井上もやしの日常

ほぼ「つぶやきの墓場」となっております。ブログやSNSが多様化して,ついていけないのでございます。

映画「マイ・バック・ページ」 ~時代は人を待たない~ 

2011-05-30 22:30:44 | Weblog
 月曜日は福島フォーラムのメンズデイ。1,000円で鑑賞です。

 この映画のラストに、中上健次原作の映画「十九歳の地図」の試写会&ポスターが出てきます。これが1979年のことで、この映画の新しい感覚が話題になりました。私が大学1年生の頃のことです。自分の体験ですが、この頃は学生運動も本当に小規模(学内に民青や中核派などの立て看板があり、時々演説の声が聞こえました。)でしたし、日米安保もほとんど話題になりませんでした。その10年前の学生運動が華やかだった1969年頃のことは記憶にありません。確かにテレビニュースでは日本各地の大学で運動を繰り広げていたのを見た記憶があります。でも、自分の世界とは全くの別物と感じました。ま、要は、小学生だったので。

「マイ・バック・ページ」は元・朝日新聞社記者で現在は映画評論家などをしている川本三郎の原作です。登場人物の名前や会社名などは名前を変えていますが、事実にほぼ忠実に描かれています。前記の理由で、この映画に出て来る朝霞駐屯地自衛官殺人事件は初めて知りました。若手ジャーナリストの沢田(妻夫木聡)と学生活動家(松山ケンイチ)が熱き理想を持って出会い、意気投合するシーンが時代を感じさせます。「左翼は正しく、人民を幸福にする」ことが真剣に信じられていた時代です。二人は取材の中で、CCRの「雨を見たかい」を歌い、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を話題にし、共に惹かれていきます。しかし、それは相手を信じる故に、同時に相手を利用して自分が大きくなることにもなっていきました。

 革命の第一歩は単なる殺人事件となり、二人の関係は破綻します。学生運動も社会全体よりは内なる批判と責任転嫁に走りました。理想と現実の乖離というよりは、「時代」なのでしょう。左翼や革新が光り輝いていた時代が終わったのです。

 この空気を映像で表現するのはとっても難しいですねぇ。「ノルウェイの森」のようにちらっと出てくるだけならまだしも、映画全体で左翼の時代を描くのは大変です。だから、上映時間141分がとっても長く感じました。話のメリハリが少なく単調な印象を受けます。よく言えば硬派な映画でしょうが、笑えるシーンや色っぽいシーンが全くありません。仕事帰りの身にはきっと睡魔が何度か襲いかかります。自衛官襲撃も見せ場とも言えないし、強いて上げれば、沢田が、昔の友人が開く居酒屋で男泣きするシーンでしょうか。映画のあちこちで「男が泣くのはかっこいい」かどうかという話があるし、妻夫木君って今までも映画で男泣きしていたから、十分に予想できますけどね…。それに、松山君も妻夫木君もかっこよすぎます。当時の若者はひげ生やしたり、髪の毛ぼさぼさだったり、実年齢よりも老けた感じだったはずです。

 ☆ 総合得点  78点

ガイガーカウンター 29,800円也

2011-05-29 22:26:41 | Weblog
 東日本大震災、そして東電福島第一原子力発電所の事故から2ヶ月半が過ぎました。福島県の各テレビ局は常時画面下と左側のテロップで主要な市町村の放射線量を伝えています。私の住む福島市は水素爆発が続いた3月半ばに24μSv/hを記録してからは徐々に数値が下がりましたが、4月からは横ばいの状態です。どうやら放射性ヨウ素が減少しているものの、半減期の長い放射性セシウムが居座って悪さをしているようです。原発から約60kmの福島市や郡山市は現在も1.5μSv/h辺りを行ったり来たりしています。

 また、最近の新聞報道を読むと、文科省や自治体で放射線量を測定して公表しているものの、観測地点の地上高がまちまちで比較にならないということが分かってきました。地面から1mのところで測定しているところもあれば、地上高40mで測定しているところもあるようです。それに、ネットで検索すると「自治体の公表数値は、自分が測定したものよりも極端に低い」等の記事も目にします。これは自分で測定するしかありません。

