唯のブログ。

病気の体験、療養生活や日々思いついた事などを書き留めているブログ。時々毒吐き。楽しめれば最高、無理なら受け流す。

甘えない。

2010-06-30 15:59:09 | インポート
 セミナーは、今回を最後にしようと思い、先生にお礼を言ってそう伝えた。
 健康になるためにたくさんの事を学べ、その話しは自分に色々な気づきを与えてくれる。 
 これからも出続けたい気持ちはあるが、何時までもそうする訳には行かない。 自分は歯医者じゃないから、自分の世界に戻らなくてはならない。

 もし、自分の世界にきちんと居場所を作り、また、学びたくなった行けばいい。
 何時までも逃げ場に使うような参加のしかたはやめにしようと思った。

 そして、最近は元気になってきたせいか、 病気に甘えていると感じる事が多くなってきたからそろそろ時期だと思った。

 自分を責める癖があるのを判っていたので、病気になっても限界まで休まないで仕事をしていた。
体調が悪く、トイレが近くてどうしようもない状態でも、 入院を進められるような状態でも会社には行き続けて、 2年間我慢した。

 その後の療養中に必ず「仕事もしないで何してる。」と、言われる事が判っていて、その時に堂々と、自分は怠け者では無いと聞き流せるようにしたかったからだ。

 だから、他人に責められようと気にしないでいられたが、 最近は流石に自分で、甘えているような気がする事が増えてきた。

 
 
 転機なので、 
 仕事の事を考えて求人なども見るがピンと来ない。

昔から、将来の夢がなかった。 そう言う作文を書くのが一番嫌だった。 自分で気持ちの入っていない文章を適当に書かなくてはならなかったから。
弁護士、野球選手、等など、本当にやりたい事はなかった。 

ただ、当時のやりたい事は常にあった。 将来の就職につながっていかない当時のやりたい事だったが。
 そして、大人になった自分をイメージ出来なかった。

 就職活動のときも生きたい会社がなくて困った。

自分の迷走の一番の原因は、それ、 夢ややりたい事がないと言うこと。

無理やり作れるものではないし、 ずっとボーとしていれば何か引っかかると思っていたがついに何も沸いてこなかった。

 今まで多くのものに出会って来た。 一生の職業に出来る多くのものに。しかし、それを出会いと気がつく能力がなかった自分。

 そして今、出会う能力にかけている自分。

ただの怠け者になってしまったのか?
早くしないと、時間はどんどんなくなって行く。

 


波動セミナー。 マウスピース

2010-06-28 15:45:57 | インポート
セミナーに参加。 歯科の治療は済んだが、今回マウスガードのセミナーで興味があるので参加させてもらった。

 初心者の先生も数人いて波動の基本から入ったので、自分もできる事があってよかった。
 自分は、波動の診断を使うわけではないが、日常生活に大いに役立つので習得したいが未だつかめていない。 最近は、自分の波動を上げることが先決だと思い、波動でのチェックは中々進んでいなかった。

 波動をあげる事で免疫力が上がり病気になりにくくなる。さらは、人にも好かれるようになり、いい波動の人が寄ってくる様になる。
 歯科医の先生方にとっては、診断力が上がり、治療効果が上がる。

 当たり前の事だと思うが、人格を磨く事に通じる。 そして人間の生きる目的に通じるように思う。 だから聞いていて面白い。

 具体的な行動の規範も教えてくれる。
今回の話の内容は、

 面倒だと思わないで、どこにでも顔を出し積極的にチャレンジする事の大切さ。 そして、失敗したり恥をかいたりして経験をつむ事が大切。
 (最近プラスノーのお手伝いや、OB会のお手伝いを出来てよかった。自分から行けば楽しくなる)

