのことでした。
ただ、研究チームは他の惑星の大気中にも温度範囲に敏感な金属水素化物が存在すると考えています。

このような分子を発見することができれば、系外惑星の大気についての理解がさらに深まるはずです。


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強力な磁場を持つ褐色矮星は珍しい存在なのか? 木星のような巨大惑星と軽い褐色矮星は同じ性質を持っているのかもしれない

2023年09月17日 | 褐色矮星
恒星と巨大ガス惑星の中間的な天体“褐色矮星”の一部は、強力な磁場を持つことが知られていますが、その正確な起源は分かっていません。

今回、シドニー大学のKovi Roseさんの研究チームは、表面温度426℃の褐色矮星“WISE J062309.94-045624.6”が強力な磁場を持つことを電波観測によって明らかにしています。

これは電波で観測された中でもっとも低温の褐色矮星でした。
検出された電波は、磁場に由来するオーロラが発生源ではないかと考えられています。
図1.強力な磁場とオーロラを持つ褐色矮星のイメージ図。(Credit: NRAO/AUI/NSF)
図1.強力な磁場とオーロラを持つ褐色矮星のイメージ図。(Credit: NRAO/AUI/NSF)

強力な磁場を持つ褐色矮星

太陽を含む“恒星”には強力な磁場が存在しています。

恒星の磁場は、星の内部で発生する複数の小さな磁場の渦が、まるで糸巻きのように1つの磁場に巻き上げられることによって発生すると考えられています。

ただ、このような磁場が発生する理由は複雑なんですねー
主な理由の1つは、恒星の内部が複数の層に分かれていることにあると考えられています。

その一方で、“褐色矮星”(※1)の内部は恒星とは異なり層に分かれていないので、磁場を巻き上げる作用が起こる条件を満たしていません。
なので、強力な磁場は発生しないと考えられています。
※1.“褐色矮星”は恒星と惑星の中間の質量を持つ、太陽系には存在しない種類の天体。褐色矮星の定義は複数存在するが、一般には木星のおよそ13倍~80倍の質量を持つ天体を褐色矮星とみなされている。そのような質量の天体では、(恒星と異なり)水素の核融合が起こらず、(惑星と異なり)重水素の核融合が起こる。一方、質量以外では、重い惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を示すと考えられている。
でも、観測から分かっているのは、実際に褐色矮星の10%未満がかなり強力な磁場を持っていること…(※2)
※2.“褐色矮星の10%未満”という値は、正確には褐色矮星の中でも温度が比較的高い“超低温矮星(UCD;Ultra cool dwarf)”に対する値。超低温矮星よりもさらに低温の褐色矮星も存在するので、“褐色矮星の”と表記するのは厳密には正しくないが、超低温矮星はあまり使用されない用語なので、このような表現としている。
それでは、なぜ一部の褐色矮星だけが、このような強力な磁場を持っているのでしょうか?

このことは長年の謎になっていました。

磁場に由来する電波の放出を観測

天体の磁場を直接測定することはできませんが、磁場に由来する電波の放出を観測することは可能です。

電波の周波数や強度の変化には、磁場の性質や状態変化が含まれているので、電波観測を行うことで磁場の起源を間接的に推定することができます。

でも、褐色矮星から放射される電波は非常に弱いので、電波で観測できていない褐色矮星も多数存在しているんですねー
このことが、褐色矮星における磁場の研究の妨げになってきました。

今回の研究では、一部の褐色矮星だけが強力な磁場を持つ謎を解くため、電波望遠鏡で得られた観測データを分析。
用いられたのは、オランダ電波天文学研究所(ASTRON)の電波望遠鏡“LOFAR”と、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)の電波望遠鏡“ASKAP”でした。
図2.“WISE J062309.94-045624.6”は、電波で観測された最も低温の褐色矮星になった(中央の赤い点)。(Credit: Kovi Rose, et.al.)
図2.“WISE J062309.94-045624.6”は、電波で観測された最も低温の褐色矮星になった(中央の赤い点)。(Credit: Kovi Rose, et.al.)
対象になった褐色矮星は、約37光年彼方に位置する“WISE J062309.94-045624.6”。
“WISE J062309.94-045624.6”の推定表面温度は426℃で、質量は褐色矮星の下限に近い木星の約13.2倍でした。

分析の結果、研究チームは“WISE J062309.94-045624.6”に由来する電波を見つけ出すことに成功。
最低でも350ガウス以上の磁場(磁束密度)が存在することが分かりました。