 そこで、ガイガーカウンターの登場です。調べてみると、国産、アメリカ製、ウクライナ製、ロシア製、中国製、ドイツ製等が多く出回っているようです。しかし、ゆうちょ通帳残額と相談して、一番信頼性の低いと評判(?)でお手頃価格の中国製にしました。ヤフオクで29,800円で入手しました。RM-2021という機種です。5月26日に到着し、自宅室内を測定すると、約0.1~0.2μSv/hです。庭に出て地上1mほどで約1.0μSv/h、測定器を地面に置くと2.0μSv/hくらいに上がります。驚いたのは話に聞いていたホットスポット(放射性物質が風や水によって運ばれて集まり、周辺よりも以上に数値の高い場所)があることです。我が家のカーポートの雨樋直下ですぐに11μSv/h以上を表示し、警報音が鳴り響きました。ちなみにこの測定器は2.5μSv/h以上だと警報音が鳴るように設定されています。

武田邦彦氏の講演会に入れず&映画「ブラック・スワン」

2011-05-16 23:17:31 | Weblog
 今日は福島市で中部大学教授の武田邦彦先生の講演会「食と放射能」が開かれます。武田先生のウェブページは分かりやすく、かつ骨があり、東電福島第一原発の事故以来毎日のように見ていました。

 先生は原発やエコロジーに関した著書多数で、バラエティ番組でもさんまちゃんややしきたかじんらと丁々発止のやりとりです。でも、本音で言うと、今頃になって反原発の講演会をしていないで、先生が原子力安全委員会にいたときにこそ日本の原子力発電所の危険性を国民に大きな声で訴えて欲しかったです。まるで後出しじゃんけんです。講演会場はMAXふくしまの4階にあるアオウゼという公共のホールです。市内のサイトウ洋食店が主催し、午後2時半開場で、午後3時開演、入場できるのは先着200名と、先生のウェブページに告知されていました。私は、3時間分時間休暇をもらって会場に向かいました。午後2時頃に会場に着くと…。

 長蛇の列です。年齢的には30代から50代くらいが多いようです。列の最後尾はどこかと、係員に聞くと、「すでに座席分はいっぱいだし、立ち見席もすごい数でこれからは入場できません。」とのことでした。その後、サイトウ洋食店の斎藤さんがやってきて、「ユーストリームって知っていますか? 別室を借りてユーストリームでも中継します。残念ながら、その別室もいっぱいですけど。すみません。ユーチューブで今回の講演会をアップするのでご家庭で見てください。あ、整理券ですか? 朝から並んでいた人がいたから整理券を配ったのです。これ以上人を入れると、消防法に違反するので誠にすみません。」と謝られてしまいました。後でローカルニュースで見たら、座席に200人と立ち見で200人の計400人くらいがホールに入れたようです。

 確かに福島市は計画的避難区域である飯舘村、川俣町の次に位置する場所ですから、大々的に告知をしていなくても福島市民の関心が高かったのですね。まあ、私も勤め人でなかったら、朝から並んだのでしょうが、現実的にそれは無理なので仕方がありません。その場に待っていても入場させてくれないでしょうから、予定変更です。


 職場に戻っても、「あれ、どこに行ってたの? 何で戻ってきたの?」という質問攻めに遭いそうなので、映画「ブラック・スワン」へ向かいました。そうです、月曜日だから福島フォーラムだと男性\1,000です! 主演はナタリー・ポートマン。私にとっては「レオン」の女の子、「スター・ウォーズ」のアミダラ姫です。