 失敗した時や、挫折して悩んでいる時期が本当に成長できる時期でこの時期を避けてはいけない。 しっかりと向き合う。

 他人の為になる事で得(徳) をする。 他人の為と思っていてもそれは本当は自分の為になる。 感謝されると波動は上がる。

 人を悪く思わない。 変な事をされても、気がつかせてくれてありがとう、と逆に感謝するくらいがいい。 感謝する事は自分の波動をあげてくれる。

 綺麗な物を見る事は波動をあげてくれ、きたないものを見ることは波動を下げる。 診断力も下がるので、掃除や整理整頓、丁寧な仕事ぶりが大切になる。

 どこまでも突き詰める事の大切さ、 直ぐに諦めたり、もうわかったつもりになれば、成長は止まる。 波動も上がって行かない。 死ぬまで一生突き詰める事が大切。

 自分に大切なのはそういう話し。

 セミナーは具体的な、本人、その競技にあったマウスガードの作成方法を教えることで進んでいった。
 途中、現役のボクサーが作りに来て実際にはめて効果を試したが、力の入り方が全然変わってしまいびっくりしていた。

 魔法のマウスピースと言われる所以だ。
 
 

 

 
 


その後

2010-06-25 15:06:20 | インポート
 OB会が終わっても、頭の中は中々切り替わらない。

色々な事を思い出す。

過去の自分がいまの自分にどのようにつながっているのか、どのような影響を与えているのか、頭の中を勝手に駆け巡っている。

昔は良かったなどと、過去を振り返る事はない。
今と確実につながっているから。過去の自分が今の自分を励まし、支え続けてくれているからだ。
その過去の自分の一部が空手をやっていた自分だ。 その自分がその後の自分を励まし壁を越えさせてくれてきた。
また、壁を越えた過去の自分がその次の自分を励ましてくれる。そうやって生きてこられたのだ。 

空手部の稽古、活動をすればするほど、副産物もたくさん増えていった。

圧倒的な体力、食欲、欲。肉体的に確実にタフになり、 そのタフな人間性は周りから一目置かれ、存在感をましていた。

風邪で、40度の熱があろうが関係なく仕事を出来た。
海釣りに連れて行ってもらった時も、舟酔いしてゲロを吐いても、笑いながら続けていた。

こういう人間は、かまいたくなるようで、誘いがどんどん増え、どんどん刺激をもらえた。

 多くの先輩や、先輩に支えられ楽しい空手部生活だった。
全日本で東京へ、全日本ウエイト制で大阪へ、 東北大会で仙台、 学生選手権で福島、 多くの試合に出させてもらったが、いつも応援してもらい正にチーム新大という感じだった。

 流石に勝ち進むまでには行かず、いつも負けてしょんぼりしていたので、今にして思えば、観光にもいけずにみんなに迷惑をかけた。

就職活動でもお世話になった。 東京方面に就職した文系の先輩方は、就職活動をしないで、試合に出ている自分を気にして連絡をくれ、 自分の会社に推薦もしてくれたりした。
 面接で、効果は抜群だった。

結局、そこには行かず銀行に行ったが、それも空手での縁。
空手部にウエイト施設はなかったのでラグビー部の器具を借りていた。
ラグビー部に格闘技ファンの先輩がいて、雑誌に出ている自分に気がつき声をかけてくれるようになった。
 その先輩が銀行に就職し、 翌年、自分に声をかけてきてくれたのだ。
 「俺はあんまり勧めないけど、良かったら推薦するよ。」と、言ってくれ、何となくピンと来る会社がなく、お世話になる事にした。

 数え上げればきりがないが、当時の自分は極真空手で成り立っていた。


感情。

2010-06-23 11:18:21 | インポート
 OB会2次会。

同好会発足者で、元プロのキックボクサーだった先輩。
初代主将でOB会の発起人の先輩。

 ある、大会メンバーをOB会に出席させるかどうかで、前から少しもめていたが、お酒も入ってきて、ついに衝突してしまった。

 2.3回のやり取りで収束したが、 後輩の先輩は、今まで先輩を立ててきたようだったが、我慢できなくなったような気がした。

 同好会から、公認のクラブへ昇格させる時のわだかまりが未だに残っているとの事が今回初めて判った。
 初代の主将はいつも明るく、何でも流せる人だと思っていたが、内にはもやもやもあったみたいで、びっくりしたが、表に出さないで今までよく来たと思った。

