いいもの見ぃ~つけた!

「いいもの」は探せばいっぱいあります。独断と偏見による個人的「いいもの」情報発信所です。

イッピンNHK 「しなやかに涼やかに~岡山・いぐさ製品~」

2023-11-05 08:58:49 | イッピンNHK

 第196回 2018年6月26日 「しなやかに涼やかに~岡山・いぐさ製品~」リサーチャー: 黒谷友香

 番組内容
 もうすぐやってくる暑い夏を、少しでもさわやかに暮らしたい。岡山で作られるいぐさの製品は、そんな願望を満たしてくれる。いぐさをよりあわせて織り上げたバッグはしなやかで軽くて丈夫。若き職人の感性が光る現代的なデザインに仕上げられている。また、いぐさを裏地に使った洋風の敷物、ラグは、吸湿性に優れ、さらっとした肌触りで快適に過ごせる。畳表の伝統を踏まえた、職人たちの手仕事に女優の黒谷友香さんが迫る。

*https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A201806261930001301000 より

 

 1.いかご(須浪亨商店)

 明治19(1886年)創業の「須浪亨商店」は岡山県倉敷市茶屋町でいぐさのかご「いかご」をひとつひとつ手作業にこだわって作っています。

 元々、須浪亨商店は、岡山県倉敷市にて「ござ」を製造していました。
 「花ござ」発祥の地である倉敷では、いぐさの農業やいぐさ製品の産業が盛んでしたが、産地の衰退と共に須浪亨商店でも「ござ」を作ることは無くなっていました。
 ですが現在は、現在の5代目の須波隆貴さんがいぐさのかご「いかご」を作っています。

 「いかご」とは、戦後の闇市で買い出し用に使われてきた買い物かごのことで、「闇かご」と呼ばれていました。
 「闇かご」はどの地域にもあり、その地域で採れる素材から作られていました。
 倉敷では、いぐさ製品の製造の際に捨ててしまういぐさの部分を撚って縄にし、内職として「闇かご」を織っていました。

 5代目・須波隆貴さんは、子供の頃にお祖母様に教えてもらった編み方を参考にして「いかご」を1つ1つ丁寧に
手作業にこだわって作っていらっしゃいます。

 一番広い面に限り、織機で織り上げます。
 そして織り上げた一枚の生地を、側面や持ち手、底面を手作業で編み合わせています。
 出来上がった「いかご」はとても丈夫で、いぐさのいい香りを醸し出してくれます。
 また、ざっくりとした風合いは心地よく、長年使い続けると いぐさの緑色は味わい深い茶色へと経年変化していくのも、魅力的です。


 2.花むしろ(三宅松三郎商店・三代目の三宅隆さん)

 イ草栽培の盛んな岡山県南部では、様々なイ草製品が造られてきました。
 「花むしろ」は、模様を織りこんだござを呼びます。
 
 「三宅松三郎商店」では明治41(1908)年の創業以来、100年に渡り一貫して、花むしろなどの「い草製品」を製造し続けて、現在三代目の三宅隆さんと操さんご夫婦お二人で、イ草の仕入から製品の製造販売を行っている工房です。
 「三宅松三郎商店」では、現在でも織りは機械へと変わったものの、基本的に昔と同じ製法を守って伝統の灯を受け継ぎ続けています。
 
 「三宅松三郎商店」の長い歴史の中では、皇室にお買い上げいただいたり、全国の工芸品展や博覧会などで多数の賞も受けてきました。
 イ草製品この工房は、民芸運動の一翼を担った人間国宝の染色家・芹沢銈介(せりざわ けいすけ)氏がデザイン図面に関わったことがあります。
 今でもその図案集が大切に保管されています。

 「花むしろ」は、織り機の緯糸に「い草」、経糸に「木綿の糸」を使って三宅さんがイメージした通りの図柄が織られていきます。
 赤、緑、黄色などカラフルなストライプや格子状にデザインされた図案は、今見てもとてもモダンなるものばかりです。
 
 現在、「花むしろ」は毎日の生活に使われ、暮らしにとけ込んでいるテーブルランナー、コースターなどといった民芸品や工芸品も多くなっています。

 三宅松三郎商店 岡山県倉敷市西阿知町422

 

 3.倉敷緞通
 
 「倉敷緞通」は、いぐさを裏地に使った洋風の敷物です。
 昭和の初期に、早島町で「花ござ」の製造を行っていた矢吹貫一郎が日本の和洋折衷の建物にも合う敷物として考案した「金波織」(きんぱおり)を民芸運動家の柳宗悦が「倉敷緞通」と名付け、染色家の芹沢銈介が表地に縞柄のデザインを加えたのが始まりです。
 
 倉敷の特産品として全国的に人気を集め、戦争が始まるまでは海外にも輸出されていました。
 戦後、再び生産が再開され、昭和30年代から40年代にかけては隆盛でしたが、原材料の高騰や職人の高齢化などが重なって昭和61(1986)年を最後に作られることもなくなってしまいました。
 
 それを平成3(1991)年に発足した「伝統産業復興研究会」が倉敷緞通の再興を図り、平成5(1993)年に生産を再開。
 現在、瀧山雄一氏が個人事業主として独立し、たった一人の職人として「倉敷緞通」の製造を続けています。
 
 
 瀧山さんは独学で技術を身に着けました。
 また、幅2mの織り機も電動式に改良しました。
 これにより、元々は一人が織り機を飛ばして一人が打ち込んで織るという、二人一組でやっていた作業も、手元にあるボタンで緯糸を操作し、経糸は足元のペダルで操作するというように一人で出来るようにしました。
 織り上がったラグの端をミシンで縫い、最後は手縫いをしたら完成です。
 
 「倉敷緞通」の大きな特徴は裏地の「いぐさ」です。
 軽やかで、吸湿性に優れ、風通しが良く、さらっとした肌触りで快適に過ごすことが出来ます。
 もちろん畳との相性は抜群です!
 大きさはテーブルセンターから3畳敷までの9種類で瀧山さん創案の柄もあります。

 

 倉敷緞通 岡山県倉敷市早高490−7

*https://omotedana.hatenablog.com/entry/ippin/okayama/igusa より


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« < お米 > お米の品種・銘柄... | トップ | <ラグビー> W杯 出場国 そ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

イッピンNHK」カテゴリの最新記事