 時刻的に一番いいと思って入ったのがこの映画で、いつものように予備知識ほぼゼロです。バレエ団で新しい解釈の「白鳥の湖」公演をすることになり、プリマがポートマン演じるニナに決まってからの諸々が描かれています。ニナは繊細で臆病で「白鳥」を上手に演じられるが、性的な魅力たっぷりな「黒鳥」を演じるには難しい点がこの映画の肝です。ここから様々な性格の女子バレエ団員との軋轢が始まります。短く言うと、「女は怖い」です。それぞれがプライドがあり、プリマを狙っているから、もの凄い意地の張り合い、火花の飛ばし合い、当てつけ合戦です。そう、足の引っ張り合いといった方がいいかもしれません。よく日本の少女マンガでも、劇団とかバレエ団内部でのライバルとか嫉妬とかいじめとかがかつてテーマとなっていましたがまさにそれです。ただ、女の戦いのみでストーリーが進むのかと思ったら、後半は徐々に心理的な描写が多くなりなかなかの見応えでした。現実と幻想が交錯したり、主人公の心象が多様に描かれたりと、「白鳥の湖」初日公演の進行にシンクロして心理的な深みを増していき、興味深いラストシーンでした。重圧感からの精神の崩壊が仕舞いに恍惚へ昇華する様子を美しくも毒々しく描いていました。でも、ポートマンのオナニーやレズシーンって必然性があったのでしょうか? 彼女ってオードリーみたいに細身だから、肉感的な色っぽさとはまた違う魅力があると思うのですが。

  ☆ 総合得点 80点

応急仮設住宅

2011-05-03 00:46:49 | Weblog
 福島市南矢野目で数日前から応急仮設住宅造りが始まりました。福島SATY(震災の少し前に「AEON」へと看板替えの準備をしていましたが、震災で足場が崩れて今も「SATY」のままです)の北西方向です。

 元々は小学校建設予定地でしたが、建てたところで児童数がすぐに減るだろうということになり、空き地のままになっていた場所です。この仮設住宅には、浜通りからの避難民が住むことになっています。周りはSATYやファミレスのビッグボーイ、ライトオン、西澤書店などがある商業地区で、買い物するには大変便利な場所です。でも、あくまで「仮設」ですから、「その次」のことを考えなければなりません。

津波の恐ろしさ(4月30日)

2011-05-01 21:48:26 | Weblog
 内閣官房参与の小佐古敏荘・東大大学院教授が29日、東京・永田町で記者会見を開き、参与を辞任する意向を表明しました。会見では特に、小学校などの校庭利用で文部科学省が採用した放射線の年間被曝量20ミリシーベルトという屋外活動制限基準を強く批判し、「とんでもなく高い数値であり、容認したら私の学者生命は終わる。自分のヒューマニズムが許さない。自分の子どもをそんな目に遭わせるのは絶対に嫌だ。」と訴えました。「通常の放射線防護基準に近い年間1ミリシーベルトで運用すべきだ」とも述べました。

 こうなると、福島市の小中学校はまた右往左往させられそうです。先月下旬に文科省が毎時3.8マイクロシーベルトを校庭使用可否の基準としたからです。文科省の基準は、3.8μSv/hで8時間程度の屋外活動や登下校をし、残りの時間16時間は校舎内や自宅内にいるのだから放射線量は屋外の4割(屋内だから6割引で計算というのも姑息さを感じさせます。換気の具合や建物の材質でかなり違うはずだと思うのですが…。)で1.52μSv/h程度となる。これを合計すると許容できる放射線量の上限である年間20mSvに何とか収まるはずだという理論です。でも、国際的にも年間1mSvに収めるのが基準のようで、緊急時にあるいは職業的に放射線をある程度浴びなくてはならない大人が容認できる基準の年間20mSvを子どもの基準としてしまっていいのか甚だ疑問です。文科省としては余り基準を厳しくすると、子どもを通学させない保護者が出たり、校庭の土壌を入れ替えろと言われたりするのは火を見るより明らかなので、それを避けるための緩い基準にしたようです。政治的な妥協の数字だと思います。本当は現段階でも福島市は放射線管理区域に該当するくらい放射線量が高いので、住民は線量計を付けて生活しなければなりません。

