小学校時代の夏休みもいいものでした。いいものでしたが、宿題は嫌いでした。小学校だけでなく中学校時代も連続して、まともに完成して夏休み最終日を迎えたことは一回だにありません。けっして自慢できるものではありませんし、大きい顔をして公言できるものではありませんが、今でも我ながら見事だったと思います。ほかの人は、きちんと宿題を完成させていくのですが、私にはできません。単なるスビタレに留まらず、ヘヤミとも言われる所以です。畑沢の子供会では、夏休みの午前中2時間ほどは、畑沢分校で「朝学習」をします。毎日、宿題をそこでこなしていくはずですから本当は宿題は終わるはずです。ところが、真面目でない小学生は、それでも「きちんと」遊びます。宿題はそっちのけです。夏は目が覚めると、頭の中は直ぐに「今日は川で泳げるか」で満杯です。朝学習でも目は天気の様子を見ています。後は、じっと時間が経つのを待つか、思い切って仲間と遊び始めます。
ところが、そんなヘヤミな子どもでも、小学校時代は絵だけはちゃんとさせていくことが多かったようです。そこには「ヘヤミでも絵を描けるからくり」があります。先輩たちのお蔭です。毎年、朝学習に集まる中畑沢の良い子たちは、毎年の恒例行事を計画します。絵を描くために、背炙り峠へ男の子全員で出かけます。私よりも三つ年上の先輩たちを筆頭に、5学年の7人です。真夏の炎天下、山へ向かう砂利道をわいわい言いながら、画用紙、ベニヤ板、クレヨン又は水彩絵の具、おにぎり、水筒などをぶら下げて遠足気分です。3キロと少しだけですが、ずっと登り道ですからそれなりに苦労していた気がします。
峠についても直ぐには絵を画きません。先ずは峠から少し村山市側に下って湧き水を飲みに行きます。絵の構図はいつも同じです。峠から村山市の平野部を描きます。絵の真ん中には、S字状の最上川が白く輝いています。川幅が2~3mの千鳥川という小さな川しか知らない「山の中の子」にとっては、最上川はあこがれの川です。心の中でキラキラ輝いている夢の川です。
夏休みが終わって学校の廊下に展示されている絵を見て回ると、私たちの仲間の絵は直ぐに分かります。そうです、あの絵です。畑沢の象徴である背炙り峠から世界を見下ろしている「雄大な絵画」です。