第146回 2016年12月20日 「奇抜で 心地いい!?~静岡 漆製品~」リサーチャー: 高梨臨
番組内容
漆器なのに、ザラザラとした手触りが心地よく、しかもつややかに美しいカップが大人気だ。静岡市で生みだされる駿河漆器の一つ。なんと地元・安倍川の砂を使った金剛石目塗(こんごういしめぬり)という“変わり塗り”によるものだ。その驚きのワザとは?他にも、あえて漆を煮てしまうなど駿河漆器は奇抜な技法のオンパレード。さらに履いてよし、見てよしの“塗り下駄(げた)”など多彩な静岡の漆製品の魅力に高梨臨が迫る。
*https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A201612201930001301000 より
静岡県静岡市では、漆器が古くから親しまれていました。
登呂遺跡からは、漆が塗られた琴が出土しています。
江戸時代、久能山東照宮や静岡浅間神社造営の際、徳川家康の下駿府には、全国から優秀な宮大工や木工職人、木彫師、漆職人などが集められました。
静岡は漆塗りに適した気候だったため、職人達は拝殿完成後も定住し、技術を教え広めました。
駿府の漆芸品は、江戸幕府の商業政策のもとで保護奨励を受け、参勤交代の土産として全国に知れ渡りました。
1.金剛石目塗り(鳥羽漆芸・鳥羽俊行さん)
「鳥羽漆芸」の漆職人の鳥羽俊行さんは、お祖父様の初代・硬忍(鳥羽清一)が開発した「金剛石目塗」(こんごういしめぬり) を受け継いでいる職人さんです。
軽くて木目が目立たない「トチノキ」を木地に、その上に最初は薄めた漆を刷毛で塗っていきます。
乾燥室で1晩寝かせた後にもう1度塗りつけ、その後、「金剛石目塗」の工程に入ります。
「金剛石目塗」は「砂」を使うのが特徴です。
この砂は、静岡市内にある安倍川の砂を使用しています。
安倍川は源流が海抜2000mの山から海まで僅か51km。
岩や石は急激な勢いで流れていくため、安倍川の砂は角ばっています。
この角ばりが堅牢な下地の層を作ります。
熱や水に強く、温度や湿度の変化にも対応出来るようになります。
まず安倍川の砂を振りかけるように付着させた後、2度目は先程より細かい、0.1㎜以下の大きさの特注の砂を振りかけます。
1度目の砂の隙間に入り、砂の層が出来るそうです。
この技法は歴史的にも全国的にも「金剛石目塗」だけのもの。
この後、精密に磨いていったら、その上に漆を丁寧に塗り重ね、ひとつひとつ丁寧に仕上げることで漆の深みのある艶、色味が現れてきました。
「鳥羽漆芸」では、近年は伝統的な漆器だけでなく、ガラスに漆を塗った「うるしのGLASS(グラス)」やボーンチャイナに漆を塗ったカップなど新感覚の漆器の提案・販売を積極的に行っています。
鳥羽漆芸 静岡県静岡市駿河区大坪町1−3
2.吸い上げ塗り(細田漆工所・細田豊さん)
明治時代、万国博覧会への出展を機に静岡の漆器は海外で好評を得て最盛期を迎えました。
しかしそれとともにコストダウンで粗悪品が急増し、大正時代には産地としての信頼を失ってしまいます。
そんな中、数名の職人が「変わり塗り」を生み出します。
鳥羽清一の「金剛石目塗」(こんごういしめぬり)や、五味坂某の「錫梨子地塗」(すずなしじぬり)など、熟練した職人による「変わり塗り」の開発が行われた他、静岡県工業試験場(現在の静岡県工業技術研究所)では、染箔塗、羽衣塗、硬化彩漆法、浮島塗、蜻蛉塗、紅輝塗など多くの変わり塗りが開発されました。
今の静岡の漆器を支えているのはその子孫達です。
「細田漆工所」の漆塗師の細田豊さんは16歳の頃より祖父に師事して、漆器塗装に従事するようになりました。
細田さんは、「布目吸い上げ技法」という変わり塗りの手法を用いて創作を行っています。
これは、一見、黒漆の皿が角度により布目が浮かび上がるというものです。
細田豊さんは、「吸い上げ塗り」は「生きた漆」と「死んだ漆」の2種類を使うことがポイントだとおっしゃいます。
漆は煮ることで乾くという性質がなくなります。
この煮た漆を麻の布に擦りつけて、次に「生きた漆」に擦り付けます。
布を剥がすと漆が残っています。
その乾燥を待ち、「死んだ漆」を拭き取ると表面に布目が残ります。
「生きた漆」は物質が付着するとそれに吸い付いて盛り上がる性質があり、拭き取ると布目として浮き上がって残ることになるのだそうです。
また、細田さんは漆塗師でありながら、木地となる桧を曲げるところから製作する独自のスタイルを確立し、精力的に多くの作品や商品を世に送り出しました。
細田豊さんは、残念ながら、令和4(2022)年1月に惜しまれながら逝去されました。ご冥福をお祈り申し上げます。
3.緑錦塗(あらい漆工房・新井吉雄さん)
新井吉雄(あらいよしお)さんは、昭和10(1935)年に四代続く漆塗業の家系に生まれた祖父の「錦塗り」(にしきぬり)、父の「珊瑚塗り」(さんごぬり)の継承者です。
新井さんが「錦塗り」を緑色にするのに成功したのは80歳を過ぎてからです。
桐材の薄い素地に布を張って「本堅地」(ほんかたじ)を施し、「しぼ漆」で仕掛けをいて凹凸を付けたら、銀の消粉を蒔いて模様をつけます。
メリヤスで濃い緑の顔料と漆を混ぜたものを押し付けます。
続いてアワビの殻を細かくした螺鈿をランダムに撒き、もう一度銀粉で覆い、飴色の透明な漆を重ねます。
更に緑色の漆を器全体にたっぷりと塗ります。
そこから研磨して、模様を浮かび上がらせていきます。
使うのは「駿河炭」(するがずみ)。
「駿河炭」は油桐を焼いて作った軟らかい炭で、適度な硬さで削り過ぎることを防いでくれます。
緑の濃淡の流れが箱を包むように表現され、銀の輝きが効果的です。
あらい漆工房 静岡県静岡市葵区幸町10-6
4.駿河下駄(塗下駄工房・佐野成三郎さん)
「駿河塗下駄」は漆塗りの上に更に蒔絵を施したきらびやかな下駄です。
佐野成三郎(さの せいざぶろう)さんは、漆塗りの下駄に卵の殻を貼りつける「卵殻貼り」という技法を使った下駄を作っています。
華やかな絵柄が漆黒の上に浮かび上がります。
履いてよし、見てよしが佐野さんの下駄です。
そんな塗下駄を一つ作るのには、1年~1年半掛かるそうです。
材料は「桐」。
漆の状態は日によって違うため、左右同時に作ります。
漆と糊を混ぜたもので下地を塗ります。
そこに布を被せ、漆で固めます。
こうすることで、木が割れたりするのを防ぎ、より丈夫にする効果があるそうです。
この見えない部分をいい加減にやると、仕上げが大変になると、佐野さんはおっしゃいます。
「地の粉」という強度を高めた漆を塗ったら、砥石で研ぐという作業を10数回繰り返す。
この時平らに重ねることで丈夫な塗下駄となりました。
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