ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

伊豆の「観月の夕べ」は中止になりました

2020-10-05 17:38:22 | 能楽
毎年 仲秋の名月の夕に伊豆の名刹・国宝の願成就院さまで催しておりました「観月の夕べ」。今年は去る10月2日(金)に予定しておりましたが、やはり新型コロナウイルス問題の影響で中止になってしまいました。

この催しはお月見をしながらクラシック音楽と能を楽しんで頂く、というとってもロマンチックなイベントで、ぬえも楽しみにしていたし、また出来栄えに自信も持っていました。能の上演は音源を使ったデモンストレーション程度の略式ですし、音楽家のみなさんやスタッフさんも ほとんどボランティアのような形で協力を頂いてようやく開ける催しなのですが、お客さまには毎度大変好評を頂いております。

わけても伊豆で教えている「子ども創作能」の子どもたちにとっては能を見る唯一の機会で、それを狙ってイベントを続けている、という意味もあります。かつては薪能やホール能も行われていた土地なのですが、いまはどの自治体も財政難などの影響で能の公演はどんどん縮小の傾向に。。 伊豆でも例外ではなく、「子ども創作能」は、なんと「能を見たことがない子どもたちによる創作能」になってしまっているのです。。

これではいけない、ということで始めた「観月の夕べ」ですが、東北の被災地で何度か同じようなイベントを行った経験もありましたし、もともと ぬえがクラシック音楽ファンだということもって、音楽家の友人が何人かいたため そのご協力も得ることができました。音響や照明の器材については東北での活動で笛の寺井宏明さんがご自分で所持の器材を持ち込んでおられたのを見て、これは ぬえも自主的な催しのために買い揃えなければならないな、と考えて、寺井さんにもいろいろご教示を得て買いそろえていったものです。



なによりこの催しでは「子ども創作能」の参加児童がいろいろと設営や撤収を手伝ってくれますし、彼らを楽屋に招いて装束の着付けを見学させたり、子どもたちにも良い経験になっていたと思います。子どもたち、こういうクラシック音楽のイベントなのに騒ぐこともなく静かにお手伝いしてくれて、毎年 ホントに感心しています。普段の能のお稽古でも教えたわけではないのに、自然に体得しているのでしょうか。自慢の子どもたちです。とくに今年は新しく参加した児童もいるので、ぜひこの子たちに本物の能を見せてあげたかったです。

しかも今回はコロナ禍の下での上演でお客さまの減少も見込まれて苦しい運営が予想されたので、文化庁の助成金を申請していました。この助成金、ほかの助成金でも見られることですが、オンライン配信が強く意識されて推奨されていたり、感染対策のための用具の購入や客席担当係員の人件費などもかなり手厚く助成してくださるのですが。。肝心の申請者本人には一銭たりともお金を頂くことができない、という恐るべき助成金でして。。 それでも感染対策を講じるためにはありがたく、密を避けて万全の体制を持って上演に臨むべく、子ども能の主宰団体とともに共同申請を行いました。

出演の音楽家も、第1回目から参加してくださっているフルート奏者の うっちーや、去年から参加してくださっているバイオリニストの里千佳さんが今年も出演を快く承諾してくださり、今年は彼女たちのお子さんも出演させようという計画もあって、美しいお月見のほかにも楽しい上演になる計画でした。





が、チラシの印刷を始める直前に関係者に最終的な確認連絡をしていたところ、会場の願成就院さまから「やはり今年は中止にしたいと思う」とのご意見が。。

伺ってみると、願成就院さまがある地区では神社の秋祭りも中止になり、それどころか小さな子供会の催しまですべて自粛になっているそうです。そんな中で願成就院さまだけがイベントを行うのは地区の趨勢に逆らうことにもなり。。なるほど。。じつはその願成就院さまがある地区の神社の秋祭りとは、まさに子ども創作能も毎年奉納出演させて頂いているお祭りでして、しかも去年も台風の直撃を受けてお祭りが中止に追い込まれていました。地区のみなさんも満を持して今年は行わいたかったはずのお祭りも、やはりコロナ禍のいまは2年続いての自粛をせざるを得ない状況なのですね。そんな中での「観月の夕べ」の催行は、たしかにいかにも場違いな行動です。しかも主催者が東京者の ぬえだし。

そんなわけで、お楽しみになさっていた方も多いこの催しも、コロナ禍が終息することを信じて来年に盛大に行うことと致します。音楽家のお子さんたちも、子ども創作能の子どもたちにも、もちろんお客さまにとっても思い出にのこる美しい夕べにしてみせますとも!