 
 ホテルに泊まって翌日は大阪の同期の飛行機の時間が3時過ぎとの事で、それまで、暇つぶし。

 久しぶりに多くのことを話して、いろいろと刺激をもらった。
その中で、両手両足のないレスリング選手の話しになった時、 ラーメン屋でビールを飲んでたが、なんと何だか、涙が出てきた。

 それまでの話しの流れもあるが、いまの自分と比べて、自分がなんと情けないのか、という感情が涙になった。
 飄々と日々送っているような感じでいたが、潜在意識は違ったようだ。

情けなくて泣いているのだ、まだ、諦めないで前へ進もうとしていると感じられた事がうれしかった。

自分でも気がつかなかった感情だったが、 俺の潜在意識は今の状態を泣いているようだ。
 と、いう事は。 もう治っていると自覚しているという事だ。

 大丈夫だ。 俺。 怖がらずにいけばいい。
もう、休養十分。 これからは始動の時期だ。   甘えるな。

 

 


空手部、 OB会

2010-06-22 11:12:56 | インポート
 先週、19日大学空手道部、 創部25年目にしての大掛かりなOB会が行われ参加。

 昼の12時。
 空港にて大阪から来る同期を迎える。
 数年ぶり、変わっていない。こちらは頭が薄くなった。
 大学卒業後、空手他流派、意拳、大気拳、古武術などを習い 今は太極拳の大阪の支部で教えている。

 12時30分。
 駅で東京から車で来た、幹事の先輩を含む4人と合流。
 師範のお見舞いへ。 中央病院。

 1時。
 山形の一代上の主将と合流。 病院の食堂で軽く食事。

 1時半。
 師範のお見舞い。
 特別監視の個室。 横になって手をぶらぶらと震わせていた。
 自分は、もう数回あっているので、受け入れているが、他の先輩方は、倒れられて車椅子になった時に一度会って以来、10数年ぶりとなり変わり果てた姿にショックのようだった。

 それでも、一人ひとり自己紹介をすると判ってくれて、声は出せないが意思の疎通は出来た。
 起こしてくれ。 起きて。
 散歩に行きたい。 看護婦さんを呼んで車椅子に移し病院内を移動、外に出た。 その間も感極まって何度も涙を流す。
 食堂に移動。 今度はコーヒーを飲めと注文させる。 師範はコーヒーが大好きだった。 自分も飲みたいとゼスチャーするが、みんなで止めた。
 タバコも一緒。

 その後も院内を移動、病室へ戻った所で、名残惜しそうだったが失礼した。

 3時。
 大学で稽古参加。 現役生と組み手まで。
 40過ぎたOBに、ちと手厳しい奴もいて、ちょっと力が入る。
 5.6分でやっているのがわからないようだ、この辺が稽古をしていないからわからない。 多分1試合なら楽勝でしょう。 と思ったが、間違って金的に入ってしまった。  これは申し訳ない。 わざとじゃないが、悪かった。

 6時。ホテルチェックイン。
 移動のあいだも同期と話しが尽きない。 ほとんどは格闘技関係。

 7時。
 33人全員そろい、宴会開始。 現役生は緊張気味だが、盛り上がっていく。  後輩に一人、自分にはたかれて喜ぶ奴がいて、こいつが盛り上げる。それを現役生が、辞めて下さいと、止める。 漫才のようだ。

 若い世代は自分を知らないが、先輩方は試合の時の事など鮮明に覚えていてくれて盛り上がる。

 
 あっという間に2時間半が過ぎた。