昨年の大みそか以来(実際になったのはみそかの晩だったが)腰痛のため思うように走れずにいる。歩くのにはほとんど苦労はないが、長時間椅子に座っていることができない。つまり腰を折った状態でいられない。立ちあがろうとすると激痛が走りスムーズに身体が元に戻せない。だから実はこのブログも時々椅子から立ち上がることを繰り返しながら書いている。横になっていると回復する。
ぎっくり腰の症状から始まったのだが、これが初めての経験ではないし、今回の症状は割と軽かった。軽かったがゆえに多少の無理をしたのがさらに症状を悪化させたようだ。
日々良くなっている実感があったので様子を見ていたのだが、なかなか軽快に至らず(ずっと横になっていられたらよかったのかもしれない)10年近く前に椎間板ヘルニアの手術をしているので、再発が心配になり医者に診てもらった(レントゲンと触診による診断ではあるが神経的なものではないとのことで一安心)。
説明のために、昨年の故障状況を書きだしてみたら、そこには明らかなつながりが認められる気がして、せっかくだからブログにもアップしておこうと思う。あるいは似たような故障に苦しむランナーの参考になるかもしれないし、自分も今後同じ事態になったときいちいち日記を振り返らなくてもよいように。
もともとの始まりは伊吹山登頂後下山時の転倒による膝の怪我だった。
派手に転んでコース上に転がっている石にしたたか膝を打ちつけ血だらけとなった。2012年8月7日のことだ。
8月28日・29日の富士登山では膝の影響はほぼなくなっていて、ストレスなくすばらしい登山を楽しむことができた。下山後も脚腰のどこにも故障の予感はなかった。
ただ、あとから思えば、下山時、砂走りを滑走したことは実はかなりの負担を腰・膝におよぼしたのではないかと思っている。すっかり油断して自分が椎間板ヘルニアの手術を経験したのを忘れていた。
9月29日。朝起きると突然の激しい腰痛に襲われていることに気づく。これといって呼び水になるきっかけは思い浮かばない。ぎっくり腰の症状に近かった。
今回の腰痛に至る道はここから始まったのだと思う。
わたしはもともと登山にさほどの関心があったわけではなくて、ひょんなことから富士山登山を思い立ち、その準備として昨年伊吹山など近場の山に登った。
さらに一度は走ってみたいと思っていたウルトラマラソンにも運よくチャレンジできた。ただ、これがまた大きなダメージにつながってしまった。直前まで腰痛があったにもかかわらず、登りは歩いて下りはスピードアップするというような作戦を立てたのが大きな失敗だった。なぜそんなことをしたのか今となってはよくわからない。腰痛が思った以上に良くなっていたので油断したんだと思う。
その後もハーフマラソン、フルマラソンと走るたびに膝やハムストリングスに故障を起こした。
けれども、全力でチャレンジするレースでは多かれ少なかれ故障するリスクはやむを得ないところであって、それさえ避けていてはファンランしかできないし、リタイヤするしかない。
大事なのは故障を最小限にとどめられるようにするための普段からの練習でありトレーニングなのだ。
そういえば全豪オープンに臨む錦織圭がこう言ってたっけ。
「怪我や故障と仲良くなる」
当たり前だがレベルがまるで違うけれどものごとの仕組みとしては同じ話だと思う。
2012年は思いもよらぬ--とはいえそれも間違いなく不注意--怪我を皮切りに故障の連鎖を2013年にまでつなげてしまうことになった。振り返ればどの故障も、やはり不注意や油断さえしなければここまで重症化しなかったろうと思う。
1つのランニング障害はしばしば新たな障害を引き起こすのだということを肝に銘じて、故障に対しては慎重なうえにも慎重に対処し、無理のない(少ない)レース参加計画を考えていくことが大事だと痛感している。
市民ランナーにとってレースは--そのために走っているわけでは決してないのだが--最大のイベントだし大きなモチベーションだと認めないわけにいかない。レースに臨む時にはそれなりにハードな練習もすることになる(すべきだと思う)。
