「時雨」は冬の季語。「過ぎる」「過ぐる」から来ているらしい。ざざっと短い時間に降り出す雨。通り雨。秋の初め頃に起こる現象。降り止まないこともある。
しきりに続くものを例えることもある。「蝉時雨」はこれに当たる。
にわかに降って来てすぐに止んでしまうのは「俄雨」。「驟雨」「急雨」。
五月雨は降り続く雨。夏の季語。
日本の雨はいろいろな名を持つ。
「時雨」は冬の季語。「過ぎる」「過ぐる」から来ているらしい。ざざっと短い時間に降り出す雨。通り雨。秋の初め頃に起こる現象。降り止まないこともある。
しきりに続くものを例えることもある。「蝉時雨」はこれに当たる。
にわかに降って来てすぐに止んでしまうのは「俄雨」。「驟雨」「急雨」。
五月雨は降り続く雨。夏の季語。
日本の雨はいろいろな名を持つ。
ミサイルを撃つよりもマシ ぐうたらす 山鳩暮風
☆
わたしの落選句。川柳の。
☆
家の中に居てごろんごろんのぐうたらを責められる。当然だろう。この老爺は怠け者。来る日も来る日もぐうたらぐうたらして過ごしている。そして、ちゃっかり自己弁護をする。迷惑を掛けちゃいないんだ。人殺しをしているのじゃない。高価なミサイルを100発敵国に飛ばしてもいない。おれはただ暑い日中に外に出て汗を垂らして働くのが嫌なだけなんだ。などと言う。暑い日中に外に出て汗を流しておられる人も多いはずなのに。
一年生大きな鞄挨拶す 山鳩暮風
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わたしの川柳。落選の句。
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ありふれた題材だったのだろう。
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身の丈に似合わないほどの大きな鞄を背負っている。初々しい小学一年生が、朝の7時を過ぎたころに、登校する。年長さんに導かれて。見送りの近所の人たちに朝の挨拶をする。挨拶すると大きな鞄が、背中を逆上して、首の後ろで止まる。
わが集落の一年生は今年は二人。こどもたちは宝物である。もちろん下校をして来る頃にも、村人が通りに出て声を掛ける。
恐がるのは人間猿は瓜畑 山鳩暮風
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これも落選の句。
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ちょっと滑稽な情景だ。猿が西瓜畑の西瓜にむしゃぶりついている。まわりで人間どもが遠巻きにして見て恐がっている。猿の目と目があったら襲って来るぞ。
巣をあとの燕親子の礼長し 山鳩暮風
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秋が来れば燕は南の国に帰って行く。巣を作って卵を孵し新しく家族を増やして帰って行く。次の来るのはまた1年後である。親子はもうどちらが親でどちらが子なのか判別がつかない。家の周りを何度も旋回している。頭を下げて長々とお礼を述べているようにも見える。ああ、いよいよ旅立って行くんだなあと思う。人間も燕も名残惜しい。
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そういうことをこの句に込めていたのだが、落選だった。俳句になっていなかったんだろう、きっと。
やがて行く国あり遠く雷鳴す 山鳩暮風
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わたしの俳句。落選の。雷鳴は夏の季語。
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やがて行く国がある。必ずある。人は間違いなく死ぬ。死んで此処を後にする。われわれはみな旅人なのだ。行く径を照らすようにして雷鳴がしている。遠いところのようだが案外近い。
行く国がある、ということがわたしを安堵させる。
人間を殺す人間にも銀河 山鳩暮風
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この俳句が入選をしていた。久々な入選だった。
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人間界は人間を殺し合うところである。殺すことは罪が深い。もっとも深い。その戦争をもう何ヶ月も続けている。悪びれることもなく。まさしくここは地獄の果てである。地獄の底を照らすようにして銀河宇宙が星の光を鏤める。