歩幅さえ合わせて歩む人なれど眼鏡の奥に異次元のある 星野 京
NHK短歌三月号に紹介されていた作品、これは。
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何を考えているかは分からない。分からないようにしてある。分かったらタイヘンだろうなあ。
こころは瞬時にも変わる。たとい我が心であっても、油断も隙もならない。平気で別次元に行ってしまう。
好きと言った3秒後には嫌いになっていることだってある。嫌になったら、釣瓶落としでがらがらとんとん落ちて行く。
何を考えているかは分からない。分からないようにしてある。これでいいのだ。
繕(つくろ)い物をして、歩調を合わせてくれているとしたら、しかし、嫌だろうな。
眼鏡の奥がキラッと光る。ああこの人はわたしを嫌っているんだなと分かる。
こうなったらもう抱き合ったりはできないだろうなあ。距離が離れて行くばかりだろう。
恋は瞬時だ。まことに瞬時だ。痘痕(あばた)も靨(えくぼ)が恋。熱病が冷めてしまうと、互いに痘痕が痘痕に見えてがっかりしてしまう。
修理修復が難しい。もう一度二度、意志堅固を守って、痘痕を靨にして見るのは難しい。影が差す。罅(ひび)は拡大する。
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でもこの作品はこんなことを行っているわけではなさそうである。それでも、歩幅を合わせてくれて有り難う、とお礼を述べているのだろう。だとすれば、涙ぐましい。
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でも見事に仲のいい夫婦もいる。高齢者の中にそれを見つけることがある。互いを互いが敬い合っている。互いの中に靨を見ていられる人たちだろう。