 連休2日目は津波の被災地へ行ってきました。もし、自分が転んで怪我をしたら、誰でもその怪我の具合を見るはずです。そしてどうしたらいいのかを考えるはずです。私が住む福島市は海からかなり離れているので、津波の被害はありません。でも、野次馬気分ではなく、冷静にこの目でその状況を見たいと思いました。向かったのは浜通り北部の相馬市と南相馬市です。車で1時間ほどの距離です。相馬の海岸に近づくと、津波に襲われた地区とそれを免れた地区がはっきりと分かります。襲われた地区は海の汚泥や松の木(防風林?)、瓦礫がこんもりと積み重なっています。震災から50日なのですが、住民の方やボランティア、自衛隊員によって整理が進められている地区もあれば、手つかずと思える地区もありました。建物の1階部分は津波に押し流されていて、頑丈な建物ならば、2階から上の部分は残っているという感じです。田んぼだったと思われる部分はいまだに海水に覆われています。

 相馬市岩子にあるコンビニのヤマザキストアは屋根しか残っていませんでした。余りに無残です。


 次に国道6号線を通り、南相馬市へ向かいました。真野小学校付近の様子を見ると…。現場と地図と比べると、海岸線から3キロメートル強は津波が内陸に来ていたようです。頑丈な建物以外は津波に持って行かれたようで、汚泥だけが残っています。海岸から4キロメートルは離れた国道6号線近くまで船が流されているのも目撃しました。津波の力にただただ驚くばかりです。

画像では分かりづらいと思いますが、田んぼの中に船が2隻転がっています。
(T_T)

深呼吸をするために(4月29日)

2011-05-01 21:14:34 | Weblog
 福島市の暮らしは水道も電気も復旧したし、コンビニやスーパーマーケット、ホームセンターなどが従来通りの営業時間になってきたし、屋根瓦や塀の修理も進んでいるし、震災以前の暮らしに戻りつつあります。しかし、いまだに原発事故の収束見込みが立ってないので、外行く人々はマスクをしているし、子どもたちは戸外で遊んでいません。原発版「沈黙の春」です。精神的に非常に息苦しいです。

 連休が始まるのに、その期間も家にじっとしているのではストレスがたまるので、妻と母とドライブに出掛けました。午前9時過ぎに家を出て、郡山市布引山風力発電所→南会津郡下郷町塔のへつり→会津若松市鶴ヶ城のコースです。総合テレビでは衆議院予算委員会で民主党最高顧問の渡部恒三さんが菅総理に対して震災関連の厳しい質問をしていました。政界の黄門様と呼ばれる恒三さんは「原子力発電は国策として行ったのだから、政府が最後まで責任を持て」という内容でした。でも、恒三さんは元々自民党の人だし、「原発は体にいい」とか「タバコは健康にいい」とか言ってきた人です。私が20代前半の頃に、そのような一部の業界をヨイショすること平気で言っていた人なので、総理への質問も迫力が感じられません。先の「タバコ」発言は、福島県に多いタバコ栽培農家を応援する言葉です。与野党含めての菅降ろしには、震災対策・原発対策が先だろと思ってしまいました。

 まずは猪苗代湖の南側にある布引高原です。ここには、多くの風力発電機があります。夏は発電機の周りにヒマワリが咲き、撮影ポイントとなっています。ただ、この時期は高原のあちらこちらに雪が残り、観光客はまばらです。

 次は下郷町の塔のへつりです。ここは下郷町を流れる阿賀川の浸食で出来た場所です。岩が崖状というか階段状に浸食されて不思議な地形になっています。いつも駐車場が満杯なのですが、がらがらでした。観光客が地震や放射線を恐れて激減というのは本当のようです。


 その後に向かったのが、鶴ヶ城(若松城)。丁度桜が満開で城の中庭では家族連れや高校生がシートを広げて花見をしていました。会津若松市は放射線量が少なく、普通の生活を送っているようです。マスクをしている人もほとんどいません。楽しげな会話が繰り広げられていました。