唯のブログ。

病気の体験、療養生活や日々思いついた事などを書き留めているブログ。時々毒吐き。楽しめれば最高、無理なら受け流す。

受験勉強。 日常生活

2014-03-20 12:11:43 | 備忘録
受験勉強中も日常生活を疎かにしてはいけないという話をした。 受験勉強に頭を囚われていると、なんで??となる。

 そこで、なぜか?

全ての職業は日常生活の中にある。
 大学に合格する事が目標→ ×
 将来の職業を目指して受験→○  大学に合格しても社会で通用しなければ無意味。 職業は全て日常生活の中にある。 だから日常生活が大切。

日常生活で学習することのほうが、受験で学習する事より多いから。
 受験勉強だけしてきた人間は、社会で使い物にならないから。
 野球ばかりやって来て世間知らずになった、野球馬鹿と言われる方々と、なんら変わりは無い。
 受験的に言えば、日常生活の偏差値の低いやつ、、と言う事になる。

有名大学を出ても、資格試験に通っても、社会で使いものにならなければ、
 東大でているくせに、、
 弁護士のくせに、、、
 医者のくせに、、、、、 となって、かえって高学歴、難関資格が足かせになる。

一方、日常生活に強ければ、、
 流石、東大出、、 
 流石、 弁護士、、
 流石、医師、、  となり、評価が上がる。

受験勉強を理由に日常生活を疎かにする。
社会に出れば毎日仕事をする事になる。 しかし毎日、毎日当然ながら日常生活を送る。当然その準備をするべき。
普通に日常生活を送りながら、目的に向かって行くことが大切。

 家事、育児、趣味、付き合い、、何でもこなして幸せな人生になるのではないでしょうか? なぜ、それを捨てて受験して幸せになれるのか、また、そう考えるのか? が俺には解らない。

受験勉強では、「受動的」が身に付き、能動的、積極的に動け無くなるくせが付く。

いつも教科書や参考書など、きちんとまとまって理解しやすく書かれた文章を読んでいるから、的を得ない話をする人が何を言いたいのか聞き出す力などが衰える。

全ての事に答えがあると思い込み、直ぐに答えを欲しがる。

覚える事は得意だが、考える、判断するという事は不得手になる。

などなど、、、あげればきりが無い。 
論理的に説明しろと言われればこうなるが、 別に俺は考えて言っている訳ではない。

 当たり前だから。 それだけである。