事業仕訳第二弾が始まった。政治とは「税金の使い方を決めることだ」と聞いたことが有るが、事業仕訳はその最たるところだろう。納税通知書が来るたびに何故こんなに税金が高いのかと頭に来る。だが、日本に住み何とか平和に暮らせている事には感謝する。その一方で、○▲○◆機構などという外郭団体の異常とも言える報酬退職金には唖然とするばかりである。
先日、「介護サービス情報の公開に関する調査」を受けた。毎年調査を受ける度に「この調査は意味が有るのか?」と思う。新たに利用する方が事業者を選ぶのに必要な情報を公開するというものだ。だが、実際この情報を利用して業者を選択する方があるのだろうか。同業者が他社を見るために閲覧するのが大部分だろう。調査質問内容の馬鹿らしさに、役人(官僚)は(意識するしないは別に)我々を管理するという立場には変わりがない。
「士農工商」という言葉はご存じだと思いますが、爺に言わせるとこの言葉江戸時代の話ではなく現代も生きている言葉だと思います。士とは、政治屋・役人(特に高級官僚)であり、農は農業従事者を含め一般生産者、工は工業製品生産者で輸出等によって外貨を稼ぐ者、商はその他非生産者であろう。士である役人からいえば、その順番は「士農工商」ではなく「士工農商」となるのかも・・・。
いずれにせよ、「士」は正に江戸時代の武士の態度だ。先程の○▲○◆機構などという外郭団体の理事と同列に論ずるのは乱暴だが、時が過ぎるに従って余計腹立たしくなってきた。
福祉用具のレンタル利用者様に重要事項説明書を渡します。その中には責任者である爺の名前も連絡先も明記してます。苦情の申し立ての電話番号も明記しています。ところが苦情申し立ての項目部分に爺の名前が無かったので「ダメ」ということです。
県や今回調査に来た調査機関(県の外郭団体だろう)の通知書には、お問い合わせの電話番号はかいてありますが、責任者の名前はありません。愛知県知事の名前は書いてあるが、具体的部や課の長(責任者の氏名)の名前はほとんど見たことが無い。我々には、最終責任者から具体的担当者の名前まで要求するのに、自分らはその必要は無いというのだろうか。昨年もこの調査方法について、管理する県の高齢介護課に苦情質問をメールした。一昨年は可とされたのに昨年は不可とされた事実に対して、つまり調査する人によって判断が異なるのは如何なものかと聞きたかった。文章で残したかった事もあるが、電話では忙しいだろうから、手の空いた時に返事下さればと思ってメールしたのだが、返事は来なかった。2度メールしたが無しのつぶてであった。証拠の残るものはダメなようだ。それなのに我々には全て書面を要求する。
①調査料を払わねば調査しませんと言う・・・なのに調査拒否はできない。しかもその調査料誰が決めたか2万円余と高額である。②イエスと答えたところを確認する調査ですという・・・ならば、全てノーと言えば調査は無しになるのか。③・・・ご理解ご協力の程よろしくお願いします、と通知書には書かれている・・・なのに実際は命令である。
昨日のニュースに・・・・・長妻氏は、厚労相に就任して以来、職員とのコミュニケーション不足が指摘されている。同省内からは「大臣から、ハシの上げ下げまで指示されると、やる気がうせかねない」との声も出ている・・・・・。このニュース原稿そのままお役人さんにお返ししますよ。
商いをしていると、「お客様の評判」という査定を常に意識せざるを得ない。評判の悪いところはお客様が来ない。潰れる。苦情の連絡先の電話番号は有っても担当者名の記入が有るか無いかが問題と役人は言う。それより、苦情が発生しないようにする、利用者様に喜んでもらうにはどうしたら良いかを我々は考える。
要介護5であるからか皮膚が弱っているのだろう。一昨日も利用者様が使う車いすのフットレストが固いと言われた。99%の方は固いとは思われないだろう。フットレストの帽子を作った。薄く綿の入ったキルティング布があったのでそれを工夫したのだ。もちろん、無料である。ヘルパーさんにも喜んでもらえた思う。
喜んで戴くことによって売上げが上がり、利益が出、給料が出る。役人は役所に行って時間が過ぎれば給与が戴ける。もちろん実際働いている市民と直接接する窓口業務の職員の態度は良くなっているし、そこまでと思うほどの低姿勢の時もある。
だが、目の届かない奥に居る上役(高給官僚)はたぶんフカフカの椅子に座ってふんぞり返っているのだろう。そして、月給が百万円前後・退職金が渡りをする度にウン千万円。高級官僚は日本の仕組みを考えたりする大事な仕事がある。日本を良くする仕組みを考えているなら彼らの給与が高くても納得する。だが、日本は良くなっていくどころか悪くなっていく。評価に値しない彼らのために税金を払うのかと思うと嫌になっちゃう。本当に仕事をする職員に給与は使ってほしい。
税金は世の中が良くなるために使ってほしい。無駄使いを止めて欲しい。その書類・その質問・・・意味のある書類ですか?何の目的が有っての書類・質問ですか? 少し話が逸れるが、昨日の担当者会議でこの話をしたら、市の職員である地域包括の主任でさえも、「県の指導を聞いていると、書類が増えて困ってしまう。口では減らすと言っているが実際は逆である。」とぼやいて見えた。 県・国と行くほどに現場が解らなくなるのだろう。先ほどのフットレストの帽子、官僚が作ったらいくらになるのだろう。材料費は100円程度だが、彼らの人件費を考慮すれば10,000円以上は軽く超えるだろう。
後で「裁判になった時に無いより有った方が良いでしょ」とあるお役人が言った。アリバイ行政は止めてほしい。我々は不必要な書類をいくら書いても売り上げには結び付かない。必要最小限の書類だけにして欲しい。お役人の仕事は書類集めかもしれないが・・・たくさん書類が集まれば仕事をしたと思うのはもうやめて欲しい。
官僚の渡りは必要な人材ならば認めても良い。だが、退職金は1回限りにし、給与は前給与の70%程度にするもしくは50万円以下にするなど(年金並みに25万円程度で良いと思うが・・・)、制限を付けて欲しいものです。全ての情報は開示すべきですね。個人情報云々で隠れ蓑を作らないように!
新党ブームだとか。かっての小泉さんの「郵政改革」も無駄を無くしてくれると思ったから皆は票をいれた。だがいつの間にか話が変わった。官僚を抑えることのできる政治家が出れば、多分国民の多くは票を入れるだろう。無駄を無くさずに「改革」という言葉は軽々しく言わないで欲しい。
役人は公僕!・・・・既に死語か? 「改革」か死語にならないように・・・。
公僕ってなに? こうぼく 【公僕】とは. 公衆に奉仕する者。あるべき姿としての、公務員をさす。大辞林 第二版 (三省堂)より ・・・.・・・第三版では次のように訂正してもらおう。 公僕とは公衆に奉仕する者。かっては公僕は公務員をさした。いまでは、公僕に値する者は少なくなった。特に官僚と言われる者は利権を離さず、平安時代の貴族のようであり、江戸時代の武士と大差がない。