エントリーしてしまったレースをDNSすることはなかなか難しい。だからこそこそ余計に十分な間隔を明けて、本当に出たいレースにエントリーするようにしたいと思っている。
ぎっくり腰の症状から始まったのだが、これが初めての経験ではないし、今回の症状は割と軽かった。軽かったがゆえに多少の無理をしたのがさらに症状を悪化させたようだ。
日々良くなっている実感があったので様子を見ていたのだが、なかなか軽快に至らず(ずっと横になっていられたらよかったのかもしれない)10年近く前に椎間板ヘルニアの手術をしているので、再発が心配になり医者に診てもらった(レントゲンと触診による診断ではあるが神経的なものではないとのことで一安心)。
説明のために、昨年の故障状況を書きだしてみたら、そこには明らかなつながりが認められる気がして、せっかくだからブログにもアップしておこうと思う。あるいは似たような故障に苦しむランナーの参考になるかもしれないし、自分も今後同じ事態になったときいちいち日記を振り返らなくてもよいように。
もともとの始まりは伊吹山登頂後下山時の転倒による膝の怪我だった。
派手に転んでコース上に転がっている石にしたたか膝を打ちつけ血だらけとなった。2012年8月7日のことだ。
8月28日・29日の富士登山では膝の影響はほぼなくなっていて、ストレスなくすばらしい登山を楽しむことができた。下山後も脚腰のどこにも故障の予感はなかった。
ただ、あとから思えば、下山時、砂走りを滑走したことは実はかなりの負担を腰・膝におよぼしたのではないかと思っている。すっかり油断して自分が椎間板ヘルニアの手術を経験したのを忘れていた。
9月29日。朝起きると突然の激しい腰痛に襲われていることに気づく。これといって呼び水になるきっかけは思い浮かばない。ぎっくり腰の症状に近かった。
今回の腰痛に至る道はここから始まったのだと思う。
わたしはもともと登山にさほどの関心があったわけではなくて、ひょんなことから富士山登山を思い立ち、その準備として昨年伊吹山など近場の山に登った。
さらに一度は走ってみたいと思っていたウルトラマラソンにも運よくチャレンジできた。ただ、これがまた大きなダメージにつながってしまった。直前まで腰痛があったにもかかわらず、登りは歩いて下りはスピードアップするというような作戦を立てたのが大きな失敗だった。なぜそんなことをしたのか今となってはよくわからない。腰痛が思った以上に良くなっていたので油断したんだと思う。
その後もハーフマラソン、フルマラソンと走るたびに膝やハムストリングスに故障を起こした。
けれども、全力でチャレンジするレースでは多かれ少なかれ故障するリスクはやむを得ないところであって、それさえ避けていてはファンランしかできないし、リタイヤするしかない。
大事なのは故障を最小限にとどめられるようにするための普段からの練習でありトレーニングなのだ。
そういえば全豪オープンに臨む錦織圭がこう言ってたっけ。
「怪我や故障と仲良くなる」
当たり前だがレベルがまるで違うけれどものごとの仕組みとしては同じ話だと思う。
2012年は思いもよらぬ--とはいえそれも間違いなく不注意--怪我を皮切りに故障の連鎖を2013年にまでつなげてしまうことになった。振り返ればどの故障も、やはり不注意や油断さえしなければここまで重症化しなかったろうと思う。
1つのランニング障害はしばしば新たな障害を引き起こすのだということを肝に銘じて、故障に対しては慎重なうえにも慎重に対処し、無理のない(少ない)レース参加計画を考えていくことが大事だと痛感している。
市民ランナーにとってレースは--そのために走っているわけでは決してないのだが--最大のイベントだし大きなモチベーションだと認めないわけにいかない。レースに臨む時にはそれなりにハードな練習もすることになる(すべきだと思う)。
エントリーしてしまったレースをDNSすることはなかなか難しい。だからこそこそ余計に十分な間隔を明けて、本当に出たいレースにエントリーするようにしたいと思っている。