今年の1月まで書記局長だった市田忠義さんについて、こう書かれている。
「市田は、党本部勤務になった翌日、当時、書記局長であった志位和夫に呼び出された。
『市田さん、次の参院選に出馬しないか』突然の出馬要請に、市田は頭が真っ白になった。国会議員になることなど考えもしなかった。
市田は、性格は内向きで、党務的な仕事に満足していた。対外的に話したりすることは苦手だ。高校三年までは、仲間に『物を言わない石の地蔵さん』と呼ばれるくらい、本当に必要なこと以外は言わない少年であった。
のちに市田が国会議員になったということを知った同級生たちは、みな驚いた。
『えっ……、あの市田が国会議員だと― ほとんど黙してしゃべらず、シャイで恥ずかしがり屋の市田が、人前で演説するなんて信じられない』
同窓会に出席した際に、市田が歌をうたっただけでも驚かれるほどだったのである。志位に出馬を要請された市田は、相当悩んだ。
『演説したり、国会で質問したりするなんて、得意ではありません』」
市田忠義さんは、演説会や集いの会の場で必ず次のことを話すという。
「わたしたちが苦しい生活をしているのに、演説会に行ったら、必ず『カンパをお願いします』と言われる。そんなお願いごとを言うのなら、『きれいごとを言わずに、政党助成金くらい貰ったらいい』という声が、必ずアンケート用紙で数人からいただきます。今日は、そのことについてお話ししたい」
市田さんは、「その気持ちは痛いほどわかる。企業献金、これは賄賂性を帯びていますよね。かたや、政党助成金。これは税金なんですけど、日本共産党までが、福祉や教育や医療に使うべき貴重な税金で党を運営するようになってしまったら、共産党は共産党でなくなります。やっばり、党費と機関紙代と個人個人からの貴重なカンパによって自前の財政を確立して、これによって党の運営や活動をやることこそが、あくまでも国民に立脚して頑張れる所以なんです」と。
こんなエピソードも披露している。「高校3年の数学教師に「クラシックは生で聞け。レコードで聞いても、全然味わいがないぞ」と言われたことが印象に残っていると。
市田さんにコンサート会場やちょっとしたアンサンブルの演奏が聴ける店で何度かお目にかかったことがある。