この数値から単純に計算すると、“WISE J062309.94-045624.6”は地球の約90万倍、木星の約40倍も強力な“磁石”ということになります。

なお、“WISE J062309.94-045624.6”は電波観測に成功した最も低温の褐色矮星でもあります。

巨大ガス惑星に見られるオーロラ由来の電波

今回の研究では“WISE J062309.94-045624.6”が、どのようにして強力な電波を生み出しているのかは十分に判明しませんでした。

でも、電波観測のデータは、“WISE J062309.94-045624.6”の電波の特徴が、巨大ガス惑星に見られるオーロラ由来の電波に似ていることを示していたんですねー
このようなオーロラは、天体の磁場の自転速度と大気上層部の循環速度が異なる場合に発生します。

今回の観測で判明した“WISE J062309.94-045624.6”の自転周期は、褐色矮星の平均値(5時間)よりもかなり短い約1.9時間なので、検出された電波の源がオーロラにある可能性は十分にあります。

また、オーロラ由来の電波は放出される範囲が狭く、地球に届くタイミングは限られていると予想されます。

強力な磁場を持つように見える褐色矮星は全体の10%未満ですが、実際にそれしか強力な磁場を持っていないのではなく、大半は地球に届く方向へオーロラ由来の電波が放出されておらず、単純に見逃されているだけの可能性もあります。

そうだとすれば、強力な磁場を持つ褐色矮星は珍しくないのかもしれません。

強力な磁場を持つ褐色矮星は珍しい存在なのでしょうか? それとも一般的な存在なのでしょうか?

このことを知ることは褐色矮星の研究において重要なことになります。

今回の研究に使われた電波望遠鏡の1つ“ASKAP”は、褐色矮星に由来する電波の観測に適していると考えられています。
このため、“ASKAP”で追加の観測を行えば、強力な磁場を持つ褐色矮星がさらに見つかるかもしれません。

また、“ASKAP”は非常に感度が高く、非常に低温な褐色矮星である“Y型褐色矮星”からの電波を検出できる可能性があります。

“ASKAP”での観測が継続できれば、“WISE J062309.94-045624.6”よりも低温で電波放射の弱い、“ほとんど惑星”と言えるY型褐色矮星の磁場を発見する可能性は多いあります。

褐色矮星は、惑星と呼ぶには大きすぎて、恒星と呼ぶには小さすぎる、中間的な性質を持つと考えられています。

さらに、木星のような巨大惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を持つと期待されていて、巨大惑星の進化や大気を調べる上でも褐色矮星は重要な存在になります。

まだまだ謎が多い天体で、ちょうど惑星と恒星の中間にあるミッシングリンクとも言えます。
これから多くの褐色矮星の観測が期待されますね。


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NASAの小惑星探査機“オシリス・レックス”が帰ってくる! 小惑星ベンヌのサンプルを収めたカプセルは9月24日夜に大気圏突入

2023年09月16日 | 太陽系・小惑星
小惑星ベンヌで採取したサンプルを無事地球へ届けた“オシリス・レックス”は、新たなミッション“オシリス・アペックス”として小惑星アポフィスの調査に出発しました。

小惑星探査機“オシリス・レックス”は“オシリス・アペックス”に改名され、直径約300メートルの小惑星アポフィスの調査へ。
アポフィスは、2029年4月に地球へ2万マイル以内(地球から月までの距離の10分の1)まで接近する予定です。
“オシリス・アペックス”は、今後太陽系内で複雑な航路をたどり、アポフィスが地球に接近する2029年に同天体へ近接接近。
自転速度、表面の状態などを調査することになります。

ただ、“オシリス・アペックス”では“オシリス・レックス”とは異なりサンプルの採取はありません。
探査期間は18か月を予定しています。


小惑星探査機“オシリス・レックス(OSIRIS-REx)”のミッションは、日本の“はやぶさ”や“はやぶさ2”と同様に小惑星からサンプルを採取して地球に持ち帰ることです。

今回、NASAが明らかにしたのは、“オシリス・レックス”の回収カプセルを、地球に帰還させるための重要な軌道修正操作が実施されたこと。
小惑星ベンヌ(101955 Bennu)から採取されたサンプルを収めたカプセルは、日本時間2023年9月24日に地球へ届けられる予定です。
(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/CI Lab)
(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/CI Lab)

地球の大気圏へ再突入する軌道へ

アメリカ版“はやぶさ”とも呼ばれる“オシリス・レックス”は2016年9月に打ち上げられ、ベンヌに到着したのは2018年12月でした。

周回軌道上からの観測を重ねた後の2020年10月に表面からのサンプル採取を実施。
目標の60グラムを大幅に上回るサンプルが集められたと判断されていたんですねー

2021年5月にベンヌを出発した“オシリス・レックス”は、回収カプセルの地球帰還に向けて飛行を続けていました。

ベンヌを出発してから2年が経った2023年7月26日、スラスターを約63秒間噴射する軌道修正操作“TCM10(Trajectory Correction Maneuver)”を実施。
“オシリス・レックス”は軌道修正操作前よりも地球へわずかに近付く軌道に入っていました。

NASAによると、2023年9月10日に軌道修正操作“TCM11”が実施された結果、“オシリス・レックス”は地球の大気圏へ再突入する軌道に入ったそうです。

JAXAの小惑星探査機“はやぶさ”や“はやぶさ2”と同様に、“オシリス・レックス”の回収カプセルには自分で飛行する能力はありません。

そのため、回収カプセルを地球に帰還させるには、“オシリス・レックス”自身が一時的に大気圏へ再突入する軌道に入る必要があります。

“オシリス・レックス”が回収カプセルを放出するのは、地表から約10万2000キロ(地球から月の距離の3分の1ほど)まで近づいた日本時間2023年9月24日19時42分。
回収カプセルの大気圏再突入は、その4時間後の同日23時42分に予定されています。

大気圏突入から約2分後には減速用のパラシュートを展開し、6分後の上空1.6キロでメインパラシュートを展開。
大気圏突入から13分後、カプセルはアメリカ・ユタ州の砂漠にある国防総省の試験訓練地域に着地する予定です。

回収されたカプセルは、近くに設置された一時的なクリーンルームで初期処理などを行った後、NASAのジョンソン宇宙センターへ航空機で輸送される予定です。

なお、軌道の最終調整が必要と判断された場合には、9月17日に再び軌道修正操作が行われる可能性があります。
9月17日、NASAは回収カプセルの着地地点を調整するため、ごく短時間のスラスター噴射を実施しました。
軌道を微調整した“オシリス・レックス”は、地球に対する速度が秒速3ミリメートル変化。
この微調整により、回収カプセルの着地予測地点は東に12.5キロほど移動することになります。
着地予測地点は、アメリカ・ユタ州の砂漠にある国防総省の試験訓練地域内の着陸エリアの中央になったようです。
“オシリス・レックス”の軌道修正操作“TCM10(JUL. 26)”から地球フライバイまでの飛行経路を示した図。今回実施された軌道修正操作は“TCM11(SEP. 10)”で、必要に応じて“TCM12(SEP. 17)”が実施された後に回収カプセルを分離する(CAPSULE RELEASE)。その後、“オシリス・レックス”は再突入軌道を離れる操作を実施し(SPACECRAFT DIVERTS)、回収カプセルは地球の大気圏へ再突入する(CAPSULE EARTH ENTRY)。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center)
“オシリス・レックス”の軌道修正操作“TCM10(JUL. 26)”から地球フライバイまでの飛行経路を示した図。今回実施された軌道修正操作は“TCM11(SEP. 10)”で、必要に応じて“TCM12(SEP. 17)”が実施された後に回収カプセルを分離する(CAPSULE RELEASE)。その後、“オシリス・レックス”は再突入軌道を離れる操作を実施し(SPACECRAFT DIVERTS)、回収カプセルは地球の大気圏へ再突入する(CAPSULE EARTH ENTRY)。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center)

日本時間2023年9月24日19時42分頃、高度約6万3000マイル(約10万キロ)で“オシリス・レックス”本体から回収カプセルが分離。
回収カプセルは、約4時間後の日本時間同日23時42分にアメリカ・カリフォルニア州沖合の太平洋上空で大気圏に再突入し、東へ向かっていました。
そして、日本時間同日23時52分、小惑星ベンヌのサンプルを収めた“オシリス・レックス”の回収カプセルが、アメリカ・ユタ州の国防総省の試験訓練地域内の着陸エリアに着地。
これにより、小惑星からのサンプルリーンはアメリカ初!
世界では、日本の小惑星探査機“はやぶさ”と“はやぶさ2”に続き3例目になりました。

新たな目標天体へ向かうミッション“オシリス・アペックス”

“オシリス・レックス”は回収カプセル放出後のミッション延長がすでに決定しています。

なので、“オシリス・レックス”探査機本体は、回収カプセルの放出から20分後の日本時間2023年9月24日20時2分にスラスターを噴射し、大気圏に再突入する軌道から離脱します。

ミッション名は“オシリス・アペックス(OSIRIS-APEX)”に改められ、2029年に小惑星アポフィス(99942 Apophis)に到着して周回探査を実施する予定です。

小惑星リュウグウ(162173 Ryugu)から約5.4グラムのサンプル採取とサンプルリターンを成功させた“はやぶさ2”は、現在は拡張ミッション“はやぶさ2#”に入っています。

一方、当初予定されていた60グラムを上回る量のサンプルを採取できたとみられている“オシリス・レックス”。
カプセルの帰還と延長ミッション“オシリス・アペックス”が成功するといいですね。
(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/CI Lab)
(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/CI Lab)


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